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宿らされた者  作者: 鋼矢
第二章
47/65

44 闘争

 村の男たちは脇目も振らず逃げていた。とにかく一歩でもその場から離れたい。

 死にたくない、生きていたい――その感情に突き動かされるまま手足を振り回し、必死に悲鳴を上げながら。


「――ギブっ!?」「――ハギャっ!?」「た、助け――ッ!?」


 そんな村人たちを一体の中型の化外が追い回す。

 ソレが手足を振り回すたびに、逃げる男たちの体があらぬ方向へと吹き飛ぶ。

 首や関節がねじ曲がったその体は、倒れ伏したまま二三度痙攣し、その動きを止める。

 かろうじて息のあった者も振り下ろされた足裏によって潰され、トマトのように生身をぶちまけた。

 化外はその(たび)に赤い舌で乱杭歯を舐め回し、耳障りな鳴き声を上げる。

 ヨロコンデイル――その歪んだ感情がこの場にいる誰もに伝わった。

 

 ――その光景をルークたちは少し離れた場所から眺めていた。


「……ノノイ……子供たちを逃がし――」

「待った!」


 村人たちが狙われている今が好機、そう判断したクフォンが黒装束の一人に指示を出そうとする。

 だが子供たちを先に逃がすその指示をルークが止めた。

 制止されたクフォンはルークをじっと見つめる。

 余計なことを言うのならば許さない――その瞳は彼女の心情を雄弁に語っていた。


 ――だが、知っている。知っているのだ、あの化外の事は。


「あの化外は逃げるものを優先して狙う習性がある。子供たちを先に逃がしたら、真っ先に狙われることになる」


 見ろ、とルークが指さした先では、遠くへ逃げようとする者ほど激しく追いかけ襲いかかる化外の姿があった。

 それを見たクフォンは唇を噛みしめる。


「……どうしたら……いい?」

「――コリィ先輩」

「な、なんだ、ルーク?」


 この場で最もあの化外について知識を持つであろうルークにクフォンは尋ねた。

 問われたルークはじっと考えると、コルネリアへ声をかける。


「子供たちと後ろに下がっていてください。あの化外が襲う優先順位は逃げる者、向かってくる者、動かない者ですから、じっとしていれば襲われることはないはずです」

「……ちょっと待て。お前らはどうするんだよ?」

「アレが逃げる者を追う以上……やることは一つです」


 そう言ってルークは一歩前へと踏み出す。視線の先では既に殆どの村人が化外の餌食となってしまっていた。

 正直に言えば震えがくる。あのレベルの化外と戦うのはさすがに初めてだ。

 安全がある程度保障された以前の模擬戦とはまるで違う。


「……?」


 そんなルークの片手を握る者がいた。目を向ければクロエが傍に立ち、安心させるかのように笑みを浮かべていた。

 ――その微笑みは内心の恐怖を押し殺したのか若干引き攣ったものだったが、それでもルークは嬉しかった。


「……ノノイ……子供たちを……お願い。……他の皆は……準備して」


 覚悟を決めたクフォンが指示を出し、ノノイと呼ばれた少女以外が武器を構える。


「あの化外の毛はおそろしく硬い。普通の武器じゃ、まず攻撃が通らないから気を付けて。見ての通り力は強く動きも俊敏、一対一は絶対に避けること」

「……承知」


 ルークから与えられた情報に、クフォンを筆頭とした『リヴェルの民』エクルシャンの一党は頷く。

 視線の先では最後の村人――ギリコと名乗った村長だったか――が止めを刺されるところだった。

 そして――彼らは一斉に化外に向かって駆けだした。




 中型の化外――猩鬼を相手にクフォンたちが選んだ戦術は、囲んだ上でのヒットアンドアウェイだった。

 数で上回り、巧みな連携を誇る彼らは身体能力で勝る猩鬼を翻弄していた。


「――シッ!」


 クフォンたちの連携の合間を縫うようにクロエの剣が奔る。

 連携で劣る彼女とルークは遊撃として動いていた。

 死角から放たれた彼女の剣は見事猩鬼の身を捉え、


(――斬れない!?)


 その剛毛によって斬撃を阻まれた。


「くっ!?」


 動きが止まったクロエを逃さじと、カウンター気味に打ち込まれた拳を身をひねって躱す。

 しかし無理な動きは反動を生み、体勢が崩れる。そこにさらに迫る猩鬼に、


「【貫神槍】ッ!」


 機を狙っていたルークの魔術が放たれた。

 先程の魔術とは違う完全に殺傷用の魔術。直撃すれば猩鬼といえどただでは済まない――あくまで直撃すればだが。

 クロエに気を取られていたはずの猩鬼は、人では難しいアクロバティックな回避能力を見せつけ、ルークの魔術を躱してしまった。

 しかし、その間に体勢を立て直したクロエは何とか距離を置くことに成功する。


(――この剣じゃ駄目か)


 クロエの剣は決して鈍らではなかったが、あくまで"鈍らではない"というだけだ。

 そこらの岩程度であればバターのように斬れるが、鋼のような剛毛に柔軟性を兼ね備えた強靭な筋肉を併せ持つ猩鬼が相手では分が悪い。

 これが輝晶鉱によって鍛えられた剣ならば話は違うのだが。


(全力でやればたぶん斬れるけど……)


 その場合は剣の方がもたない。それを試せるのは一回きりだろう。

 クロエは猩鬼の毛の薄い部分を狙いつつ勝機を待つことにした。




 ルークは焦燥を抑えられなかった。

 あれから幾度か攻系魔術を放ったが、その何れをも躱された。

 クフォンの仲間たちは今はどうにか優勢を保っているが、決定打がない以上何時までもこの戦況が維持できるわけではない。

 だからこそ形勢が傾く前に優位を決定付けなければならないのだ。


「……訊きたいことが……ある」


 指揮を他の者に預け距離を取ったクフォンが話しかけてきた。

 ルークと同じことを懸念しているのか、無表情ながらも声には焦りが滲み出ていた。


「……この状況……どうにか……できる?」

「そんな良い手あるなら先に言っている。どうして僕に訊くんだ?」

「……アレは……常に意識の一部を……貴方に……向けて……る。……アレにとって……一番の脅威は……貴方みたい……だから」


 クフォンの言葉に目を見開く。

 完全に不意を突いたはずの攻撃が回避されるのはそういう理由だったらしい。

 ルークは気がつかなかったが、間近で猩鬼と戦っていた彼女は、目の前の相手の意識が向かっている先に敏感に気づいたのだ。


「――魔術が当たれば仕留められると思う。けどその為には動きを封じなくちゃならない」

「……それは――」


 わかっている。あの剛力に俊敏さを併せ持つ化外の動きを封じるなど、並大抵のことでは不可能だろう。

 だが、そうなると打てる手は一つしかない。


「……もしくは、攻撃を回避しようのない程の高範囲を攻撃するか」

「……問題……は?」


 可能なのか、とは問わなかった。不可能な行いをこの局面で口にはしないだろうという信用故だ。

 だが、今まで実行しなかった以上、何らかのデメリットがあるのだろうと推察する。


「準備に時間がかかる。その間、僕は戦闘には参加できない」

「…………」


 その言葉にクフォンは流石に顔を顰めた。現在の戦況を維持するのにルークの存在は決して軽くはない。

 こうして話している今も、猩鬼の意識の一部が彼に向けられているからこそ、どうにか優位を保っていられるのだ。

 その彼が欠ければどうなるか、想像するのは難しいことではない。


「……承知した。……時間を稼ぐから……確実に……仕留めて」


 だが、それでもやる。

 彼女たちの目的は子供たちの救出だ。その程度のリスクは初めから覚悟の上だ。


「……っ、わかったよ!」


 舌打ちをこらえ、背を向け走り出したクフォンを見送る。

 そして自身の未熟さに吐き気を覚えながら、魔術式を組み上げ始めた。




 コルネリアはその光景を離れた場所から見守っていた。

 わかってはいるのだ。自分があの場に向かったところで役には立たない。足手まといになるだけだ。

 彼女はリーシャと同じく魔術式に対しては稀有な才能を有していたが、代わりに魔力量が低いという特性の持ち主だった。

 加えて運動音痴であり、それに自身も自覚があったからこそ、無謀な真似をするつもりはなかった。


「――くそっ!」


 だが、それでも歯痒い。後輩が命懸けで戦っているというのに、己にできることは何もない――その現実を前に腹正しさが拭えない。

 そしてそれは彼女と一緒にいるノノイという少女や、救出されたばかりの子供たちも同じだった。

 誰もが恐怖で震えながらも、悔しげに拳を握りしめていた。


「――そうだ!」


 そんな彼らを見てコルネリアの脳裏に浮かぶものがあった。

 彼女は愛用の古びた鞄からソレを取り出すと、皆に頭を下げて頼み込む。


「お前ら、ちょっと手を貸してくれ!」


 コルネリアの嘆願に皆は顔を見合わせた。

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