第三十六話 舞踏会にて
「ルチアあまりにも完璧な舞踏会」以来となる待望の夜会が、ついに開催された。
「さあ、ルチア様! 本日は久々の大舞踏会でございます! 帝国のスパイ騒動やお茶会の修羅場を乗り越えた貴女様の圧倒的なお美しさを、全貴族の目に焼き付けてやりましょう!」
専属侍女エレノアの気合は、いつにも増して異常だった。
日々の激甘スイーツドカ食いと過剰分泌されるエストロゲン、そしてエレノアの極限コルセット締め上げ「寄せ上げの極み」によって、私の胸元はもはや王国の奇跡と称されるほどの圧倒的ボリュームと美しさを誇っている。
(……待って、鏡に映るこの金髪美少女、前よりさらに美しさに磨きがかかってない!? 脂肪とホルモンとマウント魂の完全体が更新されてるんだけど……!!)
身に纏うのは、夜空を溶かしたような深いネイビーのドレス。胸元とウエストの対比が恐ろしいほどの黄金比を描いている。
会場の扉が開くと同時に、数百人の貴族が一斉に息を呑んだ。
「……美しい……っ」「まさに王国の宝だ……!」「あのお胸と細い腰のライン、人間業とは思えん……!」
(フフン! 見たか有象無象ども! これが前世の音ゲーで鍛えたリズム感と、ネットスレで培ったレスバマウント意識の結晶よ!!)
優雅にファンを揺らし、完璧な15度の角度で微笑みを振りまく私。
ふと壁際に視線をやると、かつて激闘を繰り広げたセシリアが扇子をギシギシと噛み締め、腹黒清楚系のクラリスまでもが笑顔をひくつかせてこちらを凝視していた。
(ごきげんようお嬢様方♪ 今夜も可憐さ、お胸のサイズ、そして王子の隣というポジション……『完全勝利』ですわよ……♪)
完璧なマウント快感に酔いしれていたその時、甘く情熱的な手が私の腰をぐっと引き寄せた。
「ルチア……。久々の舞踏会だというのに、君はまた一段と魅力的になって僕を狂わせるつもりかい……?」
アストルフォ王太子が、目眩を覚えたようなうっとりとした瞳で私を見つめている。
「君のその美しさを他の男に見せつけるくらいなら……今すぐこの手で抱きすくめて、僕だけの秘密の部屋に閉じ込めてしまいたい……っ」
「まあ……アストルフォ様ったら……お戯れを……っ♪」
身体が勝手に極上の萌え仕草で上目遣いを決め、王子の胸にそっと寄り添う。
王子は「〜〜〜っ!」と顔を真っ赤にし、理性の糸がぶちぶちと切れる音を響かせた。
(あかん!! 舞踏会のお嬢様ムーブが完璧すぎて、王子の独占欲と愛執が限界突破して大爆発を起こしそうになってるじゃないのよーーーっ!!)
さらにそこへ、隙のない軍服姿のヴァルハイト帝国ルーク王子までが歩み寄ってくる。
「ルチア殿……相変わらず息を呑む美しさだ。アストルフォ殿の手から君を奪い去る準備は、いつでもできている」
「離れろルーク殿! 僕のルチアに触れるな!!」
会場の真ん中で再び火花を散らす二人。
ワルツの美しい旋律が流れる中、完璧なお嬢様(中身:48歳元ニートおじさん)の甘い悲鳴と胃のキリキリとした痛みは、久々の舞踏会でも終わることがないのだった――!
――舞踏会の華やかな喧騒から少し離れた、大広間の隅。
幾重にも重なるドレスの裾を揺らしながら、私は密かに息を整えていた。
(ふう……アストルフォ様もルーク王子も、相変わらず私の外見(と胸の質量)に狂わされすぎよ……。ちょっと気を抜くとすぐ抱きしめられそうになるんだから、気が気じゃないわ……っ)
そう思いながら、ネイビーのドレスの胸元をそっと抑えてため息をついた、その時だった。
「ねえ、ルチア様……ちょっとよろしいかしら?」
上品でありながら、どこか探るような、すっと背筋が凍るような冷涼な声が耳朶を打った。
振り返ると、そこには我が国の有力者である某公爵家の令嬢が、完璧な笑みを貼り付けたままスッと影のように近づいてきていた。
周囲の貴族たちの目を盗むように、彼女は私の耳元へと顔を寄せ、コソコソとした声で囁いたのだ。
「……ねえ、教えてくださらない? そのお胸……本当に本物、ですの?」
(——っ!? きたわね、直球ド直球の爆弾質問!!)
背筋に冷や汗がドバッと流れる。
中身が48歳元ニートおじさんである私にとって、この「胸の本物・偽物」という話題は、絶対に踏み込んではいけない禁断の地雷原である。なんせ、元はお腹周りの贅肉がエレノアの殺人的コルセットと「脂肪の記憶形状(ホルモン無双)」によって上へ上へと強制配分された結果、メモリ135cmを叩き出している奇跡の代物なのだから!
(物理的・生成プロセス的には「元お腹の肉」だけど……エレノアの科学を凌駕する謎理論と女性ホルモンのおかげで、今はもうどう揉もうが脱ごうが立派な『本物の巨大バスト』として定着しちゃってるのよ……っ!!)
頭の中で元ニートの焦りとオタク的弁解が高速回転する。
だが、ここでたじろいだらセシリアの二の舞だ。私は「王国一の美少女お嬢様(ルチア様)」として、ここで完璧なマウントを返さなければならない。
私はふんっ、と優雅にファンを翻し、これ以上ないほどにあざとく、そして艶然とした笑みを浮かべてみせた。
「あら……公爵令嬢ともあろうお方が、そんな野暮なことをお気になさるなんてお珍しいですわね」
「わ、野暮だなんて……! だって、あまりにも人間離れしたサイズですもの! 以前セシリア様が『お腹の肉ですわ!』って暴露して騒ぎになっていたでしょう? だから気になって……っ」
「ふふっ……セシリア様のくだらない嫉妬交じりの戯れ言を、まだ真に受けていらっしゃるの?」
私はそっと、自分の誇る「メモリ135cmの神話級山脈」に優しく手を添えた。ずっしりとした重みと、ドレス越しでも伝わる圧倒的な弾力が手のひらに返ってくる。
「見てお分かりにならないかしら? この揺るぎない質量、この気高さ……。私の身体はね、日々の極上のスイーツと、あふれる乙女の愛(※王子の溺愛)によって、細胞レベルで『美の最高峰』へと進化し続けているのよ。お腹の肉だなんて、そんな下品なもの……とっくの昔に神聖なる『豊穣の象徴』へと昇華されましたわ」
「し、昇華って……そんな物理法則を無視した変異が……っ!?」
「本物か偽物かなんて、この圧倒的な事実を見れば一目瞭然ではありませんこと? それとも……もしかして貴女、私のこの美しさに嫉妬して、確かめてみたくなっちゃったかしら……? ふふっ、お触りになるなら、殿下の許可を取ってからになさるべきですわね♪」
完全に「格上の余裕」を醸し出しながら言い放つ私。
公爵令嬢は、私の圧倒的なオーラと、目の前で揺れる脅威の135cmの存在感を前に顔面を真っ青にし、「ひっ……おそろしいお方……!」と悲鳴を上げながら逃げるように去っていった。
(ふう……危なかったぁぁぁ!! 一歩間違えたらおじさんの秘密が全世界に大暴露されるところだったわ……っ!)
冷や汗を拭いつつ、私は再び優雅な微笑みをたたえて舞踏会の中心へと戻っていくのだった――。




