梅雨の雨
静かに、構える。
腕を大きく後方上部に回し、腰を低くして。もう片方の手でその刀身を優しく撫でて一言。鍵言葉を口にする。
「『小夜衣』ーーーー」
刹那、その刀身が大きく変化を迎える。夜を思わすような漆黒から透き通るような、否実際に透き通った硝子か水晶を思わす透明のそれに。
如意自在と言えども、デフォルトでは一般よりも短かった。その長さ実に9尺3寸の自身の身の丈の倍以上はあろうかというほどの扱うにはまるで不便なえのない刃。
そしてそれを囲うようにして、幾数半透明の刀が健在していた。名を『枝刀』と呼ぶ。
「ーーーーやれ。」
その言葉とともに、周囲の刀たちは崇徳院めがけて一斉に射出されていく。
それは一つが意思持つ鋼の使い魔。その動きは一つ一つが違う動きをするために非常に見極めづらく、読みづらい。しかもそれらが連携すら始める始末なのだから相手取る方はたまったものではない。
そして、一泊遅れたのちに彼は動き出す。その長すぎる裸刃を血を流しながらも握りしめ、おを引くようにもちながら剣筋の群れへと加わっていく。
流石の手数の多さからか、崇徳院もその体に切り傷を作っていくがしかし、その側から修復されていってしまう。
「結局切っても切っても回復はするのな。これじゃきりがない!」
「その才で良くいう!」
その明らかにつかいものにならないであろう長切をまるで己の手足のように扱い、むしろ常工のそれよりも扱いに長けているようにすら見える。
崇徳院のいった通り、その才は凄まじいものといえよう。
といってもこのままではいたちごっこで一向に事態は変わらない。ここで先に動きを見せたのは驚いたことに崇徳院の方だった。
「・・・あれを呼ぶか。」
「ッ!?」
そのつぶやきとともに不穏ななにかを感じ、『枝刀』共々後退をとる。
案の定、崇徳院の足元からどす黒い怨念のようなものが次々と溢れ出し、怪しく光る五芒星が描かれたその大地から、なにかが這い出してくる。
「・・・デカイな。しかも恐ろしいくらい嫌な感じがする。気をつけろよ。」
「それはわかってますわ。それより一体何が出てくるかわからないんですの?」
「わかるわけないだろ。俺は別にアカシックレコードに接続できるわけでも千里眼持ちでもなんでもないんだぞ。今いない敵をどうやって調べろっていうんだ。」
いや、全くもってその通り。見えなければ査定のしようがない。これがなんでも知ってる、知らないことはないお姉さんだったりとかならまだ話は別だろうが、普通に考えて無理な話だ。
「少なくとも、良いものではないみたいですね。」
「あぁ、しかもなにが起こるかわからないから迂闊に近づくこともできない。」
君子危うきに近寄らずともいうが、やはり正体不明なものに突っ込むのはいくら隙だらけと言えども無謀にすぎる。
流石にこんな状況で、よくわからんが食らえ!!なんて真似は自殺行為でしかないだろう。
「・・・!くるぞ!!」
その言葉の直後、おどろおどろしい気とともに、それが姿を現した。
体は瘴気毒気によって溶け爛れ、その飛沫液体を垂らし撒き散らしながら現界せんと這いずり上がってくる。
やがて露わになる姿形その全貌。人型を模した獣のようであるものの、獣を模した人にも見える。全長は十数メートル程か、周りの黒い液体によってもしかしたらその半分もないのかもしれないが、少なくとも今の見た目ではそれほどはある。呪詛全てを蓄えた巨躯の怪物。あぁ、そう言っても何ら疑問に変わらないほどの、まさしく彼が使うにふさわしい化け物。
「gryyyyyyyyyyeeeeeee!!!!」
あげる嘯きとともに、身体中の呪泥が飛沫となって大地に降り注ぐ。それが落ちるたび、強酸の雨が降ったように大地は焼け凹凸模様を描いていった。
「!触れたらやばい系か。死にはしないだろうが焼けるように痛むぞ。」
「動きはトロそうですわね。あんなのが高速で動かれてはたまったものじゃありませんわ。」
彼女の言う通り、あの怪物に機動力というものはないらしい。モゾモゾと芋虫のように体をうねらせるだけだ。
「まぁ、とりあえずは攻撃してみないとなにもわからないだろうよ、行け!!」
掛け声とともに、偵察の意味も込めて『枝刀』が一斉に怪物めがけて襲いかかって行く。切り裂くのは霊体のみで肉体を壊すことはできないが、殺すだけならば何ら問題はない。だがその刃は、周りの泥に滑ってうまく体まで届かなかった。これでは偵察どころの話ではない。
「チッ、泥が思ったよりも厄介だ。あれじゃぁ刃が届か・・・っ!?」
獣がその顎門を向いてなにかを繰り出す様子を察知した響は、自身の周りに残しておいた『枝刀』数本を目の前で回し、以前妲己が行ったのと同じようにそれを盾とした。さらに今まで襲っていた残りも早急に戻して守りに回す。
向かいくるは呪泥の咆哮。触れればタダでは済まされないそれが、恐るべき威力と速度を持って迫り来る。それを廻る刃の盾で必死に食い止める。
時間にすればものの10秒程度ではあろうが、耐え忍んでいる側からすれば悠久の時にも思えるのは、きっとどこの世界に行っても同じことだろう。
さて、なんとか防ぎきったものの、あれを何度も食らうのはどうにか避けたいところ。
はっきり言って早急にカタをつけるのが吉だ。
と、ここで防いでいる間からずっとあれを観察していた響が何かに気づいたようだ。
「ん?」
「とりあえずあの気味の悪い泥?をどうにかしないといけませんわね・・・って、どうかしましたの?」
「いや、あいつあの五芒星の中から出ねぇなぁと思って。もしかしたら出るとまずいことが起きるのかもしれん。・・・例えば無尽蔵に出るあの泥の供給が止まるとか。」
言われてみれば、あれは移動する様子もなくただモゾモゾとしてその場にとどまっているだけ。咆哮の際にもまるで動いた様子もなく、あの五芒星に縛られているようだ。
「!!なるほど、そうしたら残っているあの泥を焼き払うなり何なりすれば良いというわけですね!」
「あぁ、だが問題はどうやってあれを外に出すかだ。触れられないってのがきついな。」
頭を悩ませる響に進言してきたのは、おそらくあれに対して一番役割が持てないであろうパイフェンだった。
「・・・それでしたら私がその役目を。」
「なにか作でもあるのか?」
「いえ、ただあれに触れても死ぬことはないんですよね?」
「・・・正気かお前。たしかに俺たちレベルだったら全身くまなくあの泥まみれとかじゃない限りは大丈夫だろうさ。でもお前・・・。」
「大丈夫です。それに、ここでやらないとどのみち死んでしまいますから。」
「・・・しゃーねぇそれで行くか。リコリスは泥払いを頼む。俺は最後に切るだけだ。」
「美味しいところを持って行きますわねもう。良いですわ。お任せくださいまし。」
「はい、お願いしますね。」
そういうや否や、彗星が如く飛び出し、怪物の元へと到達する。そうして彼女はなにもためらうことなくその巨体を蹴りつけて五芒星の中から出そうと試みる。焼けるような痛みがその脚を襲い、煙を上げながら変色していくも、しかしそれを気合い一つで堪えてさらに二度、三度と蹴りを入れ続けてついにその体を五芒星ぼ外、かつ空中へと突き出していた。
「今だ!!後先なんか考えるな!!全力で燃やせ!!」
「っ、はい!!」
今度はリコリスの番だ。パイフェンが体を張ってあの外へ出したのだ。ここでミスをしてしまっては、見せる顔も立てる意地もなに一つなくなってしまう!!
だからこそ全力で、残りの魔力そして回復薬全部を使い、百億万度の灼熱でその体を焦がして行く。それは泥を超えてそして皮膚を焼き肉まで到達する勢い。もしかしたらこれで終わっていたかもしれないほど。
やがて灼熱の紅炎がやみ、黒焦げ墨炭とかした異形が落ちてくる。完全に焼かれてはいるものの、どうやらまだ息は残っているようで、なればトドメを刺さなくてはならない。
《盃》を構えた響が、超高速で駆け抜ける。すれ違いざまに一太刀浴びせ、『枝刀』一本を足場に方向転換。そうしてさらに切りつければ、再び足場を作り角度を変えてもう一度。それを何度も何度も何度も徐々に徐々に速度を上げながら繰り返すこと数千回。そうして最後の一撃を食らわせて地に踏ん張り着地したまま、その技の名を呼ぶ。
「『藤玉』」
言い終わるその瞬間、崇徳院に呼び出された巨躯の異形はバラバラに散り行き、跡形なく消え去っていった。どうやら元々あの怪物に実態はなかったようだ。あまりにもあっけないといえばあっけないのだが、この三人が全力近くを出したのである。これくらいわけなくて何らおかしさのかけらもないだろう。
だが、リコリスは魔力がつき、パイフェンは脚を完全にやられている。今まともに戦えるのは響のみ。
つまりここから先は崇徳院と響の一騎打ちとなる。
「主、何故不倶戴天であるというのに、朕に刃を向ける?いや、何故主からは憎悪恨みがない。その名を冠するのであれば、あってしかるべきであり、人にあだなすものとしてあるべきであろう?」
その問いに、眉を上げてそうして一瞬悲しげに微笑んだのち、答えを出す。
「あぁ、確かに俺はこの狂った世界は嫌気がさす。人間は好きじゃない。むしろ嫌いな部類だろうさ。クソ以下のサル供なんて親の顔よりも見てきてる。」
「ならば何故・・・。」
「でもなぁ、そんな人の中でも、今はリコリスがいる。パイフェンもいる、ルールーだって、それこそ今いねぇが秀助や健吾、幽に恵ほのかもいる。こっちにゃきちゃいないがあのバカ供だって、それにあいつだっていた。だからどんな世界だろうとまぁ悪くないって思える。」
「なれば主は一体なにがしたいのだ?そのように在り方と考え方が矛盾している主の望みはなんだ?」
「帰るんだよ、元いた、あいつがいてあいつが愛したあの世界に。その前に、リコリスの八つ当たりに付き合うって言う予定はあるが、俺は帰るんだよあの場所に。」
しっかりと、まっすぐとしたその目で崇徳院を見つめながら、迷いなくそう言い放つ。
その様子が、もしかしたら気に入ったのかもしれない。崇徳院は一瞬柔らかい笑みを浮かべて静かに問いを続けた。
「少年、名はなんという?」
「呪い殺す相手にそれを教えると思うか?そんなの自殺行為の何者でもないぞ。」
名は最も短い呪。かの大陰陽師、安倍晴明が生涯大切にしたと言われる教え。名がなければもには形作れないと、名さえあればすべてのものをしばれると、故に呪でありなんと。だからこそ名前を教えるというのは非常に危険なのだ。特に相手がこれであるならば。
「そうであったな・・・だが、これから殺し合う(くらべあう)相手の名すら知らぬというのはどうかと思うてな。」
その言葉に、目を少しばかりか見開き、なにかを理解したかのように一瞬笑みを浮かべ、敬意を持って口を開いた。
「・・・霧村響。一度きりだ。覚えたきゃ覚えてろ。」
「ふむ、響よ、西の宗教国に赴くが良い。無論、朕に膝を突かせたらだが、その時の勝利の褒美とするがいい。」
まさか敵方からそんな情報が出てくるとは驚きだ。やはりか、この男は人の上に立つに十分な男であって本来世界を敵に回すような人物ではないのだ。
「・・・そうだな、そうさせてもらおう。だから、不倶戴天の名のもとに、崇徳院、お前を滅ぼし尽くそう。」
「なれば不倶戴天の名の下に霧村響よ、主の墓標をここに建てようぞ。」
双方、共に地を蹴り出しぶつかり合う。
その衝撃で大地は揺らぎ、巻き起こる強風のその風圧で砂埃は遠く運ばれていく。
互いに刃、鏡と経典を振るい操り交わしあい、超高速で移動しまたその得物を交差させる。
あぁ、これぞまさに世界を敵に回したもの供の争い。決して我々が踏み込めない至上の戦なり。
呼び声と共に『枝刀』たちは踊る。そは矢の如く飛来した第一陣はそれがたどり着く寸前でその姿を消した。続く背後からの第二陣、左右からの三、四陣その全ても同じく姿形を空色に隠れていった。
その連続するおかしな動作に眉を寄せていかぶかしむ崇徳院だが、それがスキとなり追い越しざまの一線一つをもらってしまう。それだけであれば特に気にすることもないのだが、あぁ、それでは先ほどの動きに説明がつかない。
「『死線石楠花之初〆』」
刹那、崇徳院の四肢が十数に切り裂かれる。それを行なったのは言わずもがな先程消えた『枝刀』たち。すでに隠形はとかれ、すでに目的を断ち切った後。静かに主人の元へと戻っていき、その周囲にたゆたっている。
だが、その離れ離れになった体は、少しずつ寄り合っていきまた元に戻ってしまう。
「これでまだ切り足りないのか・・・。これじゃあさっきと変わりゃしねぇ。」
「なにを言う。やられればそれで終わりなのだぞ?」
「ほざけ。普通はやられりゃそれまでだろうが。」
「可々、それは違いない。」
さも可笑しそうに空々(からから)と声を出して、そうして再度響へと向き合う。刀と鏡がぶつかり合い、甲高い金属音は絶えずどこかで鳴り、散る火花はさながら花弁をも思わせる。
「『虚葛』」
途端、『枝刀』たちがその刃隙間なく陳列し、崇徳院と響の周囲を立ちはだかる曲壁にように囲い刺さる。
逃げ場をなくすためのそれかとも思われるが、それにしては頭上がガラ空きであるし、そもそもそれならば縦に並べる必要性は微塵もない。
そして本人の方も特に代わった様子もなく得物を構えてただ一直線に突っ込んでいくのみであり、やはり袋小路を作るものかと思い、崇徳院がその斬撃を銅鏡で受け止める。
見た目では完全に受け止めたはずだった。だがそれらが触れ合うその途端、響の体は夢幻と消え去り、崇徳院の体は背後から縦中心一直に切り裂かれていた。
「(瞬間移動・・・いや最初からあれは虚像であったか!)」
虚像、つまり目に見えていたあれは鏡によって作り出されたニセモノ。
半透明の壁を鏡に見立てて、その虚像と本体の座標を入れ替えて相手を惑わすのが『虚葛』の本質。
先程手数で押して殺しきれなかったのだから、霊核に似たものがあるのではと踏み今度は的確に急所が集まる体の軸を狙ったのだ。
だが、崇徳院の反応を見るにそれもまた外れ。霊格その軌道になかったのか、はたまたその霊格自体がありもしないのかは定かではないが、兎も角それで仕留めきれないと言う事実は確かだった。
「假使天孫、不斥妾而御者、生兒永壽、有如磐石之常存。今既不然、唯弟獨見御、故其生兒、必如木花之移落。」
真っ二つ割れた体を元に戻しながら、崇徳院は懐から手の平大の小石を取り出し地に落とし、のとりを唱えて一泊の柏手。途端地には紅の徒花が一輪大きく花咲かせる。
「この花弁が散り落ちるのに1分。また、これが全て落ちればそれは主の命も尽きる。意味はわかるな?」
「・・・石長比売の呪いを弄ったのか。随分と高度な真似をしてくれる。」
その花が持つ花弁は合わせて5つ。つまるところ、崇徳院の言う通りであるならば、響の命は5分の時の果てに尽きると言うこと。
顔色を変えず返してはいるものの、内心では酷く焦っている。これではいつもの薬漬け戦法も使えないし、耐える耐えないの話でもない。
きっかり五分後と言う短い時間ののちに、詩が約束されているのだから。これがアニメなんかだと普通に30分くらいかかっていると言う、突っ込んでは行けないが突っ込まずにはいられないあの状況は起きることもない。
しかも、そうこうしている間にも時間は変わることなく進んでいき、これではまるで時間を無駄に消費するだけだと焦りを抱えて得物を握り突っ込んでいく。
さて、こうなっては崇徳院自身、5分間逃げるだけで勝敗はつくのだから相手取る必要はないのだが、それも天皇としての矜持か、律儀に響との打ち合いを受け入れていた。
逃げに徹されないのはありがたいことだが、とはいえ時間が過ぎることには変わりなく早速1枚目の花弁が散るように消えていった。
そして、それとともに響の体に無視できない負荷がかかり、その動きが目に見えて鈍る。
どうやらあれは時間が経つにつれて重なるように呪詛が発動し、おそらく5回目で致死量に至ると言うものなのだろう。
「(いや、まだ絶えきる。無理すりゃまだ同じように動けるし、後二つまでならギリギリどうにかなりそうではあるが、それ以上は体がまともに動かねけだろうが・・・、実質三分、残り二分で倒すとしたら、あれをぶち込むしかねぇな。あれを決めれば恐らく、いや確実に絶対殺せる。)」
浮かぶ案は必殺の一撃を食らわすと言う単純明白なもの。とはいえども、それにも無論問題点はある。なければもうさっさと使っているわけだ。
「(動いてる崇徳院に当てるのはまず無理だ。慣れれば問題ないが、初めて使う今じゃ、小難しいあれは拘束状態じゃなきゃまず無理だ。)」
そうと決まったからには最早迷うことなく実行するのみ。すでに二つ目の花弁も落る頃合い、時間がないのならなりふり後先考えている暇もスキも、ない。
「そうよな、時がなければそうするほかあるまいて!!」
声を大にしてそう言い、迎え撃つ崇徳院。飛び込んでくる響に対して大量の屍腕を呼び出してそれを盾、否触れれば腐る地雷として使用する。
厄介なのは、霊体のみ切り裂く《盃》その『枝刀』では実体あるあの手どもは捌けないと言うこと。危険もさることながら防ぐのも難しい。
だが、それがどうした。防げないのなら防がなければいい。腐ろうがなんだろうが、すべからく死ぬよりかは何十倍もマシである!
崇徳院も驚きを隠せなかっただろう。その壁を体一つで吹き飛ばし、その身体中に腐敗の色を宿しながらなお突っ込んでくるとは。
「『虚葛』」
花弁が一つ散る。
肉薄した響は再度、その技の名前を告げる。だが、所詮それは一度限りの不意打ちの筈だ。誰だって一度食らえば次は後ろに顔をやるし、無論崇徳院だってそうする。
だが、そこに響の姿はなかった。騙されたと思い素の方を見るもののそちらにも姿はなく、見つけたそれは離れたその場所に刃の鏡とともに立ちすくんでいた。
崇徳院の頭の中が疑問符で埋め尽くされる。どう考えたって行動に意を見出せないのだ。そもそも距離を取るだけなら腐敗の壁に向かう必要なんてないし、わざわざそれを受ける心情も理解不能。
ならば何故?何が目的か?そんなのはもちろんこの状況に決まっている。この、理解不能に隙を見せるこの瞬間に!
突如として、どこからともなく現れた『枝刀』数本によって腕足を貫かれ、そのまま地面と縫いあわされる崇徳院。響の目的通り、拘束はつつがなく行われた。
いや恐ろしい男だ。時間がないとはいえ、これだけのために己が体を捨ててまで確率の高い方法を選んだと言うのだから、その神経はまず並大抵のものではありはしないだろう。
残る花弁は2つ
「ギリギリってところか。全く運がいい。正真正銘これが最後だ。これは必ずお前を殺すし、絶えきることも再生の一手も何一つとしてない。俺たちの勝ちで、お前の負けだ崇徳院。」
言い終わると、息を整え、静かに構えを取る。
《盃》を持つ右手は自身の奥に、左手は切っ先近くに添える。所謂突きの構えを成し、動きを封じられた崇徳院のそこに狙いを定める。宛ら獲物を狙う猛禽が如き眼光に迷いの邪念などありはしない。
また、先ほどまで基本各個自由自在自身の思うがままに動いていた『枝刀』達が集まり、構えられた《盃》を中心として切っ先を揃え囲んでいく。
「あぁ、わかるぞ。それは確かに朕を滅するに値するものだろうと。なれば、こい霧村響よ!其をもって己が生きる照明とせよ!!我が墓標の上こそ“主の生きる意義であろう!!」
既に勝敗はついた。あとはその刃を突き立てるだけ。すでに崇徳院は己の敗北を認め、覚悟を持って最後の時を待っている。
なら、行うべきはただ一つ。
まず、気がつけば響の姿は崇徳院の遥か背後にあった。すでにその刃は突き出されていた後。
二つ、突き出されたそれを横薙ぎにふるいつつ、崇徳院の方へと振り向き、再度突きの構えを取る。先ほどと違うところといえば、得物は左側に、その左手は茎尻の部分に押し付けられている。
そして終幕。また気がつけば移動していた彼がいるのは最初に構えをとっていたそこ。
この一連の動作が行われたのはわずか一刹那の役数分。
そしてゆっくりと突き出した獲物を持ち直し一振りおろしつつ、ただ一言を告げる。
「『花散雨』」
突如襲う斬撃の群れ。広がりドーム型を形成していくその群勢は一寸どころの隙間もなくただひたすらに崇徳院を襲い切り刻み滅さんとする。
やまない斬撃。千を超え万を超え、億兆なんぞ遥か昔の話。いや、そんなもので終わるものか。正しく必殺の名を冠するそれが、そのような極少なものでいいはずがない!!さぁ、刮目せよ、恐れ慄くがいい。これぞ正しく不可説不可説転の斬撃だ!!耐えれるものなら絶えてみろ、残れるものならのこってみよ。その斬撃は、その魂一欠片なんの痕跡を余すことなく切り刻むぞ!!
その斬撃が止むのにかかった時間はおおよそ半分。それだけの間やまず襲いかかるというのも確かに空恐ろしいが、真に恐ろしきは、たったそれだけの須臾でそれほどまでの斬撃群が抑えられたということ。あぁ、一体その一刹那にどれほどまでの数が詰め込まれていたというのか。
全てが去った後、そこには何一つとして残っているものはなかった。崇徳院のその姿は無数と呼ぶにはあまりに足りないあの太刀筋により完全に消滅しており、すなわち。
「・・・墓標の一つぐらい、いくらでも作ってやる。だから、しっかり俺の下で眠ってろ。」
今度こそ《盃》をしまい、自身にかかった『それ』を解く。するとその発現とともに現界していた廃宮の世界は一瞬にして消え去り、素の夜音の霊廟庭園へと戻っていた。といっても、それさえも主人をなくして崩れかかってはいるが。
だが、それが告げるのは確かな勝利である。
「さっさとかえんぞ。現世と幽世の狭間で永遠に迷子とかごめんこうむりたいしな。・・・ぶっちゃけ気力も何も残ってねぇから無事に帰れりゃいいけど・・・。」




