47 二年目
――月日は飛ぶように流れゆく。
時の進むのは早いもので、気づけば王立学院入学から一年が過ぎていた。
その間に起こった変化について少しだけ語ろう。
まず王国内の変化。
とある貴族が治める領地にて民間に術式具が出回り始めた。
勿論まだまだ数は少なく刻まれた術式も簡単なものだが、農村部などに優先に回されているらしい。
当然ながら魔術士の既得権益を重視する貴族層からは不満の声もあったのだが、その領地を治める貴族は強い権力を持った高位の貴族であったため、表立って非難する者はいなかった。
加えて実際に農村の畜産物の収穫量僅かながら増加し、さらにそれに伴った副次的効果が広まると、自領でも導入を検討する貴族も出てきた。
――その副次的効果とは化外への対処である。
元来化外というものは、体には猛毒を含み死ねば腐敗が加速度的に進むという、害しか齎さず益のない存在でしかなかった。
冒険者も依頼されれば駆除するが、積極的に退治しようなどとはせず、その対処は兵を有する貴族にとって負担となっていたのだ。
しかし術式具の普及を始めた貴族は、いったい何時の間に研究を進めたのか、死んだ化外の加工方法を用意しており、術式具の材料として化外の素材の買い取りを始めたのだ。
なんとも現金なもので利益が出るとわかれば冒険者たちは化外を積極的に狩りはじめ、領地を治める貴族の負担も減ったのだった。
勿論実力を弁えず軽率な行動を取った冒険者の死傷者も増えたが、化外対策のための人員を他の仕事に回すことができ、全体としてはプラス面が多かった。
そして王都でも少し変化したことがあった。
民間や行政から仕事を請け負い冒険者に斡旋する冒険者組合が、冒険者志願者への指導を行い始めたのだ。
担当者は何らかの理由で冒険者を引退した者たちで、基本的な戦闘技術や依頼における注意事項、化外に関する知識などを志願者に指導している。
冒険者を志願する者たちには、一般的な常識から武器の扱いすらも知らぬ者もおり、こうした指導は概ね好意的に受け入れられていた。
また最近は教会からの要望もあり、親のいない孤児を引き取る施設の増設も検討されているそうだ。
◇ ◇ ◇
王立学院での一年次の講義は全体の講義の中では基礎に当たる。
二年時からは学院卒業後の将来に結びつく専門講義、更により実戦を想定した訓練が行われる。
そして現在ルークが受けている講義は"古代遺物"に関するものである。
生徒たちが真剣に耳を傾ける中、白い髭を蓄えた高齢の魔術士の嗄れた声が響く。
「――古代遺物に関して学ぶにはまず古代文明について知らねばならん。かの文明は現在の技術系統とは異質なものであり、現代とは比べ物にならんほどの文明を誇っていたことが研究によってわかっておる」
稀に出土する古代文明の遺跡は現代の技術では解析不可能なものが多く、その高度な文明レベルは窺えるが詳細ははっきりしない部分も多い。
「――それほどの高い技術や文化を持った古代文明が如何なる理由で滅んだのか原因はわかっておらんが、その文明によって残された古代遺物は稀に我々の前に姿を現すことがある」
はっきりしていることは高度な文明を誇った古代文明は原因不明の理由で滅び、一度歴史は断絶したということだ。
現代の文明はその上で生じたものだが、決して古代文明を継承しているとは言えないのだ。
「――そうした古代遺物の個人所有は禁じられており、その法を破った者は厳罰に処せられる。……代わりと言ってはなんじゃが、国家や協会は高額による古代遺物の買い取りを行っておる。諸君がもし古代遺物を手に入れる機会があれば持っていくのもいいじゃろうな」
できれば儂のもとに持ってきてほしいところじゃがな――などと冗談めかした口調で老人は語りながら講義を続ける。
「――現在でも古代遺物の研究は進められておるが、成果は芳しくないというのが実情じゃな。量産はおろか効力もよくわかっていない物がほとんどじゃ」
しかし極稀に大量に同一の古代遺物が発見されることもある。
そうした古代遺物は使用も容易で危険性は低く、それでいて効力は高いことから国家による管理のもと扱われる。
かつて模擬戦の際に渡された使用者の状態を他者に伝える腕輪などもその一つだ。
「――じゃが偶に偶発的に起動したり、全く機能を失っておらんまま発見される古代遺物もある。個人でそうした物を手に入れた者は某かの偉業を成すこともあるが……逆に大きな事件を引き起こし多くの被害を出すこともある」
だからこそ教会や国家は古代遺物の個人所有を禁じ、自分たちのもとで管理研究するというわけだ。
いっそ全て処分しろという乱暴な意見もあるが、古代遺物に秘められた可能性と、現代の技術では破壊さえ不可能な物もあるという現実がそうした意見を封殺していた。
「――ではそのあたりを踏まえたうえで古代文明について現在わかっていることを解説する。折を見て各自レポートに纏めてもらうからよく聞いておくように」
学生たちの悲鳴を聞き流し老練の魔術士は講義を続ける。その様子は若者を苛めるのは老人の特権だと言わんばかりだ。
そしてルークは講義を聞きながら少しばかり別の事を考えていた。
(古代遺物……僕の『知識』の解明に使えるか?)
その可能性に思いをはせ、すぐに頭から消す。それはあまりにも薄い可能性だ。
ただでさえ手に入れるのが難しい古代遺物、しかもその用途の解明にすら長い時間を必要とするのだ。
いくらなんでもそう都合よくはいかないだろう。
(でも現在の技術では実現不可能な事象でさえ引き起こす物もあるらしいから……)
もしも万が一触れる機会があるならば、入手に積極的になってもいいだろうと頭の片隅に記憶しておく。
そうして他の事について考えを巡らせる。
あの村での一件以来ルークを悩ませていた頭痛は数カ月ほどで沈静化した。以降、頭痛による変調はない。
変化したことと言えば――貴族への敵意が増し、知らぬはずの『知識』が増えたことだろうか。
加えて原因がはっきりと分からない以上、再発の可能性も考えておかなければならない。
「また古代遺跡では自動人形と呼ばれる古代遺物が稼働していることもあり――」
そして――サーペント・L・ジェスター。
コルネリアから聞いた聞くだに不快な男の名。思い浮かべるだけで嫌悪感と憎悪が湧き出してくる。
全く知らない男に対してそんな感情を抱くことを不気味に感じつつも、同時に何故かそれで当然なのだとも感じていた。
矛盾した感情が違和感なく同居する感覚――こればかりは何時まで経っても慣れないものだ。
(コリィ先輩も彼について詳しく知っているわけじゃなかった)
故に後日、個人的に調べてみたのだが、わかった事と言えばあくまでも表層の情報だけだった。
サーペント・L・ジェスター――貴族出身の魔術士で術式の開発改良や古代遺物の研究に多大な貢献をする。
しかし同時に非人道的な人体実験を繰り返し、犯罪者として捕縛されることが決定されるも、一足遅く行方不明となる。このとき年齢は六十五歳。
捕縛命令が出たのが二十年前であることを考えれば、すでに死亡していると思われる。
彼の失踪後、保有していた邸宅などの調査が行われたが、手がかりは発見できなかったらしい。
(――これ以上の情報は真っ当な手段じゃ出てきそうにないな)
犯罪者であっても王国の重要人物の情報である。一介の学生の身分で入手できる情報には限界がある。
気にはなるが拘りすぎても仕方がない――そう判断したルークは思考を切り替え講義に集中するのだった。