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 とある山岳地帯の麓に、突如なんの前触れもなく4人の男女が現れる。

 それだけでも十二分に不思議光景であるのだが、それをさらに奇怪に貶めているのはその4人全員が全身泥パックのコーティングを施されているからだろう。



 「どこですの?ここ・・・。」


 「ちょっと前になんかの依頼で来た草原地帯だ。あの山に見覚えないのか?」


 「そう言われれば・・・。」


 確かに見覚えがないわけではないと感じるリコリス。来たことは間違いないのだろうが、その時のことがよく思い出せないのだ。



 「ゆうて俺もなんか見覚えあるなー程度だし、なんの依頼だったかのすら覚えてねぇけどな。」



 別に覚えていたところでなんだって話だが。と付け足してかたをすくめる。


 とりあえずぬかるみのない平地にたどり着いたので、全身に着いた泥を取り払うところからだろう。


 手っ取り早く確実なのは水で洗い流すことなのでそのようにするつもりではあるが、今絶賛一人気絶中のものがいる。


 流石に気を失っている相手に大量の水をかけるなど、完全に殺人行為でしかないのでまずは彼女を起こすところから始めなければいけない。



 「パイフェン、その子を起こしてやってくれ。じゃねぇと絶対溺れる。」


 「わかりました。」



 了承の言葉とともに意識のない少女の体を揺すったり、頰をペチペチしながら、意識をこっちに戻そうとする。

 それで、彼女が意識を取り戻すまでにそう時間はかからず、パイフェンが行動を起こして10秒足らずで目を開けた。



 「!響さん、気がつきましたよ!」


 「おっし、ご苦労さん。よう、今しがたぶり。異常はねぇか?ねぇよな。別に殴られてきを失ったわけでもねぇし。」



 と、彼女が意識を飛ばした確固たる原因であるくせに、特に悪びれたわけでもなく普段通りに聞いてくる響。



 「(え、ここどこ!?それにさっきの気持ち悪いのは!?)」



 さて、意識を取り戻した彼女は辺りを見回してびっくら仰天。

 先程まで広がっていた湿地帯はなく目に入るのは山々の連なりと広く続く草原。

 自分たちの目の前に立ちふさがっていた巨軀を誇り生理的嫌悪を存分に醸し出すあのヌタウナギの姿も見えない。

 それに記憶が飛ぶ寸前、何かとても恐ろしい気配というか気を感じた気がするのだが・・・

 自分も目の前の3人も泥まみれなので、夢ということもないはず・・・。



 「ちなみに質問は受け付けないぞ。説明すんのもめんどいし、多分そのままの方がお前的にもいいと思うぞ。」


 「?」



 響の言葉に疑問符を浮かべる。事情も何もわからない彼女からしたらなんのこっちゃというところだが、全て把握しているあんなトラウマになること間違いなしのブチギレ模様なんて知らない方が絶対いいと言える。



 「まぁ、ぶっちゃけんなことよりも今は洗浄だ洗浄。ほらお前らもっとこっちよれ。」



 言われた通りに近づく女子たち。そうして十分に近寄ったところで、響が魔法発動させる。無論洗浄と言っているので使う系統は一つ。



 「目閉じて息も止めとけよ。鼻もつまんだ方がいいかもな。んじゃ行くぞ、術式44展開。」


 「(承認。)」



 そうして頭上から落ちてくる大量の瀑布。

 その力強い流れと水量が全身に着いた泥汚れを洗い流していく。

 その間数秒程度。

 水しぶきが晴れたそこには、先ほどの泥汚れなどいっぺんも残さず綺麗になった4人の姿。もちろん全員ずぶ濡れだが。



 「ちょ、水圧高すぎですわ!!髪の毛崩れたんですけど!?」


 「しゃーねぇだろ、泥汚れって結構頑固なんだから。それよりさっさ体乾かして着替えんぞ。」



 というわけでまずはさっきの魔法で濡れていないところまで移動し、取り出したタオルで体や頭を拭く。

 ある程度済ましたところで今度は着替えを取り出して濡れた服と取り替える。臨時パーティーメンバーで、着替えのない彼女には、リコリスが一着貸してあげた。流石にパイフェンだとスタイルに差がありすぎるのだ。背丈的にも胸的にもまだリコリスの方が近い。

 というか服ぐらい作ってやればいいだろうに、完全に忘れ去っているのだろう。

 あとは濡れている服を乾かす仕事が残っているために、洗濯棒と足を取り出して干し始める。炎魔法をつかて時短を図りあとはそれを待つだけだ。



 「にしても災難でしたわね。私たちもそうですが、色々と。」



 風魔法と炎魔法をうまく使い髪を乾かしているリコリスが、一息ついでにそう話題をふって来た。

 ちなみに選択乾かすのに風魔法を使わないのは、乾かしている間ずっと発動しておかなければいけないからだ。リコリスのように髪を乾かす程度の小規模で、かつ魔力量の多さならいいのだが、とても干してる間ずっとなどバカバカしくてやってられない。



 「全くだ。思い出しただけでも腑が煮えくり返ってくる。クソウナギの野郎人様に多大な迷惑かけやがって、あの種族絶滅させてやろうか。」


 いや、色々の部分は全部お前のせいだからな?それを全部あのヌタウナギに押し付けて、あまつさえ絶滅させるなど、暴君と言って差し支えないぞ。


「えっと、寒くはないですか?遠慮せず・・・。」



 不幸にも響の行動に被害を被った少女にきを使いパイフェンが気分を聞いた時、彼女はそれを発見してしまった。



 「っ!!それは!」


 「ん?どうし・・・っ!」


 「パイフェンのその言葉に反応して少女の方を向いた響の目にもそれが目に入る。

 その瞬間、響顔は厳しいものになり、そのまま彼女に近づいて、そのぶかぶかの服をはだけさせた。


 そこには、肩から胸元、肩から背中全域に渡って青黒く変色した皮膚があった。病気や火傷跡、刺青の類ではない。明らかに、人の手によって殴られた痣だ。


 「・・・これをやったのは元パーティーメンバーだな?」


 「・・・・・・。」



 その質問に、彼女は目を伏せて、無言で返した。否、そも喋れはしないので首を振ることはなかったという方が正しかろう。

 肯定こそしなかったが、しかしその反応が言葉以上に物語っている。


 なれば誰がやったのか。まず魔物はないだろう。彼女が死なずにいるのもそうだが、『花嫁』という能力名から、おそらく魔物は彼女を傷つける類のことはしないはず。花嫁は大切に扱うはずだ。

 なれば人間であることは間違いなく、あのギルドの面々はそんなことをするほどに畜生でも愚図でもない。となれば帝国に来る前。ビヨンの話からも、一つ思い当たるパーティーがある。


 「(チッ!!本当腐ってやがるよこの世界は!!)」


 普段の彼ならば、ここまで思うことはないだろう。

 ただの暴力であるならば、やられたらやり返す理論でことを片付ける。そも、全く知らない相手ないし軽い顔見知り程度の相手に痣ができていたからと言って、特段何かを思うことはない。もちろん身内でそう言ったことがあれば怒りを上げるが、そこまでの関わりがないならば、首は突っ込まない。


 いじめの類であれば苛立ちを覚えるかもしれないが、だからといってここまではならない。被害者側にも何かあったのかもしれないし、部外者が決めつけで何かをいうのは違う。何が起きたのか調べてから、怒りをぶつけるのはそれからだ。


 では何か、この少女は何故こうまでもひどくあるのか。きっとそれは能力のせいであろうし、自分の意思なく発動している彼女に非はないはずだ。

 能力ゆえに嫌うのはまだいい、避けるのもまだいい。人間好き嫌いがあって当然だし、それをやめろだなんてそんな無理で無駄なことは言わない。

 けれど、自身から攻撃しに行くのだけは、絶対に違うはずだ。人であるがゆえ怒りや憎しみと言った感情が爆発してということはあるだろうし、それはもう仕方ないことではあるが、明確な意志のもとでその行為を行うことは、一切の余地はない。


 だから、この痣は許せない。

 あの情報屋の話を聞けばそのパーティーでは誰かが死ぬ前から彼女はひどい扱いを受けていたというのだ。そこにある感情は侮蔑であって怒りではない。愉悦であって憎しみではない。


 せっかく収まりかけてきた彼の怒りが、またふつふつとこみ上げてきた。


 それはリコリスやパイフェンも同じで、3人共々込み上げ怒りをぶつけたいものの、しかし相手はすでに死に絶えているので、その怒りを持て余している。


 故に、それは運命のいたずらかと思えるほどのタイミングで現れたのだ。


 3人、無数に現れた気配に気づき、それらが来る方へと目を向ける。


 最初は小さく黒い点の集まりだったが、次第にその正体が見えてくる。

 それは空を埋め尽くすほどの竜の群れ。100に及ぶであろうかというほどのワイバーンの群れだった。



 「(あ、あぁぁ!!)」



 少女の顔が絶望に染まる。また、私の能力が殺すのかと。この人たちを巻き込んでしまうのかと。

 普通のモンスターならばまだ逃げ延びる可能性はあった。でも、よりにもよってワイバーンの群れだなんて、それこそどうしようもない。


 さて、厳密にいうとワイバーンは竜ではなく、種族的には亜竜であり、その種族は総じて竜のなり損ない、下位互換である。

 とは言っても、竜の名がつくだけあってその力はほかのモンスターとは一線を凌駕している。本元の竜種ほどとまでも行かないまでも、一体倒すだけで数十人の手誰が執拗であるし、小規模の群れであっても小国一つを落とせる可能性は十分にある。

 だが、絶対数の少なさも同じで、そのおかげで生態系のバランスは取れているのだが、それが100ほどの群れをなしてくるのだ。まず間違いなく人では助かる希望はないだろう。


 だが。



 「丁度いいですね。」


 「ストレス発散にはもってこいですわ。」


 「あぁ、空飛ぶトカゲごときが随分と粋がってるようだな。笑わせる。」



 その言葉に、少女は驚愕の表情を浮かべる。今この人たちはなんて言ったのか?丁度いい?ストレス発散?ごとき!?まるでワイバーンの群れを脅威とも思っていない。

 どなぜなのだ。ここはこんな事態に取り乱して恐怖するべきだ。この自体を招いた自分を非難して罵詈雑言呪いの声を上げるべきなのだ。

 なのにどうして。



 「安心しろ。今更俺らがたかだかモンスターごときが集まったところで遅れをとるだなんてことは、天地がひっくり返ろうと、ありえない。」



 どうしてそんな嬉しいことを言ってくれるんだ。

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