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一方的な鬼ごっこ


 月明かりが照らす、街灯の一つもない山奥の中で光源といえばそれと僅かな星の輝きしかない。

 視界は良好とは言えず、誰も手入れしない山道はお世辞にも足もと良しとは言えない。木々の茂みによって満足な場所の確保もままならず。


 また、山中であるために空気は薄く、軽い登山や森林浴程度であれば問題ないが、激しく身体を動かすには不向きな場所であった。


 そんな僻地の一角に集まったのは計13名。全員集合というさらに動きにくい中、わざわざここまできたからには理由というものがある。

 悪環境下において、体を動かすというのは良い。過負荷をかけると体は成長するからだ。とどのつまり、いつか言っていた章太郎達の修行に来たのである。ちなみに聞いたらソロモンも希望したので連れてきた。一人でおいてくわけにもいかないのでちょうど良いだろう。


 「・・・流石にここまで来るだけでバテるほど貧弱じゃねぇか。」


 「ま、まぁそれなりに鍛えてきたつもりはあるからな・・・。」


 「全く、何を言い出すかと思えば本来ならそれが当たり前ですわよ?今更基礎トレーニングから始めるほどのよゆうがあるとでも?」


 「なーんで教える俺じゃなくてオメーがでかい顔してんだよ。ったく、まぁ根本的なビルドアップについては渡したアレをちまちま飲んどけ。」


 「飲んでるけどさぁ。霧村達は一体何本飲んだんだよ。あれだって高々一かそこいらしか上がらないだろ?それなのに・・・。」


 話しているのは皆んな大好きドーピング薬のことである。2、3週間ほど前からソロモン含め全員に毎日渡されており、皆真面目に摂取している。もちろん相当な量をだ。


 「一々数えてられっか。しのごの言ってねぇで飲め。別にいきなり俺らレベルになる必要はねぇんだから間食がわりにでもしときゃいいんだよ間食代わり。ほら、それなら飯代も浮くし一石二鳥のいい事づくめじゃねーか。」


 「ま、まぁ味はいいしバリエーションも豊富だから飽きることもないし、一食あたりも少量だから文句もないけどさ・・・。」


 そこに文句を言えば二人ほど黙っていない輩が出てきた。今だからこそここまで苦なく行えているが、昔のあの地獄を体験した身からするとそんな不平不満ふざけるな、という話だ。

 なので二人とも顔つきが若干険しくなっている。流石にこのままだと雰囲気も悪いので、空気を読んだありすがあえてその話題に突っ込むことにより発散させに出た。

 

 「あれですよね・・・相当大変な思いをされたのでは?」


 「「マジで地獄だったわ。」でしたわ。」


 こういうところでは息ピッタリな響とリコリス。多分あれだ、いつもいがみ合っているのは同族嫌悪的な感じなのだと思われる。こういう節々から見られる息の合い方や相性の良さ的にきっとそうなのだろう。


 「特に俺ら二人は最初の方でバリエーションもねーし、頼れる他のやつもいねーから超巻きでやったせいでな・・・。」


 「ほんとですわ。あれに比べたらあなた達がどれほど恵まれていることか・・・!」


 「私から、ですよね余裕ができたのは。あの時から十種類くらい味もありましたし。」


 「えぇ、そうですわ。まさか響さんが趣味で買ったハチミツが大活躍するとはあの当時はまるで思いもしませんでしたわ・・・。」


 「マジそれな。ほんと自分でもびっくりだったわ。」


 『味はともかく今じゃ無味無臭の液体にして食事に混ぜるって荒技もあるし、ずいぶん摂取しやすくなったと思うよ。』


 「でも、なんかズルしてる気がするって言うかなんて言うか。ちょっと心苦しいような気もするんだよね・・・」


 実際、これが一番の理由のはずだ。十時間かけて筋トレした人と、それ以上の成果を一本飲んだ人とでは明らかに前者の方が印象は良いし、本人の心も快きものだと思う。だけれど、そんな綺麗事を言っていられるような時間も手間もないのだ。強くならなきゃ死んでしまうこの世界の中で、時間というものは明かに足りない。もたもたしていれば殺られるだけ。だから削れるところは削るしかない。

 それは皆わかっている事だし、だからこそ否定もできないのだけれど躊躇はしてしまうのだ。


 なので響はそんなもんさっさと捨てちまえと言わんばかりに言い放つ。


 「別にこれはやろうと思えば誰にだってできることだぞ。アナザーの生成能力はあくまで巷の量産品レベルのものしか作れないし、もちろんそういった量産できるようなものが限度だ。だから、誰も『根本的にステータスを上げる薬品を造る』って言う発想がないだけで頭を柔らかくすれば作れるんだよ。だから、ぶっちゃけちゃんとした薬剤師なんかが作ったものの方が・・・おぉ、妙案だな。」


 「な、何?何かおもいついた・・・の?」


 「あぁ、まぁそれは後ででいいとしてっと。よーし始めるぞお前ら。軽く身体を動かしとけよ、真面目に死ぬぞ。」


 「うん?今明らかに不穏なこと言わなかったかい?」


 「気にするな。・・・じゃぁ、説明を始める。これからこの一帯に撒餌系の薬(王国からの盗品の一種)を巻く。制限時間は一時間。その間、襲いかかってくるモンスター達から生き残ること。ただし、攻撃は一切禁止。能力の使用も論外だ。もし破ったら俺直々に頭を蹴り潰しに行くから。」


 普通にスパルタだった。基本自分に甘くて他人に非道な響が、こと修練や戦闘においては自分にすら厳しいのだから、さらに他人に厳しくなるのは当然と言えば当然だと思うが蹴りつぶすのはやり過ぎだ。


 「待て待て待て待て!物騒すぎるんだが!?だいたいこんな動きにくいところで一時間もって・・・。」


 「だまらっしゃい。平地の森とはいえこっちきた当初の俺でもやってったんだから文句垂れずにやれ。最悪腕くらいは千切れるが、治るし気にするな。」


 その言葉を聞いて、挙がっていた不平不満の声が鳴り止む。当たり前だ。人にやらせることなのだから自身がやっていない訳がない。しかも、こちらにきたばかりでろくな戦いも知らず体も動かず、まして今より明かに弱いあの頃に、だ。

 きっとおそらく最後の言葉は体験談なのだろう。自分たちがベットで熟睡している中、彼は一人その痛みと厳しさに耐えていたのだ。強くなって当たり前。ここまで差が開いて当たり前。そしてそんな彼に対して何か物申す資格などなく、あるのはそこまでしなきゃいけないという事実のみ。


 「!・・・あぁ、なるほどな。そりゃ強くなるわけだ・・・。そこまで追い詰めなきゃ、ダメなんだよな・・・。」


 「強くなりたいなら、ですね。己を磨くには相応の負荷を持ち入らなければなりませんから。そして後は地道な努力の積み重ねです。」


 「もちろん今のままでいいて言うはりますならうちらかて強要はしいひんけど?それでええならええんとちゃいます?元々ウチら二人の修練なんやし。」


 「いや、やるさ。お前ら見てるとな・・・。」


 「そうですね。ずっと後ろを歩いているのは、いやですから。」


 「?」


 「そうそう、任せっぱなしってのもカッコ悪いしな〜。」


 「男に生まれたからにはやっぱ強さってのには憧れるもんだぜ。それだってのに情けねぇままは嫌だからな。」


 「あぁ、いい意気込みじゃねぇか。ここでなよってたら男のプライドが廃るってもんだ。途中で根を上げるんじゃねーぞ。」


 無論、ここまで大きく出て引くような恥知らずな奴はいやしない。それは誰一人かけることなく。


 「私だって、ずっと後ろで指を加えているのは嫌。せめて足手纏いにならないくらいには、なりたいよ。」


 「それに、霧村にばかりいい格好はさせられないからな。いつかきっとできる私にとって譲れないモノのためにも、私はここで強くなる。」


 「そもそも、章太郎たちがここにいるのは私の性だから。それなのに全部丸投げで、助けてもらうだけだなんでそんな虫のいい話、ただの夢物語でしかないわ。私はそんな情けない人になりたくないから。」


 「ふふ、ええなぁ。そないいきや。言葉にしたものゆうはりますんは大きな影響を持つさかい、あんさんらも聞きはったことぐらいはあるやろ?言霊ゆうんはと重くて思くて想いものなんよ?」


 「なんだよその西◯維新みたいな言い回しは。とりあえず三回続ければそれっぽいとか浅はかだぞ。」


 「わざわざそないなことならさんでもええやないんですの?やっぱあんさんドSやわなぁ。いけずなんやから。」


 「あーまぁそこは戯言として聞き流すとして、言霊云々言うなら俺は『名は最も短い呪』の方が好きだな。」


 「ソースは?少年◯陽師?」


 「なぜ最初に夢枕◯先生の陰◯師の方じゃないのかはさておき、まぁ正解だよくわかったな。あれもう十年以上も前の作品だぜ?今も続いてるけどさ。」


 「面白い作品に時代なんて関係ないない。そうやありませんか?」


 「まぁ・・・俺もゲームまで買ってたし。◯S2の。」


 「(おい、気付け。誰も話に乗っていけてないと言うことに。ただでさえ普段からそんな感じなのに今度は俺らが小学校とかそれより下の頃の話じゃついていけるわけがないだろ!!」


 多分章太郎本人は心の中でだけ言っているつもりなのだろうが、残念ながら実は口に出していたという古典的な過ちを犯していた。側から見るとこれは恥ずかしい。


 「すげぇ、心の声だと思ったら全部声に出てたってやつをリアルで見たのは初めてだわ。」


 「そしてリアルにいるとただの痛い人やなぁ。ゥフっ。」


 まるでかわいそうなものを見るような目で嘲笑を漏らす辿。つられて響の顔にも卑下た笑みが作られている。


 「マジで!?いやそれでも鼻で笑うのはやめてくんねぇかな!!」


 普段なら一時間弱はこれだけで弄られるだろうが、運良く今日はこの後が押しているためにさらっと小馬鹿にするだけで終わったのは良かったか。彼の能力のおかげだと思うが、それでも小馬鹿にはするあたりあの二人もホンモノらしい。


 「せっかくうまいネタが入ってきたが残念時間がねーんだわ。ほんと残念。ほら、始めっから切り替えた切り替えた。三十秒後の合図で薬まくから・・・ま、死ぬなよ。」


 一部最初の言葉に不満を持ったものもいたが、それでも全員顔つきと気持ちを切り替える。響としてはこう改まってやるよりも、いついかなる時でも対応できるよう日常の延長戦として普段と同じようなノリでこなして欲しいところだったものの、一応初めてだししょうがないかと妥協したところで、取り出した薬品を風に乗らせてあたりにばら撒く。

 撒餌とはいえポ◯モンのあま◯みつでもないのでそうすぐには来ない。だが、その待つ時間というのが張り詰められた緊張感とプレッシャーによって辛く体感長く感じる。それはいっそこの時が永遠に続くかと思われるほどに。


 だが、薬の効果は確かなもの。それは以前まで使っていた響たちが実証しておりやがてその時はやってくる。


 最初に聞こえたのは夜の静寂に微かに潜む落ち葉を踏む様子の足音。最初に来るとすれば、やはり鼻の良い犬狼や豚の類だろうか。

 耳で拾うのもやっとなその微音は、しかし数秒の瞬く間にうるさい程はっきりと。耳の良いものが聞けば、荒い呼吸音すら聞こえるやも知れぬくらいの距離へと一瞬で駆け抜けた狼に似たそれは喉仏を狙い顎門を剥いて飛び出してきた。

 暗く、多くの障害物によって見通しの悪い山中だが、音のおかげで来る方向、タイミングがわかっていればまず食う事はない。問題はここからと次の行動への対処を行う。

 最初は一頭だけだったがいつのまにかその数は数十の群れと成しており、またその他多くの種が多種多様に集まっていた。空を飛ぶもの、特異な術を使う者、飢えた獣から化け物と呼ぶにふさわしい何かまで。数を数える暇なんてものはないし、時間が経つにつれてさらに増えることを加味すれば生死の間際スレスレの

恐怖がさらに増えて、それでどこかで間違いを起こしてしまうかもしれないという緊張感が・・・と沼に沈むようにプレッシャーがのしかかってくる。まぁ、それに打ち勝つことも重要な修行の一つなのだが。


 開始十分経たずと言ったところだが、皆体のあちこちに傷を作り、血の滲んだ衣服が痛ましい。腕が捥げたとか、目が潰れただとか、そう言った致命傷レベルのものがないだけ優秀なのか、はたまた運がいいのか。そう感心していた響だったが、自身の考えの中に引っかかるものを発見した様子だ。


 「(あぁ、そうか。そういや深山がいたか。だったらこれじゃ意味ねぇか?いくらやっても運良く生き残れるなら・・・。運でどうにかなるなんて同じ土俵の相手だけだ。いくら運良く急所を外れようが致命傷の一撃じゃ意味がない。いくら外れようが、余波で死ぬようなら無駄。)」


 「(ま、その段階まで引っ張り上げれば良いだけだから考えすぎかね。ただ最初の段階で運に頼り切りってのもあれだしちょいといじわるしてみますかね。)」


 思うが早いが早速、周りに気づかないようにもう一本薬を撒き、ついでに興奮剤も足しておく。すると数が1.7倍程に増し、ついで気性が荒くなった魔物共に傷を増やしていく章太郎達七人。本人たちは何が起こっているか知らないので、いきなり激しくなったと困惑しつつ息を切らして対応するしか無い。

 

 結局そのあと二度にわたり薬は追加され、ようやく終わるその頃にはよく五体満足で生き残れたなと思うくらいにはひしめいていた。

 

 「よーし、おめでとう諸君。一時間という短い時間は過ぎた。」


 響のその言葉に、七人全員が安堵の表情を浮かべる。

 が、予想以上に集まってきて邪魔なモンスター達を半分ほど間引いて口を動かして。


 「と、言うわけで今度は半径5メートルで30分な。ほいスタート。」


 絶望の第二ラウンドの開始を告げて範囲線を地面に描く。時間は半分に減ったが、動ける範囲が各段に小さくなり、難易度は桁違いに上がっている。しかも全員疲労困憊の中なので尚更絶望的。


 「ちょ、おいま・・・ってあぶなッ!!」

 

 抗議をあげようとした連太郎の眼前に狼的な何かの顎門が開かれる。それをギリギリ紙一重で頑張ってかわす。


 そして、そんな連太郎たちには目もくれず、響は少し離れたところ、最初から小範囲で行っていた辿とソフィアに向けて声をかける。


 「あ、お前らは移動禁止な。飛んだりしゃがんだりはいいけど動いて一歩。そこから離れるなよ。」


 「「「「「「「!?」」」」」」」


 その信じられない発言に嘘だろ!?と命のかかった状況だというのに思わずそちらの方を向いてしまう七人。見れば二人はその身に一つの傷もなく、移動を禁止された今でも余裕を持って全て捌き切っている。


 格の違い、というものを見せつけられた章太郎達。先程、あれだけ大きく啖呵を切って置いて、この程度で根を上げるとはなんと情けないことか!

 そんな未熟さからの羞恥心が発火剤となり、全員の動きのキレというものが変わる。


 別に響が二人に対して声に出して指示をする必要なんてなかったのだが、しかしそれをあえて口に出して章太郎達を焚き付ける様にしたのはどうやら正解だったようだ。


 おかげか、半刻の一方的な鬼ごっこも終わりを迎え、時間が来たと同時に響が集まった有象無象共を文字通り瞬殺してようやく終わりを迎えた。


 そして、張り詰めていた緊張の糸が安堵で切れたのか、章太郎達は揃って腰を抜かし、息荒く地に尻を突いている。


 「ひぃ、ひぃい、いやこれやべぇって死ぬって。マジ死ぬって。なんなんこれ・・・。やっべ安堵で、吐きそっ・・・。」


 「うっわだらしねぇなぁお前ら。高々第一段階でこれとか響さん驚きだぞ。」



 「い、や誰だよお前・・・。って第一段階ってマジですかそうですか。じゃぁさっき二人がやってたあれが二段階目?」


 十勝の問いに響は首を縦に振って肯定する。


 「まあな。ちなみに次が上下の移動禁止、直立不動で裁くだけ。次が5メートル目隠し、最後が目隠しで直立不動な。これができてようやく半人前だ。」


 「す、スパルタすぎる・・・。というか霧村君たちはやらないの?あれ?そういえば・・・よってきてない?」


 「そりゃ近寄らせないようにする程度操作もないさ。だいたい俺らがそこらの有象無象相手にしたところで意味ないだろ。俺らは互いで相手するぐらいしかないの。」


 そりゃそうだ。響、リコリス、パイフェン、ルールーの四人にたった一コンマ、須臾の時すら張り合えるような魔物が存在するはずもない。いたらその次点でこの世界は終焉を迎えている。

 だから、毎朝互いに御命頂戴の覚悟で死合あっているのだ。


 「言われてみればそうですね・・・、あぁ!それがいつもの朝練というわけですね?」


 「しょゆこと。ま、おまえらが慣れるまでは薬(盗品)使ってやるからそこは安心していいぞ。」


 『うん、慣れてきたら私の出番。』


 前に出てきたルールーはそう書かれたボードを持ってドヤ顔を浮かべていた。

 だが、あって最初の頃、まだ彼女が自身で能力をコントロールできていなかった頃、章太郎達はその能力の危険性故ある程度事情を教えてもらっていた。

 だから、ルールーがその能力を故意に使うというのは違和感というか、思うところがあるわけで。


 「・・・君はそれでいいのか?だって・・・。」


 『気にしなくていいよ。確かに私は自分の能力は嫌いだし、無くなってくれるのなら万々歳だけど、それでも使えるのであればそれは使うべきだろうし、実際これは正しい使い方だと思う。私だっていまここに立っている以上、いつまでたってもうじうじしたままじゃいられないから。』


 それは彼女が大きく成長したが故。いつかの逃げ回っていたルールーという少女はいない。近くにいた三人の影響と、そして実際に変われた彼女自身の強さ。

 そして、それらを揃えて開花させたのは他でもなく、得られた『強さ』による自身に他ならないのだ。


 『それに今はもう傷つける程の存在じゃない。』


 もう怯える必要などない。群がる有象無象は尽く薙ぎ払えばいい。近寄ることすら許さなければいい。その高みに至ったからこそ、彼女は美しい笑みを浮かべれるのだ。

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