廻る刃
辺り一帯を尋常ではないほどの白煙が覆っている。
それを起こしたのが二人の放った極大魔術であることは言うまでもなく、きっとこんな結界の中以外で使用すれば甚大な被害が出ていたことだろう。
静寂がすべてを包む。その時間は恐らく数秒、長くて数十秒といったところだりうが、まるで悠久化に思われるほど。体感と現実の違いというのがよくわかる状況だった。
固唾をのんで様子を見ていた響ではあったが、そこで緊張を解くほど愚かでもなく最後一個となったMP回復薬を流し込んで、次がある可能性へと備える。
少しずつ漂っていた白煙が晴れていく。
あれほどの爆発であったにもかかわらずそれはいまだそこに顕在。
さすがにあれほどの攻撃であったために彼女も無傷とはいかず、ある程度のダメージは負ったものの深手というにはもの足りない程で、その身体の周りに幾数の黒槍が控えており、おそらくその間に張られた魔力障壁によって防いだものと思われる。
ただそれだけだったらどれだけよかっただろう?
先ほどまでと、存在の圧が違う。抑えきれずあふれ出ている魔力の量が違う。質が違う。漂う雰囲気も、周りの空気も、その目線にあるものがまるで違う。
その圧に胸の奥にある心の蔵がキリキリと痛み口から出てきそうなほどだ。
その魔力は全て殺意と悪意、人の悪感情をすべてをどす黒く固めたようであり、それが、先ほどの数十倍にも膨れ上がっている。
肌に極太の針が刺されるような痛みを感じるほどに空気を張り詰めており、たったそれだけで死人の一人や二人、出てもおかしくはなさそうなほど。
そのすべてが、今までの彼女とは比べ物にならないほどに大きくなっていた。
「驚いたぞ人間。凡百な言葉ではあるが、妾にこれを使わせたことは褒めてやろう。」
放たれる言葉には得も言われぬほどの凄みがあり、重みがある。
「なんだよ。あれですか?ゲームのラスボスよろしく第二形態かなんかですかそれ?ほどほどにこちらを絶望させるのやめてくれませんかねほんと。」
茶化すようにそう言い放つ響であったが、その顔は真剣そのものであり、言葉の奥底からもそんなものは見受けられない。本当に勘弁してほしいと言っているようだ。
無論、絶句はしているものの言葉通り絶望はしていない。いや、してやるものかといった方が正しいだろう。
「無理に平然をよそわんでもいいぞ。震えて当然、おびえて当然。むしろ今だ立って抗う意思があるだけ存分に誇るがいい。いつでも絶望に浸ってもよいのだぞ?」
「んなもん出来てたらしてるわボケ。こちとらまだ人生十数年しかたってないんでね。やりたいことも行きたいところも、食べたいもんもまだまだたくさんあるんだわ。こんなわけのわかんねぇ辺境で死ぬ気なんざ虫の足先ほどもないわ。」
吐き捨てるように悪態をつく響。
その実裏で次点の動きを模索してはいるようだが、いかんせん相手の強大さが想像を絶するものであり、生きず待っている様子。
(ふざけんなよほんとまじで。あんなの俺ら二人じゃ勝てっこねぇぞ。さっきのあれでも結構ギリギリどころかなんとかかんとかって感じだったのに、あれより数倍以上は上って・・・・・・)
(マスター、残念ですがここは逃げることをお勧めします。あれは少なくとも今のマスターたちで勝つことは不可能に近いです。)
(そりゃそうだろうよ。ただまあ、逃げれるとは到底思えんがな。今の状況じゃあ逃げる前に殺されるだろうよ。どっちみち戦うしか道は残されてねぇんだわ。)
苦虫を噛み潰したかのような顔を見せる響。
彼の言った通りもうこれでは逃げることすらかなわないだろう。
ゆえに、ここからは死に物狂いで戦うのみ。
となれば先手の優位性をわざわざ捨てる意味もなく、先ほどの開戦時と同様に超スピードで妲己に向かって飛びかかる。
いzンと違うのはその振り払われようとしている長柄の刀に込められた魔力量であろう。この一撃で致命傷を負わせる勢いで振り抜く。
「『神代の一線・梅花』!!」
「ふん。」
数多の斬撃が虚空に踊り狂う。
が、それと同時期に妲己の周りに控えていた黒槍のいくつかが二人の間の空間に割って入ってくる。それらはまるで円を描くかのように配置していき、くるくるとか一転しながら自身の主を襲おうとしていた斬撃のをふせいでいった。
「ッチ!!」
「響さん!!後ろですわ!!」
そう叫んだのは地上にいたリコリス。
突如、緊迫した言葉を投げかけられた響は言われたとおりに背後へと振り返る。
その二つの眼に映し出されたのは先を光らせて、自身へと狙いを定めた黒槍達。数は計8つ。
無論ただそこにあるだけなはずもなく、一斉に響へと襲い掛かってきた。
突然のことに困惑しながらも、何とか身体をひねらせてそれを躱してなんを逃れて急いで体の自由が利く地上へと降りていった。
黒槍達もまさかそれだけの攻撃しかできないということもなく。ぴたりと進行を止めて響の方へと方向転換。そのまま先ほどと同じく襲い掛かっていった。
黒槍と響の鬼ごっこの幕が切って落とされる。
最初は全ての槍が同じ動きしかしていなかったが、次第に一つ一つがまるで違う動きをし始め、四方八方から縦横無尽に不規則な動きをして、獲物を追い詰めていった。
響といえば、魔法や刀をうまく使って逃れてはいるものの、すべてを完全によけきれはせず、次第に体のあちらこちらに傷を増やしていった。
さて、そんな様子の響を見てはリコリスも黙ってい立ちすくんでいるとうわけにもいかず、自らその火中へと飛び込んでいき、その手助けへと回った。
そのおかげか、響一人の負担は減ったものの、その実攻撃を受けているのが一人か二人になっているので、結果的に状況が悪化しているともいえるだろう。
二人が、槍達の処理にいっぱいいっぱいになっているのだから、そこを狙えばいいものの、党の妲己はその気がさらさらないらしく、優雅に扇を仰ぎながらその様子を鑑賞していた。慢心ここに極まれりといったところだろうか。
何とか続いていた鬼ごっこに、ついに動きがあった。
常識ではあろうが、いつだって不利なのは追いかけるほうではなく追いかけられる方。どうにかこうにか逃げ回っていた二人だったが、無理が来たのか、はりゃまたふと集中が切れたのか、リコリスの左肩に黒槍の一つが深々と突き刺さったのである。
「キャア!!」
「リコリス!!」
その悲鳴を聞いて、響は一瞬にして彼女の傍にたどりつき、倒れるそのとことを抱きかかえた。さらに、温存していた魔力の幾分かを使い、それを込めた刀を地面へと振り下ろしてあたり一帯を吹き飛ばすような衝撃を生み出す。
それにより今が好機と一斉に襲い掛かるコンマ一秒前だった国葬の8つすべてを外へと飛ばして時間をつくる。驚くべきことに黒槍の一つ残らず、体勢を立て直して再び襲い掛かることはなく、そのまま己が主人である妲己の周りへと帰っていった。
それを不思議に思いながらも、幾分かの余裕ができたこと安堵のため息を漏らし、上級回復薬を取り出してリコリスに飲ませる響。
出血が止まり、肩に空いた穴も塞がったのを確認した響は自分も身体中の傷を治すべく、中級の回復薬を口へと運んだ。
「大丈夫か?リコリス。無理そうだったら下がってもいいぞ。まぁ俺一人でどにかできるとは思えないけど。」
「ありがとうございますわ。心配しなくてもちゃんと戦えますわ。あなた一人に任せて億だなんて、それくらいだったら体に鞭を打ってでも戦ったほうがましですもの。」
「そりゃ結構。それだけ軽口叩ければ問題はなさそうだな。安心した。」
「全く、ふざけるか真面目になるか、どっちかにしてほしいですわ・・・・・・。それよりも、なんなんですのあの槍は?」
「どう見てもファン〇ルですねありがとうございます。レーザーの類は出ないようだけど面倒なことには変わりないなクソッタレ。・・・・・・しかし、槍のファン〇ルとかめっちゃかっこいいじゃないですかコノヤロー。なんなら俺が使いたいぐらいだっての。」
どうやら響の琴線にあの黒槍は触れたらしい。ファン〇ルは男のロマンといったところだろうか。少し彼の顔が輝いているのは気のせいだと信じたい。
「愚かよな。」
唐突に開かれた妲己の口からこぼれた言葉はその6文字だった。
いきなり発せられた脈略のない言葉に、二人はむ、といかぶかしむ。無論、警戒は怠らずに、だ。
しかし
「まさか、ここに貴様らが悠長にしていられる場所があるはずもなかろう。」
次に彼女の言葉が聞こえたのは二人の背後。
注意は払っていた。気を抜いたわけでもなかった。瞬きの一つもしていなかった。
だというのに、二人は彼女がこちらに向かってくるさまも、動こうというそぶりの一つも確認することができなかったのだ。二人の目にすら映らないほどの超スピードで動いたのか、はたまた瞬間移動でもしたのか、いずれにせよその背後に彼女がいるという事実に変わりはない。
背後からの声に驚愕しながらも、即座に振り向きざま飛びのこうとする二人。
だが、
「まずは一人。」
ほんの一刹那、足りなかった。
その魔の手から逃げようとする響の太ももに、手に持っていた黒槍が突き刺さり、ゴリと嫌な音を立てる。おそらく運が悪いことに骨ごと貫かれ、割れたのだろう。
襲う鈍痛に耐え、悲鳴を上げることを耐える響であったが、そんなやせ我慢、何の意味も持たない。
妲己はもった黒槍を引っ張ることで響の体を引き寄せる。
それによって彼女の目の前に無防備な腹部がさらされる。となればそこが次の一撃の的になることは自然な流れであり、強烈な拳の突きが響を襲う。
その一撃は山河を穿つが如く。
災害級の一撃の勢いそのまま吹き飛ばされていく。幸いなのは黒槍によって固定されていた脚が引地げれなかったことだろう。とはいえ、中心から内側に大きく裂け、一部の皮と数量の肉でつながっている状態。いつどこかに飛んで行っても不思議ではないだろう。
地面へと勢い良くぶつかりながら飛んで、転がりながらもようやく止まる。そのころには体中が血まみれとなり、幾つもの骨は折れ曲がっており、重い一撃を受けた腹部は、何とか原型をとどめてはいるものの、その実内部はぐちゃぐちゃにつぶれ果て、意識どころか生きていることすら不思議なほどだった。
どうにかこうにか繋いだ意識で、何とか口に最上級の回復薬を運びきる。何とか一命をとりとめたものの、受けたダメージが大きすぎたのか、傷の治りが遅く動くには当分の時間が必要だった。
こんな状況、相手からすればとどめを刺す格好の機会なのだが、全くもって追撃が来ないことを見ると、どうやら死んだと思い込んでいるらしい。まぁ、本来あの状態で生きていること自体がまれなのだが。
さて、響は悲惨な音になっているが、リコリスもかなり危機的状況に陥っている。
響を吹き飛ばした後、妲己の次のターゲットは彼女を置いてほかにおらず、すぐさま襲い掛かってきた。
だが、先ほどとは違いう不意を打たれてはいなかったため、なんとか反応して防ぐことには成功している。
ただ、やはりその威力は人知を超えたもの。防御の上からでも、消して小さくないダメージを次々と与えてくる。
彼女の細身なその身体がそんなものを何度も受けていられるはずもなく、体のいたるところにひびが入り、何度も受けている腕はとうに砕かれ、レースロンググローブによってわかりにくいが、皮膚は内出血によって紫色に変色している。服はところどころ破け、さらにはすでに何体かの人形たちは壊されて、見るも無残に散っていた。
だが、そのお影か吹き飛ばされてボロボロになっていた響も幾分か回復し、何とか立って歩ける程度にはなっている。
(やばいな、ありえないくらいに回復が遅い。なんかあるんじゃねぇかって疑いたくなるんだが、どうにもこうにそのからくりが点でわかんねぇ。)
とりあえず、今はそんなことを考えている場合じゃなとさらに回復薬を使用して回復の加速を図る。だが、それが効果を表すことはなく、結果として貴重な回復薬を一つ無駄にする結果となってしまった。
(やっぱりなんかあるぞこれまずいな、リコリスも相当ダメージを食らってやがる。といっても今の状態であそこに入っていっても、秒で殺されるだけだしな・・・・・・)
考えた末、もう少しリコリスには頑張ってもらい、自分は回復に専念するとともに、あの化物の息の根を止めるための策を模索することにした。
時間にして約二分。どうにか戦えるようになるまで回復し、おそまつなものではあるもののなんとか一つ作戦をひねり出して、ちょうど限界の着ていたリコリスに加勢すべく響は二人の元へと急いだ。
「術式23~25共に3項展開」
(了承。)
足りない実力をバフで少しでも埋めて、妲己の振るう黒槍を自身の天ノ尾羽張で受け止める。撃ち負けることなく受け切るものの、その重さに腕がしびれ衝撃がつたわってきた。
「小僧、貴様生きておったのか。驚いたぞ、随分と頑丈なつくりをしておるなぁ。」
殺ったと思っていた響が、乱入して自身の攻撃を受けたことに驚き、面白そうに笑う妲己。
常に余裕をもって薄ら笑いを浮かべている彼女にイラつきながら、受けた黒槍を跳ね返し、リコリス抱きかかえながら飛びのく。
「ほとんど奇跡みたいなもんだが、まだまだ死ぬわけにはいかねぇんだよ。」
「面白い。ならば全力で抗がってみよ」
そう言い放ち、高速で向かってくる妲己。
人一人を抱えてはいるものの、何手かうちあい、タイミングが取れたところで地面を強く踏みつけ地盤を粉々にする響。そのまま足を上に蹴り上げて砂煙を広範囲に起こし、目くらましとする。
無論、ただの目くらましでは妲己には何のいみもないが、ただ一瞬隙が作ればそれでよかった。
一瞬、彼女が行動を鈍らせたそのすきに、響は魔法を展開させる。
「術式144、176展開」
(了承、2.6秒後に展開します。速やかに対比ください。)
アナザーの言った通りに、響は後方へと飛びのき、リコリスに回復薬を飲ませる。
やはり彼女の傷も治り難くなっており、まだ戦闘を行えそうにはない。
魔法が起動する。砂煙の立っていた範囲全て一瞬にして土塊が現れるそこにあったものははじかれるのではなくそのまま閉じ込められており、某石の中にいるのとにたような状況だ。無論、妲己も例外ではない。
さらにその土塊は地面へと沈んでいき、奥深くへと落ちていった。
(取り合えずこれで少しは時間が稼げるはずだ・・・・・・。まぁ、一分も持たないだろうけどな・・・・・・)
♢
地面の一部が吹き飛び、そこから何かが飛び出してくる。
それは言うまでもなくあの女で、例によって余裕綽々とした表情でたたずんでいた。
「面白い術の使い方をするなお主。・・・・・・なんだ?貴様一人か?」
妲己の言った通り、周囲にリコリスの姿はなく、その姿を確認できるのは刀を構えている響一人だけだった。
「まぁな。お前がさんざん痛めつけてくれたおかげでアイツの腕が完全に使い物にならなくなっちまってね。体のあちこちもひどい状況だったし、そんな状態でいられても足手まといだったから遠くにおいて来たんだよ。つまりお前のせいだ責任取ってくたばれや。」
「相変わらず口の悪いクソガキだのう。しかしてお前ひとりでよいのか?」
「いい悪いじゃなくて、一人しかいねぇんだよババア。ついにボケも始まったのか?黒酢とるといいぞ黒酢。」
なんの意味もないし、むしろ相手を怒らせているので明かさせているとしか言いようがないのに、それでもあおることをやめない。自分で自分の首を絞めてなにがたのしいのだろうか?
しかも、先ほどと違って響一人で抑え込まなければいけない状況、もしリコリスが見ていたとしたら、深いため息とともに愚痴がこぼれていたに違いない。
(・・・・・・俺一人でどこまで行けるか・・・・・・。さっきのダメージはほとんど回復したがそれでもまだ腕に違和感は残るし、魔力も残りわずか、とどめの一撃一回分しか残ってないし、よりにもよって回復薬も残り一本。意識だってちょいと危うい感じだし、何とか行きゃいいんだが・・・・・・。)
どうやらここまでやってきた薬漬け戦法も、ついに底についたようだ。残りは緊急用に小包にして奥歯に仕込んでいる最上級一本のみ。しかも相手からの攻撃は回復が遅いというオプションつきだ。
然るにこれはこの勝負の終わりが近いということである。
(あと少し・・・・・・。鞭打って馬車馬のように頑張るしかねぇな。)
覚悟を決めて突撃する。
黒槍と長柄の刀が交わり、衝撃雨鵜を生み出した。
互いに引き合いさらに二つ、みっると得物を合わせて居く。だが、注意しなければならないのは妲己の黒槍は一本ではなく複数存在すること。打ち合いの最中に横から上から襲い掛かり、その命を奪おうとしてくる。
やはり手数の違いから打ち合いは不利と判断した響はいったん距離をとって走り出す。無論妲己もそれを超スピードで追いかけてくる。
すると響はある程度移動し、後ろとの距離もだいぶ近くなったところで急停止をしたのだ。追いかけていた妲己もまさか止まるとは思わず、そのままの速度で突撃してくる。
彼女が自身にぶつかってくる直前振り向き刀に力を込めて振り切った。
もろに一撃を食らった妲己から鮮血が飛びちる。
うまく不意を突くことに成功したがそれだけでは終らない。
その攻撃に反応するように妲己の足元に魔方陣が浮かび上がり、淡く光って起動する。
添えれは響があらかじめ設置していた捕縛の魔法。破られてはしまうだろうが、それでも数秒は拘束できるだろう。
「チッ、なめるなよクソガキ!!」
荒い口調とともに後方から飛んでくるのは彼女の得物。よけるか、防ぐかしなければ体を貫くことはまず間違いないだろう。だが、ここでその手段をとってしまえばせっかくのチャンスを逃してしまう。ゆえにそれをなんの防御も避けもせずにもろにその腹で受けた。
「ッ・・・・・・、」
仕込んでいた回復薬を破って服用する。
刀身に込める魔力は残り全て。尾の一撃ですべてを終わらせまいと己の全身全霊をかけて握る刀を振るおうとした。
だが、
「爪が甘いな小僧!!よもやこれを忘れていたとは言わせまいぞ!!」
二人の間に入り込み、円を表しまわる黒槍の防壁。
そう、妲己にはこの自在に動く黒槍の盾がある。しかも今回は操る黒槍すべてを使っての防御壁。最悪なんのダメージも与えられないかもしれない。
だから、こんなものはただのブラフにしか過ぎない。
「まさかわたくしを忘れたとは言わせませんわよ?」
聞こえた声は少女のもの。
妲己の背後にはボロボロで立っているのがやっとな状態のリコリス。だが、構える手の前には青白く燃える出刃包丁を振りかぶった一体の人形。
「お前は、一人にしか目を向けなさすぎだ・・・・・・、アホが。」
戦っている間、妲己は基本的にい鳥ずつにしか攻撃を仕掛けておいらず、そうなるともう一人の方を忘れていることが多かった。何度もそれで不意を突いているというのに治る気配もなく。
だからその癖を存分に活用させてもらった。響に完全に注意を向かせ、あたかも彼がとどめを刺すかのように演技をし、その裏でリコリスには傷の回復と大規模な術の行使のための準備をさせる。
そうして、相手の裏をかき、賭けに出てつないだ細い勝ち筋。それが今確かに大きくなっていく。
動き出した人形は何事にもわき目も降らずにただ一朝苦戦、妲己の元へととびかかっていった。全霊をかけた最後の攻撃。
「あまり妾をなめるでないわッ!!」
だが、あと一歩のところではばまれる。盾を形成していた黒槍の一本が、どうにか間に合い人形の胴を貫くことに成功してしまう。
刺さってしまえば動きは止まってしまい、その後に来た黒槍すべに串刺しにされるのは目に見えた結果。何とか最後の力を振り絞り手に持ったそれを妲己へと投げつけるものの、寸で拘束の魔法が溶けた彼女に交わされてしまう。
「はっ、万策尽きたか小童共!!なかなか面白い策ではあったが所詮は人の考えた浅はかなもの。この程度であればすでに幾度となく巡り合って居るわ!!」
あぁ、そうであった。この女はすでに天の使い、つまり神の手下どもと切っ先を交えているのだ。この程度のおとり作戦、経験していないわけもない。
所詮は簡単な陽動作戦。いくらかかりやすいとは言え、そんなものこの女にとっては
ーーーーあぁ、そんなことはわかっている。
「あぁ、だけどかけに勝ったのは俺らの方だ。」
誰もお前をそんなに甘く見ちゃいない。防がれることなんて予想の範囲内。きっと避けられるだろうと予想はついていた。
ゆえにこんなものはブラフのブラフ。
響の手には青白く燃え盛る出刃包丁があった。その右手にはいまだ魔力を込めたままの刀があった。
とんでもなく部の悪い賭けだった。投げる前に動かなくなっていたかもしれない。投げられた得物を躱すのではなくはじかれていたかもしれない。言い出したらきりがないほど穴だらけの作戦。
でも、それでもそれしか道はないと信じ命運をかけた愚策。奇跡的につむいだそれが今放たれる。
「くたばれよクソババア・・・・・・、『刃廻せ一より強く』!!」
極光が妲己を包む。
放たれたその一撃は大地を鳴らし、空を震わせ、恐ろしいまでの衝撃をもたらす。まさしく今までで言う地番大きな一撃であっただろう。
「届き、ましたわね。」
リコリスの口から、安堵を含んだ歓喜の言葉が漏れる。やったのだと、ついに勝ったのだとこみあげてくる思いを噛みしめて喜ぶ。
部の悪すぎる駆けであったにもかかわらず踏切りったその勇気は相当なものだろう。そして、それを見事成功させた豪運は、まさしく奇跡といっていいだろう。
「あぁ、最後まで爪の甘いやつで助かっ・・・・・・」
あぁ、ただ一つ上げるとするならば、
それは、この程度の一撃で奴を仕留めきれると踏んだその計算だろう。
上がる砂煙から手が伸びだし、響の頭蓋をつかむ。
その手が誰のものであるかは言わずもがな。
彼の頭が、ミシリと嫌な音を立てる。悲鳴を上げるよりも先に付き出されたもう片方の手がその腹を抉り、五臓六腑をつぶして、一部引きずりだす。
さらに繰り出された蹴りを避けられもせずその胸に受け、つよく、その身体は地へとぶつかっていった。
「え・・・・・・?」
砂煙が晴れ、その姿が現れる。
そこには、血を流し、深手を負いながらも倒れる気配を微塵も感じさせない妲己の姿であった。
「妾のことを爪が甘いといったな・・・・・・」
「な、なんで・・・・・・?」
簡単なこと。足りなかったのだ、火力が。あの一撃では削り切切れたのはせいぜい残り30%程まで。削りきるのには到底およばない。
「それならば、貴様らはそれ以下の愚図ということだ。」
希望は砂煙とともに失せ、最後に残ったのは絶望ただ一つだった。




