48 助手
豊かな金髪を後ろ首で無造作に束ねた少女は真剣な面持ちで作業に没頭している。
汗をながし作業に伴う汚れを顔に張り付けた彼女の横顔は、一般的な感性から言えば決して綺麗だとは言えないだろう。
しかしルークはそんな彼女の姿に美しさを感じていた。
(……凄い集中力だな。だからこそこの年齢で術式具の開発なんてできるんだろうけど)
日頃はその容姿や言動から幼く感じ、可愛らしいとさえ思える少女だが、こうした横顔を見るとやはり年上の女性なのだと思う。
上気した肌と額に張り付いた前髪は持ち前の童顔と合わさり、どこか背徳的な色気を漂わせていた。
「――よし、完成だ」
「お疲れさまでした、コリイ先輩」
術式具の開発作業――既存の術式具ではなく改良品――を終え、作業道具を置くコルネリアに少し湿らせたタオルを渡す。
軽く礼を言って受け取った彼女が汚れを落としている間に飲み物を準備する。
魔術で水を生み出し適度に冷やす。横着しているような気もするが、此処には気の利いた飲み物などないのだから仕方がない。
昨年夏の一件以来、ルークはこうして時間が空いた時は彼女の助手の真似事のようなことをしていた。
「あー、やっぱり術式具に刻める魔術式には限界があるな」
「こればっかりは仕方がないですね。一朝一夕で解決する問題でもないでしょう」
魔術は魔術式に魔力を通すことで発現する。強力な魔術ほど膨大で複雑な魔術式が必要とされるのが一般的だ。
そして術式具は輝晶鉱、あるいは化外の体の一部を加工した素材に魔術式を刻むことで造り出される。
その性質上、術式具に刻める魔術式に物理的に限界が生じるのは当然のことだ。
「……なあ、もうちょっと魔術式を改良できないか?」
「それが簡単にできるなら苦労しないですよ」
苦笑としつつ首を振って否定した。
魔術式の効率化と簡略化は、どの国の魔術機関も専門部門を設けて日夜研究されているが、そう上手くいっていないのが現状だ。
やろうと思ってもそう容易くできるものではない
「せめてもっと術式具を造れる魔術士がいれば楽なんだけどな」
「まあ、これからですよ。サンクレス家からは前向きな返事をもらえているんでしょう?」
術式具の開発には魔術式構築への高い才能、そして専門の知識と技術が必要となる。
これら全てを網羅する魔術士となると数はそう多くなく、それが術式具開発の妨げの一つとなっていた。
だが、ここ最近はその流れに若干の変化があった。
術式具の素材となる輝晶鉱――その代用品となる化外の体の一部の加工技術。
その発見と高位貴族であるサンクレス家による術式具の一般導入によって、術式具そのものへの認識が変わりつつあるからだ。
「おうっ! 卒業した後はアタシも向こうで研究開発に携わることになったからな。やっぱ有力貴族のバックアップがあるのは有り難いな!」
昨年化外を加工した素材を用いた術式具の開発に成功したコルネリアは、長期の休暇を学院に申請すると、サンクレス家の領地へと趣き術式具の売り込みを行った。
彼女の売り込みを受け入れたサンクレス家は、領地内の冒険者組合に化外の加工技術を流し、さらに雇用する魔術士の一部を術式具開発に回した。
初めのうちは失敗も多く、製造された術式具も簡単な魔術式が刻まれたものに過ぎなかったが、サンクレス家の当主はそれらを無料で農村部などに配布し、その効果は少しずつではあるが確実に現れ始めているという。
「いやー、初めは緊張したけど中々話のわかるおっさんだったな!」
術式具そのものに嫌悪を示す貴族層もいるなか、サンクレス家の対応は実に柔軟なものだった。
余計な反発が起きないよう事前に根回しを行っていた事も含めて、当主の高いバランス感覚が窺える。
そうした当主だからこそとある要素があったとはいえ、突然訪ねてきたコルネリアとの会談を持ったのだが。
「……そういや将来と言えば、お前は卒業した後どうするか決めてるのか?」
「……将来ですか?」
ふと思いついたかのように尋ねてくるコルネリアに首を傾げる。
正直あまり具体的に考えたことはない。将来とは少し違った意味で目的ははっきりしているので、それに繋がるような道を選びたいところだが。
(この『知識』について手がかりが掴めるなら何でもいいって思ってたからな)
しかしそれを口にするわけにもいかない。
彼女であれば馬鹿にしたりせず相談に乗ってくれるかもしれないが、それでも人にこれを知られることには足が竦むのだ。
話すことで何かが決定付けられるような不安がある。だからこそ今まで誰にも相談しなかったのだから。
「――たぶん研究職を希望するのではないかと思います。まだはっきりとは決めていないですけど」
「ふーん、研究職か。……そっか、そっか!」
結局ルークは言葉を濁して答えることにした。
何故か嬉し気な様子のコルネリアだが、自分が研究職に進むと彼女にとって何か良いことでもあるのだろうか?
「まあ、今は将来の事よりも間近に迫った実戦演習が気になっているんですが」
「……ああ、あれか」
ルークが口にした言葉に、途端にコルネリアは苦虫を噛み潰したような顔をする。一つ年上である彼女は昨年に参加したはずだが、どうにも嫌な思い出があるらしい。
肉体労働の類を嫌う彼女からすれば無理からぬことかもしれないが。
「ったく、なんであんな講義が必須なんだろうな。野蛮な暴力にはアタシは断固反対だぞ!」
「それは仕方がないですよ。魔術士が軍事力的側面を帯びる以上、実戦経験は必要です」
「理屈はわかるけどよー、せめて選択講義にすりゃいいじゃんよー」
コルネリアは頬を膨らませて不満を口にする。
彼女の言うことにも一理あるが、学院に通う生徒の誰もが彼女のように将来を決めているわけではない。
一口に魔術士や騎士と言っても様々な役割がある。様々な経験を積んだ上で道を選ぶのならば致し方ないだろう。
「正規の騎士や魔術士も同行しますから、そのあたりも必須講義の理由なんじゃないですかね?」
「あー、なるほどなー。……けどお前らには必要ないんじゃないのか?」
「いくらなんでもそれは買い被りですよ」
二人が話題とする実戦演習とは、正規の騎士や魔術士の監督の下で行われる化外の駆除のことだ。
勿論安全には最大限の配慮が行われ、駆除する化外に関しても小型の物に限られる。
しかし場合によって死傷者が出ることもあり、二年時における最初の関門とも言えた。
「しかし……お前、なんか楽しそうじゃないか?」
「そ、そうですかね?」
コルネリアからの疑問の声に思わず口籠る。別に隠していたわけではないのだが、表情に出ているとは思わなかった。
はたして自分が表情に出やすいのか、それとも彼女の勘が鋭いのか。
「なんだ? 実は化外と戦うのが趣味だったりするのか?」
「さすがにそんな趣味はないですね。単に監督役の人が知り合いなんですよ」
変に勘繰られるのも馬鹿馬鹿しいので、ルークはさっさと理由を告げることにした。
正直それを知ったときは少し驚いたものだ。
「知り合い? なんだ、女か?」
「ええ、女性ですね」
「……ほほう?」
気負いなく答えたルークの言葉にコルネリアの口角が少しつり上がった。




