大切な人
「おや、良治ではないか」
「千代さん?」
声をかけられて振り向くと、そこにはトヨさんと並んで座っている千代さんがいた。
「この前は、突然来たと思えば、すぐに帰りおって」
「すみません。あの時は仕事だったので」
「ふん。なら今度はちゃんと遊びに来い!」
千代さんが、駄々を捏ねるように口を尖らせる。
その姿を横目に、僕はトヨさんの方へ顔を向けた。
「こんにちは、トヨさん」
「まあ、槇尾さん。お久しぶりですね。そちらの皆さんは――」
「ああ、こんにちは。槇尾の上司の瀬尾です。こっちは事務員のサトリ。こっちは今、預かっている暁です」
局長が簡単に紹介すると、トヨさんは丁寧にお辞儀をして、穏やかに微笑んだ。
「今日はお散歩ですか?」
サトリさんが二人を眺めて尋ねる。
「いえね。今日は天気もいいですから、圭吾と圭吾の彼女が外に出ようと言ってくれたんですよ」
「……圭吾さんに、彼女が?」
思わず聞き返してしまった。
「ええ。小さい頃、家でよく一緒に遊んでいた近所の子なんです。ついこの間、偶然再会してね」
トヨさんは嬉しそうに笑った。
「千代とも仲良くしてくれているんですよ」
「そうじゃ。わしも昔から一緒に遊んでおったからな。なかなか気の利く娘じゃぞ」
千代さんも満足そうに頷く。
「今日は四人で来たんですけど、若い二人は少し先まで行ってしまって」
「なんじゃ。わしらを置いていきおって」
千代さんが、少しだけ頬を膨らませる。
「ふふ。でも、圭吾が楽しそうにしているのを見ると、私も嬉しくてね」
そう言ったトヨさんの顔は、以前会った時よりもずっと穏やかだった。
「そうじゃの」
千代さんも、川の向こうへ目を向けながら頷いた。
「圭吾も、ずいぶん嬉しそうにしておったぞ」
「そうなんですか」
「ええ。あんな顔をするのは久しぶりに見ました」
トヨさんはそう言って、嬉しそうに目を細めた。
「みんなが誘ってくれるので、私も外に出るようになりました」
そう言ってトヨさんは、千代さんの隣で穏やかに微笑んだ。
「……そっか」
前に会った時と変わらない二人の姿に、僕も自然と頬が緩んだ。
その時だった。
暁が、僕の隣から二人をじっと見つめていることに気づいた。
「……このひと、だれ?」
「千代さんとトヨさんだよ。僕の知り合い」
「ちよさん、とよさん」
「うん。千代さんは座敷わらしで、トヨさんは人間だよ」
「……ざしきわらし? にんげん?」
暁は千代さんの姿をじっと見つめる。
「うむ!」
千代さんは、少し得意げに胸を張った。
暁は今度はトヨさんへ顔を向け、二人を交互に見比べる。
「……いっしょ?」
「うむ。一緒じゃ」
千代さんが、当然のように答えた。
「わしと婆さんは、ずっと一緒に暮らしておるからの」
トヨさんも笑って、千代さんの手にそっと自分の手を重ねる。
「そうですよ。千代は私の大切な家族ですから」
「……かぞく?」
暁が、その言葉を小さく繰り返した。
「そう。家族ですよ」
トヨさんが優しく頷く。
暁は二人の重なった手を見つめている。
何かを考えているようだった。
「……たいせつ?」
「ええ。大切ですよ」
トヨさんは、千代さんの手を優しく握った。
「一緒に暮らして、笑ったり、困ったり……そういう時間を一緒に過ごしてきた人ですから」
暁はしばらく二人を見つめていた。
そして――。
ゆっくりと局長を振り返る。
「……せおも? たいせつ?」
「うん。大切だよ」
局長がそう答えると、暁は安心したように笑った。




