愛されし名前
やがて集まった亜竜たちによって、晴天の空は覆い尽くされ大地に巨大な影を落としている。
亜竜といえど姿形はまさしくドラゴンとなんら変わりはなく、さすればそれが100以上の個体を持って天を埋め尽くす様は、まさしく伝説の御伽噺がごとき圧巻の光景といえよう。
小さな子供が見れば心踊らせ、大人は子供心を取り戻し、この世界の住人が見れば絶望の中に沈んで行く、そんな情景。
だが、ここに並ぶ三つの人影からはそんな感情は読み取れない。
その瞳に映るのは憤怒。そしてその行き場を狙わんとする双眸の光。
そうして佇む3人を目にし、ワイバーンたちの行動が止まる。
何故こいつらは絶望に震えないのか?何故この光景を見て逃げ出そうとすら思わないのか?本来ならそうあってしかるべきなのに、何故そうではない?亜竜の頭の中にそんな疑問が浮かばれる。
だが、そんなことを考えても仕方がないと頭の中からその考えをはじき出す。ただの人間ごときに、100を超える亜竜を相手取るなど、できはしないのだから。
そう、ただの人間であるならば。
まずは先頭にいた10体程が翼をたたみ急降下しながら襲いかかってくる。本来であればそれだけで終わってしまうであろう暴力的なまでの突撃。決して防ぎきること能わず、かわしきること叶わぬ、圧倒的質量と物量の応酬。
だが、その程度と、十の流星は砕け散る。
まず三匹は紅蓮の焔に身を焼き切られた。まさしく消し炭と言わんばかりに、黒くその身を散らしていった。
三匹はその身をたった一撃の強打によって失っていた。放たれた蹴り一つにより、原型を止めることなく肉塊の山へと変貌する。
4匹は骨肉断ち切られ、バラバラにされた肢体を散らして行く。どこからともなく取り出されたその奇怪な一振りの刀による横薙ぎ一線にて、頭、手足、羽尾っぽ、躯を十数にて分けられ、飛び出す鮮血はさながら雨の如く。
亜竜ごときがいくら集まろうと俺らに敵う道理も無理もないと知るがいい!
言外に語るそれはまさしく“人を超えた何か(バケモノ)”の矜持。蹂躙されるのはお前らの方だと言わんばかりの眼力三つだ。
一瞬にして物言わぬ骸と化した仲間を目の当たりにして、残りの亜竜たちは驚愕に色一つとなる。
だが、この場で一番その目を見開いているのは彼らではなく、3人に後ろに座り込む金色の少女。
人である彼女は知っている。人の限界というものを、どれだけ才能に恵まれ、どれだけ鍛錬重ねようとも、ワイバーン数体を一人でたたき伏せるなんて芸当できはしないと。
また、それが一人だけならばいい。納得はできないまでも、何かの間違えだと思うことはできる。だが、何故そんなニンゲンが3人もいるのだ!!
そうしてそれでいて皆共々何事もなかったかのような顔で居られるんだ!
「で?次はどう言った風に俺らに向かって組んだ?流石に何も学習せずあいも変わらず無鉄砲に突っ込むなんて真似、するわけねぇよなぁ?」
肩にその得物を置き、頰についた血をぬぐいながら真ん中の男、響はそう口にした。
「だからって逃げないでくださいましね?まだまだ八つ当たりしたりないんですもの。」
理不尽一色なことを言うのは、その眼帯を剥ぎ取り、異質な眼を空気に触れさせたリコリス。
「・・・かかってきなさい。」
そう言葉少なく言い放ちながら、パイフェンは構えを取る。
その圧力に、ワイバーンたち共々はやばいと直感する。あれは自分たちよりも強いと野生の勘が囁きかける。
おそらく、あれは自分たちよりも強く、速く、そして頑丈だ。
物量で攻めてもおそらく無駄。きっとそんな差は通用しない。質量で攻め様にも、そも相手の方が己を優に上回っている。
なれど逃げ用にも、おそらく追いつかれ、回り込まれる。
なれど奴らに勝っているところは一つだけある。それは制空権を制していること。その背中にある翼によって空を舞い上がり自在に飛び交うことができる点だ。
なればそれを生かすほかあるまい。
彼らが到達できぬその高度へと逃れられればと一斉に空高く飛翔する。
だが、
「全く、言いましたわよね?逃げるなって?」
その頭上には二つの小さな人型が太陽光を背に浴び黒くあった。
それは手に刃物を持った人形であり、そんなものを使うのは一人しかいない。
「やりなさい、『悲しき子』、『怒れる子』」
静かに下された命令とともに、二対の人形はその暴力を行使する。
たった一瞬の出来事で、天井に近いところにいた数十体は切り刻まれ、哀れなほどに地へと落ちて行く。
残った数十体に残っていたのはもはや絶望以外になかった。地上もダメ、上空もダメ、倒すことも逃げることも叶わず、まさに八方塞がり。ただ一方的蹂躙を待つだけになってしまう。
「来ないのですか?ならこちらから行かせてもらいます。」
そんな澄んだ声が、自分たちの真横から聞こえる。
見ればそこにいたのはなんと彼らと同じ高さまで跳んできたパイフェンの姿があった。
彼女はそのまま一番近くの亜竜に蹴りを食らわせその頭を消し飛ばすと、器用にその死体を足場にして、次の相手の元へと跳んで行く。
その光景を見ながら、彼らは思う。なんて規格外なやつなんだと。
そうして一体一体確実に一瞬で落として言き、彼女の周りには亜竜の姿はなく、その真下には血の海と死体の山が形成されていた。
「っと、随分とあっけないですね。」
そっと地上に戻ってきたパイフェンが、まるでなんの苦もなかったかのように平然とそう口にした。
「・・・俺の分は?」
「あ、す、すいません、つい。」
一人何もすることのなかった響が不満そうにそう聞いてくる。きっとこの相手がリコリスだったら、また一悶着あっただろう。
「気にすることはありませんわよ?だってほら。」
そう言ってリコリスが指をさしたは方を見ると、そこにはまたもや獲物の影。第二陣が控えていた。
しかも今度はワイバーンなどという紛い物ではない。
それはまごう事なき竜の純血。まさしく最強種の名を冠するにふさわしき体躯を持つドラゴンの群れ。
そのほとんどが以前響が打ち滅ぼした地龍と同じく幼体ではあるが、ちらほらと成体のものの姿が見える。
青白く染まった体と、広く巨大なその翼から、竜種の中で最も魔法に強く聡明な天竜と見てまず間違い無いだろう。
その群れが連なりこちらへと向かってくる。これだけで既に大陸全土が焼け焦がれるほどの案件。無論、彼らにはそんなことをする気はさらさら無いが、そうなってしまったとしたらそれこ魔王やその類でなければ止められはしないだろう。
『人の子よ、疾くさるがいい。貴様らには用などなくあるのは我らが花嫁。今なら見逃してやらんこともない。』
どうやら成体の竜種は人語理解するようで、群れのうち一体がそう言いながら前絵と出てきた。
「上から目線で随分とふざけたこと言ってくれんじゃねぇか。ちょうどいい、燃焼不良でイラついてたとこだ。全員まとめて潰してやる。」
『バカなことを!!』
中指を立てて挑発してきた響に、怒りを覚えたその天竜が突撃する。
先ほどのワイバーンとは比べ物にならないほどの質量とスピード。まるで小山のごときそれが猛スピードで突っ込んでくる。
だから響は、その突撃を片手一つで受け止めた。比喩ではなく、読んで字のごとくそのままに。
「テメェがなぁ!!」
そうしてその鼻面をしっかりと掴んだ響は、そのまま腕を振り切り反対側の地面へと叩きつけた。
その巨体が地面にぶつかり、その重さと威力で大地が叫び声をあげる。
当の天竜の悲鳴が鳴り止む前にまた持ち上げ、先ほどいた場所へと二度目の叩きつけを行う。
それは二度だけではならず、三度、四度、五度六度と何度も何度も続いていき、その度に大地は震え、天竜の背骨脊髄は砕けて言って。
「でかい口叩いてこの程度か?駄竜!!これじゃあ最強種の名が廃るぜ!」
未だその手をやめないままに、嬉々としてそう声をあげる響。もう何度目かもわからないその叩きつけに、既に天竜の意識などなく言葉を返すことすらできないというのに、そんなことを言ってもしょうがないだろう。
さて、忘れているかもしれないがここは山岳地帯の麓であり、そんなところでこうも暴れては山も崩れてしまうというもの。
流れ落ちる大量の土砂に響は丁度いいからという理由で、天竜も巨体を放り投げ土嚢がわりにし、ついでに生き埋めにしてしまった。
その一連を見ていた他の天竜のたちは皆唖然。言葉も出ず、ただただ現実を理解できないまま浮かびつくしていた。
「チッ、量が多いなめんどくせぇ。術式1、2、3、72から83、91、92、。134から177、333から666まで規則展開。局所顕現。」
「(承認。配置、完了。実行します。)」
「『万華鏡』」
突如天に描かれる幾何学的な魔法陣の集まり。かつてのそれから改良を重ね、グレードアップしたその一部分が今極光を作り出す。
発動と同時に白一色となった周囲一帯。やがて術式が終わるとともに光の幕は晴れていき、ようやくその光景が目に移る。
その一撃が終わった後には、まさしく何も残らず、四人がいるそこ以外の大地はえぐれ、連なる山々の影すらも存在せず、空を覆っていた天竜の群れなど、まるで最初っからなかったかのようにすべて消し飛んでいた。
「ほれ、見てたか?お前さん。」
そう響が声をかけたのはへたり込んで目を天にしている少女。彼女も響の問いに我を取り戻して彼の方を向く。
「見てみろ。お前の能力がモンスターを呼び寄せるものだろうがなんだろうが関係ない。」
そう、当たり前だというように言い放つ。
「何が来ようが、どれだけ来ようが、それこそあの女みたいなやつでない限り、俺らが、モンスターごときに手こずるなんてことはありえない。」
彼女の目の前に手を差し出しそうして笑いながら続ける。
「だからさ、なんなら俺らと一緒に来いよ。えーっと、そういやまだ名前聞いてなかったな?」
差し出された手に少女の手が伸びる。
受け入れてくれるのか、その能力を目の当たりにしてなお、どうということはないと手を伸ばしてくれるのか。
あぁ、その強さをその目に焼き付けた。きっと彼らなら、言った通りどんなモンスターが来ても問題ないだろう。きっと彼らの隣なら、私は誰も、誰も殺さずに済む!!
涙を流しながら、差し出された手に触れ、口を開ける金色の少女。
こんな運命的な出会いなのだ。ずっと声を出すとまでは言わなくとも、せめて、せめて自分の名前だけはその声で伝えたい。かつて愛した者たちがつけてくれて、大切な人たちが読んだその名前を。
「・・・ゥ、ァ、ア。るーる、ルールー・、メル、ト・ララ、バイ。」
数年ぶりに出した声。それがゆえ、ガラガラでお世辞にも耳にいいとは言えず、強弱もぐちゃぐちゃでつっかえつっかえではあった。だがたしかにその言葉には魂が、心がこもっており、必死に出したその音色はまさしく美しきもの。
己が掌の上に置かれた、細い指の生える小さな手を握り、その音を耳にした響は、反対の手をその頭の上に乗せてクシャクシャと撫でて一言。
「いいこえじゃねぇか。」
笑いながらそう口にした。




