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人外適応管理局 ―ようこそ、人と妖が暮らす街へ―  作者: 日旅こつめ


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私の時間

電話を切ってから、しばらくすると――。

 局の扉が開いた。

「こんにちは」

 初音さんの声が聞こえる。

 僕とサトリさんは、すぐに入口へ向かった。

「こんにちは、初音さん」

「お疲れさまです」

「こんにちは、良治さん。サトリさん」

 初音さんの後ろから、白乃さんが入ってくる。

「……こんにちは」

「白乃さん……」

 僕は思わず、白乃さんの顔を見る。

 以前より、少し顔色が悪い。

 それでも、その目には迷いがなかった。

「大丈夫ですか?」

「ええ。大丈夫よ」

 そう答えて、白乃さんは小さく笑った。

「少しだけ、眠れていないだけ」

「……そうですか」

 サトリさんが、いつもの穏やかな声で言う。

「無理はなさらないでくださいね」

「ありがとう、サトリちゃん」

 白乃さんはそう言って、局の中を見回した。

 そして――。

「……暁ちゃんは?」

 局長に手を繋がれて、暁がこちらへやってくる。

 その少し後ろには、白澤さんもいた。

「白乃さん。こんにちは。ほら、暁も――」

 局長が言いかけたところで、暁が白乃さんを見つめた。

「……しろの」

「……!」

 白乃さんの表情が、ほんの少し揺れた。

「……どうして、私の名前を?」

 その様子を、白澤さんは何も言わずに見ていた。

「みんなが写真を見せながら教えたんです」

「写真……?」

「うん。これが白乃さんだよって」

 局長がそう言って、暁の頭を撫でる。

「喫茶店にいる白乃さんとか、局に来た時の写真とかね」

 白乃さんは少し驚いたように目を瞬いた。

「……もっと、まともな写真はなかったの?」

 驚いた白乃さんを見て、サトリさんが微笑む。

「ステキな写真ですよ。暁ちゃんが、みんなのことを知りたがっていたので」

「……そう」

 白乃さんは暁を見つめた。

 暁もまた、じっと白乃さんを見つめている。

「……暁ちゃん」

「うん?」

「私のこと、覚えてくれたのね」

「しろの!」

「ええ。白乃よ」

 白乃さんは、ゆっくりと暁の前にしゃがみ込んだ。

 その顔には、少しだけ寂しさが残っていた。

 けれど、もう迷いはなかった。

「会いに来てよかったわ」

「……?」

「あなたに、伝えたいことがあったの」

 白乃さんは、手を伸ばしかけて――ほんの少し迷う。

 そして、その手を膝の上へ戻した。

「ありがとう、暁ちゃん」

「……ありがと?」

「ええ。ありがとう」

 白乃さんは、暁の目を見つめる。

「あなたの力はね。あなたが何もしなくても、周りの人を苦しくしてしまうことがあるの」

「くるしい……」

「そう——」

 暁は、自分の胸元へ小さな手を当てた。

「……わたしが?」

「ええ。でもね」

 白乃さんは、ゆっくりと首を横に振った。

「あなたが悪いわけじゃないわ。その力を持って生まれただけ」

「……わるくない?」

「そう。あなたが悪いんじゃないわ。でもね。これから何をするのかは、暁ちゃんが決めていけるのよ」

 白乃さんは、暁の目を真っすぐに見る。

「それにね。あなたにつながる痕跡のおかげで、私は大切な人と何度も出会う時間をもらえたの」

「……たいせつな人?」

「私にとって、とても大切な人よ。暁ちゃんにも、大切なものはある?」

「……あるよ。せお、りょうじ、サトリ、はくたく、ここ。あと……おぼろ?」

「ええ。私にとっては彼だった——」

 白乃さんは微笑んだ。

「一緒にご飯を食べたり、お話をしたり。笑ったり、喧嘩したり……そういう時間を、たくさんもらったの」

 暁は、白乃さんの顔をじっと見つめている。

「だから――」

 白乃さんの声が、ほんの少しだけ震えた。

「あなたに、伝えたいことがあったの」

「……しろの?」

 白乃さんは、触れられない距離のまま、暁へ微笑んだ。

「ありがとう」

 暁はしばらく黙っていた。

 やがて、小さな声で尋ねる。

「……しろのはその人と」

「ええ」

「……いっしょにいて」

「そうよ」

「……よかった?」

 白乃さんの目が、少しだけ揺れた。

 そして——ゆっくりと頷いた。

「一緒にいられて……よかったわ」

 その声は、とても優しかった。

 その後ろで、白澤さんが静かに目を伏せる。

 何も言わない。

 ただ、その言葉を聞いていた。

 暁は、まだすべてを理解したわけではない。

 それでも――。

「九百年もの時間を、私はちゃんと幸せだったと思ってる」

「だから、ありがとう」

 白乃さんは、まっすぐに暁の目を見つめた。

「でもね。もう、次に会えるのを待つのはやめるわ」

「……やめるの?」

「ええ」

 白乃さんは、少しだけ笑った。

「これからは……私も、私の時間を生きてみようと思うの」

「……しろのの?」

「そう。白乃の時間よ」

「……ここで?」

「ええ。ここでも、どこでも。あなたが生きていくように、私も生きていくわ」

 白澤さんが、ほんの少しだけ目を細めた。

 それだけだった。

 けれど、その表情を見て、僕には分かった。

 白乃さんがようやく、自分の時間を歩き始めたことを。

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