燃ゆる天上の徒花。
「『縛り書き(カテーナ・コステッラツィオーネ』」
そう口にし、無事な右手で何かを手繰り寄せるような仕草をした瞬間、地面に亀裂が入りそこから砂煙が起こる。その煙の中から反射光が垣間見えることからそれは彼の持つピアノ線が起こしたものと理解できた。
張り詰めたそれは一直線に天使たちの元へと向かい、その肢体を絡めとり締め上げる。
「この程度のもの・・・!」
が、それはなんのいわれも特筆すべき点もない市販品。殺せるどころか長時間の拘束などできるはずもなく、個々それぞれに断ち切られてしまう。
だがそんなことは響にもよくわかっている。わかっててやったのだからこそ、狙いはそこにはない。
「!?これは・・・、跡が魔法陣に!?」
「気づくのが遅かったな。術式140〜188、展開。」
「(承認)」
一瞬の発光、すぐさま訪れるのは大地の崩壊。亀裂は低くうなり声が響く底なしの暗闇に沈む地盤と共に5の人影は落ちて行く。だが、その背中の翼は飾りでもなければ、ただ落とすだけの行為に意味はない。当の本人達もくだらないと一蹴し頭上へと逃れようとする、が。
「『落ちる落ちる奈落の其処に(アバドン)』」
喰われる。
青空目掛けて飛んでいた天使達は、その全て一人残らずの顎門に飲み込まれる。
『奈落の底(アバドン』を冠する怪物が天の使いをくらい砕き、押しつぶして閉じ込める。
「す、すげぇ・・・や、やったのか。」
「んなわけねぇだろ頭大丈夫かお前。どう考えてもこんなもんでくたばるようなタマじゃねぇだろ。それより・・・やっと来たか。」
一体なんのことぞやと満身創痍の体のくせして首をかしげる皆だったが、その答えはすぐに理解できた。
その後一拍おいて飛び出してきたのは響の連れ3人とプラスα。全員全力で向かっていたのか少々息が切れているのが見受けられる。先に響がついたのはその高い俊敏ステータス故か。
ちなみに辿では到底追いつくことはできないので彼女一人だけパイフェンに抱えられているのがなんともシュールだったりもするのだがいうと多分嫌味ったらしく色々言われるに違いない。
「は、速すぎますよ。もう少し合わせてくれても・・・。」
「しゃーねぇだろじゃなかったら間に合ってなかったんだから。」
「そんなことどうでもいいですわ。今は天使とやらがどこにいるかが先決なんですの。」
「そう血走んなよリコリス。まぁお前がそうなんのもわからんでもないが焦ると足元掬われんぞ。で、奴らはあそこ。」
興奮止まないリコリスをたしなめつつ親指で土塊を指す響。色々と説明している間に三人の域も落ち着いて周囲の状態を確認するまでにはなった。さした先に人影はなく土山のみ。周囲にもそれらしきものは見当たらないのでそういうことなのだろうと理解する。
『閉じ込めたの?』
「一時的にだがな。そろそろ出てくるだろ。」
言葉通り、盛り上がった土塊の頭蓋は僅かに振動を繰り返し、先ほどまでは確認できなかった亀裂が走り出している。その状態もさして長くは続かず亀裂はやがて大きな綻びとなりやがて決壊をもたらす。奈落の口内から出てきた彼女らは土埃まみれで軽い擦り傷を負っているものの大きなダメージはない。
「貴様、何者だ?」
「んだよ月並みの質問だなぁおい。今時小学生でももっと洒落た言い回ししてくるぞ。その硬くて使い物にならない脳髄が透けて見えるぞ、飼い犬供。こう言やわかっか?今すぐご主人の首だせコラ。」
そのあまりに乱暴な物言いにに、御使達の顔が苦虫を噛み潰したようなものへと変貌する。
まさに邪悪、眼前憎しいざうち滅ぼさんと、その得物を持つ手に力が強く入り、己が主人にあだなすその存在へと明確な殺意と悪意憤懣遣る方ないその思いのはけ口を向かわせる。
「そう早まるんじゃねぇよ、待てもできねぇ駄犬なのかテメェらは。そもそもこっちだってそれ目的できてんだ。まさかそれも読み取れないとか言うなよ?底が知れるぞ。」
「世迷いごとを!たかが人間ごときに何ができると言うのだ!」
響の煽るような物言いに、よほど耐性がないのか額に青筋を浮かべてキレ気味に反論する内1人。いやだがしかし、彼女の言い分も最も。ただの人間ではこの神の子達には葉もたたないどころか、同じステージにさえ立ってはいられない。
が、それは並のと言う言葉がつけばの話。
「ま、そりゃそうだろうよ。だがまぁ、こちとら化け物はみだしものの愉快な一行なもんでな。少なくともお前らごときに遅れを取るほどおめでたくできちゃいねぇんだ。まず相手にすらならねぇかもだがなぁ。」
その言葉とともに、腕を真横へと差し出し、小さく口を動かす。
紡ぐ三節。それは忿怒を灯す紅の燈。成すは焔、示すは天上の赤き徒花。
秘されたる光景は栄華の極みなりて、故にその花炎が天を許すこと能わず。
その意の込められし言葉を紡いで、最後の締めを指鳴らしとともに行う。
降りしきるそれが一瞬視界から彼の姿を隠し、その刹那で世界風貌は一変する。
「▪️▪️▪️▪️ーーーーlost groly」
烽火連天、炎弛めく焔の海原。
今纏う赤白を払いのけ、天上の徒花は狂い咲く!
♢
ここで話は数時間前へと戻る。
早朝の清々しい光の中、ユークリッド大聖堂の正門前へと到着した響一行。まず最初に考えなければいけないのはどうやってこの中に忍び込むのかだ。観光地の一つでもあるこの聖堂、おそらく何かあるとすれば一般人立ち入り禁止区域だろうが、そこのセキュリティは凝固なものだと聞く。この文化レベルの世界に指紋認証や音声認証、ICカードと言った電子ロックの類があるはずもないから、警戒すべきは警備の人間と鍵の入手方法だろう。
「流石にこんな時間に睡眠薬はばら撒けねぇよなぁ。後から来た輩に発見されると騒ぎになる。」
「じゃあまた洗脳でもしますの?」
「あんま足つけたくねぇから最終手段だな。俺だけ先に行って転移で運ぶのもなしだ。」
「そうですね、飛んだ先に人が通りかかってしまう恐れもありますし。一旦夜まで待ちますか?」
「いや、今行こう。流石に奴さんもんな朝っぱらから侵入する奴がいるとも思ってねぇだろうから警備の気が抜けてるし、夜よりかはいいだろ。」
前回の金羅井神社は警備を常設しているようなところでもなくまた誰かが侵入するようなこともないしされる理由が本来あるわけではなかったが、しかしここはそうはいかない重要建造物であるため警備が日がな一日中目を光らせている。いくら夜闇に隠れて動けるとはいえ一番警戒の強い真夜中は難しい。そこで裏をかいてこの早朝に動こうというわけだ。それに見つかっても一般客のふりをして迷ったとでも言えばいい。
「で、結局どうしますの?何か策がありまして?」
「いんや、今回はふつうに忍び込もうと思ってる。スパイ映画見たいで面白そうだし。」
『好奇心で決めるようなことじゃないと思うけど。それで見つかったら元も子もないじゃん。』
「そのために洗脳って言う最終手段がいるんじゃねぇか。だって誰も隠行とかできねぇだろ?」
『むぅ、ごもっともで。』
残念ながらこのメンツに盗賊系の役割の人間はいないので致し方ない。いやルールーがその類に伸びればあるいはだが、本人が希望していないのだから無理強いすることはできない。
「でもこの時間だと観光客は少ないんじゃないでしょうか?」
「あ・・・、丁度朝の礼拝なんかにくる奴らいるんだしそれに紛れればいいんだよそこは。」
「今あって言いましたわよね?言いましたわよね?」
幸い響の言った通り人影は決して少なくないので作戦(と呼ぶにはあまりにも稚拙なものだが)に支障はなさそうだ。とりあえず、中の構造や警備の配置状況を確認しなければどう言ったアクションを取ればいいのか検討つけられないので中に入る。
まず正面に見えるのは巨大なパイプオルガンと祭壇。聖堂特有の非常に高い天井に届くまでの大きさと、その祭壇には見事なまでの彫刻による装飾が施されている。
そしてその天井にはさながらサン・ピエトロ大聖堂の最後の審判を思わさんばかりの宗教絵画が描かれており、くる人の目を集めている。
また、オルガンの背後には一面ステンドグラスの物語が赤青緑黄に紡がれ、光を見事に遊ばせていた。
並べられた長椅子の一つ一つにも装飾は掘られており、この大聖堂を支える支柱一つ一つにすら物語が散りばめられているのだ。
まさに圧巻。これほど人の目と心を奪うような建造物は目にしたことはなく、そしてこの世、いや響たちが元いたその世界においても右に出るどころか肩を並べる物はないと言っていい。
「こいつはすげぇな・・・。建物に飲み込まれそうだ・・・。リコリスお前からしたらこりゃどハマりだろ。」
「そ、そうですわね・・・。ここが教会でなければの話ですが至高といって差し支えないですわね。個人的にもう少し黒が欲しいところですが・・・。」
『はぇ〜。』
「すごい・・・。」
一同一瞬にしてその美しき世界観に魅了され固唾を飲み立ち尽くしてしまう。一人しょうもない要求をしているがそこはスルーするとして。
いかに素晴らしき建築美と言えどもずっとみいてるわけにもいかないので気持ちを切り替える。まず見つけなければならないのは立ち入り禁止区画。そして次にそこを守る警備の状況だ。
「あそこか・・・。地下への階段みたいだが・・・。入口の警備は二人か。」
オルガンのすぐ右横、そこだけはステンドグラスではなく石膏の壁であり、扉の類はなく奥に続く入口がありそこには二人の兵士。小さな覗き口からは微かに下に降りるための階段のようなものが見受け目られる。
「まずはあの見張りの注意をそらさなければいけませんね・・・。何か騒ぎが起こればいいのですが都合よくそうはなりませんよね。」
「そう言う時は自分で作るしかねぇだろ。」
『じゃぁ誰かが囮になるの?』
「いんや、んな脚のつくような真似するわけねーから。誰かに起こさせるんだよ。」
そう言うが早いが見渡して祈祷している信者達を物色し始める。手頃な相手に狙いを決めて足を動かす。
ゆっくりと自然に、聖堂の中心たるパイプオルガンステンドグラスを間近で拝見しようとする観光客を完璧に装って狙いの男に近づいていく。リコリス達も最初の視線で誰に向かっていくかは理解したが何をしようとしているのかまではわかっていない。さてどんなことをするのかと固唾を呑む三人、しかしその期待とは裏腹に特に止まるでもなくアクションも取らず通り過ぎるだけ。
結局そのままオルガンを抜けステンドグラスを間近で観察し始めてしまったのだ。
事情はよくわからないがつったているのもなんなので後を追って響の横に着く。
「で、何んでこんなところで突っ立ってますの?」
「そう焦るなってもうちょいでわかっから。」
結局その後もただ眺めているだけで何もアクションを起こそうとはせず変化が起きたのはそれから約15分ほど後のことだった。
「おい、お前これどう言うことだ!!俺の財布じゃないか!!」
「し、しらねぇよそんなの!?最初から落ちてたんじゃねぇのか!?」
「いーや、お前のポケットから出てくるのをちゃーんと見たね。この泥棒野郎が!!」
「そ、そんなこと言われても・・・、ん?待ってくれ俺の財布がねぇ!?」
「あ?しらねぇよそんなの。今は俺の財布をお前が盗んだことの方が大事じゃねぇのか?」
「・・・お前さんのそのポッケの膨らみは何だ?」
「あ?何のこと言って・・・。んだこれ・・・財布?」
「俺の財布だぞそれ!!盗人はあんたのほうじゃないかこのやろう!!」
「ふ、ふざけんな!!俺はしらねぇ!!それにお前だって・・・、」
どうやら男二人の間で財布の盗み合いが発生したようだ。途端にそれは大きな騒ぎとなり取っ組み合いの喧嘩へと変更。野次馬も大勢集まり先ほどまでの静謐な朝の教会の雰囲気はかき消されてしまった。こうなると警備の人間も動かなくてはいけなく、バカなのか二人して仲裁に入っていってしまった。つまるところ今入口前はガラ空きということである。
「あれ、貴方の仕業ですわよね?」
「おう、気づかれないように財布を擦って互いに忍ばせておいたのさ。昔詐欺師の奴から教わってな。流石に片方だけだとそいつが冤罪でブタ箱行きになっちまうが両方共にだったら私談で片がつくだろ。」
「それって詐欺師の仕事じゃないような?」
「そう言う奴なんだよあの男は。詐欺師のくせして擦りや空き巣、強盗や怪盗なんかの技術にも長けていてな。最初はなぜにと思ったが途中からめんどくなってそういうもんかって気にすんのをやめたわ。」
『それただの凶悪犯罪者じゃない。』
「それが本人は詐欺しかしねぇんだよ。無駄な知識にもほどがあるが、まぁクリーンな犯罪者だよあいつは。」
詐欺師の時点で犯罪犯してるし犯罪者にクリーンもクソもあるか。とんだパワーワードを生み出すんじゃぁない。
いやしかしともかく邪魔な警備はどいたので、この機会を逃さないてはない。四人は細心の注意を払い速やかに入口を通り地下へと続く階段を降りていく。
降り切ったところで一時停止、壁に背を向けて叉路まで進み、首だけを伸ばして左右の状況を確認する。
「・・・巡回の姿はなし、配置も見える範囲内では置いてない・・・と。」
「どっちいきますの?」
「・・・左だな。」
『理由は?』
「角から刺す光があっちの方が強い。多分続きが長いのは左・・・だと思う。」
「了解です、行きましょう。」
パイフェンの言葉の直後、音を立てないように、しかし迅速に次の角へと移動する。そしてまた進路先の確認を行い・・・と言うのを繰り返すこと十分ほど。一行はさらに発見した階段を降り地下二階の中程まで進んでいた。しかしここで問題が発生しており、次の一本道のど真ん中に警備兵が立っているのだ。しかも戻ろうにも前の道には先ほどやり過ごしたばかりの巡回兵がうろついておりにちもさっちもいかない状態。
「困りましたわね。どうしますの?」
「乳飲児じゃねぇんだからちっとは自分で考えろや。」
「貴方、最終的に私頼みなくせにずいぶん調子に乗ってませんこと?」
「るせー口動かす前に頭動かせや。あと黙れ。」
「今ここで息の根止めてやりますわ!」
「あーもう静かにしろ、見つかるっての。やるなら後にしてくれ。」
リコリスの口を押さえて黙らせる響の顔はほとんど動きもせずただ警備兵を監視し続けていた。その間腕の中でもがもがと謎の音が発生しているがもちろん気にしない。
「困りましたね・・・あまり長い時間待機しているのは危険ですし・・・。」
「せやなぁ。いつ戻ってきはるかもわからんさかいなぁ。気づかれる前に意識落としたらええんやないの?」
「んなことしたら発見された時に大騒ぎになるだろうが。怪盗が予告出して盗みに行くんじゃねぇんだよ。今回俺たちは入ったことにもでてったことにも気づかれないようにだな・・・!?」
途中までまともに答えていたが、気づけば質問してきたその声は今この場にいるはずのない人間のものだと驚きざまに振り返る響。
そこで目に入ってきた顔は京弁のおかっぱ少女のもので、やっぱりここにいるのはおかしい人物であり眉が妙な形に曲がる。口も開く。
「なんやそないな妙ちくりんな顔してはって、うちの顔に何かついてはりますの?」
「いやいやいやいやちょっと待て、なぜお前がここにいる辿。つうかいつからいた。」
「そなもんあんさんらが最初の階段降りたところからやよ。早めにきといてまっとったんやで?」
「おーけー意味がわかんねぇ。なんでそこで声かけなかったのかも俺らが今まで気づかなかったのかもそうだが、まずそもそもお前はどうやって入ってきた?」
「うちの能力わすれたん?悲しいわぁ。」
「・・・雲隠れ、それとも星の林か?」
「響はん詳しいなぁ。雲隠れはまだしも星の林なんて高校生が早々口にするようなもんやあらへんやろ。」
「柿本人麻呂、しかも万葉集の時点で超有名だと思うがな。」
どうやら辿は自身の能力を使い隠れるのに適した唄を読んで姿をくらませていたらしい。
ちなみに二人が言っているのは百人一首収録むすめふさほせの一つ紫式部の『めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かな』と万葉集収録柿本人麻呂の『天の海に 雲の波立ち 月の船 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ』のことである。
たしかに後者も有名どころではあるが、最近だと万葉集なんてろくに授業で取り上げないので知らない高校生がほとんどだろう。名家の出身である辿はまだしもそれがさらっと出てくる響も見上げたものである。
「それにしたって俺らが気づかなかったのはおかしいだろ。声かけなかったのはそっちの方が面白そうだからだろうが。」
「なんやうちのことわかっとるなぁ、嬉しいで。種明かしやけど二重に読んだんよ。せやから気づかんかったんとちゃいますかね?」
「なるほどねぇ。よし帰れ。」
「無理やな。だってうち帰り道わからんのよ。それにここまできておいて帰れへんわなぁ。どうしてもダメゆいはりますならここで大声出してもええんやよ?」
「脅しかこいつ・・・。」
「い、いいんじゃないんでしょうか。辿りさんがいればこの後の道も相当簡単に行けそうですよ?」
『とりあえずここはどうにかできるね。』
どうやら二人は賛成なようでリコリスは別にどっちでもいいと言った風である。と、多数決的に考えれば連れて行く他ないしまた二人の言ったとおりこちらにも大きなプラス要素はあるので仕方なく響も許しを出すことにした。
「・・・はぁ。しょうがねぇか。辿、こっからの出来事は他言無用だからな。もし少しでも口にしたらその首かっぱねるぞ。」
「怖い怖い。うちかてそないな無粋な真似しませんて。」
「それで、早速で悪いのですが件の隠行をお願いしてもいいですか?」
「ええよ。でも、今回は一回でええよな、一回で気づくのなんてあんさんらだけやろうし。」
「一応両方だ。何があるかわかんないからな。」
「はーいしゃーないなぁ。ほな行きますえ『めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かな』。も一つ『天の海に 雲の波立ち 月の船 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ』」
そこからはもう簡単だった。目の前を通っても気づかれる心配はないのでコソコソと動かずに済む。お陰かものの数分で次の階層に降りれたし、さらにその地下3階フロアも特に何事もなく進み、あっという間に7階層目まできてしまっていた。
驚いたことに警備は地下4階までにしか配置されておらず、そこから下は人の気配一つすらない無人状態であり、また多く積もった埃からここ何十年も人が降りてきていない様子だった。お陰で足跡がついてしまうのでいちいち通った道の埃を吹き飛ばす羽目になってしまったのだが。
そうしてようやくついた地下7階層。階段を降りてすぐ目に入るのは見るからに頑丈そうな鎖が巻きつかれた大扉。特徴的な装飾として互いに交わった大剣が描かれているのも特徴の一つだろう。もちろん細かい装飾はされているし例によって宗教画のそれである。
「この向こうか・・・。とりあえずこの鎖外さないとなっ!!」
そう言って掴んだ鎖を引っ張ってみるがビクともしない。さらに力を入れてみるが無駄。響の桁のおかしいステータスを持って行っているというのにこの有様とはどれほどの強度を持っているのか。諦めて殴り壊そうと拳を振るうが微かに凹むだけ。
「全く、役に立ちませんわねぇ。頭を使うんですのよこういうのは。」
見かねたリコリスが眼帯を外して鎖を睨みつける。その場所から発火し朱は全体に広がっていく。おそらく鎖を溶かして開けようとしているようだが、一向にそんな気配は起きない。どんどんと温度を上げていくものの無駄。明らかに鉄の融点の数十倍は高い温度を叩き出しているはずだというのに雫一つ落ちてこないどころか扉にすら変化がない。
「おいバカやめろ。これ以上は冷気が持たん。というか冷気に体が持たなくなる。」
「・・・わかりましたわ。」
発動させた氷結系の魔法で温度調節をしていた響からの待ったで渋々魔力を入れるのを諦めるリコリス。
「ふむ・・・アナザー解析を頼む。」
「(了承、完了までに17秒の時間を所用します。)」
「了解。始めてくれ。」
「時間かかるのですか?」
「17秒だと。いや優秀な相棒を持つと花が高いね。」
と言ってる間にもその17秒は過ぎてアナザーから結果が送られてくる。
どうやらこの大扉を囲っている鎖は特殊な気質でできているらしく、物理的な破壊は不可能かつあらゆる熱を無効化し酸化を防ぐ作りをしているらしい。もちろん結び目なんてものはないので解いて開けるなんて真似もできない。
「物体じゃねぇのかこの鎖・・・。盃で切ねぇかなぁ。」
『やるだけやってみたら?やるだけなら何も減らないし。』
「俺の気力はごっそり持ってかれるんですがそれは。」
確かに実体がないのであればいけるかもしれないがあくまで盃は魂そのものを切る刃であって実体ないものならなんでも切れるというわけではない・・・と思う。まぁ実際にやってみたことがあるわけじゃないしそもそもそんなもの切る機会なんてそうそうあるものじゃない。
「盃?なんや洒落た刀の名前かなんかなん?」
「ん、見てりゃわかる。Contract completion that’s “Lost familiar”、盃。」
早速呼び出した長刃を鎖の一本に振りかざしてみるとこれが物の見事に真っ二つに切断されて落ちていった。しかしどこからともなく新たな鎖が現れて最初の鎖と同じ位置に巻き付く。だが切れることはわかったので後はもう根気比べだ。
「『小夜衣』、上等だお前らの再生スピードと俺の速度、枝刃の増殖スピードどっちが上か比べ合いといこうじゃねーか。行くぞオラ。」
突如切って落とされた速さ比べ。といってもLost familiarの性質上相手の速度を必ず上回ることになるので勝負にならない。そもそも響自身の速度が人外魔境を軽く超えているしそれに半無限に増殖する枝刀までついてくるのだから結果は10秒も待たずに叩き出される。
「んだよもう終わりとか骨がねぇにもほどがあるぞおい。」
「・・・なんも見えへんかったんやけど。」
『大丈夫、そのうち目が慣れるから。」
「あれって慣れでどうにかなるものなん?そないなレベルあらへんと思うんやが。悟◯の戦闘見ちょる天◯飯の気分やで。」
Lost familiarは任意の一対象を絞って発揮するものなのでその対象の認識速度より彼女たちのそれが上回っていればまぁ見えなくもない。しかしあくまでも見えなくもないだけであってそれなら対象を彼女たちの誰かにすればいいだけなので結局目が追いつかないだろう。
勿論今回はかなり手を抜いて振るっていたので鍛え上げれば辿でも誰でも見えはするだろう。そこに辿り着くまでにどれだけかかるかは知り得ぬところではあるが。
「ほらくっちゃべってないでさっさと行くぞお前ら。本番はこっからなのに気ぃ抜いてんじゃねーよ。」
砕けた鎖は光の粒となって消え、大扉を閉ざすものはなくなった。これで次に進めるのだが、ここまで厳重に閉ざされていたのだから鍵はかかっているかもしれない。というかかかっていた。
「鍵はかかってんのに肝心の鍵穴が見つかんねーな。壊して進んでもいいけどそしたら結局ここまで隠密にやってきた意味ねーし。」
「すでに鎖壊してるのに今更気にする必要ありますの?」
「鎖なら後で直せんだろ。そもそもここに来たことのある奴なんてほとんどいねぇんだし鎖ぐらいなくても変わっててもわからんって。」
まぁ少なくとも積もった埃を見るに二、三十年以上は人が入った形跡などないと言っていいだろう。それならば壊しても見つからない可能性は十二分の高いと結論付けて間違いはないと思うがしかし、実は明日は何十年に一度の特別な日でこの扉云々、みたいな大穴的結果が待ち受けているやもしれない。そうなったら非常に困るのでどうしたものかと思考を巡らせているのだが、ルールーがふと何気ない言葉を書いたことにより自体はあらん方向へと向かってしまった。
『これ扉っていうより壁って感じがする。』
その言葉(文字)を聞いて(読んで)、何かパズルのピースがハマってスッキリ爽快した気分のような顔が二つ現れてしまった。考えるまでもなく響と辿のそれである。嫌な予感というか頭の痛いことになりそうな気しかしない。
「「!それだ!」それや!」
「なーんかどっかで似たようなのみたことあんなーと思ったらこれあれだ。嘆きの壁だわ、嘆き◯壁。」
「やっぱり響はんもそない思っとたかいな。ウチもやわ。勿論エルサレムの方やなくて冥界の方のことやよなぁ。」
「そうそれそれ。見た目も違うしそもそも扉だけどなんか似てんだよな雰囲気が。」
「そないならあれちゃいますか?太陽と同じ光を持ってこないといけないんやないかなぁ?」
「それはできると思うがここ教会の地下だぞ。これ配置した奴からして日の光嫌うような奴じゃねぇだろ。」
「えっと、なんの話を?」
「「聖闘◯星矢」」
こっちの世界出身の三人そっちのけで二人で盛り上がるのはやめて差し上げろ。ちんぷんかんぷんまるでさっぱりさっぱりと頭の上で某妖精が踊っているじゃないか。それに今の子供達にもわからないネタだろうに、冥王◯ーデス編を見たことがある10代後半から二十代前半は今やどれだけしかいないのだろうか。
ともかく、この話が今後の展開に一切関わることがない無駄でしょうもない話であることは間違いなく、太陽光云々も結局何も生かされることなく、やはり力技で強引に突破するようだ。
「いいや、とりあえず盃で切る。物理的な鍵だったら無理だけど鍵穴ねーし気質的ななんかだろ。多分どうにかなる。」
「結局そうなりますのね、解りきっていたことですけど。なら余計な話しないでもっと早くにやってほしかったですわ。」
「なんもしねぇくせして口だけは一丁前とか舐め腐ってんのかクソアマ。文句あんなら自分でやれや。」
と、まぁいつも通り五分ほどの時間をいただいて、ようやく大扉に向かい合う。今回は手数は必要ないので『小夜衣』ではなく、変幻自在に質量体積を変えられる『愛宕の松』にご足労を願う。
刃の長さを天井に届くまで伸ばし、縦に一振り。その刃が扉の中央を過ぎたあたりで確かな手応えと耳に着くカチンッと何かが砕ける音によってどうやら見込みは当たっていて、無事扉を開けることに成功したようだ。
さて、ようやくのご対面。盃を元の長さに戻し、ゆっくりと扉に手をかけて押してゆく。軽い土屑が落ちてくるよ共にギギギと音を立てて扉は開いて行く。
待つは三つ目の世界の敵。不倶戴天のその敵が姿を現わす。
少年よ不倶戴天の頂に挑めーーーー




