それぞれの時間
白乃さんは、隣に立つ初音さんを見る。
「ねえ、初音ちゃん」
「はい?」
「あなた、この街に来てから、ずいぶん変わったわね」
「……そうでしょうか」
「ええ。最初は何も知らなかったでしょう?」
「はい。人の暮らしも、仕事も……何も知りませんでした」
「でも、今は違う」
「……」
「スーパーでいろんな人と話して。ここでもいろんな人と出会って笑って」
白乃さんは、少しだけ笑う。
「あなたを見ているとね。どんなに長い年月生きても、知らないことを知っていけるんだなって思ったの」
「白乃さん……?」
「私、すごく長く生きてきたのに。ずっと同じところにいたのかもしれないわね」
「……」
「でも、もう少し見てみようと思うの」
「何をですか?」
「この街を。人を。これから出会うものを」
白乃さんは窓の外へ目を向ける。
「だって、初音ちゃんがこんなにキラキラしてるんですもの。私だって、もう少しくらい欲張ってもいいでしょう?」
白澤さんが、ほんの少しだけ口元を緩めた。
白乃さんの横顔には、まだ少しだけ寂しさが残っていた。
けれど――。
その横顔を、窓から差し込む秋の日差しが優しく照らしていた。
その光を見つめながら、僕は思った。
白乃さんは、大切な人との思い出を抱えたまま、これからの時間を見ようとしている。
失ったものを忘れるのではなく、それも自分の時間の一部として。
これから出会う人たちと、見る景色と、新しく生まれる思い出を。
そんな白乃さんを見ていると、少しだけ安心した。
けれど――。
僕は、隣にいる暁へ目を向ける。
暁は何も言わず、白乃さんを見つめていた。
その瞳の奥に、何かを考えているような色が浮かんでいる。
この数日で、暁はたくさんのことを覚えた。
人のこと。この街のこと。嬉しいことや、悲しいこと。
そして――僕たちの知らない何かも、少しずつ理解し始めているのかもしれない。
暁は、そっと自分の胸に手を当てた。
「……おぼろ」
小さな声だった。
僕は、思わず暁を見る。
「……どうしたの?」
暁は答えなかった。
ただ、自分の胸に手を当てたまま、局長を見つめていた。
その姿を見ながら、僕はまだ知らなかった。
暁が何を想っていたのか。
そして――。
この子がこれから、何を選ぼうとしているのかを。




