第二十七話 波乱の婚約発表
「『……というわけで、来月、アストルフォ様とルチア様の【正式な婚約お披露目式典】を執り行うことが決定いたしましたわ!』」
グランチェスター公爵家の執務室に、エレノアの歓喜の声が響き渡った。
手渡された王室からの羊皮紙には、ゴールドの箔押しで『王太子アストルフォとグランチェスター公爵令嬢ルチアの婚約発表および親睦晩餐会』とデカデカと記されている。
「こ、婚約の正式発表ぉぉぉっ!?!?」
思わず素の(48歳元ニートおじさんの)ダミ声が出そうになり、慌てて口を押さえる私。
(うそでしょ!? たしかにブルーサファイアの指輪はもらったし、ファーストキスも済ませたし、古代の石板に結婚を祝福(※誤訳)されたりもしたけど!!
正式発表って、国中に『この二人が結婚します!』って宣言するやつじゃないのよーーーっ!!)
「おめでとうございますルチア様! これで名実ともに未来の王妃様でございます!」
「ち、違うのよエレノア! だってほら、隣国のルーク殿下から『正式な国書』が届いていて、両国の関係がすごくセンシティブな時期じゃない!? 今発表したら、ヴァルハイト帝国を刺激しちゃうんじゃ……!」
そう、先日の謁見の間で「正論で二人を静めさせた」はずだったが、ルーク王子は引き下がるどころか「ならば我が帝国も国を挙げてルチア殿を招致する!」と対立姿勢を強めていたのだ。
「それが……今回の婚約発表式典には、ヴァルハイト帝国のルーク殿下および使節団もご招待されているのです」
「はい?????(おじさんの脳内フリーズ)」
「アストルフォ様が『ルチアが僕の唯一無二の婚約者であることを、隣国の王子にもハッキリとお見せし、諦めていただく最高の機会だ』とおっしゃいまして……♪」
(バカなの!? アストルフォ様の頭の中、愛の限界突破で外交の安全装置が壊れてるのーーーっ!? 隣国の王子を煽るために式典に呼ぶとか、煽り運転どころの騒ぎじゃないわよ!!)
◇
そして迎えた、婚約発表の式典当日。
王宮の大広間は、輝くクリスタルのシャンデリアと絢爛豪華な装飾で埋め尽くされていた。
私は「王国一の胸」を美しく引き立てる最高級のドレスに身を包み、胃にキリキリとした激痛を抱えながら、王太子アストルフォ様の隣に立っていた。
「ルチア、今日という日をどれほど待ち望んだか……! 君は世界で一番美しい僕の妃だ」
アストルフォ様は私の手を愛おしそうに握りしめ、蕩けるような甘い視線を注いでくる。
「あ、アストルフォ様、皆様が見ておられますわ……っ」
(あかん、距離が近い! 王子ビームが眩しすぎて前世おじさんの理性が蒸発しそう!)
その時、大広間の扉がしずしずと開いた。
「ヴァルハイト帝国第一王子、ルーク・ヴァルハイト殿下、ご入場――!」
黒と紺を基調とした隙のない軍服姿で現れたルーク王子は、真っ直ぐに私たちのもとへ歩み寄ってきた。
周囲の貴族たちが「ひえっ……息が詰まる……」と息を呑む。
ルーク王子はアストルフォ様をチラリと一瞥すると、私の前で優雅に膝をつき、手の甲に深々と口づけを落とした。
「……本日の婚約発表、心よりお祝い申し上げます、ルチア殿。しかし……指輪を取り交わそうと、国中に宣言しようと、我が胸の情熱が消えることはありません。君が真に望むなら、私はいつでも帝国皇帝として君を奪い去る用意がある」
「っ〜〜〜〜! 離せルーク殿!! 僕のルチアにこれ以上触れることは許さん!!」
アストルフォ様が即座に私を抱き寄せ、ルーク王子を殺気立った瞳で睨みつける!
(ちょっと待って!! 婚約お披露目のパーティー会場で、主役の王太子と隣国の王子がまたしても一触即発になってるじゃないのよーーーっ!! ゲストの重臣たちがみんな泡吹いて倒れそうになってるわよ!!)
両国の平和と、自分自身の保身(と胃袋の平和)をかけた、ルチア(中身48歳おじさん)の運命の婚約発表が今、幕を開けるのだった――!
「動くな! 少しでも怪しい動きを見せれば、この公爵令嬢の命はないぞ!!」
絢爛豪華な大広間に、突如として怒号が響き渡った。
お披露目式典の最中、給仕に化けて紛れ込んでいた【ガルダ共和国】の密偵が、あろうことかルチアの背後に忍び寄り、鋭い短剣をその首元に突き突き突きつけたのだ!
(ちょっと待ってぇぇぇ!?!? 何で急にサスペンスアクションが始まってんのよーーーっ!?)
「ひっ……! 救わねば……!」
「ルチア様ぁぁぁっ!」
悲鳴を上げる貴族たちとエレノア。しかし、スパイはルチアの体をがっちりと盾にし、低く不気味に笑った。
「フハハ! 王国と帝国の両方を牽制するため、この『王国一の美貌を持つ至宝の令嬢』を人質として我が共和国へ連行させてもらう! 双方、一歩でも追ってくればこの女の首筋を刺し――」
むにゅん……っ。
「……ん?」
密偵の手元で、絶妙な違和感が走った。
そう、スパイがガッチリと抑え込んだルチアの上半身……そこには、連日のドカ食いとコルセットの締め上げ、そして王子の溺愛ホルモンによって爆発的に肥大化した【王国一の美胸】が圧縮されていたのである!
(あ、あかん……っ!! こいつ、ナイフを突きつけながら私の胸を物理的にギューギュー押し潰してるわよ!! 元はお腹の贅肉だけど今は素で定着した『究極バスト』を!!)
「(あ、甘い香りが……それに、なんだこの圧倒的な弾力と柔らかさは……!? 腕が……吸い込まれる……!?)」
人質をとってイキっていたはずのスパイが、ルチアの圧倒的な肉感と美貌(+謎の密着感)に一瞬で脳を焼かれ、素で赤面してフリーズした。
だが、その「一瞬の隙」を、世界で最も危険な二人のイケメン王子が見逃すはずがなかった。
「「……貴様、僕(私)のルチアに触れたな……???」」
ドゴォォォォォンッ!!!!!
大広間の空気が一瞬で氷点下と爆炎に引き裂かれた!
目の前で最愛のルチアを人質に取られ、しかもその「王国一の胸」に密着されたアストルフォ様とルーク王子の瞳から、人間としての理性が完全に蒸発したのだ!
「ルチアの髪一筋でも傷つけたら、共和国ごと粉砕して消し去ってやる……!!」
「我が愛しきルチア殿の身体にその汚らわしい手を触れるとは……万死に値する!!」
先ほどまでバチバチにマウントを合戦させていた二人の王子が、完璧なまでの息の合った連動(超絶イケメンコンビネーション)を見せる!
アストルフォ様が雷光のような踏み込みで空間を切り裂いてスパイのナイフを弾き飛ばし、間髪入れずにルーク王子が冷徹な一撃でスパイの猶予を奪う!
「ひ、ひえぇぇぇっ!? 怪物どもめーーーっ!!」
スパイは恐怖のあまりルチアを放り出し、脱兎のごとく逃げ出そうとするが——
(……ふう。危ないところだったわね。でも……)
首元からナイフが離れた瞬間、ルチア(中身:48歳レスバおじさん)の危機管理能力と怒りが頂点に達した。
(せっかくの私の婚約お披露目パーティー(※胃痛の嵐)を台無しにした挙句、人の胸を揉みクチャにしてくれた罪は重いわよぉぉぉ!!)
「……逃がしませんわよっ!!(ドレスの裾を豪快に蹴り上げ)」
ルチアは極太のヒールで、逃げ出そうとしたスパイの足をドスッ!!と完璧に踏みつけた!
「グハッ!?」
悶絶して倒れ込むスパイ。そこへ、般若のような笑顔(※超絶美少女)を浮かべたルチアが優雅に歩み寄る。
「我が国とヴァルハイト帝国の友好の宴を汚した罰……しっかり受けていただきますわ♪ ……さあ、アストルフォ様、ルーク殿下! この不者にお仕置きをなさってあげてくださいませ!」
「「……喜んで!!!」」
二人の王子による怒涛の総攻撃(※国家規模の粛清)がスパイに叩き込まれ、事件は一瞬で鎮圧されたのであった。
◇
「ルチア! 無事だったかい!? どこも怪我はないかい!?」
「ルチア殿! 無体な真似をされて、お心は痛んでおりませんか!?」
両側から抱きしめられんばかりの勢いで心配してくるアストルフォ様とルーク王子。
共闘を経て謎の絆(?)が芽生えた二人は、ますます「どちらがよりルチアを深く愛し、守れるか」という熱いバトルへとなだれ込んでいく……。
(助かったのはいいけど……二人の王子の一体感が増して、余計に逃げ場がなくなってるじゃないのよーーーっ!!)
「――皆様、どうかお聞きくださいませ」
二人の王子が「僕(私)のルチア」とマウントを取り合おうとしたその瞬間、ルチアはそっと胸元を押さえ(むにゅっと手応えのある「王国一」の圧倒的質量を感じつつ)、悲しげに瞳を潤ませて大広間全体へと声を響かせた。
「今般のガルダ共和国による卑劣なスパイの潜入…… これは単に私個人への襲撃ではなく、我が国とヴァルハイト帝国の絆を切り裂こうとする、恐ろしい陰謀に他なりませんわ!」
可憐な淑女の悲痛な訴えに、大広間に集まった両国の重臣たちがハッと息を呑む。
「アストルフォ様とルーク殿下が素晴らしいご連携で私をお救いくださったこと、深く感謝しております。ですが……このような国際的な脅威が迫る最中に、私一人の『婚約』で両国が対立し、つけ入る隙を与えるようなことがあっては、夜も眠れませんの……っ」
(よしっ……! 襲撃事件の混乱に乗じて『個人の恋愛・婚約問題』を『安全保障上の国家問題』にすり替えるわよ!)
ルチア(中身:48歳レスバ&危機管理おじさん)の脳内CPUがフル回転する。
「ですから……ガルダ共和国の脅威が完全に去り、両国が真の同盟と平和を確立するその日まで……アストルフォ様との婚約発表、およびルーク殿下からの求婚へのお返事は【当面保留】とさせてくださいませ!」
「「なっ……!?!?【婚約保留】……!?!?」」
大広間にアストルフォ様とルーク王子の絶叫が重なって響き渡った!
(勝った……! 「確定していた婚約」すらも『国家の安全のため』という大義名分で一度棚上げにするウルトラC!! これで当面の胃痛とお披露目の重圧から解放されるわーーーっ!!)
密かに心の中でガッツポーズを決めるルチア。
……しかし、彼女は重大な誤算をしていた。
「共闘」を経て変な方向へ絆を深めた二人の王子の思考回路を、あまりにも甘く見すぎていたのだ。
「……なるほど。僕たちの絆と試練が試されているのだね、ルチア」
アストルフォ様が、何か吹っ切れたような晴れやかな(そして危険な)笑顔を浮かべた。
「……ああ。君の言う通りだ、ルチア殿。共和国という共通の敵を叩き潰し、両国の強固な平和を証明してみせれば……君は心置きなく僕(私)の愛を受け入れてくれる、ということだな!?」
「え??? いや、あの、そういう意味では……」
「良し! 決まりだ! ルーク殿、直ちに我が王国軍と帝国軍による『対共和国・共同防衛協定』を締結しよう! 爆速で共和国の脅威を排除し、ルチアとの結婚を勝ち取ってみせる!!」
「望むところだアストルフォ殿! 我が帝国の精鋭部隊も総力で投入する! どちらがより早く成果を挙げ、ルチア殿にふさわしい男か競争だな!」
ガシッと熱い握手を交わす二人のイケメン王子!
本来なら何年もかかるはずの二大国家の軍事同盟が、「ルチアの婚約保留を解除させるため」という一点のみで、爆速で締結されていく!
(待って待って待って!! なんで保留にしたのに二人の熱量が『共和国を爆破して婚約を勝ち取るモード』に進化してんのよーーーっ!?!? 外交問題は解決しそうだけど、私の逃げ場が完全に塞がれてるじゃないのーーーっ!!)
自らの機転(※大失敗)によって、かえって二人の王子からの「結婚への執着心」を異次元のレベルまで高めてしまったルチア。
彼女の胃が休まる日は、果たして訪れるのだろうか――!?




