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ロストメモリー  作者: 島山 平
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成田賢太郎の日記(21) 六月三十日 (水)

 久しぶりに会った有紀子さんは、一目見てわかるほどにやつれていた。目の下にはクマができていて、その目にも力なんてなかった。ボクを見て一瞬だけ驚いた反応を見せて、すぐに部屋の中へ引っ込もうとしたのが印象的だった。

 有紀子さんに会って、何かをしたかったわけじゃない。力になりたいし、困っていることを解決してあげたいけれど、おそらくボクでは役に立たない。せめてもの思いで食料を渡してきたけれど、そんなの誰にでもできることだ。

 有紀子さんからの『帰ってください』は、なかなかの殺傷力だった。彼女の力になりたいという思いを拒否されたように感じて。『帰ってきてください』と口にしそうになり、寸前のところでこらえた。お母さんを失った有紀子さんに対して言うセリフじゃない。

 玄関から覗いただけでも、彼女の暮らしがギリギリであることがわかった。物はそれなりにあるのに、そこにはエネルギーがなかった。生活している人の生きる気力が消えかけているのが、部屋の様子に表れていた。中村課長は何をしているんだろう。有紀子さんの側にいられるのは、彼だけだというのに。


 余計なことを口にしてしまったと、後悔している。

 言わなくてもよかった。自分の中でその気持ちは強くなっていたのだから、わざわざ宣言する必要はなかった。有紀子さんの表情も困惑していたし、失敗だったのは認めるしかないか。『必ず犯人を捕まえてみせます』なんて、被害者遺族には何の力にもならない言葉だ。それを言っているのが素人なんだし。有紀子さんからすれば、ただの同僚だし。悲しいけれど。

 家に帰ってから気づいた。有紀子さんは、ボクのことをストーカーだと勘違いするんじゃないだろうか。そもそも家を知らないはずなのに (彼女は恋人だったことを覚えていないのだから)、押し掛けてきたことが不思議で、彼女のお母さんが殺されてしまったことを知っているのも疑問に思うかもしれない。アピタの中で噂になっているから、そういう意味ではおかしくはないんだけれど。


 でも、今のボクには自信がある。有紀子さんの力になれるという自信と、事件を解決できる自信が。

 あの日、有紀子さんは恋人である中村課長を実家に連れていくことにした。それを知っている人物は、お母さんだけじゃない。偶然知ったたボクと、中村課長だ。

 中村課長なら、有紀子さんのお母さんを襲うことができたはず。家に着く直前、二人がどこで何をしていたのか知らない。でも、彼が先回りをしてお母さんを襲うことは可能なはず。物理的には。その動機なんてわからないし、見当もつかないけれど、この可能性は考えてみる価値があると思う。中村課長を疑いたくはないし、今でも信じられない部分もある。間違っていると突き止めて安心したい気持ちもある。有紀子さんの最も近くにいる人が彼女を傷つけるだなんて嫌だ。

 中村課長の身辺を調べる。それによって彼が犯人でないことがわかれば嬉しいし、万が一の場合は、有紀子さんを守ることに繋がる。それができるのは、ボクだけなんだ。警察よりも二人の近くにいる、ボクにならできる。有紀子さんを幸せにするために、ボクが動かなくてはならない。

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