格の違い。
竜の住処とされる峡谷。
途中いくつかの襲撃を返り討ちにしながら進んできた一行はその断崖絶壁の上から下を覗き込んでいた。
見ればそこには目的の竜の巨体が確認でき、一部を除いて固唾を飲んでその姿を目に焼き付けている。
その体を覆う鱗はまるで金剛そのもの。しかし宝石のそれと違い輝きは鈍く特有の透明さもない淀んだ色。いわば霞竜とも呼ぶべきか。
「これがドラゴン・・・。」
「おっきい・・、。」
「なんだ一匹かよ。前のやつは群れてたのに種族によって違うのか?」
皆が呆気にとられているその横で響が拍子抜けしたとでも言いたげに耳を穿っている。
まぁまずこれを見てそんな感想を漏らすやつがいないだろうが、ここまでなにかとドラゴンに縁のある響にとっては取るに足らない存在のよう。
そのことに全員『嘘だろ!?』と顔を向けるが、よくよく考えるとさらに衝撃的なことを言っていることに気づく。群ってなんだと。
「待ってください、霧村君。その言い方もしかしてドラゴンの群れにあったことがあるのですか?」
「別に珍しいことでもないだろ。山賊とか山犬とかと似たようなもんだし。」
「そげなバカな。」
そんな出来事一生いや、1世紀に一人いたら凄いレベルの確率だぞ。それをさもよくある出来事のように言うのはおかしいし、山賊山犬とは格も珍しさも同列に語れるはずもないだろうが。フルボッコにされた上こんな認識とはあの白竜達に同情の感情が湧き上がってくる。
「あ、それと俺は極力戦闘には参加しないからそこんとこよろしく。」
もののついでだからとでも言うように非常に非情なセリフを吐く響。それを受けて未だ彼に思うところのある天音が食ってかかる。
「ちょ、あなた何をいっているのですか!?それでは合同の意味もありませんし、そもそも皆が命をかけている中で一人見物だなんて一体・・・!!」
「だって俺が出たら秒で終わっちまうしそれじゃお前らのためにならんし。そもそも魔王討伐の時に俺いないんだから当てにするなよ。」
「そうですが・・・」
「ま、流石にやばくなったら手を貸してやるが、少しでもそれをあてにして動くんだったら躊躇なく切り捨てるかんな。」
もっともな話ではある。彼は今のところ今回限りの助っ人だし、宣言として魔王討伐に加わらないといっている。今その力を借りたとしても得られるものなどありはしないだろう。
危険に対して動く気があるだけ十分すぎるだろうし、それをあてにさせないようにするあたりしっかりと考えているのだから、実際甘いのかもしれない。本当に非常な奴であればここでさっさと自身で片付けて帰るはずだ。
「と、とりあえず作戦を立てよう。まずは役割分担だけれどこの中での最高打点は多分俺だ。だからここは俺を軸としてやっていきたいと思う。」
微妙になった空気を元に戻そうと、輝が話をクエスト内容の方へと進める。言う通り一番火力があるのは能力的にもステータス的にも彼自身だ。そうなればメイン火力としてほかのものはそのサポートに回った方がいいだろう。
もちろん最初から参戦する気のない響は作戦会議に参加するなんてことはなく、なぜか辿も省けて響の隣に行き話し込んでいる。
「確か二宮の能力は『神の手』・・・。辿、竜相手にするならどんな神さまを選ぶ?」
「せやなぁ、やっぱり太陽神やろか。竜を蛇としてみるならやけど。」
「だよなぁ。蛇は地母神信仰の象徴、また古来から男性が昼を女性が夜を司ることから、真逆の性質の太陽神かつ男神。有名どころだとルーやアポロってところか。でもエジプトだと逆にダの存在もあるから一概にいいとは言えんな。」
「そないなら響はんはどないなさいますの?」
「雷神かねぇ。各地の雷神さまは竜退治の逸話が多いし。悪竜を倒したインドラ、毒竜を潰したトール、まぁトールの場合相討ちだけど。スサノオは嵐神だけどまぁ嵐に雷もあるし。」
「それなら木の性質もええんやないやろか?竜は水を司る生き物やから五行思想からすれば木がええ。」
「そうなんだが、四神および十二神将の青龍は木将だぞ。そもそも竜を倒すのは神じゃなくて英雄の仕事だし。」
「ならジークフリードとかシルウェステル一世とかのドラゴンスレイヤーは無理なん?」
「なんでシルウェステル一世チョイスしたし。ゲオルギウスとかもっと有名どころあるでしょ普通。そもそも英雄だから無理なんだろ多分。(ま、それ以前に特定の神様呼べるかも俺らの世界の神様呼べるかもわからんけどな。)」
と、二人で色々と考察しているようだ。ボリュームを気にすることなくしゃべっているので輝たちにも聞こえてはいるが、何を話しているのか所々聞いたことのある名前が出てくるもののチンプンカンプンなようだ。ちなみに響曰くオタクはこの手の話に強いらしいがここまで行くと相当な知識の持ち主でなければ理解できないかもしれない。
響も響だが、それについていく辿も大したものだ。
「つ、つまり、雷の神様を呼べばいいのか?
「もしくは太陽神な。つーかお前らん中に○竜魔法使えるやつとかいねぇの?紅蓮○炎刃とか鳴御○とかさ。」
「いねぇよ!!しかも奥義じゃねぇか!!」
声を荒げる連太郎。彼だけでなく皆何か言いたそうな顔をしている。きっと何もしないお前がごちゃごちゃ言うなとかそのあたりだろう。いや、まったくもってその通り。ただしくれる助言は有益なものなので無碍にもできないとこれまた厄介な存在なり。
「あまり茶化さないでくれませんか?今作戦を考えているところなのですから。」
「ならさっさとしろよ。」
「コイツ・・・!!」
♢
「それでは作戦開始です。行きますよ。」
薫子の合図で、全員が戦闘態勢に入る。彼女の能力は《軍師》。自身が関与する戦場の地理戦況軍の動きや負傷者の数などを敵味方関係なく頭の中に配置でき、かつ自軍に関しては承諾こそ必要なものの戦力まで事細かにわかる。もちろん思念を使った伝達すらもこなせるというものだ。名の通り指揮官としてはこれ以上ないと言うほどの恵まれた能力。戦闘能力こそないもののそれでもチートと呼ぶに相応しいものだ。
「了解。まずは俺からだな。崖・・・ね、よく『崩れる』よな、創作だと。」
連太郎がそういった瞬間、ドラゴンの真上に当たる部分が崩れ出し、巨大な瓦礫が巨躯の怪物に降り注ぎ動きを封じてゆく。
《連想ゲーム》それが彼の能力。名の通り、とある物体を始まりとして連想ゲームをしていき、それに応じた効果を発揮すると言うもの。今は崖から『崖が崩れて転落する』という連想から崩壊を呼び起こしたのだ。
また、彼は魔法職で普段は出した魔法から連想していき状況に応じた動きをして殲滅させることを得意としている。
「次、鈴城さんお願いします!!」
「えぇ、分かっています。(打った直後に真下へ方向転換。邪魔な瓦礫を掻い潜り暴れ狂う手首尻尾を避けて片目へと命中。それを二つ。)・・・撃ちます!!」
直後放たれた二つの弾丸は常識ではありへないような動きをしながらやがてドラゴンの光を奪った。
『思想の弾丸』、それは全ての飛び道具を事前に思い描いた通りに動かす能力。最初にはっきりと明確正確な想像が必要といえども補ってなおあまりあるアドバンテージの高さ。無論彼女自身も弓矢銃投石などを時と場合によって使い分けている。
「じゃぁいくよぉ〜、足はいつもの『10倍速く』。」
言葉にした途端、西条菜那葉は人が出したとは思えないようなスピードで崖を下っていく。瞬間的に足掻くドラゴンの真下へと到達した彼女は跳躍し得物である大槌を振りかぶりつつさらに言葉を紡いだ。
「いつもの3倍『重く』、腕の力も3倍『強く』!」
振り下ろしたそれは鈍器というにはあまりに凶暴で硬い竜の鱗を砕いて地面へと打ち付ける。衝撃で割れた鱗の破片が飛び、その場に出来上がったクレーターを見ればその威力のほどがわかるだろう。
この現象は『言の葉魂』、彼女の能力によるものである。
それはこの現状どおり、言葉にした効果を実際に付与させるというもの。もっとも重く、や強く、などといった簡単なことしかできないが、しかしそれでも破格の性能であることに変わりはない。
だが、相手はドラゴン。こうも簡単にことが運ぶはずもなく。右前足で宙に浮いた菜那葉の体を弾き飛ばし、大きく開けた顎門を向け、そこには肌で感じられるほど莫大な魔力が驚くべきスピードで溜まっていく。
まともに受ければ命はないと言い切れる一撃。しかし弾き飛ばされた際のダメージは動けないほどのものではないが、体制が悪く避ける暇などありはしない。
あいやこれまでと思われたその時、突如としてドラゴンの体が石にでもなったかのように動かなくなり、また菜那葉の姿が吹き飛ばされた場所から消えていた。
「危機一髪、ですね。」
「ありがと〜、まじ危なかったわ。」
「ううん、気にしないで。」
見れば菜那葉の姿は元の崖上にあり、アリスと阿吽の二人に礼を言う姿が確認できる。
説明するまでもなく先ほどの不可解な現象は二人の能力によるもの。
ドラゴンの動きを封じたのは阿吽の『部分世界』(ちなみに彼女密かに『ザ・ワールドオブアローン』なんて呼んでたりもする)。その効果としては2秒以上目視した相手の時間を10秒間だけ止めるという力。ただそれだけの能力だが、知らなければ防ぎようのない初見殺しの能力だ。また知っていたとしてもその脅威はほかの誰よりも大きなものであること間違いなし。
菜那葉の体をここまで持ってきたのはアリスの『うさぎの穴』であり、二つの空間を入れ替えるその力で緊急回避させたのである。この能力、物質だけでなく魔法や衝撃なんかも入れ替え可能だが、その威力が高すぎたり極端に思いものだったりすると体に負荷がかかるらしい。また、自分以外のものを入れ替える場合にはインターバルが必要という欠点もある。
10秒の停止から解かれた霞竜が、直前まで溜めていた咆哮を何もない空間に吐き出す。だが、それは最強種の名に恥じぬものであり、直接当たってもいないただの余波だというのに響以外の全員が吹き飛ばされてダメージを負ってしまう。ちなみにその響はスモークチーズを優雅に頬張りながら気楽に観戦中だ。
「くっ、太陽の神よ我に力を!!」
吹き飛ばされた中、いち早く復帰した輝が、響の忠告どおり太陽神の加護をその身に宿して相手へと飛び込んでいく。灼熱に加熱する剣を両手に握り数倍にも跳ね上がった身体能力を駆使して強靭なその巨体へ攻撃をお見舞いする。熱を帯びたことにより鱗を溶かしてダメージを与えることはできているのだが、肉体そのものが異様に固くまるで決定打を与えられない。
力を込め斬撃を飛ばしてみるもののそれも効果薄く、やはり一筋縄ではいかない様子。
「くそっ、・・・いや、いける。少なくともダメージ自体は通っているから、勝てない相手じゃない。」
「もう、邪魔やけんどきなはれ。そないなこと端っこでも言えるやろが。」
「え、あ、ごめん。」
多分そこそこいいこと言っていたのに、空気読まず遠慮のない辿の言葉に戸惑ってしまう。響と気があうのも頷けるがこの少女やはり相当ずれている。
「『稲妻はかげろふばかり有し時 秋のたのみは人しりにけり』」
だがしかし、ずれているとはいえその実力は折り紙つき。懐から取り出した扇を閉じるのと同時に詠み終える。
歌う和歌にちなんだ効果が発揮される『唄方の君』によりどいくつもの雷電がドラゴンへと襲来。その鱗、肉を焼き焦がし周囲に独特な焦げ付いた匂いが充満する。今のはおそらく今までで一番のダメージだろう。
「やったか!?」
「なんちゅうこといいなさりますの。そないなこと言うたら生きとるにきまってはちますやないか。それにあんな威力じゃ倒しきれまへんて。」
辿の言うとおり、背中部分が黒く焦げ付いているものの、その巨躯はいまだ健在。また度重なる攻撃により動きを封じていた岩石も砕け散りここからが本番と言ったところ。
それから約十分ほどのち。
いつのまにか皆谷底へと集まっており、そして相応の負傷を受けながらも戦い続けたその先。
いつしか相手の体も鱗は剥がれ鮮血が流れ出し肉は所々焼け爛れ満身創痍そのものであった。ここまでくればあとはひと押し。その締めを輝が得物の柄を強く握りしめて執り行う。
「いっけぇぇぇぇぇぇええええ!!!!」
今までで一番の破壊力。剣筋から放たれた太陽神の一撃が大地を割き、うねりをあげながら今竜の巨体を真っ二つに焼き切っていく。それだけでは収まらず崖を抉り木々を焼き払い全てが収まった頃には約数十メートルほどの爪痕をその一角に残すほどだった。
「や、やった!!私たち勝ったのですね!!」
「す、すげぇ。俺たち勝っちまったよ。あのドラゴンに!!」
「あ、あぁ、辛かったけど、これでこれでおしま・・・」
しかしそんな安堵の声は怒号溢れる嘯きによってかき消される。聞いた音だ。なにせこの音を発生するものと先ほどまで戦っていたのだから。
簡潔に行ってしまえば、この谷に住まう竜は一体ではなかったのだ。
姿を見せる新手、先ほどの個体と同じ種族のようだが、明らかにこちらの方がデカイ。しかもこれ以上ないほどに怒り狂っている。
ただでさえ非常に危険な存在だと言うのに、今は皆疲労困憊状態、しかも相手は狂乱状態だ。まさに最悪の状態と言っていい現状。輝らにはどうすることもできずただ蹂躙されるのを待っているしかない。彼らには。
「あー、親子かつがいってとこだなこりゃ。100年近くも誰もクエスト受けてねぇんだし、なおかつドラゴンがいるところに近寄るようなやつもそういねぇ。こりゃあ誰も気づかないわけだわな。」
そう言って、崖の上からひょいと降りてくる人影。今その場所から降りて来られるのは一人しかいない。
「よし、こいつは俺に任せとけ。お前らは十分い自分の仕事こなしたわけだし、俺もここいらで少し体うごかしとくわ。」
あっけらかんと、ドラゴンと対峙したものとは思えない態度でそう言い放つ響。その手に長太刀も柄の長い大剣もいくつものピアノ線も何一つとしてない。完全無欠に丸腰の状況下でそんな状態で立ち向かうと言うのだ。輝たちからすれば血迷ったようにしか見えない。そんな現状。
「何をしているんですか!早く逃げてください!!私たちのことは置いてあなただけでも?」
「逃げる俺が?あんな木っ端爬虫類如きに?」
そう天音に返している最中、相手の会話が終わるまで待つだなんて行儀のいい真似竜がするはずもなく、その口から超高威力の咆哮が吐き出される。食らえばひとたまりもない。街一つを無に帰すほどの理不尽な息吹。
それを
「笑わせんな。」
右足一つで踏み潰した。
文字通り読んで字の如く圧倒的なまでのその一撃を、この化け物は踏んで消失させたのだ。まるでタバコの火を消すが如く。理不尽なまでの一撃をただ圧倒的な力でねじ伏せる。こんな相手にはそれで十分。
「人が喋ってる途中で攻撃とか行儀悪いなぁお前。」
驚いてる暇などなかった。彼の姿は次の瞬間にはすでに霞竜のど頭の真上にあり、本人からすれば軽いお遊び程度のかかと落としが脳天を打ち抜く。
先ほど菜那葉が大槌でその鱗を砕いていたが、そんなもの比較にすらならない。一瞬で接触付近の鱗は禿げ、側面の鱗の隙間から鮮血と見慣れない体液が吹き出している。それすなわち、表面だけでなく内部にまで威力が通っている証拠。
もちろん下に向けての攻撃なのだから地面へと激突する。その反動で三メートル近くまでリバウンドしてきて響の頭上へと踊り出す巨体。
「よっ。」
そんな気の抜けた掛け声とともに、上方向に拳を叩き込む。
それは星々を砕くが如し一撃。
そんなものが高々ドラゴン如きの体に耐えられるはずもなく、とてつもない爆風と、空へと広がる衝撃とともに頑丈なその体は跡形もなく粉砕の道を辿ったのだ。
幸い、真上への一撃なため大事には至らなかったがそれでも反動で地面は深く凹み木々は根こそぎ飛ばされるか木っ端微塵の末路にあった。
「んー俺そろそろドラゴンスレイヤー名乗っていいんじゃねぇかなぁ。結構殺ってきたわけだし。」
唖然、目が点度肝を抜かれる。空いた口が塞がらないとはまさにこのこと。輝たちは皆まるで思考が追いつかず、ただただそこに立ち尽くして竜が砕けていった空を見上げていた。それはいつもふざけている辿も同じで、それほどまでに今目の前で行われた光景が信じがたい異次元のものであったことを物語っている。これでまだ肩慣らし程度だと聞いたら、彼らは腰を抜かす、いやそれだけでは済まないだろう。
「ほら、いつまでそうしてんだお前ら。さっさと証拠品切り取って買えんぞ〜。・・・あやっべ、つい跡形もなく消しとばしちまったわ、もったいねぇ。」
その言葉で一斉に我に帰る一同。それでも言葉はまともに出ないし、思考もうまくまとまらない。
そんな中でなんとか最低限の言葉をひねり出した薫子の問いが響へと問いかけられる。
「な、何が起きたのです・・・か?いや、そもそもどうやったら・・・あ、あんなことが・・・。」
一人着々と作業を進めていた響であったが、彼女の問いにいつもの如く「ん?」と反応して振り返る。そして愚問だなと言うように肩をすくめて、人差し指で彼女らを指差し大胆不敵に言い放つ。
「格が違ぇんだよ。お前らとは。」




