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ロストメモリー  作者: 島山 平
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成田賢太郎の日記(17) 六月二十六日 (土)

 テレビを点けていると、世間のなんてことないニュースの一つとして、有紀子さんのお母さんの事件が扱われていた。

 『山岡杏子(きょうこ)さん、五十三歳が、自宅で殺害されているのが発見されました』という様子で。お腹を刺されたことで亡くなってしまい、彼女が発見されたのは午後二時頃だったらしい。有紀子さんが中村課長を連れて自宅へ帰ったところで発見し、急いで警察に連絡したという。現場に凶器は残されていなかった。

 現場である有紀子さんの実家の近くでその様子を見ていても、最初は何が起きているのかわからなかった。家の中では大騒動だったはずだけれど、有紀子さんの家に警察の人がやってくるまで、お母さんが亡くなっていることなんて知らなかった。その後は、野次馬の中に紛れて様子を伺っていた。


 誰がお母さんを殺してしまったのか。あの日、有紀子さんたちは十時頃にこっちを出発して、静岡へ向かった。ボクもそれを追って、二人が家に着くより先に到着して、近くで待機していた。ここに言い訳がましく書いてしまうけれど、有紀子さんの様子を見守ることにしていただけだ。決して、ストーキングして危害を加えたかったわけじゃない。

 二人はきっと、途中で食事をしたり買い物をしていたんだと思う。ボクが彼女の家に着いてから、一時間近くやってこなかったから。ただ、それまでの間も、ボクは有紀子さんの実家をずっと監視していたわけじゃない。だから、事件についてはほとんど何もわからない。怪しい人物が家を訪ねていたところも見ていないし、有紀子さんのお母さんの悲鳴だって聞いていない。たとえ警察に訊かれても、そこら辺の人と同じことしか答えられない状態だ。有紀子さんのために、犯人に繋がる情報を伝えたくてもできない。

 昨日のうちに二人が愛知に戻ってきていたのか定かではないけれど、中村課長は、今日はアピタで働いていた。普段のように真面目に。心の中は穏やかではいられなかっただろうに。警察に話を訊かれているはずだし、事件の発見者ということで、落ち着いて仕事をできるとはとても思えない。

 有紀子さんはせっかく仕事に復帰したのに、今日はアピタの中に姿がなかった。ショックを受けて当然で、彼女を責めることなんて誰にもできない。お母さん一人に育てられてきて、その人を失ってしまい、有紀子さんの受けたショックは想像できない。殺害されているお母さんを見てしまったのだから、それはもう言葉にできないものだと思う。辛かったね、なんて、とてもじゃないけれど気安く言えない。


 警察からは何も教えてもらえないし、テレビを見ていても得るものはなかった。

 ただ、不思議なのは、二人が静岡へ向かったその日に、しかも家を訪ねる直前にお母さんが殺害されたということ。これは偶然なのか? 誰かを疑うわけでもなく、嫌な気配を感じて仕方がない。でも、有紀子さんや中村課長がそれを実行するはずがないし、事件の状況を考えれば、二人を疑うのはバカのすることだ。きっとこれからマスコミやネットでは無責任な推測が始まるのだろうけれど、世間が大人になってくれるのを期待する。

 有紀子さんのお母さんを殺害したのは、ボクの知らない人物に違いない。

 ただ、その人物は有紀子さんたちが静岡へやってくることを知っていたのではないか、そう思えて仕方がない。だからこそ、あの日、あのタイミングで、事件を起こした。容疑者として、二人が疑われるように仕向けるためだ。これも勝手な推測だけれど、警察も同じようなことは考えているはず。これ以上のことは、ボクには調べようがない。


 今後、有紀子さんはどうなってしまうのか。お母さんさんが亡くなってしまったのはやり切れない気持ちではあるものの、正直なところ、芸能人の誰かが亡くなったのと同程度の感覚だ。申し訳ないと思いつつ、山岡杏子さんとは赤の他人だ。

 それ以上に気になるのは、有紀子さんがどんな状態なのかだ。そして今後、彼女が立ち直ったり、ゆっくりでもいいから歩き出せるのか、ということ。おそらくは最も近い存在にあったお母さんを亡くし、どれほど打ちひしがれているのか。他人が想像したところでわかるはずもない。無責任に心配するのは、ある意味では彼女を侮辱しているようなものかもしれない。

 ボクにできるのは、有紀子さんの悲しみを和らげ、立ち直るための手助けをすることくらい。きっと、中村課長も動き出しているはず。ただ、彼だって事件の発見者で、落ち着いていられはしないはずだ。だからこそ、蚊帳の外にいるボクにしかできないこともあると思う。有紀子さんを影で支えてあげられるのはボクだけだ。彼女の幸せを願うと決めたのだから、今こそ行動すべきときだ。


 有紀子さんのお母さんを殺した犯人を見つける?

 その人物に復讐する?

 そんなことをして、有紀子さんは喜ぶのだろうか。いったいどうすれば、彼女のためになるのか。事件については、警察に任せるべきだ。ボクにはどうしようもない。有紀子さんの悲しみは、時間が解決してくれる? そんな無責任な態度で、彼女を幸せになどできるのか。

 自分が有紀子さんの立場だったら、何をしてもらえば嬉しいのだろう。ただ側にいるだけでも、彼女の支えになるはずなのに。今になって、自分が有紀子さんの隣にいられないことを後悔している。

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