野良犬のように
時刻は23時過ぎ。不夜城と化した現代の街並みであれば営みの光が消えることはなく、そこには煌々と照らすネオンの明かり、昼とはまた違う夜の街が顔を見せるころ合いだろう。だがここはロスでも新宿でもましてや上海のそれではなく、時代遅れの木都。街灯などと呼べる代物はなく、光源といえば頭上の弦月が僅かに瓦と木目を見せるのみである。
その屋根瓦のうえ、普段ならばまず人などいないであろうそこに佇むものがいた。黒づくめの衣装に身をまとい、その面には隠すように狗の面を付けた男。それは巷を震わす奸悪の輩。義賊という道を悖った悪逆非道の賊、野良犬小僧であった。
今宵も己が私利私欲を満たすため、狙いを一つ決め屋根から屋根へと飛び移っていく。
なるほど、今宵は月明かりの薄い弦月の夜。身を隠す闇が多いものの、しかし全くあたりが見渡せぬということはない。賊が動くにはもってこいの夜だろう。
今回の狙いはとある織物屋である。個人経営であり、稼ぎはさほどだが、商品そのものが金になる。極めつけはその店、年ごろの娘が一人おり、近所ではそれなりの別嬪と評判だった。
「ふむ、明かりは消えているな。はは、今から摩羅がうずく。」
件の家の向かいの屋根から目標を確認しつつ、下卑た欲望をダダ漏らす野良犬小僧。
「おい、あまり先走りすぎてしくじるなよ?」
「左様、貴様一人がどうなろうと興味はないが、それで危険をこうむるのは我々。」
「わかっている。なに、そこまで間抜けでもない。」
「ならばよい。」
家影の暗がりから人影が二つ現れ、野良犬小僧の左右へと膝をついた。現れた双方ともに野良犬小僧と寸分たがわず同じ格好をしており、はたから見れば全くと言っていいほどに見分けがつかない。
野良犬小僧とは、個人ではない。巷を騒がす悪党の正体は複数人で構成された怪盗団、否盗賊団である。
常に一定数以上の人数で動き、それぞれ役割を振って動く。もし万が一捕まったとしても、野良犬小僧に便乗したただのコソ泥と言い張り、その間にまた次の事件が起きる。そうなれば、役人は偽物であることを疑わず、結果として誰も真相にたどり着くことはない。
といっても、野良犬小僧は最初から複数人でできたものではない。最初は一人から始まり、いつしか数が増えていたのである。して、その時期だが、これは語るにふさわしい人物がいるだろう。
「さて、始めるとするか。手筈は踏んだ通り・・・」
「まずは薬物を流して安全に、かな?」
そう、声がした。その後、目標である織物屋の家の路地から一人の少年が出てきたことから、彼がその声の主だということがわかる。
野良犬小僧たちは焦った。何せ顔を隠してるとは言え姿を見られたのだ。しかも複数人いるところを。これでは自分たちが集団の存在だということが露見してしまう。
普段だったらこんなへまはしないはずだった。必ず最初に人払い役の偵察を放ち、そいつから連絡が来た後に行動するのが常だった。実際、今回だって、その連絡は来ていたし今まで誰かが裏切るようなこともなかった。
だが結果はどうだ。今目の前にいる少年は幻ではないし、口ぶりからして自分たちが何をしようとしているのかをまるで明日の瓦版を見たかのように知っているきがしてならない。
たった数秒の間に、イレギュラーが過ぎている。
ともかく今ここにいるのは危険。幸い少年は顔を隠しておらず、はっきりと覚えたので、一度立て直してから始末できる。だから、その場に姿を現していた三人ともこの場を離れようとした。
だが、イレギュラーというものは続くらしい。目の前の少年とは別の男の声が聞こえる。
「おっと、気を付けた方がいいぜ。あと3メートル下がったら細切れだ。」
また、新しい少年が路地から出てきた。彼が手を胸の高さまで持ってきてくいっと指を動かすと、周囲の至る所で月光が反射しているのが確認できる。どうやら、少年たちを含めて糸のようなものがドーム状に張り巡らされているらしい。
「はめられたのか・・・」
「バカな。斥候を放っていたはずだ。その斥候からも決行の合図は来ていた。」
「あぁ、こいつのことか。」
そういって、路地から簀巻きにされた何かが出てくる。それは件の斥候としてはなった野良犬小僧の一人で、見れば無残に体中がボロボロだった。
「あぁ、安心しな。死なない程度にボコっただけだ。文字通り死んじゃいねぇよ。」
「っ!・・・ではあの連絡は貴様らが・・・。」
「違いますわ。それが伝いを出してから潰したんですの。」
こんどは少女の声だ。前の二人のように路地から奇怪な姿をした少女が出てくる。否、それだけでなくほかの路地からもぞろぞろとでてきることおよそ二十人強といったところか。明らかに見逃すような数ではありえない人数である。
「なんでめんどくせぇと真先に降りたやつが事自分の手柄みたいに出てくんだよ。どんだけ面の皮厚ぃんだこのアマ厚かましいにも程があるわ。」
「こんなもの早い者勝ちですわ。大体貴方はいちいち文句が長いんですの。あっ、足りない知性を文を長くすることによってごまかしてるんでしたわね。ごめんあそばせ。」
「はっ、知恵遅れがなんかほざいてらぁ。きっしょ。」
「はぁ!?」
「ヤンノカコラ。」
「ふいんきがだいなしだなぁ。」
「おっと雰囲気な。」
「細かいな君。というかそこまで頭にきてないだろう実は。」
「そんなことはないぞ。激おこ大嶽丸だ。」
「微塵もそんな気は感じられないんだけど。」
つまり付き合うだけ無駄ということだろう。つい先ほどまでの緊張感はどこへやら。あまりに唐突に起きたコントじみたやり取りに、野良犬小僧たちのやる気も失せる。
「・・・貴様ら、ふざけているのか?」
「まさか、マジも大マジ。さながらダイヤモン〇ドレイクに挑むゲーマーさながらには大まじめだ。」
「その返しがすでにまじめじゃないじゃない・・・大体あれ真面目っていうか最早狂人の域でしょ。私も聞いた程度だけどそれでも理不尽さはわかるぐらいだし。」
「だがそれがいい。理不尽に打ち勝ってこそ意味があるってもんだろ。」
「うっわ、霧村にそういったセリフは似合わねぇな。」
「お前あとで覚えとけよ不動この野郎。まぁいい、いまは目の前の狗畜生共だ。」
「狗畜生・・・貴様、我々を見くびって居るるのか?」
「まだ増援はいるってか。そりゃそうだ。高々三人程度でくるわけがない。」
「・・・知っていたのか、我らが多人数であることを。」
「普通に考えりゃサルでもわかるぞ。動きづらい家の中で斧をぶん回す盗人がどこにいやがる。明らかに、そいつは殺戮専門。ほかに人がいなきゃなりたたねぇ。それにそもそも一人で行うにはでかい屋敷が多いしな。」
「まぁ、でも捜査陣は気づいていなかったけどね。というか、一人だったころを知っているからこそその固定概念にとらわれてしまった。増えたのではという考えもあったけれど、それもせいぜい二三人程度、まさか百余りはあろうかという大人数になってるとは、まぁ思わない。」
百余り、大我がそういったとたん、小僧たちの顔色が変わる。いや実際は顔を面で隠しているから、顔色が変わったように見えたが正しいか。
要は、ドンピシャで図星を当てられて困惑しているのだ。いかにして、目の前の少年たちは自分たちの総数を把握したのか。そもそもそんなことがわかる彼らはいったい誰なのか。
「全く、よくここまで集まったものだよ。おかげで全員特定するのに時間がかかったよ。」
「ぜ、全員だと!?」
「そ、全員だぜ。しかもたった五日ぽっちでその全部を一人で見つけだして裏まで取ってんだから頭おかしいよな。というか人の域超えてるわ。」
「一人じゃないさ。いくつかは松之助さんたちにも手伝ってもらったよ。それに君が向こうの方を引き受けてくれたおかげで集中できたんだ。」
「にしたって限度があるだろ五日はおかしいっての五日は。」
訳が分からなかった。全員身元が割れたのは百万歩譲ってもいい。いやいいわけではないがそれはそれとして、それを五日という短期間で行ったという事実だけは、どうしても理解できなかったし、支度もなかった。響が言う通り、人間技ではないのだ。
「さてと、それじゃぁ答え合わせといこうか。」
「答え合わせ?というか僕ら連れてこられた割に何も説明受けてないんだけども。」
この件にほぼノータッチの蘭丸が問いかける。
「そりゃ推理パートは当事者含めて皆集まってからってのが定石だろ。むしろ先走って口走る奴には風情がない。」
「そういう問題なのか?」
「そういう問題なんです。」
「そういう問題さ。」
響と大我、二人声を揃えてそう主張する。どうやらこの二人の中では共通の認識らしい。とはいえその考えは分からなくもないし、他の皆もその考えに同調するところがあったのかどこか納得している。
たしかに推理するときはそうだなと、土曜の夜6時やその他9時代が頭をよぎっているのだろう。
「さてさて、それじゃぁやっていこうじゃないの。まず初め、一番最初の野良犬小僧は誰だったかって話からだ。」
口調を少し真面目なものに戻し、ついでに空気も直しておく。此処から先は、真面目な話になる様だ。
「最初、この話を聞いた時俺はとある可能性を感じていた。といっても証拠も何もない憶測だったんだけどな。」
「ただそれはが確信に変わる時があった。それが資料室での一件だ。」
「それでその可能性って何なんだよ。」
「まぁ待て話の順序ってもんがあんだよ。あの資料室に置いてあった予告状的なやつ。あれなぁ、筆跡は見事に偽装してあったんだが、ありゃ報告書を書いたやつと同じやつだ。」
「!?ってことは・・・松之助さん!?」
「ま、待て違う違う。だいたい奴は俺が幼少の頃からいるんだぞ。時期的におかしいだろう!?」
「あ、たしかに。じゃぁ・・・え?」
「そう、報告書を書いた奴はもう一人いる。松之助、あんたの親父さんだ。」
「え?あ、でもそっか。お父さんが殺されてから変わったていうなら、おかしなことじゃ・・・・・・。」
「そうか、それに警察関係者なら警備の状況や何から何まで筒抜け。いや、わざわざ逃げなくても物陰で着替えてそのまま何食わぬ顔で加わってしまえば・・・」
「そこらへんはもう十年前のことだから詳しくはわからん。まぁ別に事件の真相を暴く上で知る必要もねぇからどうでもいいけど。」
今大切なのは、犯人が親父だったという事実とそれを裏付けられる証拠幾つか、ということらしい。
「でもどうして気づいたんですか?たしかあの資料がカギになっていたといっていましたが・・・」
「文書き方、使用する言葉の癖、あとはいちいち漢字ににしなくていいところを漢字にしたりとかな。よく読めば同じ人間が書いたのはわかりやすい。・・・・・・薄々あんたも気づいてたんだろ?自分の親父が野良犬小僧だったって。」
「・・・・・・息子、だからな。自分の親の書いた文を間違えるわけないだろう、気づいてたさ。だからこそ、俺はこの事件をずっと追ってたんだ。親父の通してきたものを、その象徴を怪我した奴らを白実の下にさらすために・・・!」
口調が、段々と荒く強くなっていく。それは普段のダメ人間の極みみたいなものではなく、真剣な自分の父とその思い、そしてそれを汚し壊した相手への怒りが込められていた。
「・・・・・・なぁ響はん、理屈はわかったんやけど、そないな描写なかった気がするんやけど。」
「あのなぁ、別に俺らは推理小説の中にいるわけじゃねぇんだぞ。そんな分かりやすいようなヒントがあってたまるかよ。」
まぁ、そもそもこの話はメインとして事件推理を置いてはいないからそこまでする必要がないということだ。後文字でそこの部分を書き表すのは不可能に近い。
「あ、そういやあそこでもう一つ良いピースがそろったんだったな。」
「そこからは俺の担当だったし、俺が話そうかな。いいよね?」
「あぁ、問題ないぜ。」
響の肯定を受けて、大我が語り部を変わる。
「それじゃ、さっそく。政宮さん、君はあの時、『十年前と後、予告上の文字は全部同じだった』っていったよね。」
「言いましたなぁ。それがどうかしはったん?」
「それじゃぁ、次に霧村君がなんて言ったかは?」
「えっと、たしか・・・・・・」
「た、たしか、『そうだな、まるで一緒だ。寸分違わず同じ文字だ。』だった、はず・・・」
「えぇ・・・、うちの出番とらないでくれへん?」
お前は普段出番多いんだからいいだろと、普段少ないメンバーから痛い視線が集まる。が、気にする様子もなし。ついでに大我も気にせず話を進める。
「ソフィアさんのいうとおり、何もかも完全に一致していると言っていたんだ。寸分違わずね。」
「・・・ん?それっておかしくないか?予告状って手書きだろ?パソコンで打って印刷したわけとかじゃないのに何もかも同じって・・・無理だろ。あ、上から写したのか。」
「そういうことだね。確認してみたら墨が若干滲んでいるものがあったよ、押収した後にできたものだろうし、基本保管されてるものだから気づかなかったんだろうね。そして、警察が押収してある予告状を写せるのは警察関係者しか不可能。ほら、もうこれで一人は割れた。後は状況を見て一番怪しい人物に狙いをつければいいだけだからね。」
「他にも当てをつける材料はいっぱいある。縄の結び方、盗んだものの傾向、あげればキリがない。そして数人わかればそこから動向を探ってさらに数多く見つけ出せる。たった一人の犯人を探し当てるよりも数百倍は楽な仕事だったよ。」
「まぁ、そういうこった。全員素性は割れて挙句あんた達は絶体絶命。神妙にお縄につきな犬っころ共。」
「・・・たしかに我らの正体を知っているというのは大きな脅威だろう。だが、それがどうした?今此処で貴様ら全員みな・・・。」
「は?しゃらくせぇ。お前ら如きが何だって?もう一度言ってみろよなぁ。」
途端、耐えがたいまでの殺気が周囲を支配する。その主である響は嘲笑うかのような顔を見せているが、それがひたすらに恐怖と悪感を駆り立てる。
三人の誰一人として、その場から動けはしなかった。
およそ数十秒後、ようやく開くようになった口から言葉を捻り出す。
「・・・貴様ら相手に足掻くというのは無駄だということはよくわかった。しかし、そこの男。お前は奴の愚息だと言ったな。」
「だ、だからどうした。」
「ならばなぜそのことを言わなかった。『自分の父親は野良犬小僧だった。今巷を騒がしている輩は別人だ。』。と、そうすれば我らが複数人いるということはもっと早くわかっていたことだろう。」
「そ、それは・・・・・・。」
「手柄を横取りされたくなかったか?それとも自分が犯罪者の息子だということが知られたくなかったのか?」
松之助は、何も言い返さない。
「そいつは我々の秘密を知っていた筈だ。それを黙っていた結果どうなった?被害は増え死人も出ているのだぞ?それはすでに我らと同罪ではないか。親子揃って犯罪者だというのに、なぜ我らを弾糾することができる?その資格なぞあるまいて!」
その言葉を聞いて、二人はブチ切れた。文字通り、ブチ切れた。
「おい、その減らず口を閉じろイヌッコロ。人間にはなぁ感情ってもんがあんだよ。松之助が喋らなかったのは事実だが、だからといって親父の仇を自分の手で取りてぇと願うそれは至極真っ当な思いだ。確かに黙っていた結果被害者ってのは増えたのかもしんねぇ。だがヤったのはテメェらだろ?テメェらが起こした事件は徹頭徹尾テメェらがやった行為だろ?それをさも人のせいと言わんばかりに論って、ざけんのもいい加減にしろよクソ犬共。人の褌で相撲取った挙句汚し汚して汚ねぇ面でのうのうとのさばって、どこまでひん曲がってんだテメェら。」
「・・・そもそも、君たちと松之助さんのお父さんを比べることすらありえない。確かにどちらも同じ犯罪者なのかもしれない。けど、彼は信念を通し、悪であると知っていてもなお動いた誇り高い人物だ。これまでに何度かそう言った人は見てきたけれど、その全員を俺は尊敬する。胸を張って尊敬していると言えるような人たちだった。それを君たちのようにただひたすらに外道な輩と一緒にするな。」
有無を言わさない強い圧力。二度とその口を開くんじゃないと、非凡に死に晒せとでも言わんばかりに溢れ出る怒気。
「だからこそ、だ。俺らが豚箱にぶち込む役目を担うわけにはいかねぇんだよ。」
「その権利があるのは、松之助さん、一人だ。」
そう言って二人は松之助の方へ視線をやる。
「さぁどうする?あんたが殺せと言えばあいつらの首を落とそう。むごたらしくというのなら四肢を切って貼り付けにでもしよう。どうする。」
響のその言葉に、何かを考え込む松之助。ゆっくり、ゆっくりと思考を巡らせ、自分の中で回答を見つけ出そうとする。そして・・・
「いや、捕縛だけで十分だ。俺は岡っ引。捕まえるのが仕事で、罰を与える存在じゃねぇ。それに、親父は盗みだけで殺すことはしなかった。なら、俺がそれに反するってのはちげぇだろうよ。」
答えを聞いて、満足したように響はうなずく。
「ん、そうか。ならこの事件はこれにて一着だ。大人しく豚箱にぶち込まれてな。」
そう言って、張り巡らした鋼糸を縮めて野良犬小僧達の体を縛り上げる。彼らも抵抗はするもそれも虚しく無駄に終わる。
「しっかし、犬に縄をかけるとか皮肉なもんじゃねぇか。・・・いや、それも加味してってことか。」
「・・・どういうことだ?」
「なにって名前だよ名前。なに?お前気付いてなかったのかよ、親父さんが名付けた意味。」
「は?」
「『お役所に繋がれた犬としてではなく縄を解いで自由に行動する野良犬のような存在である。』そう言う意味の篭った名前だろ、たぶん。随分と洒落たいい名前じゃねぇか。ま、馬鹿どものせいで害獣に成り下がったのはそれこそ皮肉なんかね。」
「そうか・・・そうか、お縄にか。親父は最終的に捕まるつもりだったんだな・・・。」
「正確にはいつか年貢の納め時が来るだろうとわかっていただけなんじゃねーの。諸行無常、強者どもが夢の後。いつか終わりが来ることを、ちゃんとわかってたんだろうな。」
「・・・あぁ、ほんと俺には出来すぎた父親じゃねぇか。」
「親に出来過ぎもクソもあるか。ただそう思うならテメェの親父に顔向けられる面になるしかねぇさ。」
「成る程な・・・その通りだ。ならさっさとこの害獣共を保健所に連れて行かんとな。」
「いやその比喩だと引き取り手が来たら出さなきゃいけねぇだろ。」
この街に、不定の輩は、もういない。
♢
「そ、それで私連れ回した理由って、な、なんだったの?」
あれからおよそ一週間ほどがすぎた。あの後野良犬小僧確保に関する手続きやら何やらで長いこと時間を取られようやく一息ついたところ。
結局分からずじまいだった自分が連れ出された理由を聞こうとソフィアが問いかけていた。
「んぁ?あーアレだあれ。いじられ役いねぇとつまんねぇじゃん。」
「お客さん、ずいぶんと下衆ですね。」
品を運んできたういも冷ややかな目を響に向けている。
「さ、最悪。そ、そんな下らない理由で付き合わされたなんて。」
「はっはっは、その顔が見たかった。(まぁ、事件内容がアレだったしな。元でやさぐれとはいえいるだけ少しはマシだと思ったってのが六割なんだけどな。)」
つまり四割はからかい目的というわけである。
「しかし、お前らには世話になったな。」
突如、松之助の声がする。音も気配もなくいつのまにかさも自然に話に入ってこようとするという心臓に悪い登場の仕方だった。
「うわ、どこから湧いてきたんですの。」
「ぬるっときたなぬるっと。」
松之助はそのまま響達の近くの席に座る。もちろん酒と肴を頼むことも忘れない。
「まぁともかく、お前たちには感謝している。おかげで父の仇を打つことができた。」
「別に殺してはねぇけどな。感謝してんならなんか奢れや。もしくは現金支給でもいいぞ。」
「遠慮ないなお前。いやいつものことだけど。」
「見えない言葉よりも形ある現物の方が当人達も気兼ねなくていいだろ。後々あーだこーだなってもかったるいしな。それでほれ、なんか奢れや。あの馬鹿犬共とっ捕まえて金もたんまり出たんだろ。」
「ヒュ〜ヒュ〜ひゅ〜、ひゅ〜ひゅひゅひゅ〜」
明後日の方向を向きながら吹けない口笛を鳴らす松之助。
「おい、まさかもう使ったってんじゃねぇよなぁ。」
「一番人気ってたけぇんだな。」
割と最低なことを昔を懐かしんで思い出すかのようにしみじみとこぼす。
「テメェ人様が手ェ貸してやって出た金全部女に使いやがったのか!?」
「全部じゃない。九割くらいだ。」
「かわんねぇよ!大差がほぼねぇよ!そりゃもう全部って言って差し支えねぇレベルだわ!!」
「だがおかげで一つ、親父を超えられた。親父もNo. 1は抱いたことがなかったらしいからな。」
悲報、どうやら父親も風俗通いだったらしい。しかも自分の食費を削って通い、かつ幼い自分の息子にその日の感想を伝えていたという、屑親父だった。まぁ本人は気にしてないどころか楽しみにしていたようだが。
もうダメだなこの色狂い親子。
「クソッタレ!親子共々蛇口の締まりが悪いとか最悪な遺伝子してんなマジで!」
「失敬な。しょんべんを漏らすような真似はしたことじゃないぞ。まぁ別の・・・!」
「言わせねぇよ!?」
見事響のアッパーカットが炸裂。天井を突き破り代の大人が宙を舞うと言う珍事が発生したその日の空は、晴天であった。
※修理費は後で松之助が出しました(強制的に)。




