ここにいるよ
暁は少しだけ首を傾げた。
「……しんさつ?」
「そうだ。お前の身体を診る」
「からだ……?」
「ああ」
白澤さんは暁の顔を覗き込む。
まずは目。
次に顔色を確認し、それから小さな手を取った。
暁は嫌がる様子もなく、されるがままになっている。
「痛いところはあるか?」
「……いたい?」
「痛い、というのは――」
白澤さんが言葉を止める。
「どこか苦しいところはないか、という意味だ」
「くるしい……」
暁は自分の胸元へ、小さな手を当てた。
「……ここ」
「そうか——ここか」
白澤さんは頷き、それから暁の妖気を探るように目を細めた。
指先を額に近づける。
直接触れることはせず、その周囲を流れる気配を慎重に探っていく。
「……妖気は安定している。だが――」
白澤さんが、少しだけ眉を寄せた。
「何か、感じるんですか?」
「ああ」
白澤さんは暁の胸元へ視線を落とした。
「人の感情が、この子の中に流れ込んでいる」
「……感情?」
「恐怖や苦しみ、憎しみ……そういったものだ」
暁は意味が分からないのか、白澤さんの顔をじっと見つめている。
「それが……痛いのか?」
「……いたい」
暁が小さく頷いた。
「怖い?」
「……こわい」
その言葉に、僕は息を呑んだ。
「暁自身の恐怖というより、中に流れ込んできたものを感じているんだろう」
白澤さんが静かに言う。
「朧も、そうだった」
「……人の感情を?」
「ああ。人の負の感情を受け取り、それを力にしてしまう。だが――」
白澤さんは暁を見る。
「この子はまだ、それを自分のものとして扱うことができない。ただ感じているだけだ」
「だから、痛い……」
「そういうことだ」
暁は自分の胸を小さな手で押さえたまま、局長の方を見る。
「……こわい」
「うん」
局長はすぐに暁のそばへしゃがみ込んだ。
「怖いんだね。でも、大丈夫だよ」
暁は局長の服を掴んだ。
「……だいじょうぶ?」
「うん。大丈夫」
局長が穏やかに答える。
その言葉を聞いて、暁の表情がほんの少し緩んだ。
白澤さんが呟く。
「昨夜よりも、ずいぶん現世に馴染んできているな」
「問題ないんですか?」
「今のところはな」
「……今のところ?」
「この子がどのくらいの速さで成長するのか、私にも分からん」
白澤さんは暁を見つめた。
「身体だけじゃない。妖としての力も、記憶も、これからどう変化するのか分からない」
「……」
「だから、しばらくは注意して見ておく必要がある」
僕は静かに頷いた。
白澤さんが小さく息を吐いた。
すると、暁がその顔を見上げる。
「……だいじょうぶ?」
「ああ。問題ない」
「……よかった」
小さな声だった。
僕は思わず目を見開く。
「今……」
「うん」
局長も、少し驚いたように暁を見る。
「『よかった』って言ったね」
暁は僕たちの顔を順番に見た。
それから、局長の服を小さな手で掴む。
「……せお」
「うん?」
「せお……いる」
「いるよ」
局長は笑った。
けれど、その笑顔がほんの一瞬だけ揺れた。
「ここにいるよ」
その言葉を聞いて、暁は安心したように頷いた。




