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ロストメモリー  作者: 島山 平
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交換日記(4) 六月三日 (水)

 このノートに日記を書くのは初めてだから、少し緊張しています。

 実は、わたしも昔から、よく日記を書いていました。日記を書きなさいって、小学生の夏休みの宿題にありましたよね? わたしはそれにハマってしまって、夏休みが終わってからも書き続けていました。たぶん、小学校一年生の頃からです。誰かに見せることが目的ではなくて、ただ書いて、時々読み返してってだけでしたけど。毎日必ず、ってわけでもなかったです。

 そんなわけで、成田さんからこのノートを渡されたとき、少し嬉しかったんです。昔を思い出して懐かしかったし、成田さんと自分の共通点が見つかったような気がしたからです。今、成田さんって書きましたし、会ったときもそう呼んじゃいますけど、いつか賢太郎さんって呼ばせてください。もう少し、距離が縮まったら。


 今更ですけど、昨日はありがとうございました。わざわざ時間を作ってもらって、しかも、前日に急に声を掛けてしまって。もう少し早くお話ししたかったですし、親しくなってから告白するつもりだったんですけど・・。でも、職場が同じといっても、接点もほとんどなくて、こんな形になってしまいました。ごめんなさい。

『言えないようなこととか、自己紹介のつもりで書いていきましょう』って言ってくれたので、まずはそれに従って書いていこうと思います。この日記帳、成田さんが普段から使っていたものなんですよね? 三日くらい前からの内容が書いてあったので、読ませてもらいました。いつか、もしよかったらですけど、これまでのも読ませて欲しいなぁ・・なんて。ずうずうしくてごめんなさい。


 一昨日の日記を読んで、成田さんが喜んで書いているところが伝わってきて、わたしも嬉しくなりました。迷惑じゃなかったかなとか、誘ったのはいいけどどうしよう・・とか不安に思っていたので。実際にはお付き合いできるようになったわけですけど、この日記を読んでみて、もっと早く気持ちを伝えていたらって、ちょっとだけ後悔しました。成田さんも、わたしのことを気にしてくれていたんですね。とっても嬉しいです。


 それでは、初日記ですので、簡単に自己紹介をします。たぶん、お互いに名前と顔くらいしか把握していませんよね? 仕事内容も場所も違うから、共通の飲み会とかもなかったですしね。もしよかったら、一緒にお酒も飲んでみたいです。わたし、けっこう強いんですよ!


 話がそれちゃいましたね、すみません。それでは。

 山岡有紀子、二十六歳、百六十一センチで、体重は秘密です。平均くらいなので、想像にお任せってことで。生まれたのは静岡県の清水市です。お魚の美味しいところで、サッカーチームがあるところです。わたしはサッカーにそんなに詳しくないんですけどね。高校までは地元で過ごして、大学は名古屋の私立です。一人っ子だから、学費とかもなんとかなったみたいです。一人暮らしもさせてもらいました。すっごく心配されたし、毎日電話することが条件でした。めんどくさかったですけど、今なら母親の気持ちもわかります。一人娘を家から出してもらえて、本当に感謝しています。

 家族のことはそんなに重要じゃないですね、ごめんなさい。

 大学を卒業して、県内の企業に就職しました。大学では人文系の勉強をしていて、就職は事務職でした。ただ、今はご存知のように、アピタでパートをしています。いい歳してフリーターみたいなことを・・って思われちゃいますよね? 思われてて当然だと思います。一応、前の会社を辞めたのにも理由があります。夢があったからです。

 幼い頃から、作家になりたかったんです。別に、小説家になる!とか、脚本家に!ってわけじゃないです。でも、物語を作って、誰かに楽しんでもらいたいなって思いがありました。もしかしたら、幼い頃から日記を書き続けていたことが関係しているかもしれません。それで、ここ数年では、絵本作家になりたいと思うようになりました。大学では文学を学んできたんですけど、趣味としてイラストなんかも書いていました。途中で専門学校に入り直そうかとも考えたんですけど、さすがに親には頼めませんでした。そんな余裕もありませんでしたし、バイトをするなら就職した方がいいかなって思って。だから、まずは就職してお金を貯めることにしたんです。

 もちろん、仕事を続けながらでも絵本作家を目指すことはできました。ただ、なんというか、職場の環境が悪くて、精神衛生上よくなかったんです。とかいって、正当化しちゃってますね。ツラくて逃げ出したんです。弱いやつだなって思われてしまうかも・・。少し心配です。でも成田さんには正直に話そうと思っています。

 

 そんなこんなで、仕事を辞めたのが一年くらい前でした。その後すぐにアピタで働き出して、今になります。わたしが入ったとき、成田さんはすでにアピタで働いていましたよね? 最初は気づかなかったんですけど、すぐにうわさが届きました。清掃さんに、すっごくカッコいい人がいるって。かんちがいされちゃったら困るんですけど、わたしは、成田さんがカッコいいから好きになったわけではありません。でも、成田さんは本当にカッコよすぎるから、何を言ってもムダな気がしています。

 サービスカウンターの先輩 (工藤さんです) から成田さんのことを聞いても、誰なのかわかりませんでした。わたしはあんまり目がよくなくて、仕事中はコンタクトをしているんです。それでも離れた位置のものはハッキリ見えていません。だから、あそこに清掃さんがいるなって思っても、その人の顔が綺麗とかどうとか、そこまでは見えていなかったんです。でも、すごく細かいところまで清掃している人がいるなぁとか、雨が降っている日は、出入り口を何度もチェックしに来ている人がいるなぁ、くらいは思ってました。まさか、その人が噂の人だなんて思いもしませんでした。


 それからどれくらい経ったのか、ハッキリとはわかりません。でも、気になっていた清掃さんと成田さんが同一人物だとわかった日は、今でも覚えています。

 それは、迷子で預かっていた男の子がもどしてしまった日のことです。不安とか緊張のせいなのか、元から体調が悪かったのか、サービスカウンターで預かっていた子が吐いてしまいました。わたしたちは慌てたし、仕事中なのでなんとかしなくちゃって思ってて・・。そのとき、清掃に来てくれたのが成田さんでした。

 あれは、偶然近くにいたからでしょうか。成田さんの日記に、サービスカウンターの側を念入りに掃除していたって書いてありましたから、もしかするとそれが関係しているのかも。でも、そのこと自体も嬉しかったです。わたしのことを気にしてくれていた、ってことがです。

 男の子の吐いちゃったものをきれいにしてくれているとき、わたしは成田さんの顔を初めて見ました。あぁ、この人がうわさの人かって感じで。確かにメチャクチャカッコいいと思いました。でも、それ以上に、あの清掃さんが近くにいるってことに感動していました。モップの使い方とかで、気になっていた清掃さんと同じ人だってわかったんです。あのとき、正直きれいなものじゃないし、ニオイとかもちょっと大変でしたよね? それなのに、成田さんはイヤな顔一つせず、テキパキと掃除してくれていました。顔だけじゃなくて、中身も素敵なんだなぁって感動したんです。 

 それと、もう一つ感動したことがあって。

 サービスカウンターの掃除をしてくれた後、もう一度、わたしたちのところに来てくれましたよね? 確か、十分も経たないくらいで。

 成田さんは消臭スプレーと置き型の消臭剤を持ってきてくれて、わたしにコッソリと渡してくれました。近くにはお客さんがいたし、あんまりおおっぴらにスプレーをかけるのもマズいという判断だったのかも。でも、わたしはその気遣いに感動してしまって。恥ずかしいですけど、あのとき、わたしは成田さんのことが好きになってしまいました。あの日は五月十二日でした。わたしの日記に書いてあったので間違いありません。五月十二日から、わたしは成田さんとお話ししたくてたまらなくなったんです。これを書くのは、なかなか恥ずかしいです。


 すみません、初日記なのに、すっごく長く書いてしまいました。

 とにかく伝えたいのは、わたしがどれくらい成田さんと話したかったのか、こうしてお付き合いができるようになってどれだけ嬉しいのか、ってことです。これからのことを考えると、期待で胸がいっぱいになります。不安とか緊張もありますけど、それを乗り越えてやろうってくらい、成田さんとのお付き合いが楽しみです。


 今、成田さんからラインが届きました。

 こちらから『日記を書いています』って送った通り、こうして書いています。明日、コッソリと成田さんに渡すのが楽しみです。他の人に見られたら恥ずかしいし、タイミングとか難しそうですね。

 明日、成田さんはなんて書くんだろうって、それを想像するとニヤニヤしちゃうそうです。恥ずかしいので、今日はこれくらいにします。また明日会えることを楽しみに、ペンを置くことにします。

 成田さんっぽく書こうかな。

 ファイト! 山岡有紀子! なんちゃって 笑

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