プロローグ・笑い会えたあの頃よ
時刻は夕暮れ時、街並みは橙に染まり始め、部活のない学生達が帰宅する頃合いの時間帯。住宅街から少し離れたところにある屋敷の庭先にて楓の木を背に書物に目線を落としている少女の姿があった。年は13か4といったところか、あまり健康とは言い難い顔色で黙読するその本の表紙には、いわゆるアニメイラストがプリントされており、それがライトノベルだということが一目で理解できた。
「この時期こんな時間にこんなところで本読んでたら風邪引くぞ。お前ただでさえ身体弱いんだか気をつけろよ。」
「あら響、昨日ぶり。今日は何を買ってきてくれたの?」
「ロー◯ンの餡饅。ほれっ」
そう言って手にしたビニール袋を中身ごと少女に向かって放り投げる。それを見事に受け止めて中身を取り出した彼女は何やら不服な様子で口を尖らせている。
「えー、ロー◯ンだったら今CMでやってるチョコのやつが良かったなー。」
「文句言うなよお前なぁ。中学生の小遣いで毎日100〜200円って相当キツいんだぞ。んな300円近くもするやつ買えるか。」
こう愚痴をこぼしてはいるものの別段誰かから、もちろん目の前の少女からも頼まれてやっているわけでなく、個人的に行なっていることなので実際本人もそこまで気にしてはいない。それは少女の方も分かっているので返す言葉は軽い。
「じゃぁ明後日は何もなくて良いから明日買ってきてよ。」
「ったく、わーったよ、チョコのやつな。」
「うん、ありがとー。大好きだよ。」
「あー、はいはい俺も愛してる愛してる。」
「むー、全然心篭ってないー。」
不貞腐れる少女を尻目に、響も近くの水木の幹を背もたれにして自分も買ってきた肉まんを頬張る。
二人の間に流れる会話は決して特別なものではなくただ取り止めのないものであったが、しかし言葉にできない大切で尊ぶべき何かがその一言一言には隠れていた。
「お前好きだよなー、そういうの。」
「うん、今回のも面白いよ。世界観の基盤に魔法を用いて完成された永久機関があってね。いわゆる科学と魔術の交差ってやつかな?」
彼女が手に持っているライトノベルの内容を聴いて、響の表情が険しいものへと変わる。しかし対照的に少女のそれは特に気にする様子でもなく、逆に大げさだと言わんばかりだった。
「!!またか・・・、お前がそう言うのを読むってのは・・・。」
「言いたいことはわかるよ。でもさ、だからかな、そう言うのが面白く感じるの。多分、憧れってやつなんだと思う。」
「そう言うもんかねぇ。」
「そうそう。響も読んでみたら?主人公適性はあるのに主人公補正がない響だと異世界転生とか転移がいいんじゃない?誰でも主人公になれるって言う素敵なものばっかりだよ?」
「いや、遠慮しとく。別に主人公になんかなりたくねぇし。」
「またまたーそんなこと言っちゃって。ほんとはなりたいんでしょー。つまらない意地は張っちゃダメよ?」
「別に意地は・・・。」
「それに言うじゃない、人は皆人生という冒険の主人公だって。」
「いや初めて聞いたんだが?」
ひとしきりのやり取りの後、顔を合わせた二人は何がおかしいのか同時に吹き出し、こみ上げた笑い声があたり一帯に響き渡る。漂う空気は幸福色に染まり、二人・・・・・・
♢
「・・・さん、・・・きさん、・・・響さん!」
「んあ?」
目を開けると、そこには先ほどまでの少女の姿はなく、彼を心配そうに覗き込む銀髪の少女が見受けられた。
どうやら寝過ごしてしまったらしく、また先ほどのも夢、だったようだ。
「珍しいですね、響さんが起きて来ないだなんて。体調が優れないのですか?それとも悪い夢でも・・・。」
「あぁ、いや違う。夢見は良かったんだ。・・・懐かしいな。」
「え?」
憂いを帯びた表情と声で彼がこぼした小さな一言を目ざとく拾ったパイフェンが、なんのことだろうと彼の顔に目を向けたが、すでにその時にはいつもの様子に戻っていて、まるで大切な何かを誰にも触らせない、それは触られたくないようなそんな風にも見受けられた。だから、彼女ではこれ以上踏み込めなかったのだ。
「ま、おかげで寝起きは最悪になっちまったってわけだが流石に皆な起きてるか。すぐ支度するから待っててくれ。」
「は、はい。わかりました・・・。」
聞きたかった、けれど聞けなかったそのもどかしさと、話してくれなかった悲壮感からぎこちない返事でパイフェンは部屋を後にした。
後に残された響はため息一つ、二つ目にはベットから体を起こして、伸び一つ身体を起こして目を覚まし、1日を始めたのであった。




