始まりも終わりも、それは必ず炎だった。
溢れる大瀑布と、燃え上がる業火がぶつかり合い、恐るべき爆発を起こす。
全てを焼き尽くす天上の炎と全てを洗い流す浄化の水流。
片方はその背のものを遺憾なく使い、また片方は張り巡らした糸を足場に縦横無尽に空陸問わずにぶつかり合っていた。
白妙の大剣と、水気纏う六条鞭が交差しあい、その度に小規模な水蒸気爆発を起こして廻る。
アナフィエルが持つ六条鞭は、かつて神の怒り(地上の学者達がメタトロンの栄光を妬んで不満を訴えたとも)を買ったメタトロンを処罰するために使われた鞭だ。響の世界の史実では燃え盛る炎の鞭で60回叩いた(60の鞭を用いていっぺんにという説もある)のだが、こちらでは火ではなく彼が司る水の鞭のようである。いや元々アナフィエルの象徴は炎と稲妻なので間違ってはいないのだろうが、まぁここでは関係のないことだろう。ちなみに補足として人間時のメタトロン、つまりエノクを天に導いた天使の一人がアナフィエルであるとされている。また天の7つの館の鍵の管理者でもあり、その地位は相当に高いものであると言われていたり。
「おいおい、見えはってた割には近接戦闘は苦手なのか?さっきから防戦一方でしかも押されっぱなしとかこっちが悲しくなんぞ。」
言葉とともに一振り。斬撃の代わりに飛んだ赤色がアナフィエルの肢体に襲いかかる。即座水流の防壁を展開して対処するが、その熱量に負けて当たる端から蒸発の一途を辿っている。
いとも容易く突破された盾であったが、それでも威力を殺すという仕事はしっかりとこなしてくれたので間一髪のところで右方向へと逃れることに成功できた。
「先程から常に卑しいところばかり責めておいてよく言いますね・・・!」
「ほら泣き言言ってる暇はねぇぞ、『四つ子の弄火』!」
そして現れるのは天まで登る紅蓮の刃4つ。それがアナフィエルの左右前後対角線上にに現れ、その切っ先が落ちてくる。絶妙にずれたタイミングが回避を困難にしており、また掠るだけでも全身に火の手が上がるためより一層の細心を払わなければならない。
とはいえ流石に避けずらい程度の攻撃ならば彼女でも処理できる。どれも紙一重のところ最小限の動きで華麗に避け、最適解と思われる場所にて安堵を吐く。
だがそれが間違いか、そもこの攻撃はまだ終わってなどいなく、今度は左右上下の四方から絶対に避けられないタイミングで迫り来る。
まず最初のはいま彼女がいる場所に誘うための囮。そこへ引き込むことによって回避不可能の第二陣をたたき込むという技だったのだが、見事まんまとその策に乗ってしまった、というわけだ。
絶対不可避の攻撃、しかもその一撃は即死級の超高火力でもある。当たれば死ぬ、されど避けられもしない。となればすることはただ一つ、防ぐだけ。
「『球流体」
また水流の球を作りだし、今度はその中心に自分を沈めて全方位を守護させる。また、先程はその流れが一定のものであったが、今回は外側から計10層、それぞれ全く違う流れを生じていた。方向はもちろんのことそのスピードについてもだ。
そして交わる水と炎。当たる先々から水分が蒸発していくが、しかしそれは先程とは明らかに刃が沈む速度が違っていた。さらに少しずつだがその刀身は削られていき小さくなっていくのがわかる。全て蒸発しきるのが先か、鎮火するのが先かの単純明快な比べ勝負。まぁ当然のことながら結果として勝ったのは灼熱の刃であったが、それが核に届く頃にはかなりやせ細り温度も4桁台まで下がっていた。お陰で無傷とまでは行かないまでもある程度ダメージを減らすことはできた。
「やるじゃねぇか、流石に早々にくたばったアレとは違うみたいだなボス犬さんよ。」
「・・・撤回しなさい。」
「そんなに犬犬言われるのが嫌か?まぁ事実言われりゃ・・・。」
「我が同胞への非礼を取り消せと言っているのです。私の呼び名などどうとでもすれば良い。」
その訴えを耳にして、響の表情が変わる。最初は鳩が豆鉄砲を食らったような驚愕顔だったが、すぐにそれは何か納得したような、そして満足げなものに移り変わる。
「・・・そうだな、俺に彼女をアレ呼ばわりする権利はねぇよな、詫びよう。そして前言撤回だ。真正面から耐えるとは流石だアナフィエル。俺も遊びなしでいかせてもらう。」
「やる気を出してくれない方がこちらとしてはやりやすいのですがね。」
そしてまた互いの得物が交わり行く。振り下ろされた劔に鞭が絡みつき受け止め、それを機に手繰り寄せる。あえて押すことで隙を作り獲物の拘束を緩め、左手に持ち替えてそのまま上へ回して逆に吹き飛ばす。下から振り上げられた大剣を鞭のえの部分で止める。空いた手に炎を灯し突き出し、それを首の動きだけの紙一重で躱す。競り合う剣を軸にして体を捻り、顎にカポエラまがいの蹴りを畳み込み、被害者は飛ばされる直前で支える手を払い体制を崩させる。
触れる穂先に皮膚が割かれ、刺さる刃が肉を断つ。
その光景は10か20か、いや100は行っただろうか?それとも200?実は50ほどだったかもしれない。ともかく、何度も何度もぶつかり合い、多いのか少ないのか、そんな単純なことも難しいほど、というのだけは理解できる。
そして打ち合うその度に爆発が上がり、轟音と衝撃が辺りに広まりより一層壮大な戦いになっていた。
近くにいた観客八人からすれば最早何をしているのかなんて分からず、ただ理解の及ばない高度なことが起きているのだろうと惚けているしかなかった。だが、辿に関しては後々アレと同じ高みに至らなければいかないので口を開けてみているだけでは済まされないのだが。
話を響の方へと戻そう。
先程から数多のぶつかり合いをしているが、やはり押されているのはアナフィエルの方である。また、響の方は余力を残している節があり、切迫詰まっている彼女とはまるで対照的だ。いや、双方隠し球を切るタイミングを見計らっているという点では同じだと言えるか。
だが、結局優勢の方はいつでも出せるだろうが、劣勢では難しい、少なくともどこかでそれをするための間、というものが必要であり、アナフィエルからすればやはりこの情勢を正さなければならない。
「『柵壁象る(サエペース)浅紺青』!!」
ともかくこのままでは拉致があかないので一旦距離を置く。双方の間に激流の柵を拵え、後方に一時撤退。続いて天に手を翳し溟い雨雲を召喚。一時の間に数百メートル四方に広がったそれは、雷鳴轟かせ打ち付けるような豪雨をもたらす。
「針水万々(アクトゥース)の驟雨』」
落ちる雨粒が全て水針に変わり、包囲網として響を中心に囲む。一つ一つはさしたる殺傷性を持ち合わせてはいない。だが、その数は那由多のもの。塵も積もればなんとやら、というわけだ。また、一つ一つが細かく避けるような隙間もありゃしない。
流石にこの程度では死にはしないだろうが、それでも痛みはあるし、それなりのダメージもある。態々素直に食らう必要もないので、ただ真正面から迎え撃つ。
「『火を見るよりも明らかで(ウリエル)』」
瞬間、響を中心に紅蓮の焔が爆発的に広まる。見ればその体ごと火に燃えており、まるでそこにある全てを炎に変えたよう。もちろんそれは雨粒や雨雲も例外ではなく、さらに二人を隔てていた柵をも飲み込んでアナフィエルの元へと到達する。
これは、己が体を燃やすことにより、周囲のものを火そのものへと変える技。燃やす加減を上げれば上げるほど炎の温度も上がり、それに耐えられないものが灼熱の炎へと変貌するのである。逆に言えばそれに耐えきれるだけのものを持っていれば取り込まれることはないのだが、その場合超高温の熱世界の責め苦に襲われることになる。
なのでこの場合、彼女は水流で自身を守るということができないのだ。ただ自身の首を締めるだけになってしまう。幸い、彼女は水を司る天使であるため炎や熱といったものに強いのでまだまともか。
あぁ、ちなみに響自身いくら燃えようが問題ない。なにせ今は体全てが焔で形成されているのだから、火がいくら燃えようが、というわけである。
だがこれはたった一人のために使うにしてはあまりにも効率やらなんやらが悪いので、これでとどめをさす気は無い。あくまで水針と雨雲を払うためであり、無駄に使う魔力なんて持ち合わせてはいないのである。まぁこれがほかの天使であればここで終わってそのままエピローグへと行っていたのだろうけれども。
炎上する世界を鎮め、即座に間合いを詰めて剣を振るう。今度は先ほどよりも強く重くそして速く、だ。
これはギリギリだったアナフィエルには対処しきれず、少しずつ傷を増やしていく。切り落とされないように、間に合わないものは最小限に。対応できるものは処理して。
二、三十手程の攻めののち、ようやく彼女は好機を見出し突き出された大剣の刀身を掴むことに成功した。手のひらが焼け痛みが走り、溶けて剣とくっつくような感覚に見舞われるも、それでも相手の得物を封じることがどれだけ大きなことかを鑑みればその程度安いものだ。決して離してなるものかと握る力を込める彼女に対して、面白いのは使い手の響が早々に放棄し手を解いたことだろう。
ニヤリと口を歪ませ、左足を力強く踏みおろし、炎を灯す。
「『明星劫火』」
繰り出された足を追う炎が綺麗な弧を描く見事な後ろ蹴り。首筋に綺麗に決まった踵はそのまま振り抜かれ、標的の肢体は上がる火炎と爆発に飲み込まれる。
その破壊力は今までの全てのどれよりも大きく、爆風が世界の果てまで届く程。
その爆風で戻ってきた獲物の大剣を見もせずに握り直した響は、視界の端で三つの陰を捉えたことにより、そちらへと向かっていった。
「随分と派手にやってますわね。もう少しスマートにできませんこと?」
「今のこれでそんな戦い方できるわけねぇだろ。こいつはただ焼いて焼いて焼き尽くすだけだぞ。それより終わったのか?」
「えぇ、あまりに手応えがなくてがっかりですわ。試運転の相手としてはちょうど良かったのかもしれませんが。」
「そうか。それで使ってみた感じは?」
「上々、ですわね。殺すだけなら使い勝手はとてもいいですし。」
「そうかなら良かったが、さっきの揺らぎはお前だな?何やった。」
「少し邪魔な木を伐採しただけですわ。ついでで試し打ちもしましたが、近づかなければさした問題もありませんことよ。」
最後の一撃、あれによりセフィロトの樹はその繊維のかけら一つ残らず溶けきって消えていた。
物質も形なき事象、霊魂も、時間や空間、世界そのものを侵食する溶解毒。それを持つ黒光の槍の一撃によって全て犯されたその場所は未だ踏み入れただけで悶え苦しみ溶けてなくなるような死の空間と化している。
「ふーん、まぁいいや。パイフェン達も終わったんだろ?ならもう待つ必要はないな。」
「ありがとうございます、待っていただいて。よければお手伝いしますが。」
「ほざけ、これは俺の喧嘩だ。手を出すような無粋な真似するんじゃねぇ。まぁ、気持ちだけはありがたく受け取っとくよ。っと『潜り花火』」
何を感じ取ったのか地面に手を突っ込み、自身の周りに無数の火柱を生み出す。それが燃やしたのは数数十余りの水刃の群れ。端々から蒸発して行くそれを飛ばしてきたのは、晴れた爆発煙から姿のぞかせるアナフィエルであることは言うまでもないだろう。皮膚の所々が灼け爛れ、中には炭化するほど変化しきったところまである。決して無事とはいいがたいが、それでもまだ死ぬような傷ではない。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・ッ!残ったのは、私だけですか・・・。」
息も絶え絶え口にした言葉は、目の前が晴れ、見覚えのある三人の少女の姿を目にして溢れた苦節のものだった。今彼女らがそこにいるということは、すなわち自身の連れは全て今は亡き存在だということを示唆しているに変わりない。
心中渦巻く感情がいかほどのものかわかるのは彼女自身だけだが、その表情はまぎれもないものであることだけは断言できると言おう。
『下がってたほうが良い?』
「あぁ、ある程度離れてくれ。できるならあいつらのところにいてくれると助かる」
『了解。』
言われた通りに辿達のいる観客席へと足を運ぶ女子達。といっても一瞬で届く距離なので運ぶ足なんて見えもしないが。
地面に突き刺した大剣を引き抜き、一振りして土汚れを払う響。その一連の動作の後、見据えた目でアナフィエルを捉え、とある提案を口にする。
「さて、あんまり長引かせるってのもナンセンスな話だし、ここらで一つ方をつけようじゃねぇか。何、至極シンプル単純明快なもんだ。互いに持てる最大の一撃をぶつけて、生き残った方が勝ち。西部劇のガンマンの早撃ち勝負と似たようなもんだ。あっちは速さ、こっちは強さって確かな違いはおるけどな。」
「それで貴方は良いのですか?どう考えても貴方にとってそんなことをするメリットがありませんが。」
「あぁ、問題ない。こっちは後出しの方がタイミングを合わせやすいから先に出して構わないぜ。」
彼女にとっては願っても無い話だ。なにせ彼女には使えば必ず勝てるという確かな信頼を寄せるものがあるからだ。しかし、先程行っていた通り、今優勢の響があえてそれを手放してまでこの形式にするということは、一体何があるのかと疑わずにはいられない。しかし、その一撃に絶対の自身をを持つアナフィエルは、よしんばどんな奇怪なものが来たとしても問題なしと切り捨てて肯定の言葉を返す。
「わかりました。ではお言葉に甘えてーーーー『管理規定解除、全権能を解放します。』」
紡ぐ端々から、莫大なエネルギーが彼女の内部から溢れてくるのがわかる。まるで長年一度も開けていなかったダムの水門を開くが如く。
「『再演、これは主の元に滅びを齎す畝り。生命の営み、星々の煌めき、文明人類史、宇宙史に至る悉くを終わらせる世界の断末魔。』」
増えて増えて増えて増えて、溢れて溢れて溢れて溢れて、やがてその容量ゆえか、世界が軋む音がする。
「『邪悪を払え、不義を砕け、不遜を滅せ、不純を切れ、不法を弾し、邪を正し、卑属を叩き、この世全ての悪を浄化せよーーーー』」
「『人の世に(アポカリュプシス)退廃の海よ覆え(イヌンダーティオー)』」
振り下ろされたそれはもはや瀑布などと呼べるものではなく、世界を呑み滅ぼす終末の怪物。かつて起こったとされる『創世記』5〜10章に記述された世界を洗い流す大洪水。その原点とも言えるこれは文字通り三千世界を飲み込み滅ぼし尽くすとされる究極の一撃。水を司る彼女が創造主から管理を任された、そんな代物。牙を剥き、全てを洗い流さんとするその力のうねりが、響の元へと向かってくる。
「さぁ、しっかりと使わせてもらうぜ。」
笑っていた。絶望的に壊滅的な滅亡そのものを前にしてその男は、満足げな笑みを浮かべていた。大洪水の元ネタ?三千世界を滅ぼす一撃?
三千如き(たったそれだけ)で足りるわけがない。ゆえにーーーー
「『濫觴越えよ、祖は烏有帰せる末の徒花 (トートゥムデレンス・ウリエルウルティムム)』」
ただ圧倒的な熱量、ただの火力をもってして、真正面から呑み返す。
たかが三千世界を滅ぼす程度では比になどならない。その炎、終結の炎とはありとあらゆる並行世界、そして世界群全てに終わりをもたらすためのもの。その世界が生じた時から終わりを迎えるその時までその間にあった全てのものの史上全て、その軌跡全てを焼き尽くし、全て全て無かったことにする、終わりの果てを作るための炎。これに対抗するにはあらゆる並行世界と世界群の全てのものを生み出した正真正銘の『原点の炎』を用いて相殺するほかないのだ。
さてエネルギー力学の世界では、燃やして消すエネルギーより最初にものを生み出すためのエネルギーの方が圧倒的に大きなものとなるのだが、これはただ終わらせるだけでなく、なかったことにまで燃やし尽くす炎だ。数字で例えると最初に作る段階で100のエネルギーを用いる。これを消すのに1の力しか必要ではないが、しかしそれが出来てから今までの100の情報量までを消すのに総じて同じエネルギーが必要となる、というわけだ。
人で例えよう。人が生まれるのに仮に一万の力が生じる。これを殺すのに必要なエネルギーは1。だが今まで生きてきた痕跡を消すとなるとその量によって合計一万のエネルギーが、ということだ。
まぁともかく、全開で使えばありとあらゆる世界、存在(今ある世界や存在、これから生まれる世界や存在、すでに終わった世界や存在、それのもしもに至るから全く別物でさえも)が何もなくなり、何も無かった完全な無、に成り果てるのである。
勿論、それを全力全開では使っていない。ごくごく少数、全体から見て1パーセントにも満たないたったそれだけを限定的に発動させただけ。
それでも、ただちっぽけな水飛沫なんてあっという間に飲み込んで、矮小な天の子のことなど些事であるかのように消して行く。
これだけでも軽く那由多の世界が一瞬で燃えようが、それでも特別に強化されたここであればそれも防ぎきれる。流石に100パーセントのフルパワーではどうなるかわからないが。故に、
「馬鹿正直というかクソ真面目というか。一撃勝負に乗ったフリしていくらでも不意をつけただろうに。」
終わった、天より遣わされた天使たちは皆全て消え去りもうそこに敵対するものも、脅やかす何かもいない。一息深くついて、呆れたように、しかし確かなそれとはまるで反対の意を含んだ一言をつきつつ、体を戻して異質な世界を終わらせる。
何もなかったかのように涼風をなびかせる湖畔の夕暮れ前。そこに先程までの熱量は夢幻が如く存在し得なかった。




