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ロストメモリー  作者: 島山 平
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成田賢太郎の日記(8) 六月十七日 (木)

 一日中、有紀子さんを想った。彼女の日記を読み返し、考え方や思考の流れを想像した。どんな人生を歩んできたのか、今をどう生きて、今後のビジョンはどうか。やっぱり、有紀子さんの隣にいたい。並んで歩いていきたい。そのためには、ボクが動くしかないとわかってる。


 有紀子さんのアパートへ行ってみて、彼女がそこに住んでいることに安堵した。お母さんと二人で、買い物を終えて楽しそうに戻ってくる。彼女が先頭で階段を上がって、お母さんに何かを反論している姿。玄関の扉を支えて、お母さんを先に部屋の中へ入れてあげている有紀子さん。

 それを見ただけで、胸がはち切れそうになった。嫁にいった娘を想う父親のように、寂しい喜びを感じてしまった。有紀子さんは今、ボクの手の届かないところにいる。今日はかまわない。お母さんと二人で、幸せな時間を過ごしているんだから。でも、明日は? 土曜日、仕事に復帰したら? 彼女の隣には誰がいる?


 ボクと有紀子さんが同じタクシーに乗っていたことは、アピタの人たちに知られている。偶然だと説明したし、そもそもボクみたいな清掃員に、わざわざ話し掛けてくる人は少なかった。

 有紀子さんの復帰が土曜日だと教えてくれたのは清掃仲間で、色々と勘ぐられたけれど、曖昧な返事しかできなかった。有紀子さんがボクの恋人だということを、彼女がいないところで言いふらすのはマズい。ストーカーというか、思い込みの激しい人間だと思われてしまう。伝えるとしたら、キチンと、有紀子さんがボクたちの関係を思い出してくれた後だ。

 でも・・、バックヤードで中村課長と出くわしたときはつらかった。向こうから話し掛けてくるとは思っておらず、主導権を握られてしまったのが失敗だった。

 有紀子さんとはどういう関係なのか、遠回しにそれを確認されているようで、本当に全部を話してしまいたくてたまらなかった。中村課長からすれば、意中の有紀子さんが、ボクと同じタクシーに乗っていたことが気になるはず。ボクたちが恋人だと知らないのだから、あまり良い印象は持たれていないんだと思う。逆の立場ならボクだってそうだから、十分に理解できる。しかも、ボクの外見がこんなんだから、やっかいに思ってしまうのかもしれない。チャラチャラしていない分、嫌われる方向には向いていないことを願う。

 でも、まるで有紀子さんの恋人になったかのような態度は許せなかった! 有紀子さんはボクの恋人であり、記憶を失っていなければ、ボクの隣にいてくれるはずの人なのに。ボクたち人間が、記憶というものにいかに(・・・)縛られているのかと怖くなる。


 今の状況は誰が悪いわけでもない。交通事故を起こした運転手はよくないけれど、それと有紀子さんの記憶喪失とは無関係。たまたま、その原因になってしまっただけ。それに、タクシーに乗っていたボクたちに落ち度なんてない。あってたまるか。


 明日、有紀子さんは何をして過ごすんだろう。午前中、彼女の家の側をうろついたところで収穫はなさそうだ。それこそストーカーだし、得られるものもないはず。明後日、有紀子さんが仕事に復帰した日が勝負だ。

 中村課長は、有紀子さんに連絡しているんだろうか。彼女の日記にも書いてあったし、二人の距離が縮まっているのは確かだ。でも、そんなのを黙って見ているボクじゃない。

 頑張れ、動き出せ! 成田賢太郎!

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