矢には頭を、拳には才を
空間が揺れ、生まれた衝撃波が辺りを駆け抜ける。超高速の乗った一撃と、高く精錬された星をも砕く拳の一撃。その衝突によって生まれたそれ、しかしうち前者は押し負け吹き飛ばされる。
対峙しているのはゾフィエルとパイフェン。無論、飛ばされたのはゾフィエルの方であり、少女の額には汗ひとつなく、大きく息を吐いて構え直していた。
一方吹き飛ばされたゾフィエルの方も黙ってはいない。起き上がるとともに天界最速とまで謳われたその速度を持ってパイフェンの背後へと移動。手に持った短剣にて首を狙い振るう。
だがその振るう手首には掌底が添えられ首元数センチのところからまるで動く気配がない。そして無防備になった肢体に叩き込まんとす膝小僧。
なんとかそれを交わすものの掠ったのかそれとも風圧か、着ている衣服の腹部に一筋切れ込みが入る。
「(つ、強い・・・。それもただ力の大きさだけじゃなく、洗練された強さ。こやつこの歳で一体・・・本当に人間か!?)」
額からの冷や汗を拭いながら目の前の少女相手に睨みを効かせる。こちらは一杯一杯だというのに相手はまだ余力を随分と残している様子。そのくせ余裕綽々としたそぶりもなく、ただひたむきに向かってくるため隙もあらずにいるからやりにくい。
しかも相手は一度として先手を取っていないのだ。攻撃を仕掛けるのはいつもゾフィエルから。それを全て正面から迎え撃ち、それ以上のものを持って返してくるのだからそら恐ろしい。
ゾフィエル自身厄介な相手に当たったと苦虫を噛み潰した様な顔をしているが、その真実まだまともな引きをしていることに気づいてはいない。俊速を誇る彼女ではあるが、残り二人に当たったとしたらただなんのひねりもなくfamiliarの餌食になっていたことだろう。まぁそもそも響であれば素の速度で軽く超えているから訳ないのだが。
それに、私怨増し増しで甚振るリコリスや、謀計巡らし確実に息の根を止めてくる響と違い、相対するにあたり礼儀と敬意を持って手合わせをするパイフェンだからこそこうした戦闘と呼べるものになっているのだ。でなければただ速いだけの相手など分の時を待たずにこの世に生はなかっただろう。
「スゥーッ、来ないのですか?でしたらそろそろこちらから参りますよ。」
「(まずは耐えるしかないか・・・・・・。シャムシエルが終わらせれば数の優位性が取れる。もしくはザドキエルやアナフィエル様も・・・。)ッチ、随分と余裕だな。だが、長引かせていいのか?他の者が来てからでは遅いぞ。」
「えぇ、何人でも問題ありません。それにその心配をするのは貴女の方では?」
「・・・・・・まさか、少なくともあのアナフィエル様が負けるということは万一にもない。それにあの奇抜な格好の娘はどうかわからんが、そこの金髪は難しそうだが?」
さて、覚えている人もいるだろうがパイフェンは響からルールーのお守りを任されている。なので、すぐそばで彼女も一戦交えているのだが、まぁ実戦経験も浅くそもそも戦いに身を置いていなかった子だ。さらにその能力も戦闘向きでもないし、少し不安が残るのも確か。現に今もそこそこに苦戦している様子。
彼女の手には大ぶりの弓が握られ、鏃が射抜く相手を狙っている。そうしていっぱいに引かれた矢が解き放れ一直線に飛んで行く。その威力は凄まじく大地を破り、通った跡は真空のそれによってあたりの塵芥、生える草花、刺さる墓標の数本までもが集まりぶつかり合っている。
ただその一射で山はもとより島一つ程度なら消し飛んでもおかしくはないだろう。
だが
「(精々五発がやっと。いくら最上品でリコリスに強化してもらってるからって、やっぱり市販品じゃ全然持たない。)」
先ほどの一射のすぐ後に砕け散った弓の破片を投げ捨て、新しい弓を取り出す。
今彼女は自分の武器として市販品を使うしかない状態に置かれている。理由としてはそれに見合った者が手に入らないからなのだが、お陰で一撃の威力は下がるし(正確には当たってもふつうの鏃の強度では負けることがある。)、そもそも弓の方がルールーノ今の冗談みたいなステータスに使われるだけの強度を持ち合わせていないのだ。
最高品質の高級品にリコリスの魔法によって強化されてようやく5回撃てるだけ。
あぁ、もちろん何十回何百回と使える様な力加減もできなくはないが流石に相手的にその程度では火力、と呼べるものではない。
故にストックしておいた弓を使い捨ての消耗品として使っているのだが、無論それにも限りがある。今あるのは先ほどと同じく最高品で5回は耐えられる弓が二本、ランクが下がり3回は耐えれる者が2本。一回限りの完全使い捨て版が4本と、計20射が限界となっている。まぁ、最悪矢なんぞ手で持って力のままにぶん投げる、なんてこともできなくはないのだが、流石にそんなバカみたいなことはしたくないらしい。
つまり切れたなら大人しく近接戦闘に回ればいいのだ。いくら素人といえあのステータスであればゴリ押しが効くはず。それに矢切れはもとより踏み込まれた時様の対応は叩き込まれている。たかがメインウェポンを失ったところでさした問題ではないのだ。
と、は言えども。いくら打ったとというのに当たらないのは苛立ちを覚える。いや、正確にいうとあたりはしているのだ。
響から、『飛び道具は当たるのが大前提だ。止まってようが動いてようが死にかけだろうがウザいくらい元気が有り余ってようが五感が全部なくなろうがなんだろうが、矢は当てろ。いや、当たる。じゃなかったら殴るか切る方が早い。お前が気にするのはどうやって殺すのか、だ。』と教え込まれているので、実際ふつうにやっていれば外れはしない。
だが何が起こっているのか、鏃が当たる瞬間に矢の軌道がそれ、まるであさっての方向に飛んでいくではないか。これでは弓矢の腕どころの話ではない。
シャムシエルは太陽の天使にして昼を司る者。ウリエルの副官を務めていたとされる第四天の長。そして『見張るもの(グリゴリ)』の長でもある。
その罪状は人に太陽の軌道秘密を教えたこととエノクの書やヨベクの書には記載されているのだが、おそらくそれが先程の現象だろう。太陽の軌道に関わる記述があったとは言え、物質すべての軌道を操れるとは随分とぶっ飛んではいるが他に理由も見当たらない。
飛び道具を主として使うルールーからすればお世辞にも相性が良いとは呼べないが、しかし彼女もその程度を打破する策を持っていないわけでもない。そもそも、相性の悪い相手への対処をしないなど三流以下の鍛え方をしているはずもなく。
「(軌道が変わる程度なら問題ない。矢が効かないとかならまだしもそれならいくらでも手はある。)」
再度構える弓を引く。その手には弦に掛かった一本とは別にさらに日本握られており、連写の態勢と見受けられる。
「連続で来れば対処しきれないとでも?最初からそうやってわかってしまえばいくらでも対応可能だ。」
こう偉そうに物申しているが先程から一度も近づくこともできないでいるのがなんとも悲しい。元々軌道を操れる彼女だが、しかし標的に飛んでくる矢はすべて苛烈極まりなきもの。その威力のせいかあさっての方向に飛ばすのがせいぜいであり、でなければとっくに反射まがいのことをしている。
そもそも当たり前だが矢というのは放たれた直後から威力が下がっていく代物であり、つまるところ射手に近づけば近づくほどその苛烈さは増していくということだ。それを踏まえて、シャムシエルが今いるそのところが彼女が無傷に捌けるギリギリのラインであり、よってこれ以上は踏み込めずにいるのだ。
口だけ偉そうでその実ただの小心者様のお陰で全くの進展もなくただ時が過ぎていくばかりだというわけだ。いや、もしかしたら矢か弓切れを狙ってるという可能性もなきにしもあらず、か。
だから今回飛んできたそれも今までと同じく受け流したつもりだった。確かに自身の心の臓を狙って向かってくるそれは、触れた直前でその軌道を大きく変えあらん方向に飛んで行きはした。
だが、続いてきた第二矢はわざわざ操作をするまでもなく、当たらず脇を通り抜けていくではないか。最初、彼女は単に外しただけだと思った。処理し終わったものに構ける必要などなく、それよりも続くであろう第三矢に注意を払わなければいけないからだ。
そして案の定飛んできたそれをその目に捉えた瞬間だった。背後に不吉ななにかを感じ急いで振り向く。
そこにあった光景はいかようにも信じがたく、処理し終わってはるかかなたで地に落ちているであろう先程の二つの矢が上右とそれぞればらけた方向から飛んできていた。
相手も矢を自在に操れるのかと驚きを隠せないシャムシエルだったが、残念ながらそれは違う。
これは能力などではなく、そうなる様に狙って打っただけ。最初の一矢が飛ばされる位置を計算し、それに合わせて第二矢を放つ。ぶつかり合うそれが互いに進行方向を変え、向かってきたのだ。ミリ単位、コンマ0,1秒でも狂えば成功せず、さらにそれをたった数秒の間に計算する演算能力も必須となるこの行為はまず並大抵の人間ではできはしないだろう。それをこの前まで戦うことすらできなかった一介の少女がこなしているとなると、一体どれほどの鍛錬を積んだのか、そもそも鍛錬を積むだけでこの領域に踏み込めるのか。
幸い、矢が刺さる前に気づけたので処理自体はできたが、一瞬でも遅ければ致命傷になっていたやもしれない。
その事実に冷や汗をかきながら続いてくる二つ目の矢を迎え撃とうとしたその時だった。
不意に走る背中からの衝撃。
それは痛みなどではなく、小山一つが音速でぶつかってきたかのような、そんな衝撃。
戻ってきた二矢に気づいたことはさすがというべきだろう。だがしかし、それにばかり気を向けてしまい、三つ目のそれを忘れていたこと、それは愚かと言わざるを得ない。
いやしかし、流石に三つ目の軌道上にボーっと浮かんでいたわけではない。ちゃんとそこは回避できる位置にいたのだが、二度も同じことは起こるまいと、飛ばす方向をちゃんと考えなかったこと、そこがいけなかった。
戻ってきた最初の矢に弾かれて軌道を変えた第三矢。その鏃が左肩下部に突き刺さり、同時に体全体まで広がる程の衝撃に襲われる。矢と矢がぶつかることによりその分威力は落ちているお陰で即死も致命傷も免れたが、お陰でさらに次の行動に移れない。
そして最後に来るのは第二矢。先ほどの一撃により対処もできずただなすがままに受けるしかない。
流石に威力が落ちてるとはいえ二つもほぼ直撃を食らってはまともな状態でいられない。衝撃によって揺れた脳髄により意識が朦朧とする中ではまともに軌道など操作はできはしない。端的に言って無防備なこの状況、いやこの状態ではすでに死は免れない。
いつのまにかシャムシエルのそばまで来てその頭に引いた弓矢をあてがっているルールー。大きくしなるまで弾かれたそれは、先ほどまでとはまるで比べものにならないような一撃となることだろう。
「(万が一で、この状況で使えたら厄介。ゼロ距離なら軌道なんてないから、あの能力も使えない。これで終わり。)」
掴む指が離れ、凶悪なまでの一撃が放たれる。発射とともに弓は砕け散るが、もうこの場で使うことはないから問題はない。
彼女を中心に衝撃波が広く伝わり、そこから先半径数百メートルの半円状に地面がえぐれる。いたく強化されたこの世界がそうやって吹き飛ぶのであるから、もし通常の世界で行えば恒星一つは軽く吹き飛んでもおかしくはない。まぁ、それだけの威力にさらされては跡形残るはずもなく過ぎたそこには舞い上がった砂塵が揺蕩うのみだった。
「な、なにが・・・。」
その様子を一部始鑑賞していたゾフィエルの口から出てきたのは、そんな情けない声だった。是非もなく、己が予想していた結果とはまるで違う、馬鹿げ暴力的なまで圧倒的な力というものを目にしたのである。加えてこうして露骨な時間稼ぎしてまで待っていた増援は見込めず、逆にこちらが数でも負けてしまう始末。(態々その時間稼ぎに付き合ってやるパイフェンは相当もの付きだと思う。)
「勝負ありましたね。響さんも心配性です、わざわざ私をつけなくてもルールーさんは大丈夫なのに。それだけ大切に思っている、ということなもしれませんが。さて、こちらもそろそろ終わりましょう。おそらくリコリス酸味とうの昔に終わっているはずですし、あまり長引かせるものでもありませんしね。」
その言葉にゾフィエルの心ウチは恐怖に染め上がる。忌避せざるおえない死の恐怖、こみ上げる痛いほど死ぬほどの不安が身体中を走り回る。いっそ逃げてしまおうかと思い隙を見計らおうとしたが、いやどういうわけか目をそらさず、瞬きもないままに、パイフェンの姿は消えていた。
はていつその姿は見えなくなったのか、ついさっきのような気もすれば、実は最初からそこにいなかったかのようにすら思えてくる。
それだけ自然なまでの体の動かし方であり、スピード。縮地などというものでは生ぬるいほどの最早幻覚と呼んで差し支えない動き。そしてすぐ背後にいるというのに全く気付かせないその気配を殺す技量。正しく天賦の才。さすがは響をしてもしこの年までまともな鍛錬を行い、怠らずにいたら手も足も出なかっただろうと言わしめた化け物だ(勿論Lostシリーズを使えば話は別だ。)。たかが天使の十や二十、赤子の掌を握るよりも容易かろう。
ゾフィエルの背後にたつ彼女の腕が上がり、握った拳の裏を優しく背に当ててている。殴るという行為は腕を引いて突き出す運動エネルギーからくるものであり本来このような状態ではちゃんとした力を込められないのだ。
だが、それを超えていくのが彼女たち。常識が通用するようなものでは相手にすらならない。
「『瘧鬼』」
瞬間、世界が揺れる。それは先ほどルールーが放った一矢の数十倍もの威力を持つ一撃。だがそのすべての力が噴き出すわけではない。世界を揺らしたのはただの余波。そのほとんどの威力を相手の体内のみで爆発させ、周囲への被害を極力少なくする、彼女らしいこの一撃は、それでも余波のそれだけでこの影響力。
当てがわれた本人?そんなもの爆散しているに決まっている。血は飛ばない。その前に消し飛ばされるからだ。肉片などない、耐えきれるほどの強度は持ち合わせていないからだ。
ほぼ即死なだけ彼女は幸運だろう。運悪くリコリスと当たることになったザドキエルの最後と比べれば安楽死とさえ呼べるかもしれない。
さて、とりあえず両方とも相手を片付けて役目も終わったのでこの場にいる必要がなくなった。というわけで二人揃ってあとは帰るだけだ。
「戻りましょうか。多分響さんは私たちが終わるまで戦闘を長引かせてこの状態にしてくれてると思います。ゆっくりしていたら迷惑になってしまいます。」
『・・・ちょっと休んでかない?』
さっき言われたことをまだ根に持っているのか、少し棘のある言い方で提案する。口は災いの元とはよく言ったものだと、今この状況ではそう思えるだろう。
「ダメですよ、彼の戦闘が伸びる分他の人に及ぶ危険が大きくなるんですから。」
『じゃぁ後で一発殴る。』
「そ、そんなに気にしてたんですね・・・。』
苦笑いをルールーに向けて少々困っているパイフェンだったが、こればっかりは一生彼女にはわからない気持ちだろうな、と思う今日この頃である。




