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非情と反抗


 つい先ほどまで確かにそこにあった自然の温もりは嘘のように消え去り、代わりに痛いほど壮絶な神気と吐き気を催すまでの緊張感が場を包んでいた。

 現れてきてから常に低空を浮遊していた白翼の麗人達はゆっくりと下降し、落ちる羽毛のように柔らかく着地をする。先程は上を取られていたためにそう感じただけかと思ったが、今この状況下でも変わらないというのはつまりそういうことだろう。いたく態度が高圧的。薫子も大概だが、これらは人間そのものを格下の劣等種、微生物かそこらとしか思っていないとしか思えないほど。


 「え、は・・・え?天使!?い、いやでも何でこんな時期に。」


 うむ、もっともな疑問だ。すでに興英の一同がこちらの世界にきてから三ヶ月前後ほどは時間が経っている。1日2日のズレならまだしも月単位となると流石に訝しむのも道理だろう。


 「私達から見れば1日も一ヶ月も所詮は年以下の誤差でしかありません。貴方達の感覚で言えば・・・そうですね。待ち合わせに1分遅れた程度で怒りはしないでしょう?」


 なるほど悠久の時を生きる彼女らからすればどちらも須臾の一時でしか無いということか。それでもさすがに三ヶ月はやりすぎだとは思うが・・・。というか呼び出された時に来いよという話である。遅すぎだバーカバーカチーズバーガー。


 「・・・っ!!天使、悪びれるようなそぶりさえないのね。」


 「?何のことだ?」


  普段は死んだような瞳と所々挙動不審な言動、はっきり言って気味の悪い笑い顔(それはそれで恐ろしいものではあるが)がデフォルトのソフィアが、親を殺された般若が全裸で逃げ出すレベルの形相で突如顕現した天使達を睨みつけている。

 以前から聖職者にあるまじきことを言ってはいたがこれほどとは下手をすればリコリスのそれを超えるのではと思わせるほど。


 「ん?貴様そこな者共と違いこの世界の、かつ我々の主人に仕える修道女だろう?なぜ我らにそのような不遜な目を向ける?自身の立場というものがわからんのか?」


 「貴女達を敬うなんてするわけないじゃ無い。法王庁のくだらない政策のせいでマザーグレースは死んだの。人と違うからって、ただそれだけで選ばれて・・、!!」


 「はぁ、何かと思えば・・・。そんなもの私たちには知り得ぬことですね。」


 「なっ・・・!!」


 「それを行なったのは法王庁の人間であり我々や主は干渉などしておりません、そも興味すらない。」


 「自分たちを祀る機関のことなのに!?」


 「その程度のことをわざわざ把握しているとでも?我々は幾万の時間そして世界の全てを管理しているのですよ?高々一人のシスターの処刑なぞ頭に残るとでも?目にとまるとでも?貴方のそれはただの八つ当たりというものです。」


 あまりにもド正論。これはなにも言い返せるはずもないが、だからと言ってソフィアの腹の虫が治るわけでもない。人間なのだから理屈抜きに理不尽に所謂憤りのない怒りをぶつけたいときぐらいあるのだ。ましてや今この世にいない相手のことであれば簡単にふんぎりをつけろというのは無理な話。


 「いちいちくだらないことで時間をとらせるな娘。我らとて使命を持っているのだ。でなければ下界などに降りるわけがない。」


 さっきは誤差の範囲と言っておきながら今度は時間がもったいないとか支離滅裂に矛盾しているぞ。お陰でずっとやり取りを急に話が重くなりすぎて困惑全開妙な顔で見守っていた輝たちもカチンと頭にきたものがあったようであるまじきことかソフィア側として言い返したのである。


 「もう少し言方ってものがあるんじゃないんですか?かなりデリケートなはなしですよ?」


 「貴様なんだその目・・・。」

 

 天音の言葉に逆撫でされたのか目くじらをたてる一柱。それをたしなめる主格のと思わしき中央のそれだったが、気に障ったのは同じ様子。


 「おやめなさいザドキエル、見苦しいです。ですが、彼らがあまりに不遜なのもまた事実です。どういったつもりですか?」


 「それはこちらの台詞だ。聞けばまるで神の使いとは思えないほどの高慢さだな。薄ら笑いすら浮かんでくるほどだ。これでは神とやらの人格もそう期待できそうにないな。」


 「!貴っ様ぁ!!なんたる不敬を!!ただでさえ我らに遠く及ばぬ劣等種の分際のくせして、なおかつ外の世界の住民ごときが我らが主人様がたに対しそのような言い草。ふざけるのも大概にしろ人間!!」


 こちらは輝らよりもさらに怒りのヘイトが溜まっていた玄助が棘65%の言葉を吐き捨てるように飛ばす。

 案外煽り耐性が低いのかもしくはよほど神とやらに強い忠誠を抱いているのか定かではないがお陰でずっと偉そうだった天使が堪忍袋のおが切れたと言った如き言葉と殺気を浴びせてくる。見れば彼の言い草に頭にきているのは全員で、抑えてはいるものの一目で機嫌の悪さはわかるものであった。


 「口を慎めというのであればそれはこちらの台詞です。今すぐ彼女とマザー・グレースに謝ってください。」


 「そうか、あくまであくまでも態度を改める気は無いと。ならばもう良い、貴様らなど勇者としてすらも不必要だ。我らが主人に忠誠を誓えぬばかりかあまつさえそのように侮辱する言動など、それまさしく相応しくない。」


 どうやら天音が続けた言葉が引き金となってしまったらしく完全無欠にプッツンしてしまった天使様。無論それは全員同じことであの丁寧な者でさえも顔に字張り付いた微笑みが消え去り便所の虫螻を見るような目でいた。


 「シャムシエルの言う通りです。貴公らには消えな消えていただきます。。貴公らは存在することすらおこがましい。」


 「・・・あぁ、なるほどずっと霧村があんなこと言ってたのか疑問だったけど納得できたよ。 たしかにこれじゃぁ魔王倒して帰れる気がしない。」


 「あぁ、それによぉ、ずっと気になっていたんだが、どうして今まで俺らは魔族の被害を聞いてないんだろうな?もし話通りの奴らなら村一つ焼かれたぐらい聞いてもおかしくないと思うんだが?」


 「あとで話を聞かなきゃいけませんね。あの自由人には。」


 「我らに剣を向けると。ふん、何とまぁ浅ましきこと。まさか其方らごときで相手になるとでも?」


           ♢


 初動、構えた大剣の柄を握る拳に力を込め、自身に与えられた能力を発動させる輝。与えられたそれを使って眼前の相手を返り討ちにするために土を飛ばす勢いで突っ込んでいく。

 その勢いはさるもぼながらしかしあまりにも愚直で愚策。そんなただの力任せでは当たるものも当たらないし、そこからどう攻撃を入れられるかさえも分かったものではない。

 だが、件の天使達は避けるような素振りは全く見せず五人全員が余裕綽々の状態でただただそこに佇んでいた。

 なのを考えているのかはわからないが、避ける気が有ろうと無かろうと一撃を叩き込むのみ。

 流石に響のそれと比べたら月とスッポンレベルの違いがあるがそれは比較対象がおかしいだけであってその一撃が絶大なものであることに変わりなどはありはしないのだ。あるはずなのだ。

 だというのに、その大剣の刀身は人差し指と中指で挟まれ、その軌道は易々と止められている。

 そんなバカなと力を入れても全く動かさず、引き抜こうにもそれも不可能。文字通り言葉通りに押しても引いてもびくともしない。


 「その力を使いますか。二重の意味でおこがましいですね、貴方。」


 言葉の直後、輝の体に今まで感じたことのない衝撃が走り回り音速で後方へと飛ばされてしまう。こみ上げる嘔吐感と耐え難い激痛。呼吸がまともに出来ず空気を出し入れするたびに感じたことのない激痛に襲われ意識が遠のき始める。すんでのところで意識を保ちつつ痛みと格闘を続けてはいるもののもはや立ち上がることすらままならずたった一撃でノックダウン。

 受けた本人もそうだが、それを目撃した天音達はそれ以上に困惑を抱えていた。少なくともうちの、興英の最高戦力がこうもまぁ易々とやられるものかと。


 瞬間襲いかかるのは死の恐怖。無惨に蹂躙され地にひれ伏す様が脳裏によぎる。

 いやしかし、それで尻込んでいてはその映像と同じ末路を辿るだけだと、恐怖をひねり出した勇気で振り払い天音、瑞季、双葉、玄助京子全員が自身の獲物を強く握りしめ、眼前の敵へと向き直り臨戦体制へと至り力を振るう。

 突き出される拳が、放たれる早矢が、紫電の群れが、十数のダガーナイフが、その一斉矛先揃えて向かっていく。その様はまさに壮観なる事なれど、だがやはり天上の輝きには遠く及ばない。


 ただ一度、手を軽く払われただけ。たったそれだけで向かっていた全てが霧散し見るも無惨に地に堕ちる。無論傷一つどころか汚れやゴミの類すらも付着しておらず、先ほどと変わりなく。


 さらに肉弾戦メイン故直撃を食らった瑞樹は意識を刈り取ら線力はまたも堕ちる。

 いっそここまでくると笑えてくるが、それで済ませられたらどれだけ良かっただろう。格の違いなどそんなものでは決してない。それすらもない。文字通り立つステージの違いにただただ絶望が浸透していくだけ。


 「・・・この時点でここまでとは筋がいいですね。消すのは少々勿体無い気もしますがとはいえ不安分子を残しておく意味などありません。」


 「であればアナフィエル様。頭の中身を変えてしまうというのはどうか?さすればかような心配もなく使い勝手も良くなると思うが?」


 「なるほど、道理ですね。ではラドゥリエルの言うようにいたしましょうか。どうせあとで戻せるのですから手足を落としても構いません。ですが死なない程度にです。」


 彼女らの目的が何かはわからないが酷く恐ろしいことを口走っている。ここに響がいれば考察しだしそうな話題ではあるが残念ながらここにそんなことをするような人間はいないしそもそも論としてそんなことをしている精神的余裕もない。

 

 「承知しました。ですがアナフィエル様、あの娘はどうなさいますか?」


 「無論処分します。因子としては矮小極まりないものですがとはいえど。消しておいて損はないでしょう。」


 「御意に。」


 淡々と続けるその言葉を耳にしたとあっては見過ごすわけにもいかない。特に打ち合わせをしたわけでもなく目配せの一つもなかったが、まだ動ける四人は皆ソフィアの前へと移動し、庇うようにして構えを取る。それは非常に危険なことだし、対した交流のない相手だがそれでも、こんな状況で放っておける心はあいにくと持ち合わせておらず。

 幸い先ほどの流れからするに天音達を殺す気は無いと考えられるので安心(死なないだけで痛めつけられるのは確定しているなので安心もクソもないが。)だし、おかげであちらもそう簡単には手出しできないだろう。

 

 まぁ、そんな甘い考えは夢想の泡と消えるのだが。


 「小賢しいですね全く。」


 ただ一度手にしている白銀の劔を横薙ぎにしただけ。ただそれだけだというのに次の瞬間には5人の体から鮮血が溢れ出し皆等しく地に伏せていく。致命傷にこそならなかったもののしかし立ち上がれるだけの余力もなく、痛みにもがきながら呻くばかり。挙句まさかこんなことになろうとはおもわず道具袋を教会においてきてしまったのだからどうしようもない。


 「ソ、ソフィアさん・・・こ、こちらに。」


 せめてもとソフィアに一番近い天音が這いながら彼女に近づいていきその肢体を守るかのように覆いかぶさって抱きしめる。

 なるほど、天使達にとってソフィア以外は再利用するため生かしておかねばならない。そうなるとこの状況では天音を共に殺さねばならず、そうやってソフィアを存命させようというのだ。


 まぁ、安易な考えでしかないのだが。


 「どく気がないのでしたら一緒に片付けてしまって構いません。一人欠けようがさしたる問題ではありませんから。ゾフィエル。」


 「御意に。」


 ゾフィエルと呼ばれた一柱が、返信と共に手を前に突き出す。すでにこれを阻むことができるほど動ける相手はいない。

 まさに圧倒的。獅子が群がる虻を尾で払うかのごとくまるで相手にもされず、しかもこのままでは天音は無駄な犠牲になってしまう。

 非常にもそれは放たれ一直線に目的へと向かっていく。永久化に思われる走馬灯の時間。万事休すかと思われたその時。


 放たれた光弾はその中途で爆散する。


 「ッチ、ったく、なんで俺はこうもまぁ左腕ばっかりに怪我負うんだよ。そのうち消えるフラグとかじゃねぇだろうなぁ。」


 聞こえるのは荒い言葉遣いの男声。晴れる土煙から見えるのは見慣れた少年の姿。言葉通り腕は焼け爛れており、それで先ほどの攻撃を庇ったことがうかがえる。


 突然の乱入者に面食らう皆であったが、だがこの場で一番驚愕しているのは庇われた天音自身。その姿がここにいることもそうだが、何よりこうして自身を庇ってくれたことが理解しがたい。


 なにせその男、霧村響は性格上身を盾にしてまで自分を守ってくれるほどの関係でもなかったはずなのだから


 「こいつら相手によく持ったなお前ら。ともかくこっからは選手交代だ。元々これ殺るのは俺らの役目だしな。」

 

  たなびく毛髪、翻る衣服。射殺すような強い眼力。背負うその名の如く、不倶戴天の御旗を掲げる。


 「景気良くブッ微塵(ばら)してやる。」

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