成田賢太郎の日記(9) 六月十八日 (金)
仕事をしながら、ずっと頭に浮かんでいた物語がある。昔、どこかで聞いた内容かもしれないし、本を読んで知ったのかもしれない。
ある小学生の姉妹がいて、彼女たちの家は貧乏だった。父親が働くのをやめたことが原因で、食べていくのが精一杯の生活をしていた。家には姉妹と両親の四人が暮らしていて、確か、姉が小学三年生で、妹は一年生だったはず。二人とも小学生であることは覚えている。
生活が苦しくてお母さんが働きに出たのだけれど、家族四人を養うだけの収入はなかなか得られない。父親はどうして働くのをやめたのか、ハッキリとは思い出せない。病気になったのか、やる気がなくなったのか。覚えているのは、父親が家の中にいて、特に迷惑もかけずにただ生活をしているということだけ。精神的に疲れてしまった、というような理由だった気もする。
そんな生活でも、二人の姉妹は明るく学校へ行っていた。まだ小さく、状況を飲み込めていなかったのかもしれない。給食費や体操服のためのお金には問題なく、いじめられることもなかった。母親が、彼女たちの生活を最優先にしていたからに違いない。自分のためにはお金を使わず、家の中では姉妹の話に付き合い、休日は三人で散歩に出掛ける。姉妹にとっては、それほど生活が苦しいと感じることもなかった。
だが、ある日、妹はクラスメイトの家へ招かれた。姉の方は入学当初から友人は多く、それまでも友人宅で遊ぶこともあった。逆のパターンも然りだ。いや、父親が仕事を辞めるまでは、か。
小学校へ入って初めて、妹は友人の家で遊ぶことになった。それまでは、ほとんどの場合、姉と二人で遊んでいた。そのため、小学校へ入学するまで、妹は友人の家へ遊びにいく機会が少なかった。保育園で遊び、家に帰ってからは姉と遊ぶ。母親が帰宅すれば、家の中で楽しく生活をする。つまり、他人の家庭事情を知る機会が少なかったのだ。自分の家がいかに貧しいのか、それを知らされる機会を回避できていた。
友人宅から帰宅すると、妹は羨ましげに母親に言う。『わたしもお人形がほしい。かわいいアクセサリーがほしい』と。知らなければよかったのに、現実を認識してしまった。当然、家には金がない。母親がどれだけ娘のために尽くしても、贅沢をさせるほどの余裕などなかった。だが、妹にはそんなことを理解できず、納得できるほど大人でもなかった。
一度意識してしまうと、妹は自分の生活全てを貧しく感じてしまった。
姉はそんな妹を見ながら、自分は我慢することを覚えた。二人で贅沢を望んでしまえば、母親にどれだけの負担を掛けてしまうのか考え、実際に、そんな贅沢は不可能であることを理解していた。姉が父親を責めなかったのは、働けない理由があったからなのかもしれない。
姉は少しでも妹の望みを叶えようとし、食事も妹に多く行き渡るようにした。多少の空腹くらい、学校へ行けばまかなえる。給食費をきちんと支払ってくれている母親に感謝しながら、姉は男子に混ざっておかわりをした。
友人が新しくキャラクターの文房具を買ってもらっても、自分が望むことはしなかった。家の中で妹がねだるのを見ながら、心の中で耐え続けた。母親がたまに買ってくれるお菓子を食べ、いつか訪れる幸せを待った。友人が使わなくなった文房具やオモチャを譲ってもらい、妹と分かち合うこともした。
そんな生活をしても姉がクラスの中で浮かなかったのは、彼女の努力の賜物だろう。授業を真面目に受けて勉強を頑張り、クラス委員をして文句を言わず雑用もこなした。友人関係にも問題が生じないよう、空気を読む術も学んだ。
いつしか、姉は何かを望むことはなくなっていった。妹のために、そして母親を困らせないように、潤滑剤の役目に徹した。
そんなある日、妹が泣きながら帰ってきた。友人の家にあった人形が欲しくて、こっそり盗み出そうとしてしまったのだ。それが見つかり、友人からは非難されたが、友人の母親は妹を叱るだけで、見逃してくれた。つまり、姉妹の母親のところに連絡は入らなかった。
友人の母親は、娘の友人の家が貧しいことを察知していたのかもしれない。また、大事にしなかったのは、姉妹の母親が普段から精一杯働き、娘のために汗を流していることを知っていたからだ。きちんと働いていれば、伝えなくても周りは理解してくれる。
だが、妹から話を聞いた姉は、おとなしくしていることができなかった。悔しかったのだ。貧しさが原因で、妹は盗みを働こうとしてしまった。相手の家は許してくれたが、許されたということが悔しかった。対等な人間であれば、情けをかけられずに、母親に連絡が入ったはずなのに。自分がどれだけ我慢しても、まともな人間として扱われない。それすらも許されない。
翌日、姉は妹の友人宅へ向かう。
深くまで考えていたわけではなかった。どうしようもなく悔しく、体が勝手にそこへ向かっていた。妹の友人には昨日のことを謝るからと言って部屋へあげてもらい、家にはその友人一人しかいなかった。妹を情けで見逃してくれた母親はいなかった。
前日の妹の行為を謝罪し、年下の少女からどなられるのを覚悟した。怒られて当然、嫌われて当然なのだから。だが、妹の友人は彼女を睨むだけで、不満を叫びはしなかった。母親から、友人の家が貧しいことを聞かされていたからかもしれない。
自分がどなられなかったことで、姉はついに限界を迎えてしまった。自分たちは、どこまで見下されているのかと屈辱だった。
部屋の中で目についた、CMで見たことのある人形を手に取り、姉は思い切り床に叩き付けた。床に転がる人形を全力で踏みつけ、足の裏が痛くても踏み続けた。妹の友人は泣き叫び、やめてくれと懇願した。
その後、その家の母親が帰ってくるまで、姉は暴れ続けた。こんなものがあるから、妹は多くを欲してしまった。自分たちには手に入らない、贅沢な嗜好品。羨ましくても我慢してきた気持ちが爆発し、自分の手で破壊してしまった。
今度こそ、姉妹の母親へ連絡が入り、妹の件も含めて問題にされた。しかるべき叱責を受け、貧乏であることすら批判され、家族が必死に成立させてきた平和は壊れた。
だが、姉は後悔していなかった。
妹の行為は、こうなっていたはずのものだ。貧乏だからといって見逃されるべきものではない。罪を償う必要もないのであれば、自分たちは獣と大差ない。そんなことを受け入れるくらいなら、犯罪者になる方がマシだった。
また、姉は理解していた。自分たちには、決して手に入れられないものがあることを。それを持っている者たちは、当然であるかのように振る舞い、幸せを満喫している。それが許せなかった。手に入らないのであれば、壊してしまえばいい。世界中が平等になれないのであれば、全員が不幸になればいい。そうすれば、本当の意味での平等が訪れるではないか、と。
いつしか、姉の精神は崩壊した。それまでのように我慢することもせず、不満をぶつけ、手に入らないものの存在を憎み、破壊した。最後には家庭そのものを崩壊させ、彼女自身、真の獣と変わらない生活を歩むことになった。
この物語を思い出し、働きながら、考えさせられていた。自分がどうすればいいのかを。物語の姉のように全てを我慢し、手に入らないものを憎むのか。それとも、妹のように感情のまま欲しがり、罪を犯してしまうのか。我慢しても、欲しても、結末は報われないかもしれない。ならば、自分はどちらを選択すべきなのか。我慢して、最後まで我慢し続ければいいのか。
こうやって考えている時点で、迷宮に迷い込んでいることは間違いない。




