第十八話 痔!?
「……あ、あり得ないわ……そんな馬鹿なことがあってたまるかーっ!!」
自室のプライベートトイレで、ルチア(中身:48歳元ニートおじさん)の可憐な叫び声が響き渡った。
便座から立ち上がり、何気なく下着に目をやったルチアは、そこに広がっていた「微かな赤色」に凍りついたのだ。
(血……!? 出血!? 嘘だろ、俺、どこか切ったか!? それとも……いよいよアレか!? 毎日高級スイーツをドカ食いし続けたせいで、ついに重度の**「痔」を召喚してしまったというのかーっ!?)
48歳のおじさん脳が瞬時に弾き出したのは、あまりにも現実的で夢のない「大人の病」の可能性だった。
だが、慌てて下半身の状況を確認しようとしたルチアは、さらなる恐怖に直面する。
かつて男の象徴として鎮座していた「彼」は、連日の女性ホルモン過剰分泌とシステムのエラー(?)により、すでに痕跡レベルへと小さく萎縮してしまっていた。
患部を確かめようにも、タイトなドレスのシルエットを美しく保つため、下半身はすっかり滑らかに収まってしまっている。
(痔の薬!? 異世界にボラギノールはあるの!? いや待って、万が一これが『痔』じゃなくて、身体が完全に女性化して……『アレ』が始まったんだとしたら……!?)
頭の中に恐ろしい推測が駆け巡る。
下半身のシンボルは小さくなって消えかけ、上は爆乳化。そしてついに訪れた、謎の出血。
ルチアは膝をガクガクさせながらトイレを飛び出し、部屋にいた侍女エレノアの元へすがりついた。
「エ、エレノアぁぁぁ!! 大変なのよ! 股から……股から血がぁぁぁ!! 私、ついに『痔』になっちゃったのかしら!? それとも身体が完全にバグっちゃったのーっ!?」
パニック状態で涙目になりながら訴えるルチア。
しかし、エレノアはルチアの言葉を聞いた瞬間、ハッと息をのむと、その瞳をこれまでにないほどキラキラと輝かせた。
「……まあ! まあまあまあ!! おめでとうございます、ルチア様……っ!!」
エレノアは感極まった様子で胸の前で手を組み、深くうなずいた。
「ついに……ついにルチア様の身体が、名実ともに『完璧な淑女』としての初潮(初経)をお迎えになられたのですね……! 男性の象徴が消えゆき、豊かなバストが実り、最後にお身体が女性としての生命のバイオリズムを獲得されたのですわ!」
「初潮ぉぉぉぉ!?(白目) 48歳のおじさんに初潮が来るかーっ!! 痔だと言ってくれ! 頼むからただの『痔』だと言ってぇぇぇ!!」
必死に否定するルチアをよそに、エレノアはすっと立ち上がり、厨房へ向かって清々しい声で指示を出した。
「これより、ルチア様の大いなるご成長をお祝いいたしまして、本日の夕食には**『特製のお赤飯』**をご用意いたしますわ! 厨師長! 大至急、最高級の小豆とお米を炊き上げなさい!」
「お赤飯炊くなーっ!! 異世界に文化を持ち込むな!! しかも召使いやアストルフォ様に『ルチア様にお赤飯!?』ってバレたら俺の尊厳が死ぬでしょうがぁぁぁ!!」
「何を仰いますか。王太子殿下もきっと『ルチアがまた一歩、大人の女性へ近づいたのだね』と、狂喜乱舞して祝福してくださいますわ♪」
「喜ぶかそんな変態王子ーっ!!」
上からは爆乳化、下からは萎縮と「乙女のバイオリズム」のダブルパンチ。
絶望に打ちひしがれるルチアの鼻腔に、まもなく香ばしく炊き上がるお赤飯の甘い香りが漂い始めるのだった。
お赤飯の甘い香りが館中に充満し、生理用品で下半身が完璧にガード&平坦化された直後、さすがに心配した公爵家によって急遽「王立医療院の権威」である老医者が呼ばれることとなった。
「ルチア様! お痛むところはございませんか!? 大丈夫です、当家最高の主治医をお呼びいたしましたわ!」
エレノアが部屋へ運び込んだのは、白い髭をたくわえた厳格そうな老医者だった。
ベッドに横たわるルチア(中身:48歳元ニートおじさん)は、冷や汗をダラダラと流しながら固まっている。
(やばいやばいやばい!! 医者が来たら一発でバレるぞ!? 『このお嬢様、股から血が出てると思ったら萎縮した男のシンボルが付いてます』ってバレたら、即効で人体実験か処刑行きだーーーっ!!)
恐怖で青ざめるルチアの腹部に、老医者は静かに手を当て、魔法の診察具で体内のバイオリズムと魔力の流れを丹念に探り始めた。
「ほう……ふむ……なるほど……」
「ど、どうなんですか先生!? 私の身体、重度の『痔』なんでしょう!? それとも怪しい病気か何かなの!? 頼むから『ただの痔』だって言ってちょうだい!!」
ルチアは医者の袖を掴み、涙目になりながら縋りつく。
しかし老医者は、ルチアのパニックぶりを「初潮を迎えた少女の可憐な戸惑い」としか受け取っていない様子で、髭を撫でながら優しく、そして極めてあっさりと告げた。
「ご安心召されよ、ルチア様。病などではございません。……ただの『生理(初経)』ですな」
「やっぱり生理(初経)かぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」
絶叫するルチアを余所に、老医者は淡々と診察結果をメモし始める。
「体内のホルモンバランスを診るに、男性的な反応は完璧に消滅・退化しており、完全に『成熟した若い女性』のバイオリズムへとシフトしておりますな。胸の急速な発達も、すべてこの初経を迎えるための順当な身体の準備だったというわけです。実に見事なご成長ですぞ」
「成長と言わないでぇぇぇ! 48歳のおじさん脳に生理が来る恐怖を分かってぇぇぇ!」
「何を仰いますかルチア様!」
エレノアが背後から感極まった声で割り込む。
「主治医のお墨付きまでいただけたのですわ! これで名実ともに、ルチア様はアストルフォ殿下の『完璧なお妃様』として認められたも同然です!」
「嫌だぁぁぁ! 医者の前で『生理ですな』ってド直球に告げられるこの悲壮感を誰か分かってくれぇぇぇ!!」
ベッドの上で頭を抱えてのた打ち回るルチア。
男としての最後の防壁は、権威ある医者の「あっさりした一言」によって木っ端微塵に粉砕されたのだった。




