やがて翼は羽も残さず
総数43の人型の群れ。それがリコリスの背後の空をまだらに染める。
布製のもの、木製、陶器石膏、ぬいぐるみ調のものからリアルなビスクドールまで。材質、表現手法から果ては髪色顔立ち服装に至るまで千差万別の少女たちの群れ。
本来はただ形取っただけの空っぽの紛い物に過ぎないのだが、今この時彼女たちを持ってのみ、その全てが意思を持つ偶像となる。
「数で上を取ってきましたか。この数だと少々厄介そうですね。」
「はぁ、これを見てもわからないとは、少し期待した私がバカでしたわね。少しはやりそうだと見直した矢先にこれですもの。あーあいやですわ全く。」
「挑発ばかり、口が随分と達者な様ですね。『不落王宮』」
彼女が呼び出したのは半透明の光り輝く不落の盾。
いや、そういうにはいささか不適切か。正確には生命の樹から出されたものは金剛の膜。それが瞬時何十何百の層を作り、絶対的な衝撃遮断性を誇っている。おそらく、まずは自信が安全な状況を作って優位性を攫ってからと考えたのだろう。
これは厄介。響が使う『盃』の枝刃であればこんなもの役に立たない。あれは気質の塊の様なものでできているので、壁だろうがなんだろうが物理的な遮蔽物は総じてすり抜けて(それに加え霊格や魂だけ切り裂くという理由もある)いくのだが、なまじ人形という実体を持った物理的な皮を持ったせいで、リコリスの猟奇少女たちでは阻まれてしまう。
などと思っているのであればそれは恥をさらしていることになるからやめておけ。
なぜかって?そんなもの少し考えればわかるだろう?簡単、作られる前に懐に入り込んで仕舞えばいいだけの話だ。
「『吸って溢れて破裂して(suck folld rupture)』」
ほんの一瞬で作り出されようがなんだろうが、これの前では等しく意味がない無駄な行為だ。目で確認できる速度など、視認を超える速度で動き回れる『familiar』の前では何の価値もないのだから。
そうして、防御膜が出来上がる前に10前後を残して肉薄してきた大量のドール、パペットたちに虚をつかれ動きが数秒の間完全に動きが止まるザドキエル。そのせいか否か服の裾を摘まれ、大量の少女達の中から茶髪の一人にあっけなく捕まってしまう。その後一瞬でほかの小さな小さな少女達にたかられ、腰回りや脚、腹部二の腕に至るまでびっしりとしがみつかれ、身動き一つ取れやしない。しかも触れたところから何か奪われる様な感覚があるから気味が悪いことこの上なく、長引かせると何が起きるかわからない不気味さに襲われて早く振り払おうと力を込めるが、今度は軽く噛み付いてきたり筋を指でなぞって来たりと色々とやりたい放題。別段それで吸われる感覚以外に、例えば傷ができるだとかしおれていくだとか、そんなわけでもないのだが、ただひたすらに嫌悪感と恐怖が込み上げて余計に焦りが募る。
だが、先程からそれだけで他は何もしてこない。金剛膜の外側にいるリコリスが何もしてこないのはわかるが、内側にいる三十体あまりの人形達は同じことをするばかり。おそらく生気でも吸っているのだろうと思われるが、それだけとは考えにくい。
「そろそろいいですわよ。返して差し上げなさいな。」
そう彼女が言った瞬間、少女達の動きが停止する。何事かと眉間に皺を寄せ訝しむのもつかの間、人形と触れている部分から耐え難い鈍痛が広がってくる。感覚としては注射器で薬剤を無理やり血液の中に入れられている様。
今この状況で突っ込まれるものと言ったら先ほど奪われたと思われる生気の類と見てまず間違いないだろう。しかし、そうだとしたら元どおりになることはあれど、痛みが生じるということは初期量より多いという事でおかしなことになる。
実は送り込まれているのは生気なのではなく実物の赤い液体の血。それが血管に直接注ぎ込まれて破裂させているのだ。
この血液は吸収した生気から少女達の体で作られたもの。この人形達は生気を吸えば吸うほどそれを原材料とし、あらゆる期間を模倣して人に近づいて行きく。そうして最終的にはリコリスなしで動け言葉を使い己の意思をしっかり持ったミニマムサイズの人間そのものへと成る。
もちろんただの人形に何を送ろうがそんなことにはならないが、ベースとなるとナニかが憑いているこの子達であれば可能なのだ。
さて、血管が膨張で次々と破裂するだけでも十分に耳を塞ぎたい様な話だが、流し込まれる血液は少女達の内部で作られたものであり、もちろんそうであれば血液型も違う。ご存知だと思うが血液型が違うものを輸血すれば抗体が抗原を攻撃し、拒絶反応を起こして死に至る。故にそう言った使い方もできるのだが、相手が人ではないので通じるかどうかは怪しいところだ。
「こっふっ!(吐血?毒や病原菌の類?ど、どちらにせよこのままは非常にまずい。)『熱色浄化』」
先ほどとは打って変わってしがみつく力は無いに等しくいとも容易く振りほどけた。そのまま痛みろくに動かない四肢に鞭打ってその場を離脱し、淡い炎で全身を包ませた。
理解は金属として鉛が該当し、鉛は有毒であるため不純を表している。しかし、鉛を燃やすことによって不純を燃焼させて浄化するというの比喩が込められているので、先ほどの炎はそういうことだろう。
ともかく、お陰で破裂しきった血管と暴れて体を蝕んだ抗体の爪痕も完全とまではいかないが7割強は回復したザドキエル。まず必要なのは盾ではなくいなしたり防いだりと動いて使える武器だと悟った彼女は、早速得物を呼び出した。
「『金陽の光剣』!『紫月の朧刃』!『誉れ高き父に啓示』!」
セフィロトの特に太い二枝が形を変えてそれぞれー振りの劔へと姿を変えた。一つは光り輝く黄金の大剣。そして淡く光を返す紫苑の細剣。
そしていつのまにかできていた黄金の林檎、すなわち知恵の果実をもぎ取り口に運ぶ。これにより思考速度と直感力が向上。速度で負ける分、この二つで対応しようというわけらしい。
またそれだけではなく、自分に群がって集まっていた少女達を一掃する好機だと、殲滅にことを置く一撃を命令。
「『鉄流星』!!!」
放たれたのは灼熱の礫の群れ。何百何千何万の純度100%の燃え盛る液体鉄の雨霰が第三宇宙速度で少女の山に襲いかかる。これが厄介なのはたとえこの高温に耐えられたとしても、冷え固まった鉄によって固定され、身動きや呼吸ができなく成るところにあるのだが、先ほどこの数十段上の規格外を見てしまったせいでひどく霞んで燃えてしまうし、実際4桁台の温度では話にならない。
降り注ぐそれらはしかし目標に到達する直前で一つ残らず防がれる。摂氏1500度を超える液体鉄の群れは少女達にたどり着く前に空中で巨大な氷塊に飲み込まれ、固体へと逆戻り。もちろんリコリスの魔法によるものだ。
「(魔法!?ですが詠唱をしている素ぶりはありませんでしたし、幾ら何でも発動までが早すぎます。能力持ち?それはあの人形を操ることのはず。なら一体!?)」
知らない者なら無理はなかろう。それよりも彼女らがリコリスの情報を持っていないという方が驚きだ。これはもしやすると今回一番の情報かもしれない。天界はこちらの世界の事情にはあまり関心がないのであれば、もっとできることが増えるはず。もしくはただ把握しきれないから一個人のことは捨て置いてるだけやもしれないが。
閑話休題、目標の撃破に失敗したザドキエルに一斉に人形達が向かってくる。速度は未知数。コンマ1のそのさらに下の須臾の時で眼前数センチまでの距離に迫る少女数十。気づいたら目の前に西洋人形とか軽くトラウマもののホラー演出でしか無いな。
今度は鋏、鉈、包丁、千枚通し。巨大なまち針や縫針、鎌やペンチ。金槌や灰皿といった鈍器に至るまでetc。それぞれ一人一人違う武器を用いて襲いかかる。しかし先ほどの知恵の果実のおかげか押されながらも対応自体はできている様子。しかし防いでいるだけでは何も変わらずジリ貧で押し負けるだけなので、どうにかして攻撃に転じる手段を探さなければと思った矢先、左下腹部に衝撃を感じ、内部構造機関が揺らぎそれによる吐き気とともに吹き飛ばされた。
「ハッ、この子達だけにかまけて私を忘れるだなんてとんだ間抜けがいたものですわ。まさか術者は何もしないとでも?そんな三流以下の雑多なと同じなわけがないでしょう。」
先程までザドキエルがいた場所で嫌味を効かせる少女。超高速の勢いを乗せて蹴り飛ばした相手を見下し、さらに追い討ちをかけるように衝突地点へ術をかける。
左目の瞳の中の魔法陣が妖しく光り、そしてそれと呼応するように三重の特異魔法陣が地面に描き出される。右、左、右と内側から順に回り一周。そしてその輝きは一層増し、準備完了。
「『規定一つの星川の光(Alone stars Milky Way)』」
極光が天に伸び、その内部のあらゆるものを滅さんとす。
それぞれ最内部の魔法陣が三座標を司り、中央は時間軸。外周のものは世界線を。その日その時その場所に対応する星を導き出し、その伝承その力をそのままに叩き込む。それこそ天文学的偶然がなければ同じ性質はない魔法。欠点を挙げるとすれば何が適応されるかは秒単位ですでに決まっているため、運が悪いと相性最悪の星に当たってしまうことになるというところだろうか。
それで今回だがどうやらあまりよろしくないところを引いてしまったらしくお世辞にも相性がいいとは言えなかった。おかげか魔法が治っても致命傷には至らなかったが、何やら傷に比べて異常に体が痛む。ともかく『熱色浄化』」を使って回復しようとするものの、その治りも遅い。
まぁ種明かしというか簡単な話だが、効果としては薄いもの今の状態のリコリスが放つ魔法全てに、魂魄をじかに傷つけるfamiliarの特異性が載っているのである。当たれば即死ほどではないが、それでもあの妲己の黒槍と同等の効果はある。
文字通り心身共に多大なダメージを受けたザドキエルだったが、しかしそれだけで終わらない。
「さぁ、どんどんいきますわよ!!『自由他在の七色星雲(marionnette Pleiades)』!!」
七色の輝きは自在に動き回り、雷速を超えて対象を囲んで行く。
かつて響によってダメ出しをくらい使うなと言われた負担の大きいこの技。しかし、今の彼女であれば、その光弾一つ一つに憑かせるだけで、脳への負担をなくすだけでなくより精密かつ読まれにくい動きが可能となった強化版。
右へ左へ、上下前後あらゆる方向方角座標へザドキエルを翻弄し、少しずつダメージを蓄積させていく。全開状態ならいざ知らず、しかし先ほどの星々の一撃のせいで無視できない深手を負った彼女では全てをいなすし振り切ることなどできはしなかった。
さて忘れているかもしれないがこの『自由他在の七色星雲(marionnette Pleiades)』には締めとなる大技が存在する。それは段々と追い込まれ、まともな動きが取れない今この状態が良き塩梅だろう。
「アハハ、遅い遅い!ほら簡単に捕まりましたわ。『天地覆うは七曜の輝き(days of seven )』」
複雑繊細な多芒星が描かれ、光柱が乱回転。続く二撃の柱は迫り、それは眼前までに迫る。出力は先ほどの『』とは比べものにならないそれだ。食らえば勝負がここで着くのは明白だろう。
だからこそ、ここでどうにかしなければならないザドキエルは、ここで切り札を切る決断を取った。
「我が呼び声に答えなさい。『王の剣』!!」
呼び出された最後の剣。四色の推奨によって形成された大剣。切り札として手に握られたそれは、果たしてその何通りの貫禄と力の波動を感じることができた。
回り迫りくる数多の極光の柱。接触数センチといったギリギリのところで振り向かれた水晶剣は、見事その全ての光線を切り裂き砕く結果を迎え、危機一髪の状況を打破することに導いたのであった。
そしてザドキエルにも、やはりこの最後の剣であれば対抗できると確信し、活路への希望を持っていたのだ。
のだが
「はい残念。『痛めつけるの処女人形(Dole Maiden・Cruel)』そんな囮にムキになるなんて滑稽。心底笑えますわね。ウフフ。」
下方から迫る物体に飲み込まれる。
彼女が確認するまもなく飲み込まれたそれは、三メートル近くある特台の人形。いや、人形というよりかはからくりや傀儡といった方が正しい。かろうじて女性の姿を模しているが、夢に出てきそうなほど不気味で薄気味悪い。
その腹の中に閉じ込められたザドキエルは、手に持つ水晶剣で腹を掻っ捌き脱出を図ろうと試みるが、その袖をまた何かに強く引っ張られ叶わない。
謎の恐怖に襲われながらもゆっくりとその方を見ると、まさにホラーチックな少女の人形が薄気味悪く袖に噛みついていた。
いや、見ればこの傀儡の中いたるところに似たような人形が蠢きガラスや石の目を光らせこちらを見ている。
「ひっ、な、何・・・・・・」
恐怖に声を漏らし、拒絶の言葉を吐き出す前に、少女たちは襲いその四肢に食らいつく。文字通り、ただ噛むだけではなく、その血と肉、魂を喰らっている。
生きたまま体を喰われ、魂を削られその激痛と恐怖に悲鳴絶叫、断末魔の叫びをあげ悶え狂うも、それも10秒も経たぬうちに聞こえなくなり、そしてザドキエルという存在だった肉体、魂は食べ残された衣服の橋切れしか残ってはいなかった。
「全く、全然張り合いがありませんわ、つまらないったらありゃしない。って、あら?術者が死んでもこの巨木は残ってますのね。あっても不快なだけですし、消してしまいましょうか。」
どうやら生命の樹だけは彼女が消えても残っているらしく、天にまつわるものを基本的に嫌っているリコリスは不快だからと伐採するつもりのようだ。
変に動きもしないし、攻撃してくるそぶりもないので簡単な処理かもしれないが、本質的に明らかに呼び出したザドキエルよりも格上の存在であることは間違いない。となればその強度は彼女のそれを大きく上回ることも予測できる。
だから、先ほどの術よりもさらに上のもので対処する羽目になるのだが、何やら考えというか企みがある様子。
「丁度いいですわ。一度全力を見ておくにはいい機会じゃありませんの。」
天に手を掲げ魔法陣を多重に展開。力を、力を集めるその中心。してそれが形成され、成す形は一突きの槍。
楽園の木、総意の源である美しき命の樹を狩るその名を説く。
「『十二星、祖は死を運ぶ者なり(ゾディアート・ネームオブアンタレス)』」




