第六話 ええ!?まさかの展開
「ルチア、見てごらん。あの花壇のバラがとても綺麗だよ」
「まあ……本当ですわ、アストルフォ様……♪」
晴れ渡る秋空の下、王立庭園でのピクニックデート。
ライバルのセシリア様を完封した勝利の余韻も冷めやらぬまま、私はアストルフォ様と甘い甘い時間を過ごしていた。
サファイアの指輪を光らせた私の手を優しく包み込み、どこまでも甘い眼差しを向けてくる王子。
(あかん……今日もイケメンすぎる……! 私の中の乙女心がキュンキュンして弾け飛びそう……っ!)
すでに中身の48歳ニートおじさんは瀕死状態。私は完全に「愛されるヒロイン」として彼とのデートを満喫していた。
――その「事件」が起きたのは、二人でベンチに腰掛け、アストルフォ様が差し出してくれた極上のスイーツを味わっていた時だった。
「あ、ルチア。口元にクリームがついているよ」
「えっ……? ふぇ!?」
アストルフォ様がふっと顔を近づけてくる。
ドキンと胸が高鳴り、咄嗟に後ろへ身を引こうとした――その瞬間!
「あっ――!?」
ベンチの端を踏み外し、私は派手にバランスを崩した!
「危険だ、ルチア!」
即座にアストルフォ様の手が伸び、私の体を抱きとめる。
間一髪、転倒は免れた。……免れたのだが。
(……ん???)
身体がピタリと固まる。
アストルフォ様の大きな手が、私の「胸」のあたりを……しっかりと、力強く受け止めていたのだ。
鷲掴み、とまでは言わない。しかし、ドレス越しにしっかりと触れている。
前世を含めても50年近く生きてきて、一度も体験したことのない「胸(?)への接触」!!
(ああああっ!? 触られた!! 俺(私)の胸、触られたぁぁぁあ!!?)
脳内で警報が鳴り響く!
だが、パニックになった理由はそれだけではなかった。
(待って……触られた……ってことは……)
血の気がサァァッと引いていく。
そう、私の胸は――平らだ。
いくらフリルやパットでドレスを盛っていようと、男性の肉体である以上、そこにあるのは女ものの豊かな柔らかさではなく、男の平坦な胸板である。
(ば、バレた……!? 『あれ? この子、胸が……平らどころか板郭……!?』ってバレちゃったの!!? 入ってたパットの感触で誤魔化せてる!? いや無理だろこれ触り心地で男ってバレるやつだろぉぉぉ!!)
おじさんとしての危機管理能力と、乙女としての「嫌われたくない」という絶望が同時に爆発する。
私が顔を真っ青にしてガタガタと震えていると、アストルフォ様がゆっくりと手を離した。
その表情は、固まっていた。
目を見開き、自分の手元と、私の胸を交互に見つめている。
(終……わった……。ついにこの狂気の宴が終わるんだ……。『君は……男だったのか!?』って軽蔑されて、不敬罪で首をチョン切られるんだ……っ!)
私はギュッと目を閉じ、訪れるであろう破滅の瞬間を待った。
しかし――。
「ル……ルチア……っ!!」
アストルフォ様が絞り出した声は、怒りでも不快感でもなかった。
激しい「衝動」と「苦悶」に満ちていた。
「ご、ごめん……! 事故とはいえ、君の大切な身体に……淑女の胸に触れてしまうなんて……!! 僕としたことが、なんて不躾な真似を……っ!!」
「……へ?」
目を開けると、アストルフォ様は顔を真っ赤にして、両手で顔を覆って震えていた。
「君の可憐で華奢な身体があまりにも小さくて……守らなければと焦るあまり、加減を誤ってしまった……! 痛くはなかったかい!? 嫌悪感を抱かせてしまったかい……っ!?」
「あ……えっと……」
(……ん? 待て? 『華奢な身体』……??)
思考を高速回転させる。
王子の頭の中のフィルターを通すと――
【平らな胸=男】ではなく、【守ってあげたくなるほど華奢で細いお嬢様の体躯】と変換されたらしい。
「僕は……僕はなんて浅ましい男なんだ……! 君の柔らかい(?)温もりに触れて、心が乱れてしまった……! 許してくれ、ルチア……!」
「ア、アストルフォ様……大丈夫ですわ! 痛くもありませんし、嫌悪感なんて……そんな……っ!」
(ガバガバすぎるだろ王子の脳内フィルターぇぇぇ!! 「柔らかい」って何!? 何触った気になってんの!? パット!? パットの感触なの!!?)
胸を撫で下ろすと同時に、あまりの判定の緩さに脱力する。
「ルチア……君はどこまで慈愛に満ちているんだ……」
アストルフォ様は感極まった様子で私を再び抱きしめた。今度は優しく、愛おしそうに。
「もっと君にふさわしい、誠実な男になってみせる。だから……見捨てないでおくれ」
「見捨てるだなんて、そんな……アストルフォ様……」
王子の胸に顔をうずめながら、私は密かに冷や汗を拭った。
(助かった……バレなかった……! バレなかったけど……っ!)
王子の腕の温もりと、大切にされているという事実に、ドキンと胸が跳ねる。
(心臓の音が聞こえちゃいそう……。……胸は触られてヒヤヒヤしたけど、アストルフォ様に抱きしめられるの、やっぱりすごく好き……っ)
「ルチア……君の柔らかい(?)温もりに触れて、心が乱れてしまった……!」
王立庭園のベンチ前で、アストルフォ様が顔を真っ赤にして震えている。
事故で私の胸に手が触れてしまい、淑女に対してなんて不躾な真似を……と激しい罪悪感に打ちひしがれているのだ。
(助かった……『平らだから男だ!』ってバレずに済んだ……!)
胸を撫で下ろし、安堵の息を漏らした私だったが――ふと、ある疑問が頭をもたげた。
(……ん? 待てよ?)
思考を巡らせる。
王子の手は、確かにドレス越しに私の胸に触れていた。
そして王子は言ったのだ。「君の柔らかい温もりに触れて」と。
(ガバガバ脳内フィルターで『柔らかい』って思い込んだのかと思ったけど……いくらなんでも限度があるだろ。男の平坦な胸板に触れて『柔らかい』なんて感じるか……?)
違和感を覚えた私は、アストルフォ様が気まずそうに目を逸らしている隙に、そっと自分の手に視線を落とした。
そして、自分の胸元に手をあててみる。
ギューッ。
(………………え?)
揉んでみる。
むにゅ。
(……嘘だろ???)
冷や汗がドバッと吹き出した。
手のひらに伝わる、確かな弾力。
フリルの膨らみでも、補正パットの感触でもない。
そこには、控えめながらも確実に「女性らしい柔らかい膨らみ」が存在していたのだ!!
(ある……!? あるぞ!!?? なんで!? 俺、男だよね!? 下には間違いなく『ついて』るんだよね!!? なんで胸が膨らんでんのーーーっ!?)
パニックで脳内のおじさんが大暴走を始める!
そう、連日の「狂気の館」での生活――。
朝から晩まで最高級の激甘スイーツを食べさせられ、侍女のエレノアにコルセットでキュッとウエストを絞られ、周囲から「可愛い可愛い」とチヤホヤされ続けた結果……
元ニートの怠惰な脂肪が、見事に「理想的なお嬢様の胸」として結実していたのだ!!
さらに、日頃から「女の子」として扱われ、アストルフォ様にキュンキュンさせられまくったことで、ルチアの体内の女性ホルモン(?)的なサムシングが異常活性化していた可能性すらある!
(お肉が……お菓子とニート生活でついた脂肪が、コルセットで全部胸に集まってただけぇぇぇえ!?)
己の肉体の恐ろしい変化に慄く私。
バレたかバレてないか以前に、「思ったよりしっかり膨らんでいた」という衝撃の事実!
「ルチア……? 顔色が悪いようだが、やはり気分を害させてしまったかい……?」
私の呆然とした様子を見て、アストルフォ様が申し訳なさそうに覗き込んできた。
その瞳は、先ほど触れた感触を思い出しているのか、どこか熱を帯びている。
「あ、いいえっ! アストルフォ様! 決してそんなことは……っ!」
「そうかい……よかった。……でも、その」
アストルフォ様は少し照れくさそうに頬を染め、口元を手で覆いながら呟いた。
「君はとても華奢で可憐だから……勝手に守ってあげなければと思い込んでいたけれど。……ちゃんと、大人の女性として成長しているんだね。なんだか……すごく、ドキドキしてしまったよ」
「〜〜〜〜っ!?」
(王子!! その感触の正体は私の贅肉です!! 贅肉なんです殿下ぁぁぁ!!)
心の中で真実を絶叫する私。
しかし、「男だとバレる恐怖」からは脱したものの、「本当に女の子みたいな身体になりつつある」という新たな恐怖と恥ずかしさで、顔が爆発しそうに熱くなる。
「ルチア、顔が真っ赤だ。……可愛いね」
「うぅ……アストルフォ様のいじわる……っ」
上目遣いで抗議すると、王子は愛おしさに耐えかねたように、私をしっかりと抱きしめた。
ドレス越しに合わさるお互いの胸の鼓動。
(あああ……もう嫌……! 脂肪だろうがなんだろうが、アストルフォ様に『可愛い』って思われてるなら、もうこれでいいや……っ!!)
男としてのプライドは完全に脂肪とともに可憐な胸へと昇華され、私は王子の腕の中で幸せな溜息をつくのだった。




