49 監督役
日を挟み訪れた実戦演習の日。王都の西方区、貴族街を越えた西門にルークたちの姿があった。
ダンにクロエにリーシャと同行するのは何時ものメンバーだ。
この四人に監督役が加わって今回の実戦演習は行われることになっている。
「確か監督役は正規の魔術士だったはずだな?」
「ええ、魔術士団と騎士団から一名ずつ監督役として派遣されるはずです」
「そうかそうか、それは楽しみだな!」
「……楽しみ?」
腕組みし朗らかな笑顔でウンウンと頷くダンに、リーシャは訝しげな視線を送る。
少なくとも楽しむ類いの講義ではないと彼女は思うのだが。
「――ダンさん、何か変なことを考えていませんか?」
「な、何を言うか? ガードナー師に紹介してもらえないかなー、などとは考えていないぞ」
見事なまでに語るに落ちているダンの姿にため息をつきつつ忠告する。
「もう少し緊張感を持ってください。昨年度の資料を閲覧しましたが、場合によっては死傷者もでる講義なんですから」
「ぬぅ……すまんな」
頭を掻きつつ謝罪の言葉を口にするダン。さすがに自分が浮かれていることを自覚したのだろう。
「実戦演習はエントの街周辺で行うんだったか?」
「うん、近くに湖のある水の豊富な街で化外も多いらしいね。いくつか他のチームの演習場所でもあるらしいよ」
ダンとリーシャが話している間、クロエとルークも演習場所について話し合う。
王都周辺の化外は王都在住の騎士団によって定期的に駆除されるので、今回の講義では他の街の周辺の化外を対象に演習を行うのだ。
そして現在四人は集合場所である西門にて、監督役を務める魔術士を騎士を待っているところだった。
「ところで――なんか少しはしゃいでないか、ルーク?」
「へっ? ……そんなふうに見える?」
「ああ、表情に出ているわけじゃないけど、なんかウキウキしているみたいに見えるな」
「コリィ先輩にも同じようなこと言われたんだよな……そんなにわかりやすいかな?」
片手で軽く表情を確かめながらルークは首を傾げた。
「ってことはやっぱり何かあるのか?」
「大したことじゃないんだけどね。学院長に聞いたんだけど……監督役の人が知り合いだったんだ」
「知り合い?」
「うん、それで――」
話を続けようとしたルークの動きがピタリと止まる。
不思議そうな顔をしたクロエが問いかけようとしたとき――耳に声が届いた。
「――――ークゥゥゥゥゥッ!」
遠方から声が響く。その声が聞こえる方向――ルークの背後に目を向けると黄金色の何かが目に入った。
どうやら同じようにその声に気づいたらしいルークが苦笑して振り向くと――その黄金色は一瞬で間合いを詰めていた。
「ははっ! 久しぶりだな!」
「――むぐっ!?」
心当たりの声に振り向いた瞬間、視界が闇に包まれた。
その柔らかい感触と後頭部に回された力強い手。
自分がどういった状況にあるのか見当はつくのだが、口まで塞がれ言葉にならない。
「~~~~~っ!?」
「また大きくなったなー! 元気にしていたか!?」
その光景をクロエは傍らで呆然と眺めていた。
黄金色の長髪をポニーテールに纏めたその女性は、ルークよりもいくつか年上に見えた。
男物の平服に身を包み、腰に帯剣しているところから監督役の騎士ではないかと思われるのだが――自己主張の強い胸と尻をまるで抑えきれていない。
内側から押し上げられた服はまるで悲鳴を上げているようで、クロエは思わず自身の胸元へと視線を落とす――そこには常と変わらぬ平坦な胸。
そして再び視線を戻せば、可愛らしさと凛々しさが同居したような女性が快活な笑顔を浮かべ、その豊満な胸元にルークを抱え込みクルクルと回っている。
「ちょっとっ、いったい何をして――」
一瞬で様々な感情が沸き上がり、自分でも整理しきれないまま女性騎士に手を伸ばす。
別に何かしようと思ったわけではない。とりあえず動きを止め、ルークを離してもらおうと思っただけだ。
だが――
「…………?」
見上げた空は蒼かった。白い雲がゆっくりと流れ、温かくも柔らかい陽の光が降り注ぐ。
背中に地面の堅い感触を感じ、遅れて自分の状態を把握する。
投げ飛ばされたのだ――それも全く痛みを感じさせないよう優しく丁寧に。
「はいはい、嬉しいのはわかるけどそれくらいにしておきなさい」
「うみゅっ!?」
慌てて体勢を立て直したクロエが目にしたのは、薄紅色の髪をした女性が黄金色の女性騎士を制止しているところだった。
その制止の方法は些か手荒なもので、女性騎士のポニーテールを容赦なく引っ張るというものだったが。
――首からグキリという聞こえてはならないような音が聞こえた気がしたが、女性騎士に支障が見えないところを見ると気のせいだったのだろう。
緩んだ女性騎士の手から抜け出したルークが、その顔を見上げながら挨拶した。
「ふぅ……久しぶり、姉さん。会えて嬉しいんだけど……いきなり抱きしめるのは勘弁してくれないかな?」
「……むぅ、わかった。次回からはきちんと事前に言ってから抱きしめよう!」
「いや、それもどうなのよ……」
女性騎士を制止した女性が呆れた声でぼやく。魔術士の簡易ローブに身を包んだその女性は、年若いというのにどこか疲れたような印象を受ける。
全身から気怠い苦労人のような雰囲気を醸し出しているとでもいうのか。
しかしクロエはと言えば、その女性の事よりも気にかかることが他にあった。
――今、ルークは何と言った?
ねえさん、ネエサン、姐さん――
「「「姉さんッ!?」」」
少し離れた場所から唖然とした様子で一連のやり取りを見守っていたダンとリーシャの驚愕の声とクロエの声が重なった。
場が落ち着いたところで一同は改めて自己紹介を行った。
既にルークを始めとした学生陣の紹介は終わり、監督役として同行する二人の紹介へと移っている。
「私の名はシャーネ・ラグリーズ。今回の演習で監督役として第四騎士団から派遣された。よろしく頼むぞ!」
「どちらかと言えば私たちがよろしく頼まれる方だと思うけど……。私の名前はテスラ・リードよ、第三魔術士団所属、よろしくね」
シャーネとテスラ、この二人が今回のルークたちの実戦演習に同行する監督役というわけだ。
もっともルークを除いた三人には他に訊きたいことがあったのだが。
「ふむ、それでシャーネさんはルークの姉上ということでいいのだろうか?」
「ああ、君は同室のダン君だな。いつも弟が世話になっている」
「い、いや、こちらこそ」
満面の笑顔で差し出されたシャーネの片手を、戸惑いながらダンは握り返す。
あまり慣れていないのか年上の女性に気圧されているようだ。
「お姉さんがいるというのは聞いてましたけど……」
「監督役ってのは聞いてなかったぞ?」
「ごめんごめん、さっき言おうとしたんだけど……」
間に合わなかったというわけだ。
そうして話す三人にもシャーネから声がかかる。
「そちらの二人はクロエ君にリーシャ君だな。君たちにもルークが世話になってるみたいだな」
「あっ、別に世話とかじゃなくて……」
「友達だってだけですよ」
二人の返事に何が嬉しかったのかシャーネは満足げに頷いた。
「そうか……友達、友達だな!」
そして一通り話が済んだのを確認したテスラが口を開いた。
「それじゃあ、演習場所のエントの街へ向かう前にやることがあるわ」
「やること……ですか?」
特に思い当たることがなく四人は首を傾げる。
てっきりこのままエント街に向かうものだとばかり思っていたのだ。
そんな彼らに――
「ああ、まずはお前たちの実力を私たちに見せてもらう!」
片手を振り上げたシャーネは高らかに四人に告げた。




