第七話 謎は解けた!?
「エレノア……ちょっと相談があるのだけれど……」
自室のソファで、私は膝の上でそっと両手を重ねながら、意を決して専属侍女の彼女を呼び寄せた。
語尾がすっかり「お嬢様モード」に染まりきっていることには、もうツッコミを入れる気力すらない。それ以上に、今の私(中身:48歳元ニートおじさん)には緊急で解決しなければならない重大な問題が発生していたのだ。
「なんでしょうか、ルチア様? 本日の王太子殿下とのデートで何かお困りごとでも?」
エレノアはいつものように完璧な所作で一礼し、優しく微笑みかけてくる。
私は周りに誰もいないことを確認すると、顔を真っ赤にしながら、ドレスの上から自分の胸元をそっと撫でさすった。
「あのね……その……実は最近、胸が……少し膨らんできているような気がするの……っ!」
「まあ」
エレノアはパチクリと大きな目をまばたかせた。
私は身を乗り出し、声をひそめて必死に訴えかける。
「まあ、じゃないわよ! 私は男なのよ!? それなのに……この前アストルフォ様に胸を触られた時、パットの感触じゃなくて、本当に自分の肉体に柔らかい膨らみがあることに気づいてしまって……っ!」
パニックになりながら自分の胸を揉むようにして確かめる。確かな弾力、控えめながらも主張してくるこの柔らかさ!
「連日のお菓子ドカ食いとニート生活でついた贅肉がコルセットで集まっただけなのか……それとも、毎日お嬢様として扱われすぎてホルモンバランスが狂ったのかしら!? このままじゃ私、本当に女の子になっちゃうじゃないのよぉぉぉ!!」
涙目になって叫ぶ私に対し、エレノアはあごに手を当て、ふむと感心したように頷いた。
「なるほど……お召し上がりになっている最高級スイーツの脂質と、毎日欠かさず締め上げているコルセットの補正効果が、見事に理想的な肉体へと結実したわけですね」
「原因を冷静に分析分析しないで!! 怖いのよ! 男としての存在理由が消滅しそうなのよ!!」
「ですがルチア様」
エレノアは静かに一歩踏み出し、私の手を優しく包み込んだ。その瞳には一切の迷いもない狂信的な慈愛が宿っている。
「その膨らみのおかげで、王太子殿下に男だとバレずに済んだのでしょう?」
「うっ……そ、それは……確かに『華奢で可憐なお嬢様』判定で乗り切れたけれど……っ」
「それに」
エレノアはうっとりと目を細め、私の胸元を満足そうに見つめた。
「より可憐で美しく、本物の『お嬢様』へと近づくルチア様……素晴らしいではありませんか。男か女かなど、ルチア様の愛くるしさの前にはただの誤差でございます。殿下も『柔らかくて可愛いからヨシ!』とお喜びになられますわ」
「殿下の脳内フィルターに頼るんじゃないわよ!!」
(だめだ……この館の奴らは『可愛いからヨシ!』で全部片付けようとする……っ!)
「さあルチア様、明日からはさらに胸元を美しく魅せる新調のドレスをお召しになりましょうね」
「やだぁぁぁ……!(涙目)」
おじさんとしての最後の防衛線すら肉体ごと侵食されていく恐怖に震えながら、私は自らの胸の柔らかさを前に、ただただ頭を抱えるのだった。
「エレノア……! 私は大変な事実に気づいてしまったわ……っ!」
自室の机をバァンと叩き、私は青ざめた顔で立ち上がった。
先ほどまで胸の膨らみに頭を抱えていた私(中身:48歳元ニートおじさん)だったが、前世の膨大なネットサーフィンで培ったオタク知識を総動員し、この怪現象の解明に成功したのだ。
「何事でございますか、ルチア様? 明日のデート用のリボンを選んでいる最中ですが」
エレノアは呑気にフリルを整えながら振り向く。私は彼女の肩を掴み、大真面目な顔で論理的な分析を叩きつけた。
「いい? よく聞きなさい! 単なる肥満やコルセットの補正だけで、ここまでピンポイントに『柔らかい膨らみ』ができるわけがないのよ!」
「ほう……? と仰いますと?」
「これは……過剰分泌よ! 確信したわ、私の体内では今、女性ホルモン(エストロゲン)が異常発生しているのよーっ!!」
ドヤ顔で言い放つ私に、エレノアはパチクリと目をまばたかせた。
「じょせいはん……? えすとろげん……?」
「科学知識よ! いい!? 毎日毎日アストルフォ様に『可愛い』って言われてキュンキュンさせられて! 朝から晩まで『可憐なお嬢様』として扱われ続けた結果、脳の視床下部が完全に勘違いを起こしているのよ! 『あ、この身体は女の子なんだ!』って脳が誤認識して、大量の女性ホルモンを指令として出しちゃってるのよぉぉぉ!!」
(そうよ、環境が遺伝子を超越してしまったのよ! 乙女心に脳が毒されて、内分泌系まで本物の女子に書き換わろうとしてるのよーっ!)
自分の完璧すぎる(?)仮説に冷や汗が止まらない。
しかし、エレノアはしばらく思案したあと、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべて手をポンと打った。
「なるほど。つまり……アストルフォ殿下への愛と、日頃の『お嬢様英才教育』の賜物によって、ルチア様の肉体が内側からより美しく開花している……ということですね?」
「言い方を都合よく変換しないで!! 科学的な恐怖の話をしてるの!! このまま分泌され続けたら、私は完全に女子になっちゃうじゃないのよ!!」
「素晴らしいではありませんか」
エレノアは感極まったように私の手を取り、うっとりと目を輝かせた。
「ルチア様の愛くるしさが、ついに人体の神秘すら凌駕されたのですね。殿下の愛の力は偉大でございます」
「殿下の愛の力でホルモン出されたら堪まったもんじゃないわよ!!」
「さあルチア様、女性ホルモン(?)をさらに活性化させるため、本日も王室御用達の激甘スイーツをたくさん召し上がって、殿下にさらに可愛がっていただきましょうね」
「やだぁぁぁ! これ以上分泌させないでぇぇぇ!(涙目)」
前世の知識で理由が分かったところで何の解決にもならず、今日も今日とて『可愛いお嬢様』へと肉体ごと流されていく私なのだった。




