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宿らされた者  作者: 鋼矢
第二章
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45 救うために

 ルークが戦線から離れて以降、猩鬼の動きは目に見えて変わった。

 攻撃の動作は今まで以上に激しくなり、少しでも弱みを見せた者から容赦なく襲う。


「――ヒャク、コウカ、回り込んで」


 クフォンの指揮のもと果敢に黒装束たちは猩鬼へ挑んでいくが、攻撃が効かない上に身体能力で勝る猩鬼では相手が悪すぎた。

 ルークの目の前で一人、また一人と味方が欠けていく。

 猩鬼は向かってくる者を優先して攻撃し、倒れた者への止めを後回しにしていることが唯一の救いだった。


(――まだだ、まだもう少しだけ耐えてくれ……っ!)


 その光景を祈るような心持ちで見続けながら、魔術式を組み上げる。

 本当は今すぐにでも助力に向かいたい。だが――駄目だ。そんなことをすれば彼らの奮闘が無駄になる。

 ルークが構築している魔術式は現在の彼の力量に見合ったものではなかった。

 たとえ知識があり魔力が十分だとしても、術式の構築能力と制御力が足りないのだ。


 己の分に見合わない魔術の行使は、当然のように術式構築の鈍重さという形で表れていた。

 もしも集中を乱せば、あっさりと構築中の術式は霧散してしまうだろう。


(――もう少し、あと少し……っ!)


 また一人、黒装束が猩鬼の剛腕によって吹き飛ばされた。

 確か勘違いから自分たちを襲ってきたキトゥという名の少年だ。

 地べたに倒れ伏し、ぐったりとしたまま動かない。生死は不明、無事であることを祈るしかない。

 猩鬼を囲む者たちが減れば、残された者の負担は当然増す。

 クロエとクフォンの二人が欠けた穴を埋めるかのように決死の覚悟で猩鬼に挑む。

 そして――


(でき……た……っ!)


 膨大な魔術式の構築を成し遂げる。間違っても魔術式を崩さぬよう集中を維持し、片手を大きく振る。


「……散って!」


 ルークの合図に気づいたクフォンの叫びに応じて、猩鬼の周囲の囲みが大きく広がる。

 一瞬戸惑ったかのように動きを止めた猩鬼だが、己の置かれた状況に気づいたのか即座にルークに殺意を向ける。

 悪意を剥き出しにしたかのような暴力的な吠え声を上げ、一直線に向かってくる猩鬼の姿に構築した魔術を放とうとするも、


(――位置取りが不味い……っ!?)


 間合いに開きが足りない。このままではクフォンたちを巻き込んでしまう。

 背筋を凍らせる悪寒と共に肉片へと変わった自身の姿を幻視したルークの耳に――


「うおりゃあああああっ!」


 コルネリアの叫び声が届いた。




 コルネリアが鞄から取り出した物――それはある魔術式を刻んだ術式具だった。

 まさか使うような事態に遭遇するとは思わず、あくまで念のための備えに過ぎなかったのだが、これならば状況次第で役に立つかもしれない。


「手を貸すって……何をすればいいんですか?」

「この術式具に皆で触れてくれ。アタシの方で補助するからっ!」


 怪訝な顔で問いかけてくるノノイの前に白銀の術式具を差し出す。

 彼女たちは知らなかったが、この術式具に刻まれた魔術式は、以前クロエに渡した水を生み出す術式具に刻まれたものよりも遥かに複雑且つ膨大なものだった。

 その複雑さから完成までに数ヶ月の歳月を必要としたという逸品だ。


「……わかりました! 皆、手を出して!」

「う、うん!」


 詳しく話を聞いている時間はないと判断したノノイは、傍に集まっていた子供たちに急いで指示を出す。

 コルネリア手製の術式具に皆の手が重なり、彼女の補助によって彼らの魔力が注がれていく。

 『リヴェルの民』には魔術を扱う技術はないが、魔力そのものは持ち合わせているのだ。


「――よしっ、これで十分だ!」


 術式具に刻まれた魔術を発動させるのに十分な魔力が蓄えられたのを確認し、コルネリアが叫ぶ。

 あとは状況を見計らい発動させるだけだ。


「お前らは此処で待ってろ。あとはアタシの仕事だ」

「わかりました……気を付けてくださいね、コルネリアさん」

「おうっ、まかせとけ!」


 怯えを隠した己を鼓舞するかのように、コルネリアは薄い胸を力強く叩いた。




 コルネリアの叫びと共に発動した術式具――刻まれた魔術式は【縛鎖封】、虚空から出現した青白い鎖が猩鬼の身を拘束せんと乱れ飛ぶ。

 もちろん猩鬼とて大人しく動きを封じられるはずもない。全く意識の外に置いていたコルネリアからの奇襲であろうとも問題なく躱す――はずだった。


「――ハアッ!」


 そこに機を窺い続けたクロエが全力で間合いを詰め、裂帛の気合と共に斬撃を放つ。

 耐久硬度を優に超えた力を込められた剣は耐えきれず折れるが、その一閃は確かに猩鬼を切り裂いた。

 クロエは折れた剣を捨てると即座に間合いを空ける。


 ――ヴグアアァアアァァアアアッッ!!


 クロエによって片足を失い、コルネリアの【縛鎖封】によって動きを封じられた猩鬼が叫ぶ。

 一切の戦意を失わない殺意に塗れた叫び。


「【氷銀世界】ッ!!」


 そこに――ルークの魔術が解き放たれた。




 季節は初夏。たとえ夜中であっても肌寒さを感じるほどではない。


「――さむっ!?」


 しかしルークの魔術の結果を見守っていたコルネリアは、肌を刺すような冷気に身を震わせた。

 寒さに耐えるために両手で身を抱え込む彼女の視界の先は、白く薄い霧に覆われて内部は窺えない。

 だが、ゆっくりとその霧が晴れていくにつれ状況が鮮明となる。


「うわっ!? すっげえな……」


 中心に佇むのは氷像のように凍り漬けになった猩鬼の姿。その周辺の地面もまた同じように凍り付いている。


「……んっ」


 慎重に距離を置いたままクフォンが氷像と化した猩鬼へと短剣を投擲する。

 狙い外さず短剣は猩鬼の額へと突き刺さり――そこから全身へと罅が広がっていく。

 次の瞬間、音を立てて猩鬼は砕け散った。




「――やったな」

「うん……だけど……」


 駆け寄ってきたクロエの言葉に口を濁したルークが見つめるのは、戦闘中に倒れた黒装束の『リヴェルの民』たち。

 すでに無事だった彼らの仲間が駆け寄っているが、状態は芳しくないようで、死者も出ているようだ。

 誘拐という犯罪を行い、こちらに悪意まで向けてきた村人はともかく、自身の力が足りず味方だった人が死ぬ――酷く気分が悪かった。


「おいっ! まだ息があるぞ!」


 黒装束の一人が焦った声を上げる。周囲に散らばっていた者たちが、一斉にその声のもとに集まる。

 その中にはルークたちやクフォンの姿もある。


「……キトゥ」


 かろうじて息のあったのはキトゥだった。だがその傷は深く、半端な手当てでは到底命を繋げられるようには見えない。

 現に傍で必死に手当てを行う黒装束も、ほんの僅かな延命でしかないと悟っていた。


「――どいてっ!」

「なっ!?」


 駆け寄ったルークが無理やり黒装束をキトゥから引きはがす。

 傷を見る――駄目だ、足りない。今の自分では彼を救えない。

 足りないならばどうするか――己の知識外から必要な『知識』を得ればいい。


「おいっ!」

「……待って」


 引きはがされた黒装束がルークに掴みかかろうとするも、クフォンによって静止される。

 どのみち自分たちにできることはないのだ。ならば可能性に賭けてみようと彼女は思った。


(傷が深すぎる……ッ!)


 ――だが知っている、知っているはずなのだ。

 ――彼を救う方法はあるはずだ。

 ――頭蓋の奥底に眠る『知識』を引きずり出せ。

 ――そうでなければ人が死ぬ。助けられるはずの人が死ぬのだ……っ!


 今まで決してやろうとはしなかったこと。己の内に存在する『知識』に自分から意識を伸ばす。

 頭が割れそうに痛み、額から汗が噴き出す。

 自分のものでない知識、自分のものでない感情、自分のものでない価値観。

 それら全てが自信を構築する精神を蝕み、吐き気が込み上げてくる。

 それでも耐える。耐えて耐えて耐え続けて――必要な『知識』を手に入れた。

 先程の【氷銀世界】に勝るとも劣らぬ魔術式を組み上げる。

 躊躇いはない、成功して当然だという確信があった。


「――【癒陽光】」


 その言葉と共に淡く優しい緑光がキトゥの体を包み込む。

 周囲を囲む者たちから驚きの声が上がった。


「治療系魔術だと……?」

「……治療系? ……キトゥは……助かるの?」


 コルネリアが思わず呟いた言葉を拾ったクフォンが顔色を変える。

 周囲からも期待するような眼差しが彼女へ向かう。


「……わからん。治療系魔術は難易度が高い魔術だ。魔術能力だけじゃなく、人体に関する知識も必要だったはずだけど……」

「ルークの能力次第ってことか……」


 皆の祈るような視線がルークの背へと注がれた。


(どういうことだよ……どう考えても学生ができることじゃないぞ?)


 そんな中、コルネリアだけは解けない疑問に捕らわれていた。

 治療系魔術は先ほども言った通り、魔術式が複雑なだけでなく、人体に関する詳細な知識も必要となる。

 実際に治療系魔術を行使できるのは、それこそ専門の魔術士くらいのものだ。決してただの学生の身で行使できるような魔術ではないのだ。

 だが、現実に彼女の目の前で治療系魔術を実現させる少年がいる。


(どういうこったろーなー、ほんと?)


 こんな状況だとわかってはいるものの、コルネリアの瞳は好奇心に輝いた。

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