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ロストメモリー  作者: 島山 平
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藤田剛の記述(4) 

 こうして三冊の日記を読み終えたのだが、頭の中は混乱している。一度整理するためにも、再びこうして文章にまとめてみることにした。成田賢太郎、山岡有紀子の感情をトレースするためには、この方法が最も近道であるようにも思える。


 現場で発見された二冊の日記、及び、成田賢太郎の書いた日記について。

 遺体となった山岡有紀子が持っていたうちの一冊は、五月三十一日に成田賢太郎によって書かれたページから始まっていた。おそらく、彼が習慣として書いていたものだろう。その続き、具体的には六月一日に、山岡有紀子から声を掛けられたことを喜ぶ内容が書かれていた。その後は、二人の交際が始まり、交換日記としての役割を果たすものとなった。その交換日記の最後のページは、六月八日に、成田賢太郎によって書かれていた。

 誤解を生まないためにあえて書いておくが、二人の日記は、それぞれが書いたもので間違いない。

 例えば、成田賢太郎が書いていたと思われる日付のものは全て筆跡が共通しており、また、山岡有紀子に関しても、すべてのページで共通していた。さらに、二人の部屋を捜索した際に見つけたものと照らし合わせても、二人がそれぞれ自分の手で書いたものであることは間違いない。(成田賢太郎の部屋へ上がらせてもらい、確認した) これらは、科学的に証明できる事実である。


 現場で確認された二冊目は、山岡有紀子一人によって書かれた日記であった。

 最初の日付は六月十一日で、病室で書かれたものと推測できる。事故に遭い、病室で意識を取り戻し、彼女自身が書いたものだろう。予め書いておくと、この二冊目の日記は、全て山岡有紀子自身の手によって書かれたもので、その理由は、先程と同様である。

 この日記のラストは七月八日、山岡有紀子の遺書として受け取れる内容であった。成田賢太郎が犯人であると思っていたが、彼の口から真実を伝えられ、それに打ちひしがれている様子が記述されていた。また、一連の事件の犯人である中村修平を恨んでいたことも書かれていた。


 この二冊目の日記を全て読み終えて感じたのは、彼女には成田賢太郎に関する記憶がなく、一連の事件について、犯人に怯えていた、ということだ。重要なのは、山岡有紀子は成田賢太郎に関する記憶が失われている、という点である。当然、人の手によって書かれた日記であるため、その内容は真実ではない可能性がある。山岡有紀子が書いた、ということだけは真実であると確定して問題ないが。


 三冊目は、成田賢太郎一人によって書かれたものである。本日、私が彼の自宅を訪れた際に直接受け取ったものだ。

 六月十日から始まり、山岡有紀子が意識を取り戻したことを喜んでいる内容であった。また、彼女は成田賢太郎のことがわからず、彼がショックを受けている様子もあった。ラストは七月九日、本日である。おそらく、本日の朝、山岡有紀子が死亡したことを知り、書いたものと思われる。その内容には様々なことが記されていた。山岡有紀子を失ったことの悲しみ、また、六月九日に起きた事故の様子についても書かれていた。


 この三冊目を読み終え、彼が、中村修平の最後の瞬間を見ていたことが明らかとなった。また、彼の家を訪れた際、本人がそれを認めている。それに加え、山岡杏子を殺害したのは中村修平であり、成田賢太郎はそれを示唆する内容を、中村修平本人の口から聞いているという。一応、客観的に考えておくと、それらには何の証拠もない。また、中村修平の家を訪ねたのは、工藤美咲というアピタの従業員との不倫を糾弾するためであり、中村修平の正体を知らない山岡有紀子を守るためであったことも記述されている。


 次に、一連の事件についてまとめてみることにする。

 六月九日。二人が乗っていたタクシーが事故を起こす。二人のノートにも書かれていて、実際、六月九日に事故は起きている。二人の乗っていたタクシーの運転手 (前田典明) が死亡し、後部座席に乗っていた二人は病院に運ばれている。また、成田賢太郎が軽症であったこと、山岡有紀子が入院していたことも事実である。そのタクシー内の様子は、成田賢太郎の書いた三冊目のラスト (七月九日) に記されていた。心中しようとした運転手を押さえ込もうとした結果、道路から転落したのだと。

 六月二十五日。山岡有紀子の母親、山岡杏子が静岡県内の自宅で殺害された。後日、中村修平の部屋から、凶器と思われるナイフが発見されている。現場には中村修平が犯人であることを示す証拠は残っていないものの、状況として、彼が犯人である可能性が最も高い。成田賢太郎の日記が真実であれば、中村修平が犯人であり、彼自身がほぼ自白していたようなものだという。この点に関しても、証拠はない。

 七月五日。先述した通り、中村修平がマンションのベランダから転落死した。その直前、彼の部屋には成田賢太郎がいて、中村修平が転落する様子を目の前で確認していたという。成田賢太郎が現場に居合わせたことは、建物入り口にある監視カメラによって確認されており、本人も認めている。

 七月八日。山岡有紀子が仕事先であるアピタの屋上から飛び降り、死亡した。争った形跡もないため、自殺したものと思われる。彼女の持ち物から、先述した二冊の日記が発見された。


 以上が、一連の事件をまとめたものである。

 私が捜査を開始したのは、山岡有紀子の母親がである山岡杏子が害された時点からであり、彼女を殺害したのが中村修平で間違いないのか、また、山岡有紀子が本当に自殺したのか、という点の判断を下さなければならない。

 ちなみに、おそらく、二人の日記に登場する『刑事さん』という中には、私 (藤田剛) のことを含んでいると考えて間違いないだろう。

 

 現在の疑問を挙げて、今日のまとめを終えることにする。

・なぜ、事故の後、成田賢太郎は山岡有紀子に正体を明かさなかったのか

・山岡杏子を殺害したのは誰か (成田賢太郎の記述によると、中村修平である)

・中村修平は自殺で間違いないのか (成田賢太郎の日記を信じてよいのか)

・山岡有紀子は本当に自殺したのか (また、その理由)


 これらの疑問を解決することが、私のしばらくの使命となるであろう。明日、再び成田賢太郎のアパートを尋ねることにする。


七月九日 二十一時七分 藤田剛

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