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ロストメモリー  作者: 島山 平
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藤田剛の記述(5) 


 非常に大きな進展があった。一冊目のノートの、六月八日のページが発見されたのだ。こう書くと、奇妙なことになってしまう。実際、奇妙であり、私自身も混乱している。


 死亡した山岡有紀子が持っていた一冊目のノートには、六月八日の日記が成田賢太郎によって書かれていた。内容は、彼の『秘密』とやらを山岡有紀子に伝え、受け入れてもらえたことを喜んでいるものだった。彼の両親が施設で育った、という『秘密』だ。

 だが、山岡有紀子のアパートを調べたところ、彼女の部屋から日記のコピーと思われるものが発見された。一冊目の日記の、五月三十一日から六月八日までの分である。六月七日までの分は、一冊目の内容と完全に一致している。一冊目の日記をコピーしたからであろう。

 しかしながら、八日の内容に関しては、亡くなった山岡有紀子が持っていた一冊目の日記と、全く異なる内容であった。


 以下に、六月八日に山岡有紀子によって書かれた日記を記載しておく。筆跡は、山岡有紀子のものであると確認されている。




                      ・


六月八日 (火) 


 わたしがどんな気持ちでこれを書いているのか、アンタはわかってる? いったいどういうつもりで、その秘密とやらを口にしたのか。秘密を伝えても、わたしなら受け入れてくれるとでも?

 ふざけるな。

 ふざけんな。

 ふ ざ け ん な!!

 整形した過去があるって? 小学校を卒業して、引っ越すタイミングで? 早くない? 成長途中じゃないの?

 あぁ・・イライラしてきた。

 信じられない、まさかこんな形でだまされるなんて。これまでだって、何人もの男にだまされてきた。高校のとき、ナンパしてきたヤツについてってレイプされたし、大学では散々貢がされたし、就職してからだってそう。あのクソヤローに騙されて、辞めなきゃならないところまで追い込まれた。まさか、不倫だなんて思わないじゃん。独身だって言い張ってたし、実際、家にも誰もいなかったじゃん。別居中で、まだ籍は抜けてないとか、わかるわけないじゃん!


 最悪だわ。つくづく男運には恵まれてないみたい。明日、アンタはこれを読むんでしょう? わたしのことケイベツする? 別に構わないけどさ。

 でもさ、これ、お互いにヒミツにするしかないよね? アンタは整形したことを知られたくないだろうし、わたしだって、こんな人間だって知られたくない。アピタではお姫様扱いされてるし、そう扱われるだけの価値があるでしょ、わたしには。夢を追って、今を必死に生きている美女。さすがに、美少女って年齢じゃないことくらいわかるけど、このルックスだけで、絵本作家にだってなれるはず。世の中、美人○○ってやつを欲しているから。実力なんて最低限でいい。そこそこ若くて綺麗な女なら、何かしらの役割はまっとうできるってわけ。それがこの世の仕組みなの。くだらない男たちが支配してるけど、それを利用しない手はないの。


 これがアンタに読まれるという前ていで書いてあげる。その代わり、誰にも見せないでよ。見せたらアンタにも失うもんはあるんだから、そんなバカなことしないでしょうけど。


 わたしがアンタに近づいた理由はたった一つ。顔がイケテルからよ。それ以外、なにっっっっひとつ魅力なんてないもんね。背が高くてスタイルがいい? それくらい、探せばどこにだっているっつーの。わたしくらい可愛かったらね、それくらいのやつはホイホイ近づいてくるの。顔と体目当てでね。

 だいたい、アンタ二十八でしょ? その年とその顔で、こんな田舎の店で掃除してるって時点で、人間的にクソってことじゃん。違うとは言わせない。顔はイマイチでも普通に働いているヤツはいっぱいいるし、っていうかほとんどがそうだし、もっとおもしろいヤツとか、もっと金を持ってるヤツらであふれてる。学歴がいいって? それは認めてあげる。中の上か、上の下ってとこ? でもね、そんなの誰も気にしない。就活じゃないんだから。こっちは今後の人生かけてるんだから。結婚をなめんじゃないわよ。

 金はない、人間的なおもしろみもない、社会的地位もない。そんなアンタに近づいたのは、それを補えるだけの顔があるから。それ以外、近づく理由がないの。逆に言えば、アンタの顔は、それさえあれば他のものはいらないって思えるくらいのブキなわけ。内面を好きになってくれたから? バカな考えは改めた方がいい。アンタの中身なんて、誰っっ一人見ちゃいない。見ても、ミリョクなんてない。アンタの人生は、その顔があるから成立しているだけ。


 何一つ価値のないアンタと結婚したら、わたしにとってどんなメリットがあるのかわかる?

 考えてみなさいよ。家での生活はクソみたいにつまらないと思う。体験しなくてもそれくらいわかっちゃう。だって、アンタとのデートはクソみたいにつまらなかったから。それでも一緒にいたのは、アンタの顔がイケテルから。

 わたしたちを見たヤツらの様子、観察したことある? 美男美女、最高級のカップル、まるで芸能人を見るような目だった。それは当然だし、そうなることが目的なんだから、そうでなくちゃ困るわけ。若くて綺麗な女には、顔がメチャクチャイケテて背の高い男が寄ってくる。そう見られたいの、わたしは。アンタほどの顔の男を引き寄せた、それがわたしを評価する材料になる。アンタは、わたしを引き立てる道具になればよかった。それだけでよかった。


 もう一つ、アンタと結婚するメリットがあった。生まれてくる子供が、最高品質の見た目を持って生まれてくるっていうね。

 わたしの顔はイケテル。脚は細くて、胸もある。家系は平凡だけど、のし上がるだけの外見がある。そこに、アンタほどの顔を持った男の遺伝子が組合わされば、天下を取れるだけの子供が生まれてくる。それこそ、芸能人夫婦の子供とタメ張れるくらいのね。最近はモデルと芸人が結婚したりするから、そんなやつらなんて目じゃない、ハリウッド級の子供が生まれてくるはずだった。

 今は二十六だし、二十七で結婚して、二十八で一人目を出産。三十手前でもう一人生んでもいいかもしれない。奇形児ができたらおろせばいい。わたしたちの子供に、そんな出来損ないは必要ない。わたしたちって書いたけど、そんな未来は永遠にこないからね。念のため、ハッキリ言っとく。アンタは学歴にふさわしくないようなレベルの低い脳みそを持ってるから、宣言しなきゃわからないかもしれないもんね。


 そうやって色々計画してたのに、アンタの顔は整形でできたものだって伝えられた、わたしの気持ちが理解できる?

 できるとは言わせない。人生のショーリを確信したところで、足元から崩されたんだから。三億当たったと言われて、やっぱり番号が間違いでしたって言われたようなもん。三億じゃ足りない、三十億くらいかも。アンタを許せると思う? ましてや、このまま恋人ごっこを続けられると思う?

 アンタの顔自体はイケテル、何度も書いた通り、それは事実。何も知らないヤツらに、この顔はわたしだけを向いてるって見せつける価値は残ってる。

 でも、そこに未来はない。整形したくらいだから、アンタの元の顔はブサイクなんでしょ? だとしたら、生まれてくる子供の品質も悪くなる。いくらわたしが上質でも、半分はブサイクなゴミクズみたいな要素が混じってたらダメ。せいぜい、普通くらいの顔が出来上がる。それにもし、どっかの芸人の娘みたいに、母親の要素が薄かったら。アンタのキモい部分だけが引きつがれたら、そんな子供を育てるつもりもないし、その子供には何の価値もないじゃない。そんなわけで、アンタとはこれでお別れ。


 ただ、一つだけほめてあげてもいい。正直に、整形のことを話したってことだけ。

 ふざけんなって感じだし、受け入れられるはずないけど、結婚する前に伝えてきたことは評価してあげる。もし結婚して子供ができた後に伝えられたらって思うと、ホントにゾッとする。お腹にいるときなら迷わずおろす。でも、生まれた後だったら・・たぶん自殺したと思う。今この時点で言われたから、別れるというセンタクができた。まだ周りには言ってないし、ネットでそれっぽいことをつぶやいちゃったけど、なんとでもごまかせるでしょ。


 アンタとはこれでお別れだし、今後一切関わるつもりもないけど、お互いにこの数日のことは忘れるってことで。なかったことにしましょ。アンタはわたしにべた惚れみたいだけど、こっちからは一ミリも気持ちがないから、さっさとあきらめるように。次はどっかの誰かさんに、整形のことを言わずに声をかければいい。絶対にうまくいくから。それだけは保証してあげる。だてに、わたしのハートを打ち抜いただけの顔じゃない。

 今後、なれなれしく話しかけてきたらうったえるから。アンタとは関わりたくないの。アンタの顔は好きだったけど、作り物だってわかったら何の価値もないの。

 そういうわけで、サヨナラ。



                       ・


 この日記の内容が確かであれば、今回の事件の見方は大きく変わる可能性がある。いくつかの疑問が生まれているが、整理できてから、再び記述することにする。混乱が激しいためである。

 だが、まずは、一連の事件を正確に理解するために、再び、成田賢太郎の元へ向かうことにする。なんとしても、そうしなければならなくなった。彼は、本当に山岡有紀子を愛し、幸せにしようとしていたのか。現時点で、私の中には様々な疑問が浮かんでいる。その多くに関する解は、成田賢太郎が聖人君主ではない、ということを示しているのだが。

 明日、彼との話を終えた後で、再びまとめていくつもりだ。一連の事件に終止符を打てる可能性を強く感じている。


七月九日 二十三時十五分 藤田剛

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