水に関係のある・・・
日の光が落ち、元来静謐さに包まれ暗がりへと至る夜もすがら。千門万戸から淡く溢れる、揺れる灯影に街が鎮まるはずの中、しかしこの一角は派手な音響と目に優しくない街灯が溢れていた。
眠らない街なる言葉が会うであろうその店並、ホスト街の一店『識無辺処』。その従業員控室に響たち男衆の姿があった。
「・・・なんでホスト?」
「今更なに言ってんだお前は。金稼ぐなら水商売だろ。」
「お前全世界の合図商売やってるやつ的に回したかんな今。」
「む、たしかに語弊があるな。短期間で稼ぐという性質上コレが一番だって話だ。それに元手がいらないってのがディモールトってわけさね。」
「はぁ、けどこんなすぐ入れるものなのか?だいたいそもそもな話、俺ホストになれるような顔してないんだが・・・。」
「大丈夫大丈夫。それなりの顔でそれなりの身なりしてそれっぽいこと言って囃し立ててりゃ平気だ多分。じゃなかったら稼いでるホスト全員俳優かアイドルやってるわ。いやそりゃド級に顔が良い奴もいるだろうがよ。」
と、疑心暗鬼な三人を励ましてるのかけなしているのかよくわからないことを口走りつつ、気づけば前半の質問を話のインパクトだけではぐらかしている。きっとおそらく大方十中八九鑑みるに正規の方法ではなく邪道で非道な方法を用いて今この場所にいるのだろう。口にしないということはそういう事に相違ない。
「とと、ほら行くぞ。開店前のミーティングの時間だ。目標は今日で全額だかんな。」
「いや無理だろ。」
♢
「「「いらっしゃいませ。『識無辺処』へようこそ。」」」
また一団体の女性たちが一夜の夢現の天原へと足を踏み入れる。客足は常に一定なれど、席は8割を切ることなくここ『識無辺処』は繁盛良好と言えるだろう。
その中、勿論響たち四人にも人は付く。団体ではなく個人客ではあるものの、店の先輩たちから聞くところによるとかなりの上客だそうだ。しかし、そんな者の相手をつい今しがた入ってきたばかりの新人四人に任せるというのは、ひょっとしたら何か裏があるのかもしれない。
「あら、見ない顔ねぇ。新人さんかい。全くこのアタシにこんなヒヨッコを当てがうなんて、贔屓にしてやったのにとんだ恥知らずな店だ!あー嫌だ嫌だ、さっさと潰してしまおうかねぇ!」
あぁ、なるほど。どうやら性格が終わっているらしい。コレで見た目がよければまだ堪忍のしがいもあるが、相手はでっぷりと太った五十過ぎてるであろうババアときたから追い討ちをかけて不快感が増す。
そしてそんなババアの顔を響がじっと見つめているのだが、きっとこの男のことだ。どうせろくなこと考えてやいやしない。
「・・・・・・なんだいジロジロと人の顔を見て。礼儀ってもんを知らないのかいあんた。」
「腐りかけの油蝉顔につけてるとか頭ん中フジツボで形成されてんのかよアンタ。・・・あ、悪りぃ目鼻だったわ。」
この言葉に茹で上がったかのように顔を紅葉させるババア。怒りにかまけて今にも机上の酒瓶を手に撲殺してきそうな勢いだが、コレは響によくやったと言いたくもなる。
まぁ、たしかに煽り文を抜きにしてもおおよそ客に対する口の利き方ではないが、今更この男に礼儀なんて求めて無意味、特に喋りに対してははなから持ち合わせてなどいまい。
響のお陰で大変スッキリはしたが、それでも客は客。しかも口ぶりから察するに相当地位を持ったババアであると捉えられる。お陰で隣に座る三人の顔は真っ青で小声で「最悪だー。」と綺麗にハモりつつ恐怖と不安に胃が押しつぶされそうな思いで肩身を狭くしていた。
「ア、アンタねぇ・・・。このアタシを誰だと思ってるのさ!!」
「前世が積めるだけの善行を積んだホグジラ(豚と猪の混血)の、極めて人の遺伝子に近しいものを持ったと思われるアフリカマイマイの希少種?」
「おいぃぃぃぃぃぃぃぃいい!!いい加減にしろよお前!!明らかにお前の方がこの仕事向いてねぇよ!!お客様に対してなんて口きいてんだよ!」
「失敬な。俺だって客が普通なら普通の対応するぞ。」
「例え普通じゃない客でもせめて煽るなボケェ!!わかるよ、俺だってイライラしてたさ。でも我慢しろよ!!接待業なんだから我慢するしかないだろう!?それなのにお前ってやつは・・・!!コレでこのままクビになったらどうするかとか少しでも頭ん中に存在してるのか!?」
「おー、それなら問題ない大丈夫だ。この店で何しようがクビになることは絶対にない。安心しろ保証する。」
「何をしやがったお前は!?脅迫か?脅迫したのかそうなんだな!?どーせそんなことだろうとは思っていたが本当にやってたとはなぁ!?それとも洗脳でもしたか!?」
「ほんとお前ら俺をなんだと思ってるんだ。そんな事するわけないだろバカじゃないの?」
「あーはいはい、日頃の行いって言葉知らないんですねー。ほんと厄介だなこいつ。」
「む、随分と疑われたもんだ。ここのオーナーが道でうずくまってたから助けただけだ。」
「あれ?思ったよりまともというかむしろいい事して・・・。」
たった一つの善と何百もの罪を見比べた時、その善行の印象が大きなものになるあれか、珍しく善行を積んだらしい響にけたたましく捲し上げていたW太郎と諦めモードでそれでも一応突っ込んでいた十勝の計三人の表情が多少柔らかなものになる。
少しは見直した、と口を閉じようとするが。
「なんか呪術道具拾ったみたいでな。いやー、あれ相当やばかったぜ。俺とソフィ二人がかりじゃなきゃ絶対に解けなかっただろうね!全く、あんな難解な呪詛誰がかけたんだろーなー。ただの人間には無理なんじゃねーかなー。あれやったやつ天才だなー。」
「オメェかァァァァァァァアアアアアアアアア!!!!!完っっ全にマッチポンプじゃねーかそれぇぇぇぇぇぇえええ!!」
「エーナニイッテダカワカランナー。」
「白々しいにも程があるわッ!!お前それでよくもまぁ堂々と疑われたもんだとか言えたなおい!!俺たちの関心を返しやがれ!!」
「そんなもん形ないのにどうやって返すんですかねぇ。そもそも俺もらってないし。」
「あぁもうほんとくたばらねぇかなぁこいつ!!」
そんなものは淡く儚い幻想だったとその時の詳細な言葉にいとも容易く粉々に粉砕されてしまう。
まぁ、そもそも考えなくてもこの男がそんな事するはずもないし、だいたいそんなピンポイントでホストのオーナーが呪詛のかかった道具を拾う訳もないのでそりゃそうかと言った感じなのだが、結局悪どいことをしているのだから最初っから肯定しろよとしか思えない。
まぁどうせそんなことを言っても屁理屈こねて言葉巧みに丸め込んでくるのは目に見えているが。
「・・・・・・はっ!客を完全にほったらかしにしておいて一体全体何をアンタらだけで盛り上がってんのさ!!ほんと愚図だねこの店は!!!アンタら名前は!!」
「キョウヤです。」
「(それっぽい名前言えばいいのか?芸名みたいなもんだよな多分。)テツヤです。」
「シンヤです。」
「テツヤっす。」
「そっちじゃなくて本来の名前さね!?というかテツヤ二人いなかったかい!?」
「チッ、・・・・・杉田玄白です。」
「(あ、こいつ堂々と偽名を!しかも考えるのめんどくさいからって適当な偉人から持ってきやがった。ん?でもここで本名教えるのは確かにまずいな。よし。)吉田茂です。」
「あー、県犬養筑紫です。」
「二階堂行光っす。」
最初の二人はわかる。日本で一番有名であろう医学者と計5回内閣総理大臣になった戦後の日本を支えた和装チャーチルだ。しかし後半二つはまるで意味がわからない。その時代なら小野妹子とか坂上田村麻呂とか、北条や足利の誰かでもよかったろうに、よりによって良くそこが出てきたなと、やはり随分昔に秀助が言っていた通り、あのクラスは皆どこかズレた厄介者の巣窟だったらしい。極限まで振り切った胸焼けするほどキャラが濃いやつと一緒にいるために霞んでいただけで相対的に平々凡々と比べればほらこの通りなのだ。
「フンッ、変わった名前だね!日出国の者かい。」
「そこは贅沢な名だね、今日からお前は玄だよ、じゃねーのかババア。」
それは逆に湯婆◯に失礼だろう。いくら物語の悪役とはいえ、あちらにはどこか憎めない良きところもあったわけだ。この見てくれも内面もしかめ面を向ける様な奴と一緒にするのは烏滸がましい。
「いやわかるけどさ、確かに顔とかそういうのじゃなくて内面と年齢的に似てなくもないから俺も思ったさ。でも通じないだろこっちじゃそれ。」
「俺はそれをもうなんども繰り返してきたんだぞ。いくらボケても誰もパロネタをわかってくれないって 結構悲しいんだかんな。」
「お前・・・よかったな理解できるやついなくて。じゃないとリコリスさんとっくのむかしにストレスで天に召されてるぜ。」
「!?・・・ま、まぁいいし。今は辿がいるからな。二人だけだが盛大にやろうじゃねぇかって具合に謳歌してるし。」
「ほんとタイミング良かったよな。俺らがきた後に出会って。今の状態でも結構きちぃのにあの人一人にさせられねぇよ。」
「マジで厄介だわこの負の遺産ども。」
なにがすごいってボケがたった二人でツッコミの方が多いくせにギリギリだというところだろう。普通ツッコミ役は一人で周りがボケ、それが定石だということを考えるとこの異常性は凄まじい。
「だからアタシを抜いてくっちゃべってるんじゃないよこの◯◯◯どもが!!」
「つうかそもそもなんでこのアマここまでイキってんだよ。どっからどう見てもただのババアだろ。芸能界のあき竹◯みたいなタイプのアレだろ。明らかにそこらにいる田舎のババアだろ。」
「いやあき竹◯に失礼だろうが!!いや俺もぶっちゃけそこんとこ疑問に思ってたけども!」
「まぁ、俺ら世代だと大体みんな一回は思うよなそれ。」
凄まじいな。ついさっき目の前の肥えたナメクジが軌道を修正したのに、数分持たずしてさらっと自然に話がずれていっているという、もうこれは新手のホラーとして売り出せるんじゃなかろうか。
「あぁ、もういいさ。バカなアンタらに教えてやるよ。いっておくがアタシゃ・・・。」
「まる◯だよ。」
「「「ぶふぅ!!」」」
ほらまたそうやって茶々を入れる。そうやってすぐに話の腰をおるのだから一向に進まない。
だが、こう相手に対して何の同情もない今冷静の観ると、こうしてボケて脱線させてを繰り返していることによって、話の主導権を握っているのがわかる。だからさっきからババアはうまく声を出せずに、喋りつずけているのは四人の方なのだ。これを意識してか無意識にかはわからないけれど、この男のことだから大方前者の方なのだろう。だからこそ、彼に口喧嘩で勝てる者が現れないのである。
「・・・・・・・・・ッッーーーーー。いいさ、どうせすぐ後悔することになるんだ。アタシをここまでコケにしたことをね!!今日はもう帰らせてもらうよ!!こんな金を貰っても願い下げな接客だ!!払う金なんか・・・。」
「あ゛?何言ってんだオメェ?有り金全部置いてけやアマァ。」
完全立腹で巨体を揺らしながら捨て台詞を吐きつつ踵を返そうとしたババアの首筋数センチを掠め、なにかが後ろの柱へと突き刺さる。それは人間の足であり、響がポケットに手を突っ込んだままあげた右足を手の代わりにいわゆる壁ドンなるものをしていた。ただしその顔は全力でメンチを切っている。
「なにを勘違いしてんだテメェ。俺の大事な時間を消費したんだぞ?土下座かまして泣き喚きながら有り金さし出すのが常識だろ舐めくさってんのかア゛ァ?」
そんな常識どこの世界にもありはしないしナメくさってるのはお前の方だ。
「寧ろ俺を不快にさせた分合わせりゃ有り金じゃたりねぇんだよ。金目のもんもおとなしく献上しやがれ。後15秒以内にやらなきゃテメェの頭蓋から顎骨に至るまでこの歯痛と同じように潰してやるぞ?」
そう言って亀裂が入った柱に思いっきりめり込んだ足をグリグリとさせ被害を拡大させる。
耳のすぐ横で大理石の塊がまるでボロボロの発泡石スチロールのように崩れていく音を聞きながら、恐怖に体を支配され、まるで悪霊怨霊から逃げるが様に必死に金になりそうなものや財布を投げ捨てて、四つん這いになりながらなんとか逃げ出す様は実に実に滑稽といえよう。
最初の威勢は何処へやら。ちょいとばかり響に絡まれただけで醜態を晒しながら逃げ這う様に帰路へとついたババアを見ていたが、その姿が見えなくなると残りの三人の目は全て響の方へと向かっていき、その目は氷雪よりも冷え切ったものになっていた。
「あー、あれだぞ。あいつだからやったんだかんな?アレ裏で闇組織と繋がってるらしくそのバックボーンであそこまでイキリ散らせる地位にまで言ったらしくてな。今もそう言った闇金湯水の様に使って豪遊してるんだと。」
どんなに隠していようが、この男からすれば無意味。あの会話と呼べるか甚だ疑問なやりとりのどこかで盗み見ていたのだろう。全く抜け目のないやつだ。
「だからあんな恐喝まがいってかそのものをしたのか。・・・今回限りにしろよ。なんどもやってたら同じ穴の狢だぞ。」
「わーてるよ。ほら、気をとりなおして次の客を取るぞ。」




