魔王の方がまだ安全
いつものようにに騒がしくしながら、首都リイドを出た一行は、歩道から深く外れた森林内を進んでいた。その足元が少し不安なのだが近くに水辺でもあるのだろうか。だが特に気にするほどのものではないので黙々と進んでいく。
響たちが受けたクエストの詳細だが、ここの森の奥地の簡易的な調査だ。ギルドでは安全のために定期的に支部ごとに割り振られた地区の現状調査が行われていて、ちょうどここら一体の請負人がいなかったのである。もちろん、このクエストに4人でいかなければならないと言う条件は本来存在しない。響が直接頼んでそう書き込んでもらったのだ。
「そういえば調査とは聞いていましたが、具体的には何をするんですの?モンスターの生息範囲とかかしら?」
「それもあるな。あとは、一帯の平均レベルってかどの程度の危険度とか、前回の調査結果と照らし合わせて、なにか変わってるところはないかとか、そんな感じだな。ま、よほどのことがあっても問題ないだろうよ。」
それはそうだ。むしろこの3人をもってして問題ありとするものがこんな首都の近くでホイホイと出てきたらそれはどうしようもなくこの国、ひいては人類の終わりだろう。
と言ってもそんな確率、それこそロイヤルストレートフラッシュを4回連続で出すよりも圧倒的に低いだろうから考えるだけ杞憂というやつだと思う。
「ではまず最初に何から始めましょうか?全て平行で進められるのでどこから始めるの方が正しいですが。」
「ま、とりあえずひらけた場所行こうぜ?こんな辛気臭い場所じゃぁ昼寝の一つもできやしねぇ。」
「貴方ここに何しにきたのかわかってますの?ギルドからの依頼で来てますのよ?少なくともあなたのお昼寝のために来てるわけじゃあありませんわ。」
「つってもお前この依頼、俺がいる時点で2秒もいらんだろうよ。」
「え・・・あ、そういえばそうですね。この手のたぐいは響さんの能力の十八番でしたね。」
うむ、なるほどたしかにその通りだ。アナザーなら、依頼として出た全ての調査をまさしくものの数秒でこなしてしまうだろう。
さて、勿論このクエスとのはもう一人金髪の少女がついて来ているのだが、彼女は今全力全霊で、運良く進むことを願っていた。
いくら彼女の能力がモンスターを引き寄せると言っても、そんな門出てすぐにわんさか集まってくるわけでもあるまいし、集まってくる量や質というのもぶっちゃけ運に左右されることがほとんどだ。
「(集まって来ませんように来ませんように来ませんように・・・。」
なので、今彼女は何事も起きないように祈り続けているのである。
そのため、3人の話など全く耳に入ってなどいなく、それは本来彼らにとってとても喜ばしいことではあるのだが、とはいえずっとそんな感じについてこられてもやりにくいというものであり、なれば少しは会話をしようと声をかける。
「もうそろ昼終わりか。この時間だと流石に腹減るなぁ。そういやお前さんは食って来たのか?」
とりあえずパッとした話題も浮かび上がらないので、当たり障りのない食事の話でも振っておいた。
ギルドで依頼を受けたのが11時過ぎだったので、その時間であるならばすでに昼食を取っていてもおかしくはないだろう。
だが、話を振られた彼女は首を横に振り、否定の意を示した。普段から取らないだとか、食欲がなかっただとかそんな理由ではなく、単にお金がなかっただけ。なので当然お腹は減っているし、今にも腹の虫がなって恥をかきそうなほどだ。
「よし、じゃぁここ抜けたら飯にするか。流石にこんな足場の悪いクソ陰気なとこで食う気にはなれんからな。手持ちスモークチーズとスモークチキンっつうおつまみセットだけど、問題ないだろ?」
「問題ありますわよ!?それどう考えてもお昼にするようなものじゃありませんわよね!?」
「嘘だぞ。」
「だからどうしてあなたはそうやっていつもいつも意味のない嘘ばかりを日常的に付きますの!?」
「流石にそれだけじゃねぇよパセリもある。」
「予想の斜め上すぎる回答!?普通話の流れ的にそこは燻製だったりおつまみ系が出てくるところでしょう!?」
「何言ってんだよお前。そんなつまみばっかあるわけないだろうが。」
「にしてもそこでどうしてパセリが出てくるんですんの!?だいたいあなた他にも色々と買い込んでましたわよねぇ!?ちゃんと覚えてますわよ!!」
「ならいちいち突っ込むなよめんどくせぇ。」
「二度とそんなこと言えないようにしてあげますわ!!」
「お、いいのか飯の前にそんなこと言っていいのか?何食っても錆びついた釘食ってるようにしか思えねぇぞ?」
「ハッ、それはこっちのセリフですわ。」
「あんま調子に乗んなよクソアマ・・・!」
「!?、!?」
いきなり漫才を始めたと思ったら何やら不穏な空気に。我々やパイフェンはすでに見慣れ飽きたものだが、初めて目の当たりにする彼女からすれば、何事かと言ったものだろう。
え、いきなり何!?大丈夫なのと言った風にキョロキョロオドオドしている。
「あ、気にしなくても大丈夫ですよ。いつものことなので。たまに本当に危ないときもありますけど・・・」
そのときたまの危なさが尋常じゃないんだよ余裕で国滅ぶくらいの大惨事になりかねないんだよ。だから彼女もそんな簡単に納得しないでほしい。
「チッ、まぁいい。さっさと進むぞ。このアホに付き合ってると時間が足りねぇ。」
「バカにアホって言われるほど屈辱的なことはありませんわね。」
イラッと額に青筋を立てながらも無視して先に進む。やはり最近になってようやく我慢するということを覚えたようだ。
それから歩くこと十分少々。
徐々に木々の間隔が広がっていき薄暗かった周囲も徐々に光が差し込んでいった。おそらく、この森の終わりが近いのだろう。
だというにもかかわらず、足元は一向にぬかるんだままでまるでその湿気が取り払われる気配はない。
ただ泥っぽいだけなら問題はないのだが、ぬかるみに足を取られて非常に歩きにくくおそらく倍以上の時間がかかっていた。
そのせいに加え空腹やらなんやらで響のストレスメーターは急上昇で溜まっていき、はたから見てもイライラしているのがよくわかる。
「あぁ、もう!!うっとおしいですわねぇ!?靴も汚れますし、歩きにくいことこの上ありませんわ!」
勿論イラついているのは響だけでなく、リコリスもそのうざったさに迷惑していた。これは別にこの二人が短気なだけでなく、普通の人からしてもそうだと思う。
「全くだよクソッタレ!それにヤブ蚊までうじゃうじゃ嫌がると来たもんだ!!気をつけろよ、この分だとおそらくヒルやらなんやらまでいると見た。知らない間に血すわれてるかもしんねぇぞ。」
「そ、それは嫌ですね。でも気をつけると言ってもどうすれば・・・」
「気合い。」
ヒルがそんなものでどうにかなるのなら、古今東西の米農家の地方型は苦労しない。
そうして蚊とヒルに気をつけて歩いて行くとようやく木々の生える森林地帯を抜けて、ひらけたところへと出た。
はぁ、やっとこの最悪な状況から抜け出せる。そう思って安堵した一行だったが、その光景を見て唖然。再び絶望の淵に落とされる。
そこは、まごうことなく完全無欠に広大に広がる湿地帯だった。
いや、まぁ考えても見れば当たり前なことか。先程まであれだけ足場が悪かったのだ。そりゃぁ湿地の一つや二つあっても不思議ではない。というかあって当然だ。
「なん・・・だと・・・」
お前別に死神でもその代行でもないだろう。
「最悪ですわ。ここまで来てこれですの?」
「しかも帰ろうにも、もう一度あの道を戻らなきゃいけないんですよね・・・。」
「そうだよクソッタレ!最悪だ。ちゃんと依頼内容確認しときゃよかった。前回の記録みりゃぁここが湿地帯だってわかっただろうにまじで失態だよ!!」
わーわーと喚きながら悪態をついているそのときだった。
目の前にある水たまりからブクブクと泡が吹き出して来て、一同何事かと首をかしげる。
とはいえ、おそらく何かが出てくるのだろうとの予測自体はついていたが、だからといって別に何が出てこようと所詮はモンスターの類でしかないので、特に問題視していなかったのだ。ここがどこかということを完全に配慮せずに。
「シャァァァァァァァァアアアアア!!!」
満を持して出て来たのは、一匹の怪魚。
見た目は俗に言うヌタウナギのそれ。しかしここは淡水なのでヤツメウナギと言った方が正しいのかもしれないが、そのまとわりついている粘液からやはり姿形はヌタウナギのそれが近いだろう。
うにょうにょと不快感を与えるだけの奇怪な動きと、生来の体臭と沼地の泥が混ざり合った口にするのすら難しい生臭い匂いをあたりに撒き散らしながら、そのヤスリのようにものを削り取ることに長けた歯がズラリと並ぶ特異的な口を広げてつんざめく大きく咆哮する。
そして驚くべきはそのでかさ。おおよそ体の三分の一しか見せていないというのに、ざっと6、7メートルはあろうか。そんな巨体が、沼地から飛び出して来たのだ。泥を撒き散らして。
「「「「・・・」」」」
全身泥まみれの四人は、何も言わず、ただ立ちすくんでいるだけだった。
それを恐怖からかとでも思ったのか、そう感じ取れるだけの知能があるかはわからないが、その巨躯の怪魚はもたげていた首を伸ばし、四人の元へと突撃する。
さて、ここで一つおさらいしておくが、ここに来るまでに、響のストレスパラメーターは随分と溜まっていた。それがここに来ての湿地帯によって爆発寸前までに溜まっていた。
そこに来て、いきなり出て来た気色悪い魚と、そいつによって泥まみれになった身体。そしてその泥が否応に臭い。
つまり、何が言いたいのかというと、
「テメェ図にのんのもいい加減にしろよクソウナギがゴラァァァァアア!!!!!」
「キシァアアアアア!!!」
盛大に、ブチギレたのである。
突進して来たヌタウナギの頭をその頭上から全力で踏み抜き、怒号の声を上げる。
さらにそれだけにとどまらず、二度、三度、何度も何度も繰り返し踏み潰す。その足下の長物が断末魔の悲鳴を上げようとも御構い無しだ。
その衝撃で泥水が跳ね上がり降りかかろうとも気にしない。だってもうすでに泥まみれだから。
「上等じゃねぇか高々駄魚の分際でこうもまぁよくばかにしてくれたもんだなぁオイ!そんなんに死にてェんだな、そうなんだな、そうなんだよなぁ!?じゃなけりゃこんなふざけた真似できやしねぇもんなぁ!!」
その足が下されるたびに、地が悲鳴を謳い、まるで大災害の如く大地が震える。近くにいた3人など、立っていることすらままならない。
さらに悲惨ともいうべきか、彼がその足を地につけるその度に、地盤に亀裂が入り、非常に危険な状況だ。無理もない、とうの昔から人智を超えたステータスを誇るこの男が本気で何度も踏み抜いているのだ。そうならない方がおかしい。
「いいぜ上等だクソッタレ!!テメェの望み通り今すぐ豚の餌にすらならねぇくらいぐちゃぐちゃにスプラッタしてやる!!!!」
「!!や、やめてください響さん!!そんなことし続けたら大陸そのものが沈んでしまいます!!
呆けている3人の中でいの一番に我に帰ったパイフェンが響を止めにかかる。
どうにか後ろから羽交い締めにしたところで、ようやくある程度は落ち着いたようだ。もうあのヌタウナギを踏み潰すことはないだろう。
「よ、よかった。はぁ・・・。」
本当にお疲れ様ですパイフェンさん。君のおかげでこの大陸、強いてはこの星の安全は守られた。とはいえ、亀裂が入ったままなので一概には安心できないが。あとで響に自分のケツを拭かせることを強くオススメする。
「クソッ!!全身くまなく泥まみれじゃねぇかよ!!気持ち悪りぃ、気色悪りぃ、うざってぇ!!アナザー!!何もない平地まで案内!!」
かなり荒っぽく命令を下す響。未だその怒りは収まらないらしい。
そしてそしてまた不幸なことに、怒り心頭の彼に対して、残酷な真実が告げられる。
「(この湿地帯はこの先もずっと続いています。規模でいうと釧路高原よりふた周りほどの広さです。)」
ブチッ!!
「術式11〜15、重ね重ね無数に展開。」
「(!?)」
主人からの突然の命令に、驚きを隠せないアナザー。そういえば、妲己を打倒したあたりからどうも感情がはっきりして来た気がしなくもない。
「ちょ、あなた今11〜15って言いましたわよぇ!?何しでかそうと企んでますの!?」
響が叫んだ言葉に、リコリスが驚愕と困惑の声を上げる。彼女の記憶が確かなら、あの番代は火炎系の魔法だったはずだ。そんなものを行使して何をしようというのか。いや、彼女も薄々感づいてはいるのだが、それでも聞かずにはいられない。
「何ってんなもんここら一体焼き払ってさっぱりさせるに決まってんだろうが。何、湿地帯の土ってのは微生物が多くて栄養満点なんだよ。そこに灰もつもりゃあ最高の農耕地になるだろうよ!」
お前の八つ当たりと焼畑農業を一緒にするんじゃない。人類繁栄の軌跡をなんだと思っているんだ。
大体、お前の火力なんてものでこの辺りを覆えば、それこそはいすらも残さずに燃え尽きるだろうし、大地も灼熱に焼き焦がれ、死に絶え乾ききった不毛地帯に生まれ変わってしまう。
「本当に何考えてますの!?何で変化がないか調べに来たのにその変化を作ろうとしてますの!?バカなんですの!?バカなんですわね!!」
一人で勝手に時期完結し、やっぱりこの男は稀代の大馬鹿野郎だということを再確認するリコリス。
この男を本気でキレさせるのはやめた方がいいだろう。怒りに任せて何をするかわかったもんじゃないし、その何が笑えて来るほどデタラメすぎる。多分一番力を持っちゃいけない類の人種に超常的な力が宿ってしまったのだ。
さらにリコリスだけでなく、パイフェンも加わってどうにか思いとどまらせようとする。ちなみに金髪の彼女は響のブチギレとともに気を失っていた。彼の怒気に当てられたのである。無理もない、下手すれば心臓の弱い人はあれで命を落としてもおかしくないほどのものだったのだ。なぜウナギ一匹にそこまで怒れるのか一周回って感心してしまう。
で、二人に必死の停止もあってかなんとか湿地を焼き払うなんていう悪魔的所業が行われることはなかった。
一旦危険はだったのだが、未だ体は泥まみれだし、そろそろ乾いて余計に気持ち悪くなってしまうので、どうにかしなければならない。
「ほら、お前らとりあえず俺に掴まれ。近場まで飛ぶぞ。」
と、未だ若干イライラしながら呼びかける。リコリスとパイフェンは言われた通りにしたのだが、絶賛意識のない彼女はどうしようもなく、しょうがないので響が自分から腕を掴みに行った。
「アナザー、28式展開。場所は近場の平地で飛べるところだったらこの際どこでもいい。」
「(承認、3秒後飛びます。)」
かくしてその湿地帯から四人の姿は消え去ったのであった。




