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ロストメモリー  作者: 島山 平
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成田賢太郎の日記(19) 六月二十八日 (月)

 少しだけ、事件について把握できた。それにより、有紀子さんがどれほどのショックを受けているのか、心を痛めているのか、自分を責めているのか、少しだけ想像できてしまった。

 中村課長も責任を感じている様子だったし、肉体的にも精神的にも疲労していた。それでもきちんと話してくれたことには、感謝しなくちゃいけない。本来なら、見たことを部外者に伝えてはいけないはずだし。警察から口止めされているんだと思うから。


 あの日、二人が有紀子さんの実家へ到着したのは午後二時前。愛知から向かう途中で昼食をとり、家の近くで有紀子さんのお母さんへのプレゼントを調達していたのだという。ボクがだいぶ先に到着していたことにも納得できた。

 到着して、中村課長は家の駐車場へ駐車し (駐車場は二台分あった)、二人はすぐに玄関へ向かったという。非常に緊張していたと、中村課長は話していた。有紀子さんが玄関の扉に手を掛けると、鍵が掛かっていなかったらしい。『不用心だね』なんて話しながら、有紀子さんが家の中へ入っていく。声をかけてもお母さんが出てこず、有紀子さんが少し不安になりながら中へ進んでいく。中村課長は遠慮して、玄関で動かずにいたらしい。確かに、ボクが彼の立場でもそうすると思う。

 その後は、混乱と動転、非現実的な時間だったと話していた。

 有紀子さんの悲鳴を聞き、中村課長が部屋の中へ駆け寄ると、そこにはお腹から血を流した山岡杏子さんが倒れていた。すぐに救急車と警察に連絡し、あとは、ボクが野次馬として見ていた状況に繋がる。二人は病院へ運ばれたお母さんを追い、その病院で、彼女の死亡を確認した。そういえば、中村課長も、現場には凶器のようなものはなかったと言っていた。犯人が持ち去ったということか。

 あの日の夜、二人は愛知へ戻っていたらしい。ただ生きているだけ、という中村課長の言葉通りの有紀子さんは、彼の部屋で泊めてあげたらしい。一人にすることはできなかったという。ボクの中にも色々と複雑な感情がありつつも、今は、中村課長が有紀子さんの側にいてくれて本当に良かったと思える。

 事件は他殺で間違いなく、部屋の中が荒らされていた様子もなかったらしい。玄関の鍵が空いていたというのは、犯人はそこから入り、同じくそこから出ていったということだと思う。

 お母さんが刺されたのは発見されたのと同じリビングではないか。これは、中村課長の言葉だ。玄関や廊下に血がついていなかったとか、そういう理由だと思う。生々しいことは訊けなかった。話を聞いているだけでも辛かったし。つまりその状況は、お母さんが犯人をリビングへ招き、油断したところを襲われたということになるはず。二人は顔見知りということなのか? 

 あの日、中村課長は、有紀子さんのお母さんに挨拶をするために行ったのだという。二人の交際が始まって、結構真剣な交際みたいだけれど、まさか親との顔合わせがこんなに早いなんて。少し不思議ではある。それだけ真剣ってことなんだと思えば、むしろ喜ぶべきことか。有紀子さんの幸せが、少しずつ確かなものになるというわけだから。今となってはそれも非現実的なものになってしまったけれど。お母さんがあんな目に遭って、恋愛どころじゃないはずだ。

 有紀子さんはお母さんに対し、恋人を連れていくと宣言していたという。だからこそ中村課長は緊張していたはずだし、家の中にはお母さんの手料理が並んでいたという。それらは手つかずで現場に残されていて、同じリビングの床にはお母さんが倒れていたことになる。それを娘である有紀子さんが発見したなんて、こんなに悲しく、悲運なことがあるのか。なんて残酷なことをする犯人だろうと、その人物を恨まずにはいられない。彼女が手にしかけていた幸せを踏みしめてゴミ箱に捨てる行為だ。絶対に許せない。


 最も気になるというか、考えてしまう点は、事件があの日に起きたということ。

 二人が静岡へ向かい、お母さんとの顔合わせを予定していた日に。そして、もうすぐ二人がやってくると知っていたはずのお母さんが、犯人をリビングへあげたことになる (当然、お母さんはそんなこと知らないわけだが)。近所のおばさんが来たなら、これから娘の恋人が来るとかなんとでも言って、追い返すはずだ。それよりも優先して招く人物がいるとは到底思えない。

 ただ、その場合において、一人だけ思い当たる人物がいる。有紀子さんが幼い頃に離婚したという、彼女の父親だ。もし、娘の幸せを願い、お母さんが元旦那を呼び出していたとしたら。彼女は元旦那をリビングまで招いたはずだ。

 という考えに至ったものの、とてもじゃないが真実とは思えない。結婚したわけじゃあるまいし、初めての顔合わせのタイミングで、別れた旦那をサプライズゲストに用意するなんてナンセンスだ。普通の親心を持ち合わせていれば、そんなことはしない。有紀子さんに対しても、中村課長に対しても、それをしたところでメリットはないように思えるから。

 事件が起きて、有紀子さんの父親にも警察の捜査がいっているはず。彼が犯人なら、そんな疑われるようなタイミングで事件を起こすはずがない。やっぱり、おとなしく警察に任せるべきなのか。正直、ボクが推理したところで、犯人に到達できるとは思えない。


 明日は休みだ。どうしよう。有紀子さんのために料理や掃除をしてあげたいのに、それはできない。中村課長は出勤。つまり、彼女の側にいてあげられる人は誰もいない。心細く、力つきてしまわないだろうか。本当に心配だ。

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