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ロストメモリー  作者: 島山 平
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交換日記(3) 六月二日 (火)

 こんな日がやってくるなんて。信じられない。これまでの人生の中で、今日が幸せのピークであることは間違いない!


 たった今、昨日の日記を見返してみたら、似たような書き出しで笑ってしまった。自分のボキャブラリーのなさが顕著に表れてしまっている。昨日からずっと、緊張と興奮の嵐の中にいるからだろうか。

 山岡さんと、いや、有紀子さんと付き合うことができるなんて・・! 夢じゃないかと不安に思う。


 今、スマホで確認してみた。アドレス帳には有紀子さんの連絡先が登録されているし、ラインのやり取りもある。『夢のようです! これからよろしくお願いします!』この周囲をカラフルな絵文字で囲まれた一文が目に入る。有紀子さんから初めて届いたラインだ。よかった、夢じゃなかった!

 有紀子さんと再会したのは午後五時十三分、店を出たところでのことだった。ボクの計算通り、上手くいった。

 有紀子さんは仕事中、髪の毛を後頭部で一括りにしている。それがこの店のルールで、接客業としては当然のこと。働いている有紀子さんが動く度に、後頭部で髪の毛がはねる。動物のしっぽみたいに可愛らしく。

 でも、ボクの前に登場した有紀子さんの髪は、流れ落ちる滝のように真直ぐだった。結んでいたゴムを取ったはずなのに、どこにもゴムの痕はなく、それは彼女の髪が上質だからに違いない。まじまじと見たわけじゃないけれど、近くを歩いているだけでもわかった。お手入れに時間と労力を掛けていることが、手に取るようにわかってしまった。

 そんな有紀子さんに案内され、向かった先は喫茶店だった。あれは、喫茶店と呼んで正しいよな? ボクが入ったことのあるような、若者が多く利用しているカジュアルな店ではなくて、渋いマスターがコーヒーを淹れてくれる素敵な店だった。そういうオシャレなお店を案内してくれるというのも、彼女の魅力だ。少なくとも、ボクはあんなところは知らない。

 そこまではボクが車を運転して、ナビゲーターの有紀子さんの指示に従った。今日のために午前中に車内を掃除しておいたし、駐車の練習もしておいた。普段から運転しているから別に緊張はしないけれど、そうでもしないと、興奮を抑えられなかったからだ。

 助手席に有紀子さんが座っている。それだけで、ボクは涙が出そうなほど幸せだった。座席に腰掛ける有紀子さんは上品で、アメリカのファーストレディーよりも優雅でおしとやかだった。日本の皇后様と同レベルくらい。有紀子さんも緊張していたみたいで、恥ずかしそうに、沈黙を嫌がって話し掛けてくれた。こっちから話し掛けてあげるのが紳士だとは思ったのだけれど、ボクもテンパっていたから・・。

 ごめんなさい、ここで謝っておきます。

 店から喫茶店までの十五分ほどの間で、有紀子さんがボクに好意的だということは伝わってきた。彼女の質問に答えるたび、どこか安心したような笑顔が見えたから。

 どうして誘ってくれたのかと尋ねたら、そう! ボクは知らぬ間にその核心に触れていたんだった! その返事次第で、彼女の気持ちが明らかになるというのに! テンパっていたボクだけれど、結果的には、よくぞ尋ねたって褒めてあげたい。

 有紀子さんが照れながら『成田さんとちゃんとお話ししてみたくて・・』と言ってくれたとき、ボクは現実に戻り、歓喜した。今日、このイベントはデートだと確定した瞬間だったから。

 喫茶店に着いたのが五時半頃で、店内には誰もいなかった。渋いマスターが一人だけ。有紀子さんが先頭で店内に入ったときの反応で、二人が知り合いなのだとわかった。有紀子さんは常連で、ボクをお気に入りの店に連れてきたということ。最っ高に清々しい気分だった! マスターが顎ひげを生やしたおじいさんというのもよかった。もし、イケイケのおじさんとかだったら、二人の仲を疑ってしまったかもしれない。顔はボクの方がよかったけれど、有紀子さんは中身を重視する人かもしれないし。


 そう! ボクが今、こんなにも舞い上がっている理由がある! 

 それは、彼女がボクの外見だけを好きになってくれたわけじゃないとわかったからだ! 彼女から伝えられた言葉の中に、『いつも、隅々まで掃除をしているのが素敵でした』とか、『お客さんの邪魔にならないように気を遣っているところも知っています』とか、『雨の日は、出入り口を念入りに掃除していますよね』というような言葉があった。そこまで見てくれていたのかと感動したし、ボクのちょっとした配慮は人の心に届くんだなって確信できた。やっぱり、世の中には有紀子さんみたいに心まで美しい人がいたんだ! 

 雨の日に自動ドアの近くをキチンと掃除していたのは、濡れている床でお客さんが滑らないようにするためだ。外から入ってきた人の靴は濡れていて当然だし、雨から逃げるように、走って店内に入ってくる人たちが多い。それを思っての清掃だけれど、まさか、有紀子さんの心まで届いていたなんて知らなかった。きっと、彼女の心が美しくて、鏡のように反射したんだと思う (何を言っているのかよくわからない 笑)。

 マスターの淹れてくれたアイスコーヒーは美味しかったし、それを美女と向き合いながら飲むというのも最高だった。で、有紀子さんからその言葉が出てきたんだ。

 『お付き合いして頂けませんか?』という言葉が。


 今でも、あのときの彼女の表情が目に浮かぶ。緊張して泣き出しそうで、不安や若干の自信、ドラマの登場人物になったような、夢心地な様子。それらが愛おしくて、ボクは迷わず頷いた。実際には頷くまでに数秒間あったのかもしれないけれど、ボクにとっては一瞬の判断だった。だって、迷うはずがないから。その理由もないし。有紀子さんの気持ちを受け入れた一番の理由は、彼女がボクの内面を見てくれたからだ。もし、外見だけでボクを好きになってくれていたら・・、それでもOKしたかもしれないけれど、微妙だ。そう、微妙なんだ! でも、有紀子さんがボクの内面を好きになってくれたから、微妙なんかじゃなく、即答で受け入れられた。今でも、それが嬉しすぎて、幸せで死んでしまいそうだ!

 ボクがOKしたことで、彼女の口からもう一度尋ねられた。『付き合ってもらえますか?』と。あのときは、ボクも勇気を出して答えられた。『よろしくお願いします』って。 

 あぁ、最高だ、幸せすぎる!

 月9なんてメじゃない。ボクと有紀子さんの恋愛の方がよっぽどドラマチックだ! 脚本にしたければ、ボクのスマホを鳴らしてくれてもいい。

 そういえば、途中からコーヒーの味が変わっていた。それまでも美味しかったけれど、有紀子さんと恋人になってからは、うっっっっま!くらいになった。幸せの味というやつかもしれない。

 有紀子さんを彼女の家まで送って、それ以上は何も起こらず (起こさず!) 無事に帰宅した。それが七時過ぎで、今は十時くらいか。家でシャワーを浴びて、夜食を食べて。その間にラインのやり取りをして。こんなにウキウキした生活は何年ぶりだろうってくらいだ。


 ほら、またラインが届いた。『明日から、店内で会ったら緊張しちゃいそうです!』だって。日記には書けないけれど、この文字の周りを笑顔やキラキラが囲んでいる。それくらい、彼女が舞い上がっているということ。早く返事を打たなくちゃならない。ボクだって舞い上がっているから、すぐに返事をして、この気持ちを伝えたい。


 今、返事を打ってきた。またすぐに返事がくるかもしれないな。

 そういえば、明日彼女に提案したいことがある。その気持ちをハッキリさせておくために、ここに書いておこう!

 ボクは日記を書くのが趣味で、こうして書いているわけだけれど、有紀子さんと交換日記をしてみたい。この日記を見せるのは恥ずかしすぎる。でも、二人で共有の一冊を作って、思っていること、恥ずかしくて言えないことも書いてみたい。そうすれば、ボクたちの関係がもっとロマンチックになると思う。そうに決まってる!

 がんばれ! 成田賢太郎!

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