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宿らされた者  作者: 鋼矢
第二章
49/65

46 ある名前

 ――長い夜が明けた。

 空を見上げれば、ちっぽけな人の営みなど知ったことではないとばかりに陽は変わらず昇り、黎明の光が彼らを照らしていた。

 失ったものは還らないが、それでも再び朝を迎えられたことに皆は喜びを感じた。


 キトゥの治療は無事に済んだ。意識こそまだ戻らないものの、肉体的な損傷はほぼ完治したと言っていいだろう。

 一時は命を危ぶまれたとは思えないほど穏やかに眠っている。

 そしてそれを成したルークもまた眠りに落ちていた。今はクロエの膝を枕にして静かに寝息を立てている。

 キトゥの治療を終えた途端意識を失ったのだが、コルネリアの見立てでは魔力切れと精神的疲労が重なっただけで命に別状はないらしい。


「……色々……世話に……なった」

「まぁ、お互い様だな」


 そして彼女たちは別れの挨拶を交わしていた。主に会話するのはコルネリアとクフォンだ。


「……目……覚ましたら……ルークに……礼……言っておいて」

「ああ、まかせとけ。ちゃんと伝えとくからよ」


 本当は直接礼を言いたかったのだが、彼女たち『リヴェルの民』が何時までも此処に留まっているわけにはいかない。

 これから子供たちを連れ里に戻らなければならないのだ。

 心苦しくはあるが、幾人か出てしまった死者の埋葬はこの場で済ませていた。


「……それから……アレの事……ありがとう」


 そう言ってクフォンが視線を向けた先には、凍りつき砕けた猩鬼の体の一部を抱える仲間の姿がある。

 当初彼女たちがコレを欲した際には、コルネリアは本当に理由がわからず首を傾げた。

 何となれば化外の死体は毒を含みとても食べられたものではなく、放置しておけば新たな化外の温床となることもあるため、焼却処分が基本だったからだ。


 過去にはその体の一部を剥ぎ取り何らかの素材として使おうと試みる者もいた。

 しかし死骸となった化外は急速に腐敗・風化し、長く形状を保つことはなく保存方法も見つからなかった。

 そんな品を欲しがるのだからコルネリアが疑問を感じるのも当然だ。

 しかしクフォンから理由を聞けば納得だった。彼女たち『リヴェルの民』は、人間が未だ有しない化外の加工方法を知っていたのだ。


 それを知ったコルネリアは勢い込んでその方法を尋ね、クフォンはそれに答えた。

 さすがに「そんなに簡単に答えていいのかよ? 大事な情報じゃねーのか?」とコルネリアが尋ねれば、「……命の恩人……報いない……エクルシャンの……恥」とクフォンは答えた。


 そしてクフォンたちと別れたコルネリアたちはルークが目覚めるのを待ち、村へとやってきた商隊の馬車へと乗り込み王都へと戻った。

 ――一夜にして男手のほとんどを失った村は混乱のさなかにあったが、それに関してはルークたちの関知すべきことではなく、報告を受けた王国が対応する事になるだろう。



 ◇ ◇ ◇



 ――頭が痛い。


 王都に戻ったルークたちは、あの村での一件に関して学院長であるアルディラに報告した。

 一定の権力を有し、最も信頼できる大人が彼女だったのだ。

 捕らわれた『リヴェルの民』、突如出現した中型の化外による惨劇――それらの報告を受けた彼女は難しい顔をして、


「……報告ご苦労だった。この事に関しては一切の他言は禁ずる」


 とルークたちに告げた。そして、


「その『リヴェルの民』の扱いに関しては心配するな。追われる身になるようなことにはしない。それと……よく生き残ったな」


 と続け、普段は滅多に見せない柔らかい笑顔を見せ三人の頭を軽く撫でたのだった。


 ――頭が痛い。


 それから一カ月。ルークはコルネリアと共同である研究に没頭していた。

 その研究に打ち込むコルネリアの集中は恐ろしいほどで、ルークですら感嘆の念を覚えずにはいられなかった。

 そして今日、ついにこの一月の研究の成果が出ようとしていた。


 ――頭が痛い。


 ルークの見ている前でコルネリアが最後の仕上げに入る。

 彼女の手元には浅黒く分厚い皮のようなものがある。その表面には複雑な魔術式が刻まれており、これは彼女手製の術式具なのだろう。


「よし、完成……だ」

「やりましたね、コリィ先輩」

「……おう、まあな」


 ルークからかけられた言葉にコルネリアは自信なさげに答える。

 たとえ彼女といえど初めての試みにはやはり不安を隠しきれないのだ。


 ――頭が痛い。


 この術式具の素材は輝晶鉱ではなく、一カ月前に倒した猩鬼の皮だった。

 クフォンたちから教えてもらった加工方法を用いて保存し、ものは試しとばかりに術式具の素材として使ってみたのだ。

 しかしこの試みは良い意味でコルネリアの予想を裏切った。

 始めこそ全く期待していなかったのだが、作業を進めるうちに予想以上の魔術式との適合性に気づいたのだ。

 次の日には即座にルークに声をかけ助手に任命し、それ以来研究を重ねてきたというわけだ。


「……よし、じゃあ魔力を通してみるぞ」

「……はい」


 いつになく緊張した面持ちで浅黒い術式具を手に持つ彼女は、軽く震えているようだった。

 そのまま動かずじっと佇む。ここにいるのが彼女一人だけであれば、こうはならなかっただろう。

 しかし今回はルークの手を借りた上での試みだ。失敗したらどうしようと不安に苛まれているのだ。


 ――頭が痛い。


 そんな彼女の心情を正しく理解しているわけではなかったが、それでも彼女が不安に捕らわれていることはルークにも理解できた。

 自分に何かできることはあるだろうかと考え――そっと彼女の手を握る。

 

「……ふぇ?」

 

 猩鬼との戦いでクロエがこうして不安を取り除いてくれたことを思い出したのだ。

 唐突に手を握られたコルネリアは戸惑ったように術式具とルークの顔を見比べるが、やがて自信を取り戻したのか術式具に魔力を込める。

 すると――浅黒い術式具は淡い光を放ち始める。

 刻まれた魔術式――【導灯】が発現したのだ。


「……は、はは。……やった! やったぞー! さすがはアタシだ!」

「おめでとうございます、コリィ先輩」

「おう! ルークも手伝いありがとな!」


 弾けるように飛び跳ね歓喜を露わにするコルネリア。

 無理もない。輝晶鉱に代わる素材の発見――これは術式具の研究と発展を大きく前進させる第一歩となるだろう。


 ――頭が痛い。


「よーし、さっそくこの研究成果を馬鹿どもに見せつけてやらないとな!」

「――コリィ先輩、それはちょっと待ってください」


 これから先の予定を語るコルネリアをルークは静止する。

 それに関しては少し懸念事項があるのだ。


「あん? どうしたんだいったい?」

「発表は急がない方が良いかもしれません。……ひょっとしたら変な妨害が入るかも」

「……むっ」


 言われた言葉にコルネリアは眉を顰める。確かにその懸念はある。

 全体の利益よりも個人の利益を優先させる者たち――そういった者たちには嫌というほど心当たりがあった。

 しかし、このまま何もしないというのは到底受け入れられない。

 拗ねたように彼女は口を尖らせる。


「――じゃあ、どうしろって言うんだ。何か良い手はないのか?」

「うーん、何かって言われても……」

「大丈夫だ、お前ならできる! お前を信じるアタシを信じろ!」


 そんな無茶ぶりをされたルークだが、とりあえず彼女の希望に沿うよう心当たりを探る。

 様々な可能性について検討し――ふと思いつく。


「――あっ」

「なにか思いついたか!?」

「……上手くいくかはわからないですけど、一応心当たりはあります」


 勢い込んで尋ねてくるコルネリアにルークは説明する。

 その説明を聞いた彼女は得心したように頷いた。


「なるほどな……うん、それでいってみよう。あとはアタシが上手くやれるかどうかだな」

「無茶はしないでくださいよ、コリィ先輩?」

「大丈夫だって、ちゃんと気を付けるから。アタシだってジェスター卿みたいにはなりたくないからな」


 ――ジェスター?

 

 コルネリアの口にした誰かの名前。それが耳に残って離れない。

 

 ――誰だそれはナンダその名前はナニモノダ知りたいシラネバナラナイだって何故ならダカラコソ……


「――コリィ先輩、ジェスター卿って……誰ですか?」

「ん? ああ、知らないのか? サーペント・L・ジェスター――優れた成果を残した魔術士だったけど、非人道な人体実験を繰り返して犯罪者として捕縛命令が出たんだ。二十年くらい前に行方不明になったらしいけどな」

「……そうですか」


 サーペント・L・ジェスター――その名前が酷く心をざわつかせた。

 決して愉快な感情ではない、むしろ嫌悪感と憎悪しか感じない。


 ――ああ、本当に……頭が痛い。

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