何を肴に盃交わす。
世界の情景がガラリと変わる。
雅おかしの庭園を模した夜色一色のその世界から、一変して退廃した絢爛宮殿跡へと移りゆく。
霧散した呪符の群れから現われ出でた響の変化として、まず先程まであった不可思議な黒衣の外套に身を包んでいた。
さて、それになぜ普段づかいしないような形容詞が付いているかというと、その裾の終わりがまるで空気に溶けているかのよう。そして、風もないのにたなびいているその点だろう。
まず、とは言ったものの外見の違いはそれぐらいだろうか。他はいたって普段と変わりない。
ただ、いつになくいたって冷静であった。普段のふざけようがまるで別人他人の空似なんじゃないかとそう疑わずにはいられないほどに落ち着いている。
「ハハ、ハハハ、そうか、お主すでにあい倒しておったのか。しかもそれがあの狐とはまた理解しがたい。いや、先程な娘、なにやら覚えのある気配がすると思ったらそういうことか成る程。あいわかった。」
「よく喋るようになったな、崇徳。知ってるんだったら、これの意味がわからないはずないだろう?」
「あぁ、そうだな、おそらくそれと朕では非常に相性が悪い、否、相性がいいな。」
「・・・こいつに相性なんて概念ないと思うがな。」
「可々、違いない。」
『未踏にして色褪せた無名の臣下(Lost familiar)』ーーーー。
かつて妲己との戦いを終えた後、響は経験値も戦利品もなにもなかったとそういった。だが、だからといって得たものがなにもないということにはならない。不倶戴天のその称号と、そして口にしたそれは疑う余地なく彼に与えられたものだった。
それはかの悪女と同じ力なりて、世界を敵に回す異端の罪科。
彼女を見事打ち滅ぼしたその証として授けられたそれは、まさしく“人の身に余るもの(世界を滅ぼす)”に相応しい凶悪巨悪性。
神をも超えんとす人外魔境ーーーー。
「さて、あまり時間もかけてられない。さっさと行かせてもらうぞ。『霊刀《盃》・愛宕の松』ーーーー」
呼び声に呼応するように、伸ばしたその手に一振りの日本刀が現れる。それはかつての黒槍と同じ色をした代物であり、刀と呼ぶには少々小ぶりかもしれない。
「リコリス、パイフェン、行くぞ。止めは俺がさす。」
「!へましたら承知しませんわよ。」
「そうなったらみんな揃って死んじゃいますけどね。」
瞬間、その場から響の姿が消える。否、崇徳院にはそう見えたのだ。
実際にはただ単に移動しただけ。だが、だというのに彼にすら視認ができなかった。そして気が付いた時には・・・・・・
「ッチ、早すぎるのも問題だな。狙いが逸れる。」
その腕は既に断ち切られた後であり、切られた本人でさえまるできずかなかった。
その言葉通り、正確な動きが出来ず胴首からは外れてしまったものの、確かな損傷には変わりない。
「ッ!であれば朕はその速度に救われたというわけか、今のは危なかったぞ。」
霊刀《盃》ーーーー
その名の通り霊体魂魄を切り裂く刃。魂だけを皆平等に断つが、質量持つ物質には一つとして傷はつかない。
思い出して欲しい。かつて妲己が使用した黒槍から受けた傷じは癒えるまで多大な時間を要した。それは肉体だけでなく魂も共に傷つけられたからであり、この刀はあの槍と同質のものである。
ただ、あちらは霊体への殺傷を低め肉体損傷をできるようになっており、逆にこちらは物理干渉を捨てて魂取りその一点に特化してるという違いはある。
使い手によって変わる能力であり、使い手に最善の形で現れるものではあるが、誰であろうと幽体を損すること、そして『Lost familiar』の名を外る事だけはないのだ。
故に肉体を持たない此れ相手には正解に等しいものである。
だが、ここで追撃には出ない。一度不意打ちえお防がれてしまっては相手は警戒を固めてしまい、むやみに突っ込んでいっても痛い目をみるだけ。先手必勝と言えどもその肝心の第一撃を失敗してしまっては、一度距離をとって様子見に徹する方が良い。まして相手を考えればなおのこと。
「やはり自然には治らんか・・・。」
そういった崇徳院は失った片腕部分周囲に力を入れる。すると、なくなった腕は再生されて行く。いや、新規作成されているといった方が正しいか。どうやらあの刀で斬られては再生は不可能らしい。また、リクリエイトしようにも彼の意思があらねばいけないようで、つまるところ一度その身を切り刻めば勝敗はつくということだ。
もちろん、崇徳院にもそれはよくわかっていることであり、そうすれば一番厄介となるのは確実にそのスピードだ。それを殺さなければ即座にやられてしまう。
「『■■■■』ーーーー」
即時、3人の体が鉛のようにひどく重くなる。それだけでなく、心の臓は握られたように痛み、込み上げてくる吐き気や背を伝う寒気。強烈な偏頭痛に襲いかかる目眩。体の節々が変に痛み、尋常ではない体の不調に、たまらず膝をつく。
「な、なんなんで・・・す、すの?」
「か、体が・・・ハァ、ハァ。」
「呪詛か・・・。(何か変化があるはずだ・・・あの小箱か。となると恐らくはコトリバコの類でまず間違ってはないだろう。平安の天皇が現代の都市伝説なんぞとは思うが・・・おそらく原点かその類だな。)」
呪詛の蝕みにそれぞれ苦痛の声を上げる。このままではろくに体も動かせないだろうにすなわち戦闘なんてできもしない。ただ、その状況でも、或いは普段違いの冷静さからか思考と観察を行き渡らせて考察する。
そうして今なせばならないと結論付けたのは、あの箱、おそらく肉詰めされた木箱の破壊だ。だが、今現状この状態ではかなり厳しいものだろう。本来であれば。
「っ!?」
崇徳院の顔に驚愕が浮かぶ。無理もない、その懐には刀を振り抜いて、彼の胸部薄皮一枚を切り開いた響の姿があったのだ。
「クソ、今度は行き過ぎた・・・!」
本来の狙いは小箱そのものであったのだろうが、速度の扱いにくさ、体の不調も相まって彼の懐まで行ってしまったのだ。
驚きあったものの、即座に反撃をしてくるその腕からのがるるために、また同じ速度で距離を取る。
「どういうことだ、なぜその体で未だその速さを持ち合わせる?」
「わざわざ種明かしするわけないだろ。これはオサレバトルじゃないんだ。」
そうはいったものの、こちらがわからないままなのは問題なので説明を。
一言で言うなれば、これもあれの能力の一つに過ぎない。
発動時、ステータスの俊敏に強化がかかったのだ。
そして、これは+幾つや何倍、云々乗と単なる上方補正じゃない。
その本質は、たとえそれがどんなにありえない数値であろうとも、自身の俊敏に敵対する相手では確認できない速度を上乗せするとそう言ったもの。
つまり、使用中は絶対必ず相手を上回る速度を叩き出せるということ。
すでに第三宇宙速度を超えた崇徳院ですら視認できない今のスピードは、考えるだけでも恐ろしい。
崇徳院の作り出した結界から離れた今、そんな速度を出せば星の質量を持ってしても無事では済まない。ならなぜこの廃墟帯は近くの瓦礫が吹き飛ぶ程度で済んでいるのか。
単にこの世界が強いのだ。
元の世界よりもあるものすべてがはるかに強固に作られている。元々互いの最大火力を必ず耐えるように作られた世界。その程度の速度ではビクともしないのだ。
発動とともに展開されるこの世界だが、任意で拒否することもできる。とはいえ今更普通の世界で全力でぶつかり合うだなんて真似、できるはずもないのだが。
「単に強化された、というわけではないようだな。なら、それは特異性を持つ能力の類か・・・。」
なればそれよった対処をすれば良いだけのこと。だから彼はもう一つ呪いを足したのだ。今度は響の肉体ではなく、その能力に。正常に起動すること能わずと。
「っ!?・・・そんなこともできるのか、なんでもありだな、お前の呪詛。」
「自身の身に起きているわけでもないのに、これに気付くか。面白いやつよ。」
普通の魔法やスキルを一つや二つ封じられればさすがに気付きはしないが、此れのうち一つでも抑えられればさすがに気付くというもの。
とはいえ、気づいたところでどうしようもない。さらにいえば最初の呪詛は否応なく体を蝕んでいく。愚図愚図していればあっという間に3人皆仲良く同じ穴に入ることだろう。
どうにかして、せめてあの小箱だけでも壊さなければならない。なので、どうにかするのだ。
「・・・《盃》。」
そっと刀の名を呼ぶ。
すると次の瞬間、刃は箱を貫き、崇徳院の旨を易々と貫通していた。
動いたわけでもない。投げたわけでも、瞬時に刀だけ移動したわけでもない。
伸びたのだ。天を貫かんとするほどの長さに。
《盃》・『愛宕の松』ーーーそれは短長重軽如意自由の変化刀。主人が命ずるまま、長さも大きさも、重さもその全てを自由自在に変わる黒き刃。
そして、その能力は主たる響の持つものではなくこの刀が持つもの。幽体特攻もそれに同じ。故に封じられることなくそれは深々と的二つを貫き通したのだ。
「まずはその箱一つ、次はお前のその魂をもらうぞ。」
「(此奴、すでに使い慣らしておる!先程から攻撃のタイミング、能の使い所、その全てを取って最善最良のそれだ。速さ云々はともかくとして、戦略戦術の駆け引きにおいては天才的としか言いようがない・・・いや、そうでなくては朕らと同じ舞台には上がれぬか!)・・・どうやらまだどこかで主らを侮っていたようだ。今度はこちらから行かせてもらうぞ。」
そう言って手をかざしそれと同時に無数の五寸釘を宙に展開させた。
案の定それは無数の雨霰として3人に襲いかかってくる。コトリバコ(仮)は破壊したものの、もともとあれは相手を呪うものではなく、よくないものを呼び寄せるもの。消失したために先程までの苦痛はないが、少なくともまだ万全とは言い難い。
その中でのこの範囲攻撃は少々厄介だといえよう。速度のある響とパイフェンはそれを全て躱すという荒業を、リコリスは自身の周りを人形たちによって固め全ての釘を撃ち落としていた。
ただ避け耐えているだけでは勝機などでず、やられたなら即座にやり返すと、今度は響らが前へと出てくる。
瞬時伸ばした《盃》を振るいその首に狙いをつける。とはいえ大ぶりな一撃なので避けられてはしまうものの、だが避けた時一瞬だが視界に陰りが見える。そしてその一瞬をしっかりと拾い上げたリコリスは、呪いの人形の明らかに先程の何十倍という長さになった髪の毛で崇徳院の体を拘束。そのままその足元に魔法陣を出現させ続け、絶え間なく魔法を打ち込んでいく。
崇徳院はそれを防ぐために、今度は銅鏡を6つ展開させてそれぞれ合わせ鏡、その間に結界を貼り三重の防御壁とした。
さてこれが想像以上に固く、リコリスの火力では破れない。否、今でなければ問題などなかったのだが、消耗の激しい状態ではきつかろう。
だからこそ、それに襲いかかったのは弾丸がごときパイフェンの蹴り一つ。それは易々と三つの障壁を粉砕して崇徳院の腹に深々と突き刺さる。
突き飛ばされた彼の軌道上に待ち構えていたのは構えをとった響。そのタイミングで、天高くまで伸ばし、星と同じ重さにまで変化したその刀を全力で叩き込む。
その衝撃は凄まじく、強固された世界の大地が震えるほど、ひびが入るほど。
だが崇徳院もそれで終わってしまっては名折れというもの。叩きつけられ星と星に挟まれたに等しい彼は敢えて一度体を霧散。離れたところで体を再構築させて、今度は嘴が三つついた異形の烏を呼び出し向かわせる。
それは猛禽の類でもないというのに、飛行速度は迅速雷名に近しい。一瞬でパイフェンの背後までたどり着き、それに遅れて気づいた彼女は撃墜を試みるも、一足足らず。すでに烏は親指の先程の薄皮を彼女から啄ばみ、遠くにホバリングで待機していた。
その皮を飲み込んだそいつは、在ろう事か自身の腹をその三つの嘴のうち一つで抉り出す。側から見ればそれは全く何をしているのか理解に苦しむが、変化は即座に現れた。烏が嘴を入れたそこと同じ場所にパイフェンは同じダメージを負ったのだ。
烏が首に突き刺せば彼女の首から鮮血が溢れ、翼を居れば腕はあらん方向へと向く。
「その手の類か・・・。王道といえばそうだが、厄介この上ないな・・・。」
自分と同じ傷を相手に返す、人を呪わば穴二つ。有名な言葉だが、それを常時行使してくる相手というのは非常にやりづらい。こちらは迂闊に攻撃できないというのに相手は自傷するだけでいいのだから。
「(マスター、あれは自傷のみでしか傷を返すことはできないようです。)」
どうやら自発的に解析してくれていたアナザーから有益な情報が飛び出してきた。渡りに船とはまさにこのことだろう。
これなら気兼ねなく戦える。としてもあれは恐ろしく早い上に異常なまでに速く、また個体として小さいためにより精密な動きをしなければならぬ。かといって時間をかけてもいられないので、フル回転で思考を巡らせる。
「《盃》」
結論、なんと響は今の獲物を消失させ、天ノ尾羽張を取り出す。
それはあまりにも愚行、崇徳院を打つには《盃》がなければならないというのに自分からそれを解除するとはいったいどういった両親か?
それを見ていた怪鳥も同じに思ったようで、血の滴る首を傾げたその時だった、その体を、あの霊刀が貫いていたのは。
そもそも彼は消失などさせていない。黙認できないまでに小さくしていたのだ。それを、後から出した天ノ尾羽張に注意を向けて気をそらし、指弾で発射させたというわけだ。
これにて異形の烏は滅び、とりあえず一安心といったパイフェンの元へはリコリスが駆け寄って回復薬を飲ませていた。
そして自動的に戻ってきた得物を掴み、その刀身を指で撫でながら、一つ息を吐く。
「(さて、この速度にもこの力そのものにもそろそろ慣れてきた。こっからはやっと全力だ。)」




