第三話 口は災いのもと、そして乙女の始まり
公爵家に転生して一ヶ月。
最初は「俺は48歳の男だ!」と心の中で猛反発していた俺だったが、人間の適応能力というのは恐ろしいものだ。
毎日毎日、朝から晩まで侍女たちに「ルチア様、お美しゅうございます」「ルチア様、こちらをお召しになって」とチヤホヤされ、最高級のドレスと甘いお菓子に囲まれる日々。
最初は違和感しかのかったお嬢様生活も、元ニートの怠惰な本性が災いしてか、だんだんと「……まあ、チヤホヤされるの気持ちいいし、楽だからいっか」と慣れてきてしまっていた。
(いやダメだダメだ! 慣れるな俺! 楽さに流されるな!)
自室のソファで高級クッキーをかじりながら頭を振る。
そんな俺の葛藤をよそに、部屋のドアがノックされ、侍女のエレノアが入ってきた。
「ルチア様、本日のティータイムのお召し替えですが、こちらのピンクのフリルドレスと、こちらのサックスブルーのワンピース、どちらがよろしいでしょうか?」
いつもなら「どっちでもいいよ、男物のジャージ持ってきてくれ」と心の中で悪態をつくところだ。
だが、連日の「お嬢様英才教育」と「可愛いものに囲まれた環境」は、俺の脳の言語野を確実にバグらせていた。
「んー……今日の気分なら、やっぱりピンクのドレスかしら?」
「………………」
「………………え?」
静寂。
エレノアが目を見開き、手に持ったドレスを固まらせている。
(……待って。今、俺、なんて言った……??)
脳内で自分の発言がプレイバックされる。
『今日の気分なら、やっぱりピンクのドレスかしら?』
(かしら!? 『かしら』って言ったか今!? 俺の中の48歳のおじさんはどこ行った!? 『~だぜ』とか『~じゃねえか』とか言ってた俺の男気どこ行ったの!!??)
背中に冷や汗が吹き出す。
周囲から完璧なお嬢様として扱われ続け、立ち振る舞いを叩き込まれた結果、無意識の日常会話にまで「お嬢様言語」が侵食し始めていたのだ。
「ルチア様……!」
エレノアが感極まった表情で両手を握りしめてくる。
「ついに……ついにご自身のお立場と美しさを自覚され、自然なお言葉遣いが溢れ出るようになられたのですね……! 素晴らしいです、完璧なお嬢様ですわ!」
「ち、違うの! 今のはただの言い間違いというか、滑舌がバグっただけで――」
必死に弁明しようとするが、焦れば焦るほど口が勝手に「お嬢様モード」の文法を選択してしまう。
「――って、だ、だから違うわよ! 私は男なんだから、そんな言葉遣いするわけないじゃない! んもうっ!!」
(語尾!! 語尾が完全に『ツンデレお嬢様』のそれになってるぅぅぅ!!)
「んもうっ」、と自分で言ってしまった瞬間、俺はあまりの恐怖に両手で口を塞いだ。
膝から崩れ落ちそうになる俺を見て、エレノアはうっとりと微笑んでいる。
「ふふ、照れていらっしゃるルチア様も本当に愛らしいですわ。さあ、その可憐な『ピンクのドレス』にお着替えいたしましょうね」
「や、やだぁ……(涙目)」
(助けてくれ……! 俺の身体だけじゃなく、48年かけて培った俺の『男の心』まで、この館の狂気とお嬢様空間に呑み込まれていく……!!)
おじさんの防衛線がガラガラと音を立てて崩れていくのを感じながら、俺は抗う術もなく、ピンクのフリルドレスへと袖を通されるのだった。




