第四話 王太子との出会い
「ルチア、今日の君も本当に可憐で美しいね」
グランベルク公爵家の豪華な応接間。
目の前に座るのは、光り輝く金髪と爽やかな笑顔を持つ第一王子、アストルフォ王太子殿下(18歳)。
まさに絵に描いたような王道イケメンであり、私(中身:48歳おじさん)の婚約者候補筆頭だ。
(あ、あかん……! イケメンすぎる……! 距離が近いかしら……じゃなくて、近いだろ!!)
侍女のエレノアによる洗脳とお嬢様環境のせいで、油断すると語尾が「〜かしら」になりそうになる口を必死で真一文字に結ぶ。
そんな俺の隣で、優雅に紅茶を嗜んでいるのは我が親――グランベルク公爵夫妻だ。
「ほほほ、アストルフォ殿下にそう言っていただけると、親として誇らしい限りですわ。ねえ、あなた?」
「むむ、当然だとも。我が愛娘ルチアの愛らしさは国宝級だからな! 殿下、どうぞ遠慮なさらず、この可憐な『娘』を存分に愛でてやってくだされ!」
(……娘娘連呼すんなぁぁぁ!!)
心の中で俺の全人格が叫んだ。
そう、この両親もまた、侍女のエレノアと同等……いや、それ以上に「狂って」いた。
普通、男の娘であることを王太子に隠しているなら、少しはハラハラしたり罪悪感を抱いたりするはずだ。しかし、この親バカ夫妻の表情には一切の陰りがない。完全に「自慢の可愛い娘を王太子にお披露目している」という澄み切ったドヤ顔なのである。
「お父様、お母様……そんなに煽てないでくださいませ。私、恥ずかしくて……」
(待って!? なんで俺、上目遣いにモジモジしながら完璧な「恥じらう美少女」のリアクション取ってんの!? 身体が勝手に求婚を受け入れるムーブすんな!!)
前世48年の男のプライドが「おい!!」とツッコミを入れるが、染み付いたお嬢様挙動は止められない。
そんな俺の可憐(?)な反応を見たアストルフォ王子は、心を射抜かれたように胸を押さえ、うっとりとした目で俺の手を優しく握りしめた。
「ああ、ルチア……君のその慎ましやかなところが大好きなんだ。実は今日、君に渡したいものがあってね」
「まあ……アストルフォ様、一体何かしら……? ……ハッ!?」
(言っちゃった! 自発的に『かしら』って言っちゃったよ!!)
自分の口から出た完璧なお嬢様言葉に、自分でドン引きして血の気が引く。
だが、王子は俺の動揺など「可愛らしい照れ」としか受け取っていない様子で、ポケットから小さく輝く宝石の指輪を取り出した。
「君の瞳と同じ、綺麗なブルーサファイアのリングだよ。……受け取ってくれるかい?」
「殿下、そこまで言っていただけるとは……! ルチア、早くお受け取りしなさい!」
「さあルチア、殿下の愛をお受けしなさいな!」
両親からの圧。王子の熱い視線。
そして、日常的にお嬢様扱いされ続けた結果、脳の「拒否ルート」がバグり始めている俺。
(どうしよう……『俺、男っすよ!』って叫んでこの場を破綻させるべきか……!? でも、こんなイケメンに優しくされて、指輪まで贈られて……私、私……)
「あ、ありがたく……いただきますわ……っ」
顔を真っ赤にして指輪を受け取ってしまった俺を見て、王子は「愛しているよ、ルチア」と最高の笑顔を弾けさせた。
(ああぁぁぁ!! 落ちる! 俺の中の何かが完全にガラガラと崩れ落ちていくぅぅぅ!!)
両親の狂気、侍女の洗脳、そして王子の無自覚な怒涛のイケメンアタックにより、48歳ニートおじさんの性別とプライドは、刻一刻と「可憐なヒロイン」へと書き換えられていくのだった。
王太子アストルフォ様から青いサファイアの指輪を贈られてからというもの、私の日常は加速する「甘い狂気」に包まれていた。
「ルチア様、本日は王太子殿下と庭園でピクニックでございます。こちらの淡いピンクのドレスはいかがでしょう?」
専属侍女のエレノアがうっとりとドレスを広げる。
以前の私(中身:48歳無職ニートおじさん)なら、「チッ、またフリフリかよ……」と心の中で吐き捨てていたはずだ。
だが、今の私は――。
「まあ……! とても素敵だわ、エレノア。アストルフォ様、喜んでくださるかしら……?」
自然と頬に手を当て、鏡の中の自分を見つめて微笑んでいた。
(……ハッ!? 今、俺……自分から『アストルフォ様が喜ぶか』って心配した!?)
一瞬、脳内の48歳おじさんマインドが目を覚まし、冷や汗が吹き出す。
しかし、そのおじさんマインドも、連日連夜の「可憐なお嬢様扱い」と両親の狂気の親バカ、そして王子の圧倒的な甘やかしによって、すでに瀕死の重傷を負っていた。
「あら、ルチア。今日も一段と愛らしいわねぇ」
「うむ! 我が『娘』の可愛さは、庭園のどんなバラよりも咲き誇っておるぞ!」
廊下で出くわした公爵夫妻は、相変わらず私が男であることなどハナから存在しないかのように「可憐な娘」として絶賛してくる。この屋敷の人間全員が、私を「世界一可愛い女の子」として扱う世界線。
逃げ場のないお嬢様空間。そして何より――。
「待たせてしまったね、ルチア」
庭園の東屋で待っていたアストルフォ様が、私を見つけるなり極上の笑顔で駆け寄ってくる。
その手には、私が「前世のネット知識(?)」でポロッと呟いた珍しい紅茶とスイーツが用意されていた。
「君が飲みたいと言っていた紅茶を取り寄せてみたんだ。……君の喜ぶ顔が見たくてね」
そう言って、彼は私の手にそっと触れ、指輪をはめた薬指に愛おしそうに口づけを落とす。
(あ……あかん……胸が……キュンって……)
前世では女子の手すら握ったことがない48歳ニートの心が、甘い痺れとともに甘美な快感に侵食されていく。
「ア、アストルフォ様……そんなに甘やかされたら、私……だめになってしまいますわ……」
顔を真っ赤にして俯く私。
もはや「男バレ」の恐怖ではない。今の私の胸を占めているのは――**「この人に『男だ』と知られて、嫌われたくない」「ずっと可愛いと思われていたい」**という、純度100%の乙女心だった。
「だめになっていいんだよ、ルチア。僕が一生、君を甘やかして守るからね」
王子の優しい腕に抱き寄せられ、私は「もう……どうにでもな〜れ……」と完全に思考を放棄し、彼の胸にそっと顔を埋めた。
(俺の中のおじさん……今までありがとうな……俺、この異世界で……最高の『ヒロイン』になるよ……)
ギャグで始まった男の娘お嬢様の人生は、周囲の狂気と王子の甘やかしにより、ついに完全なる「甘々乙女ラブコメ」へと完全に落ちていくのだった――。




