Lostーーーー
頭上には燦々と輝く星降る空。
しかし、その巌に腰掛けこちらにその双眸の鋭光を向ける老夫は、月光によって遍く照らされていた。
満天の星空に浮かび上がる望月。そんなあり得ることのないその情景はまさしく幻想的といえよう。
「朕?朕だと?あぁ、クソッ!!最悪だ。最悪も最悪、運がないにも程がある!!よりによって一番やばい相手ひきやがった!!」
その老夫の一人称を聞いて、相手が自身が想像していた中で一番最悪なものだと知り、八つ当たり気味に不満をぶちまける響。さて、ではこの老人の正体とは一体なんなのか。
「道真なら良かったよ!一番まともで話もできる三代怨霊であっても学問の神の一面も強いし、敬って接すれば話し合いで済むかもだろうよ。将門は将門で話にならなそうだが、あいつは武士だ。闘い方やその対策は容易にできる。」
元々彼の中で今回の相手は日本三大怨霊+道鏡が有力と踏んでいた。
一番戦闘の危険がないのが道真であり、道鏡に関しては、怨霊としての逸話もなく、生前も僧であるがゆえに危険度は一番低いと見ていた。
将門は、危険度も好戦度も高くはあるのだが、剣を交えるだけのわかりやすい相手ではある。
だが、最後の一人は違う。親憎し、国憎し、全てを呪って死んだ彼の恨み辛みでは、話し合いになったとしても破綻するだろうし、生前の武勇のない彼は怨霊としての呪詛を持って攻撃してくるだろう。それはただ切っ先を交えるのみの将門より厄介で凶力だ。
故にこの相手は最悪なのだ。
「日出国から離れた神社も、通りゃんせも、全てミスリードだったてわけかよ、なぁ崇徳!!」
「敬いをしれ小僧。朕は天上人にあるぞ。」
崇徳天皇、それがこの老夫の正体である。
日本三大怨霊の一人であり、非業の天皇たる崇徳院。
父を鳥羽天皇、母を藤原璋子とし、出生から僅か四年で天皇となった幼帝。
しかし、母の璋子は鳥羽天皇の父たる白河法皇が寵愛した女で、彼はその白河法皇の子ではないのかと噂された。さらに彼が幼少即位したのも白河法皇の思惑とも。
無論そうなれば父 (ではないかもしれないが)の鳥羽上皇は快く思わない。なにせ上皇として権力を振るおうにも、白河法皇の影響が強くて口出しができないのだ。
だが、それもこれも白河法皇が亡くなってからは一転。
最初の十年ほどは特に表立った動きはなかったのだが鳥羽上皇が藤原得子を寵愛し出し、その間に体仁親王が生まれたことによって事態は大きく変動する。
体仁親王は生まれて間もなく崇徳天皇の中宮 (いわゆる正妻)の養子となり、崇徳天皇、
体仁親王は異母兄弟にして親子という複雑な関係になってしまう。
体仁親王が生まれた後、鳥羽上皇は崇徳天皇を権力の座から追放しようと考えた。理由として、体仁親王を即位させ、自らが体仁親王の後見として院政を行うことにより政の実験を握らんと企てしたのだ。
さて、この計画を実現させんがため、鳥羽上皇は執拗にしつこく異常なほどに崇峻天皇に退位を迫りる。
とは言っても崇徳天皇にとっても退位悪い話ではなく、体仁親王は崇徳天皇の中宮の養子になっているため、いわば体仁親王と崇徳天皇は子と父の関係であったことが深く関わっており、まぁ要するに体仁親王が即位すれば、その父として崇徳天皇は院政を行うことができるようになるわけというわけだ。
実際にそのようあったのならば、崇徳院はとても恵まれた天皇であっただろう。
だが、そうは問屋がおろさないのが現実。
やがて、崇徳天皇は鳥羽上皇の言うとおりに体仁親王への譲位を決心し、天皇の位を体仁親王に明け渡し、晴れて上皇の地位についた。
だがしかし、ここで一悶着というか、鳥羽上皇の思惑が表立って襲いかかる。
譲位の儀式の際、本来であるならば体仁親王は崇徳天皇との養子関係から「皇太子」として天皇即位するはずであってしかるべきなのに、鳥羽上皇の手回しによって在ろう事か体仁親王は崇徳天皇の「皇太弟」として即位してしまうという、崇徳にとっては最悪といっても過言ではない結果となったのである。
かくして体仁親王は近衛天皇として即位したものの、近衛天皇はあくまで崇徳天皇の「皇太弟」要は弟として即位したため、天皇の父として我が子を後見する立場から政治を支配する院政を行えなくなった崇徳天皇には政での実権を失ったのであった。
変わってその権利を握ったのは父である鳥羽上皇であり、崇徳は完全に騙され落としいられてしまったのだ。
さて、ここではあまり関係ないのだが、彼はこの頃から強く和歌の世界に入り込み、その世界では有名なものであったという。余談中の余談。
しかし、時が経って近衛天皇がはやくに亡くなるという条件下によって第1皇子だった重仁親王に天皇即位の可能性が浮上し、すなわち再び政治世界に舞い戻るチャンスが巡ってきたのである。
だが、これも鳥羽上皇と藤原得子によってなかったことになってしまうのである。
この2人、朝廷内に根回しをすることで、崇徳天皇の同母弟だった雅仁親王を後白河天皇として即位させたのだ。
後白河天皇は藤原璋子の子であり、藤原得子にとっては芳しくない天皇の即位ではあったもの、それには訳があり、まず、彼女は母を亡くしていた後白河天皇の息子(後の二条天皇)を養子としており二人ははこの息子を天皇即位させようとしたのである。
しかしながら父が天皇じゃないものの即位など前例がなかったため、息子が成長するまでの繋ぎ役としてその父である後白河天皇を即位しておこうとしたのだ。ぶっちゃけそれまでおまえら生きてんのかとは思うもし、欲の深い夫婦なことで。
やがてようやく鳥羽上皇がなくなり、朝廷内があわただしくなった頃、とある噂が京内に立ち込め始めたのである。
その内容というものが「崇徳院が藤原頼長と共に国を傾けんとして悪しからぬ計を企んでいるのではないか」というもの。
さて、この噂を利用しして後白河天皇に近い藤原得子や藤原信西という欲まみれの人物らは、武士を動員して崇徳院に威嚇を撒いていったのだ。
そうして物理的にも精神的にまさしく心身ともに追い詰められた崇徳上皇は、同じく京のアホどもによって苦境に立たされていた藤原頼長と協力し、挙兵せざるを得ない状況に陥ってしまったのだった。
かくして望まずながらも、後白河天皇派と崇徳上皇派の勢力が武力衝突することになり、かの有名な保元の乱が巻き起こったのである。
が毎度先手で攻撃をされ続けていた崇徳上皇派はあっけなく見るも無残に敗れ散ってしまうのであった。
悲惨なる敗戦により、崇徳上皇は上皇という高貴なる身分でありながら謀反人として讃岐という当時の辺境地に島流しの刑にあってしまう。
天皇・上皇の流罪は400年ぶりの大事件。以前島流しにあった天皇は淳仁天皇というのだが、ここでは関係がないので省かせていただく。興味があったら是非調べて見るといい。
こうして崇徳は、騙されて政治の世界からつまはづきにされ、戻ろうと足掻いても先回り。挙げ句の果てに無実の疑いで喧嘩をふっかけられ、負けたから罪人として島流し。悲惨悲劇、不幸の限りなその人生に、怨霊となったとしても同情してしまうのはきっとおかしなことではないはずだ。
そうして讃岐に流された崇徳上皇は和歌と仏教を強く求めたという。
讃岐に流されて以後、彼は仏教に帰依することとなり、戦にて散っていった兵たちを思って流罪地で写経を行い、その写しを弟の後白河天皇に送りこれを死者の手向けとしようとしたのだった。
だがしかし、あろうことかそれを受け取た後白河天皇は拒絶し送り返すという自身の兄に対してまるでありえない対応を取ったのである。
彼は、崇徳上皇の写経なんぞ、きっと偽って呪詛の文言でも紛れ込ませ、自身を呪い殺さんとしていると思い込んだようで、どれだけ崇徳を軽蔑視していたのかが良くわかる。
これには流石の崇徳も大激怒。きっと彼でなくともこの仕打ちには怒りをあらわにし、憎み連ねることだろう。最早彼の堪忍袋の尾は切れて、憎しみは限界を超えた。
「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」「この経を魔道に回向す」と、下を噛みちぎり、己が血で写本にそう書き込み、爪や髪といったものを伸ばし伸ばしに伸ばし続け、あたかもまるで夜叉のような姿形に変化をなし、生きながら天狗になったとされているし、崩御するまで爪や髪は伸び続けたままであった。さらに崩御後、崇徳院の棺からきっちりと蓋を閉めているのにも関わらずとめどなく血が溢れでてきたそうな。
だが、またもや後白河院は彼を完全に見下す。
その死を無視し、葬儀に関しても本来上皇の身分にはあるまじき国司によって葬礼が行われただけであって、朝廷によるその手の手向けはなかったのだ。
やがて、京の都は相次いで災害ににまわれ、後白河の周りの人物が次々と死に絶えるという事件が起こり、これを崇徳上皇の祟りであると捉えた。
そうして挙句精神的に追い込まれて鬱気味になった後白河院がようやくともいうべきか彼を奉り供養をすることによって事態は収束を迎える。
長くなったが、ざっとした彼の伝承であり、彼が国を人を恨み怨んでいる証である。
「(しかし、・・・どうも老けてるな。史実だと崇徳は確か享年50ちょい手間だったはずだぞ。ありゃどう見ても60かそれ以上はある。妲己の時にもあったが、やっぱりあっちの人類史とは違いがあんだな。歴史上動きのある人物は同じだけど動かしたものは異なるってとこか。となると、下手すりゃあっちで聖人でもこっちでは鬼畜生古今稀に見ないほどの下衆下郎って可能性もありそうだな。アインシュタインとかも本人の性格次第で偉人か極悪人かだなんて変わりそうだしな。)」
似てはいるが、やはりそれは別人である。同一人物であって、赤の他人である。
まるでどちらかがどちらかを真似てできたような、少なくともともにオリジナルではないはずだ。もしもであるならかけ離れすぎていて、あるいは偶然であってもあまりにできすぎている。
「さて、朕の霊廟を踏み荒らし不遜を働いてまで、主らは何の用があってのことだ?」
驚くことに、相手の方から話し合いの提案をされた。響からすると話し合いなど等に不可能だとは思ったが、生前の行いから見るにそこまで不可解なことではないだろう。なにせ彼の地に流されても、その歌に怨恨の色はなかったといわれているほどだ。
だからこそ、その呪詛は強く危ういものだとも言える。
「驚いたな。生者と見るないなや縊り殺しにくるかと思ったが、まさかそっちから話を持ちかけられるとは。」
「それでは犬畜生の類と同じではないか。朕は人であり、天皇たる現人神ぞそのような野蛮にて無粋な真似なぞするまいよ。さりとて朕と主らの争いは避けられぬことだろうが、命を奪うなればそれ相応の対応というものがあろう?」
「・・・やっぱお前は一番敵に回したくはなかったよ。」
そう、苦虫を噛み潰したかのような表情で言葉を吐き出す響。
崇徳が一番運がないといったのは、無論その強大さ、戦闘におけるトリッキーさだけではない。
戦いずらいのだ、精神的な意味でだ。
先ほども話した通り、崇徳本人は本来被害者であって、消して悪しく言われるような存在ではない。
産まれ出て、父に嫌われ憎まれて、子であるならばきっと恋しかっただろうにその相手は眉間にしわを寄せるばかり。
その父に騙され、挙句何もしていないのにあらぬ罪を着せられ、身を守るための武装。さすればそれを謀叛と叩かれ、弟にすら軽視される始末。
彼自身何も犯してはいないのに、怨まれ淘汰され、一方的に勝手付けられたのだ。
世界の被害者であり、元来人格者たる彼を相手取るのはやはりやりにくいのだ。
「調べ物とここにいるであろう人物、まぁこの場合はあんただな、それが主な理由。つっても俺らが何聴こうが答えねぇんだろ?」
「主がそう思うなればそうであろうな。」
「だからって無駄骨だったと返してもくれやしねぇだろ?」
「それも、主がそう思うならそうなのであろう。」
「主体性のねぇジジイだな。・・・リコリス、パイフェン。準備はできてるな?」
「勿論ですわ。」
「大丈夫です。」
二人ともに、迷いなく異論ない肯定。
すなわちこの後待ち構えるは、この老夫との戦であり、命をかけた大一番。
手加減などする余裕があろうはずがなく、全力全霊、誠心誠意一所懸命全てをふりしきり眼前の亡霊を払わなければならない。
「術式23〜25、三つ重ねて展開。」
「(承認。)」
「向かうというのであれば、こちらも相応を持って相手しよう。来るがよい。」
戦いの瞼が、切って落とされるーーーー
♢
最初に動いたのは、その眼帯を外し異端の瞳を外気に晒したリコリスだった。
彼女はまず、崇徳院の鼻先、およそ3寸程の近前に焔の絶壁を叩き上げる。
それは眼前における者であり、必然崇徳院本人には火傷の一つも負わさられないが、それでいい。なぜならその炎壁は殺傷のためではなく、その双眸から光景を奪うため。
となれば、この後の戦況は自ずと理解し得るだろう。常に相手の死角に回り、その命を頂戴せんとする彼女による目くらまし。であれば、それが開けた後、そこに先程までの人影はない。
「・・・後ろか。」
「おせぇよ!」
崇徳院が確認の言葉を取ったその時にはすでに、その背後すんでのところに響が迫っており、いつの間にか取り出した異刀を構え振り抜かんとしていた。
だが、相手は世界の敵。そんな生半可なことで終わるはずもなく、軽快に一歩踏み下がり、よって響のその一閃は後数センチすんでのところで空をきってしまう。
だが、これは本命の一撃ではない。
「はぁあああ!!!」
真下からの追撃にその体は囚われ、天高く飛ばされていく。
その一撃を見舞わせたのは最後の一人のパイフェン。
3人いるのだから、せめて三手先の裏までは書かなければならないと、崇徳院が響の一撃を避けるそのタイミングを読んで待ち構えていたのだ。
素晴らしいチームワークだが、実はこれ全てぶっつけ本番。たった一瞬一度きりの目配せで、何をして、自分の役割は何か、そしてそれを実行するに当たるタイミング、その全てを合わせたのだ。
息の良さ、いやその信頼度の高さは、いつもふざけて言い争っている姿からは全く想像できない。
「痛ッ!!見事な腕前。主ら相当な修羅場をくぐってきた強者と見受ける。となれば朕も出し惜しみなどはしておられまいな。さて、どうしたものか。」
「なーに余裕ぶっこいてんだよクソジジイ!!」
飛ばされ痛みを感じながらも、顎に手を当ててなぜか妙に嬉しそうにそう呟く崇徳院に、さらに追撃を浴びせるべく、その飛翔速度を上回り頭上に到達し、怒号の声を上げながら斬りかかる。
「惜しいな、それでは朕に届くことはない。」
「ご忠告ありがとさん!!」
またもや避けられる一撃。だが、それは今回も囮。刀はあえて避けさせて、次の一撃が避けられないそのタイミングでたたきこむ。
そのための武器がない?なればその拳を振るうまで!
「オラァ!!」
避けようがなく、確実にダメージを与えるであろうその一撃。
だがしかし、その殴りは標的の体をすり抜けて、何の成果もなく空気を切ってしまう。
「なぁ!?」
「だから言っただろう?朕には届かんと。」
そう不敵な笑みを浮かべて、突き出た響の腕をその嗄れ骨張った右手でがっしりと掴む。
するとどういうことか、掴まれた部分から、見るも毒々しい、聞くも痛々しい煙を上げて黒く黒く、真っ黒く変色していくではないか。
「ぐあぁぁぁぁぁああ!!」
その形容しがたい鈍痛に、たまらず声を上げて叫んでしまう。そうしている間にも、その黒の侵食は続いている。すでに肘から下は変色し切っていた。
「(まずいまずいまずいまずいまずい!!このままじゃ確実に侵食しきっちまう!!)」
このままではいけないと、どうにかこうにかもがいてその拘束から逃れようとするものの、しかしその手はがっしりと掴んでいて離れることはなく、それどころかもう片方の腕に捕まらないようにどうにか逃れるだけでも精一杯だった。
「!!」
そんな響の危機を救ったのは、下方から放たれた紫電の群れ。高威力高熱、高速のそれらが、崇徳院の本体と、響をつかんでいる腕に向かって走り、逃れるには響を話すほかなく、解放された響はその左腕の痛みに悶えながら、地上へと落下し大地に叩きつけられた。
「クッソ、呪詛の類か!!解呪方法は!!」
「(残念ながら見つかりません。また、見つけたとしても解呪できるかどうかは・・・」
「あぁ、もう!どっかに安倍晴明でも蘆屋道満でも賀茂忠行でもいねぇの!?」
そんな人物が今ここにいれば戦力としても頼もしいことこの上ないが、残念ながらいるはずもなく、その間にもどんどん呪詛の侵食は進んで行き、すでに左腕は一片真っ黒と化していた。
このままではいずれ全身にその呪いが回り切ってしまう。そうなってしまうのは避けなければならず、即決で響は自身のその左腕を切り落とした。
襲いくる痛激と、飛び散る鮮血。それを堪えて口の中に回復薬を流し込み、治療とする。
やがて流れ出ていた血液は止まり、少しずつだが離れ離れとなった腕が回復していく。
この世界の薬学は随分と発達しているようで、このように秘薬級の回復薬が、上級とはいえ市販されているのだからとんでもない。
だが、そのおかげでこう言った咄嗟の判断が円滑にできるし、致命傷も何度か受けれるので、悪いことではないだろう。
「大丈夫ですか!?」
「いやほんと薬様様って感じだわ。なきゃ今頃あれよろしく崩れ落ちてたところだ。」
そう言って顎で切り落とした腕の成れの果てを指す。すでにそれは原型をとどめていなく、まるで超高熱で焼き付けられ焦げ切ったかのようにぼろぼろの粉々になっていた。
「もう、世話かけますわね。高くてよくわからなかったのですが何があったんですの?」
「いーやな、殴りつけよう通ったらすり抜けたんだよ、物の見事に。考えても見りゃ当たり前だよな。そりゃ幽霊相手に物理が効くわけねぇさ。」
それもそうだ。実態ない相手に向かって殴りにかかる方がおかしい。寺生まれでも何でも頭文字がTでも何でもないんだから、幽霊と殴り合いとかできるわけがないだろう。
「えっと、そしたらさっき私が蹴り上げた時はどうして・・・。」
「そりゃ、お前さん狐憑きってか半神霊ってかそんな感じじゃん。それにほら、中国拳法って何でもありだし、気がどうたらこうたらでいけたんだよきっと。」
最初のうちはまだ理論的かと思ったら、終結感覚論のいい加減な回答だった。これではガッとやってバッとするとかその類と同じでひどく頭が悪く見える。
「兎も角、そういう話でしたら私の出番ですわね。お荷物はそこで見てていいですわよ?」
「いや、俺だって別に魔法使えるからね?むしろ並みの魔法職よりは上だって自負はあるぐらいだからね?何なのお前こんな時まで喧嘩売ってんのかおい。」
「・・・!響さん、傷の方は大丈夫ですか?」
「ん、まぁそりゃ流石にまだ正常には動かないけど・・・あぁ、そういうこと。素直じゃねぇなホント。ならお願いするとしますかね。」
成る程、口と言い方が悪いが、彼女なりに響を思ってのことだったようだ。それにすぐ気づいたパイフェンはよく見ている。
「さて、話し合いは終わったか?良いぞ民を待とうも天皇の務めである。」
どうやら相手はご丁寧に待っていてくれたらしい。強者の余裕からか、はたまた天上人としての矜持かどうかは定かでないが、随分親切な世界の敵だ。
いや?そういえば妲己も似たようなことをしていた気もする。と言ってもあちらは慢心九割ではあろうが。
「随分と理知げですのね。待たずにそのまま攻撃してきても良かったんじゃありませんか?」
「知れたこと、朕は戦人でもなければ刺客でもない。朕は天皇なれば、然るに当然のこと。そも、この朕が道を踏み外してどうする。」
外道に落とされた自分が道を外してはならない。たとえ自身が悪鬼羅刹魑魅魍魎悪霊怨霊化生の類になろうともそれだけは違えまいと心に決めている。その眼光にはそうこめられているようだった。
「ならそれで構いませんわ。なんにせよやることは変わりませんから。」
そう言って、発動させるは七つの光弾。それぞれ赤黄緑青紫橙紺の色を冠しており、リコリスの周りに揺蕩っている。
「さぁ、行きますわよ!『自由他在の七色星雲』!!」
その鍵言葉とともに浮かぶ七色が各自崇徳の元へと向かっていく。並の人間には視認できない程のスピードでたどり着いたそれは自由自在千差万別に空を駆け巡り崇徳院を翻弄していった。
「む、また面妖な術を使う。」
さて、さて各々が超高速かつ変則的な動きで襲いかかってくるものの、さすがは世界の敵か。動きは封じられているものの、たしかにその全てを交わして見せていた。
「ホント、あの女狐と言いこの怨霊と言い馬鹿げた性能してるよな・・・。一撃は大陸一つ崩せるないし即死級の厄介なパッシブスキルつき。しかも本人の耐久もそれをもろともしない壊れ。しかもそれが音速の何十倍下手すりゃ天体云々レベルの速さだぞ。まずそんなもんが一つの星にいるのも国一つで収まってんのもおかしな話だっての。」
腕を抑えながら、傷を癒している最中の響きがそう小さく呟いた。改めて一歩引いたところから見ると、相手の理不尽さに顔を引きつらせているようだ。と言っても、それとやり合っているお前らも大概だと思う。
「ふむ、そうか。慣れたぞ娘よ。なに、見切って仕舞えばどうということはない。」
「は?なにを言ってます・・・っ!!」
瞬間、崇徳院の体は7色の檻を抜けて大きく距離を取っていた。
それを受けて驚愕を隠せないものの瞬時に命令を下し早急に彼の後を追わせる。そのスピードは先程とは比較にならないものであり、それを処理しているリコリスの負担も相当に激しい。
だというのに、その追撃はなかなか目標に追いつけなかった。
なんとすでに第二宇宙速度に到達した光の姉妹達の猛攻を崇徳は先ほどよりも随分と簡単な風に交わして一定距離を保っているのだ。
もちろん、普通の場所でそんなふざけた速度を出せば周りはタダではすまないが、ここは普通ならざる現世と幽世の狭間である。そんなくだらない物理法則が当てはまるはずなどないのだ。
「はは、遅いな。本来銭湯と縁のない朕にすら追いつかないとは、そちの術もそれほどでもないか。」
「!!言ってくれますわね・・・!!」
軽く煽られたことにより、無理をしてさらに速度を上げさせるリコリス。それにより第3宇宙速度の領域に踏み込むものの、オーバーロードのせいかその鼻、左目からは赤い筋が垂れている。
しかし、それを受けて崇徳院も速度を上げ、まさにいたちごっこ。これでは一向に進展がない。いや、おそらく先にリコリスが限界を迎えてしまうだろう。
だが、崇徳院の注意は完全にそちらに向いており、今ならその背中はガラ空きだ。しかも、下手にバカみたいな速度を出しているせいか、その軌道は容易に想像がつく。
「はぁぁぁあ!!」
重い一撃が、その背中に襲いかかる。それはすでにその場で構えて跳んでいたパイフェンの渾身絶倒の一撃。
それによって彼の体は超スピードで元来た空を折り返していき、自分からその追跡者の群れに突っ込んでいく。
「!今ですわ!!」
獲物に追いついた七光はその体を突き破りやがて進行方向を変え続け不可解な動きをしだす。何事かと思うが、その理由は次の瞬間には理解できた。その尾を引く残光が奇怪な魔法陣を形成しているのだ。
14芒星の中にさらに49芒星という極めて複雑にて繊細なる形容を模したそれは、やがて光を増していく。
「『天地覆うは七曜の輝き(デイズオブセブン)』!!」
放たれた鍵言葉とともに、術の発動が始まる。その全ての頂点から極細の光柱が天地に伸び、一泊の時間を置いたのちに、その全てが一斉に一周乱回転を行う。
それは無論術中の崇徳院だけでなく周りの木々地石星空に至るまでを切り裂いていく。計算されたのかはたまたそういう風な構成なのか、その光は四人を貫くことだけはなかった。
さて、周囲一面にその爪痕を残した術式だったが、彼女の魔法がこの程度で終わるわけもない。
光線の作り出した数数多の爪痕の終点からまた新たな光柱が作り出され、今度は浮かぶ魔法陣とその中心に存在する崇徳めがけて一斉に動きだした。もちろん四人に被害などない。
「おぉ、これは面白い。随分と手が混んでおる。」
「余裕ぶっこいてるんじゃありませんわよ!!」
自身に向かって集まってくる光の柱たちを見ながらも、なお余裕綽々と言った様子の敵に若干苛立ちを混ぜながら吠えるリコリス。とはいえ、彼女の方もそろそろ限界が近いらしくその声には幾分か覇気が足りない。
やがて光柱は獲物の眼前までに迫りきて、変化を見せる。先程まではただ一心不乱文字通り一直線に向かっていったそれだったが、今はその周囲を円形に回りながら少しずつ迫っていくのだ。
やがてそれは一つに収束していき、崇徳院の体を飲み込んでゆく。
と、そこでリコリスの方にも限界がきたようでその様子を見受けながらふらつき、後ろへと倒れて言ってしまう。
それを受け止めたのは先程までは休んで傷を癒していた響。
復活した左腕で倒れるリコリスを包み、労い?の言葉をかける。
「無茶しすぎだバーカ。お前ふらふらじゃねぇか。」
「べ、べつに対したことありませんわ。あれからも特段なにかを受けたわけじゃありませんし。」
「大したことあんだよ。じゃなきゃそんな風に目鼻から血ぃ流してぶっ倒れねぇだろうが。もうあんな速度出すんじゃねぇぞ?それに長時間の使用も負荷がでかいからやめろ。今のお前じゃ完全に使いこなすのは無理だ。」
「・・・わかりましたわ。」
シブシブと言った感じで答えを返すリコリス。割と気に入った術だったらしくいつか絶対に使いこなしてやると心の中で確かに近いを立てたことなど、他のものにはわからない事柄だろう。
「ですが、あの威力ですし、そうとなダメージは追わせられたのではないでしょうか?」
「ん、ならいいんだけどな。」
戻ってきたパイフェンの言葉に、どうにもにえたぎらないと言ったような風に返す。火力に関しては申し分ないように見えたが、彼は一体なにに気がかっているというのか。
案ずるなかれ、なにその疑問はすぐにはらされることとなる。
「なに、ほかのものであれば致命傷とは言わずとも相応の傷がおませられただろうな。だが、相手が朕というにはどうにも運がなかったな。」
さて、先程の魔法を受けた崇徳院が晴れた煙の中から姿を現したのだが、未だ五体満足涼しい顔で健在していた。無傷とまではいかない。たしかにダメージは通ったのだが、しかしそれがあまりにも軽いのだ。先程の術の規模と比べて不自然極まりないほどに。
「ど、どういうことですの!?」
「どうもこうも、そりゃぁ、魔法特殊に関する防御性能がクソたけぇんだろうよ。そりゃそうだよな。あれが物理が効かない程度の相手な訳がねぇ。」
物理的な干渉は基本効かず、魔法に関しても聞くにはきくが硬い。そんな理不尽さでなければ、世界の敵など務まらない。だから先程、響はむつかしい顔をしたのだ。これで終わりなはずがねぇよなぁ、と。
「そ、それじゃぁどうしますの!?」
「ま、そりゃぁちまちまちまちま削ってくんだろうよ。」
「そんなの体も魔力も全然持ちませんわよ!!」
そんなこと、先ほどの一件で嫌という程に分かっている。だというのにわざわざ響がそんなこと言うはずもない。ならば、それは何か策があってのことだろう。
「よな。ならもう一つは反則勝ちするっきゃねぇだろうさ。」
「反則・・・・・・あぁ、なるほどつまりは時間を稼げばいいんですのね。」
「理解が早くて助かる。ありゃ発動までに時間がかなりかかるんでな。」
「・・・!成る程。わかりました。それでしたら私がメインで彼を引きつけます。リコリスさんはその援護をお願いします。」
「了解ですわ。多分今下手に動いても足手纏いになるだけですものね。」
「わーてんなら早く薬飲め。もったいぶって死んでもしらねぇぞ。」
そう言って了承もとらずに彼の口の中に回復薬を詰め込む。いきなりのことで軽くむせたがおとなしく飲み干す。普段ならここで一悶着あるのだろうが今はそんなことをしているような場面でもないし、自分のことを思ってのことだとわかっているのも大きかもしれない。
「つーかお前は何でそんな受け身体制なんだよ。わざわざこうやって待ってるし、そもそも攻撃の一つもほとんどしてこねぇじゃねぇか。」
「主らに朕の思考を鑑みることなど能わんよ。それともそれほどまでに気になるのか?」
「いーや、別にんなもんどうでもいいわ。こっちとしちゃそっちの方がありがてぇしただちょいと不気味ってなだけだ。」
「不気味と・・・。」
「はぁあ!!」
ひねりを込めた拳の一撃が、そのわき腹に突き刺さる。響が言葉で注意を引きつけている間に不意をついたその拳がたしかに体に入る感覚を得たパイフェンは小さく心の中でガッツポーズを取る。
だがそこで終わってしまってはいけない。次へ次へと繋げてそしてその勝利を確実なものにせねば、それは三流以下と言われても仕方ない。
故に彼女は一瞬で吹き飛ばされる崇徳院を追い抜き、掌底を振り向きざまに加える。そして今度は頭上からのかかと落としでまさしく文字通りに大地へと叩き落とした。
しかし未だその猛攻は終わらず、リコリスが用意した岩石を足場にして蹴り出し、弾丸の如く落とした相手へと突っ込んでいく。
「セイッ!!」
だがこれは体をひねらした崇徳院によって避けられてしまう。それだけでなく、今度は彼の方からも反撃として右腕が伸びてきた。勿論それを受けてしまってはたまらない。先程の響の様子を見ればそれがどれほど凶悪なものかはよくわかる。
始まる一進一退の攻防戦。
突き出された握り拳はすんでのところでかわされ、カウンターとして出された腕を残った手でうまく払いのける。懐に潜り込むと、今度はその狩衣に包まれた足が伸びてくるが、その膝に手を乗せて、飛び上がり側に顎に蹴りを入れる。
一着地ののちに、さらにその横顔へと蹴りを入れようとするも、待ち構えていたかのように腕が伸び、そのくるぶしをつかまれそうになる。しかしそこで彼女自身の能力を発動してその腕を透かすと、無防備なそのこめかみにつま先がクリンヒットした。
さすがともいうべきか、こと殴り合いの肉弾戦において、彼女はまさしく天部の才を持っていると断言できよう。
だが、真に恐ろしきは、その彼女と押されているとはいえここまでうちあえている崇徳院か。なにせ、あの響でさえ獲物なしの戦闘では彼女には勝てないのだから、本来戦人でない彼がここまでできるのは単純におかしいのだ。
「良き体捌きだ。流石の朕でもそち相手はよろしくない。であれば、少々の無粋とはいえ策は練らねばあるまいて。」
そう言った崇徳院は、瞬時にその体を引いて、夜空の帳の中へと混じっていく。
肉弾戦が得手であるならば距離を取り、飛空ができないのであれば制空権を取るまで。
さて、これがかなり困ったもので、言った通り彼女は跳ぶことはできても飛ぶことはできない。先程のように足場を作ってもらえればある程度どうにかなるが、今現在リコリスは消耗しており、足場の数も多くは作れないだろう。
「・・・暴れなさい、『畏れ子』!」
突如、崇徳院のその背中が何者かによってつかまれる。何事かと思って振り向けばそこに姿あるのは一体の少女人形。薄桃のドレスに身を包んだ可愛らしいドールであるのだが、その一点光のない黒曜の瞳がひどく不気味にとら得られる。
さて、おかしいと思う人多いいだろうが、もしかしたら気づかない人もいるかもしれないので説明すると、本来、ただ人型を模して作られた人形が、実体のない亡霊である崇徳院に触れることなどできはしない。それが誰かに操られていたとしてもだ。
ではなぜこの異様に無機質な目を持つ人形は触れ掴めるのか。
実はこの人形、曰く付きの呪いの人形で、首都にいるときとある事件とともにリコリス手に渡ったのだが、その話は長くなるのでまた次の機会にしよう。
まぁ、端的に言うと呪いの人形だから似たような存在だし触れられるでしょというそう言う理由だ。
そして、人形を操る程度であれば大した魔力も使わないし、しかもそれで動きを制限することによって足場も少なくて済むのだ。
そして、そもそもの話、この悲運の天皇を殴り合いで倒す気などさらさらない。ただ時間を稼げればそれでいい。
「む、これは中々に面倒が過ぎる。」
「こちらはそれが目的ですので!!」
「何?」
パイフェンの言葉に思考を巡らす崇徳院。時間を稼ぐと言うことはそれだけで時間のかかる大技を用意していると言うこと。なればそれを行うのは誰か、それは先程からおとなしいあの少年以外に他あるまい!!
「ーーーー鏡写しのその中に、幾何学は儚くきらびやかに、浮かぶまさしく完全美。(Unter den gespiegelten ist die Geometrie flüchtig und wunderschön, sie ist einfach perfekt schwebend)」
そちらを見ればそこにはしたり顔でニヤリと口を歪ませながら、のとりを口にしている。いや、もうそれすらも終わった。準備は万全に遂行されたのだ。
それを察したパイフェンは瞬時に彼のそばに戻り、リコリスは自身の元にきた呪いの人形を自身の元に戻す。
もうすでに、囮は必要ないのだ。
「並べた数式は規則正しく美しくーーーーカレイドスコープ(Formeln sind regelmäßig und schön angeordnetーーーーKaleidoskop)」
そして世界は震える。
青赤緑黄とりどりの光は空高く数ある魔法陣からのものであり、それは幾度か使われた彼の最高魔術。それを魔力を持たない魔法でやってのけたのだ。
そもそも『万華鏡』は一つの魔法ではない。何十何百というか魔法を規則的に並べて放つことによってできた集合魔法なのだ。だから、やろうと思えば誰にでもできるのだが、しかしそのためのいくつもの詠唱が必要となり、それは戦場において致命的とまで言っていいほどの時間だ。
だから、その全てをアナザーに任せられなおかつ即座に発動できる響にしか実践で扱うことはできないのだが、今回の方法ではそのアドバンテージを捨てなければならず、リコリスとパイフェンの力を借りねばならなかったのだが、しかしその価値十分にあり。
その幾重にも重なりあった魔法陣から放たれる極光の数々は、たしかに崇徳院やこの結界内の世界を焼き焦がしていく。
だが、その代償としてほぼ全ての魔力を持っていかれた響はフラフラと地にその腰を下ろした。
やがて収まった光線と白煙の中から現れたそれはすでに原型を止めることなく灼爛し、誰がどう見ようとも生き絶えたかに見えた。いや、実際そのHPは底をついてすでにゼロなのだ。確実にその魂は尽きたのだ。
だがーーーー
「良い、実に良いぞ。まさかこれほどまでとは思いもせんかった。魔を持たぬ術があろうとは、流石の朕も驚きを隠せんぞ。」
その言葉とともに、その身体はやがて再構築されていく。そしてその姿は先程までと何ら変わりなく、ダメージ何一つなかったかのように佇んでいた。
「そう言うチート行為はマジでやめてくれねぇかなぁ!フザケンナよ残機ありとか聞いてねぇぞ!」
「言い忘れておったな。この世界にいる限り、朕に消滅などありはせんぞ。霊体の世界でその霊体が滅ぶはずなかろう。」
一回復活とかそんな者ではなかった。彼の言葉が正しければ、この世界にいる限り、残機無限ということ。
物理は通らず魔法も効きにくい。それを超えてどうにかしたとしても、そもそも倒すことができない。さらにそこに彼の呪詛や怨念が上乗せされるのだ。その凶悪性、妲己にすらひけを劣らず、いやそれを上回るであろうこと間違いなし。
「デンジャラ◯ゾンビよりヤベェじゃねぇかよそれ。我らが◯黒斗神を超えるのやめてくれよ。」
愚痴のこぼし方が意味不明だが、とりあえず不死身の相手に対して不満全開であるようだ。
すでに薬で魔力はある程度は戻っているが、しかし全魔力プラス長時間かけた攻撃が実質無駄だったというのは相当に応えただろう。いや、お陰で相手が殺しても死なない(実際はすでに死んでいるが)相手だと分かったと、そう考えることもできるか。いずれにせよ、このままでは打つ手なしには変わりない。
「(しょうがねぇ。ちと早い気もするがさっさと切り札を切っちまうか。あれで倒せそうもないのは分かっていたが、流石に残機無限じゃ出し惜しみとか無駄の極みだ。頼むからまともに扱えてくれよーーーー。)」
その覚悟のまま、響は立ち上がりその懐から一枚の呪符を取り出す。いや、呪符にしてはおかしい。なにせ実態がない、霊魂でできた呪符なのだ。
手を横に伸ばし、札を立たせ、そうして、口を開く。
「これを持って不倶戴天を証明す(We will be sworn)ーーーー
突如幾百にも上る数現れた呪符。旋回するそれらに飲み込まれながら、彼の姿は見えなくなった。
♢
とある少女の夢を見た。
辺境の田舎村に生を受けた彼女はその愛くるしさから、皆に愛されながら育っていった。
一体この少女が、やがて“不倶戴天の敵(世界を脅かすそのもの)”になろうと誰が想像しただろうか。
そこまでの過程を知る者はいない。その心内を知り得る手立てなどない。
場面は移り変わり、そこは彼女が目指した世界。
母父恋しと泣き叫ぶ幼子の声が飛び交え、街中倒れる人々は餓鬼と見間違うほど痩せこけ覇気生気の類はすでにその瞳から消え失せている。
農村と言えるものなどありようもなく、ならば人賑わいなど夢物語。
阿鼻叫喚のその様に、まさしくそれは地上の地獄。否、すでにその垣根さえないのだろう。
そんなすでに死んだも同然たる民草も、その女が目にかかれば、五体投手の言葉のままに地に伏し狂ったように奉。
そんな凶景に叫ぶ声があるとして、一体誰がそれがかつての少女のものだと理解できよう。
この終わりの地を作り出したその人が、かつて人々に心の底から愛された一人の少女の悲痛な叫びは誰に届くことなく木霊する。
私は、こんな結末を望んだはずではなかったと。
すでに自信すら忘れ去ったその想いを近くそれは受け止めていた。
♢
瞼の裏に巡る憧憬。ありえたかもしれないそんな世界。
「人の善性など壊かけ(Over broken such as the good of the people)」
そこにどんな想いが込められていようと、それはきっと関係のない他人ごとでしかない。
「故に堕ちゆくおにのこさんさ(Therefore fallen to go heresy of child)」
だが、これを請け負い使い果たすのであるならば、それを知らねばならぬ権利がある。知らねばいけぬ理由がある。
「かつて傾国なし得ても(Even once obtained without a courtesan)」
さぁ、その身を知れ、その存在を刻みつけよ!
「兵どもが夢の跡(After the strong us is a dream)」
聞くが良い、これこそまさに新たに生まるる世界の敵の産声だ!至る頂きに息を飲め!!
「上位接続完了、“未踏にして色褪せた無名の臣下(Contract completion that’s “Lost familiar”ーーー)」
刮目せよ、その網膜に焼き付けよ!今ここに不倶戴天が姿を見せる!!




