言葉にしない想い
僕たちは、喫茶店を後にした。
秋の冷たい風が、通りを吹き抜けていく。
「白乃がこれからどうするのかは、正直私にも分からん」
歩き出しながら、白澤さんが低い声で言った。
「だが……あいつが一人で抱えることだけは、避けたかった」
「……だから、初音さんに」
「ああ」
白澤さんは前を向いたまま続けた。
「私には、あいつを慰めることはできん」
その言葉に、僕は少し驚いた。
「……できない、んですか」
「私は、事実を伝えることしかできん」
少しだけ間を置いて。
「だから、その後は初音くんに頼んだ」
白澤さんの横顔は、いつもよりずっと硬かった。
やっぱり――。
緊張していたのは、僕だけじゃない。
白澤さんもきっと、怖かったのだろう。
九百年もの間、何度も待ち続けてきた人に。
もう「次」がないのだと、自分の口から伝えることが。
「……白澤さん」
「何だ」
「白澤さんは……大丈夫ですか」
白澤さんは、少しだけ黙った。
「私の心配をしているのか?」
「……そうです」
「変な奴だな」
そう言って、白澤さんは小さく息を吐いた。
「私は大丈夫だ」
「……本当に?」
「ああ」
それから、少しだけ間を置いて。
白澤さんは、去ってきた喫茶店の方へ一度だけ目を向けた。
「私は、医者だからな」
それだけ言って、白澤さんは前を向いた。
それ以上、何も言わなかった。
けれど僕には、その言葉が少しだけ寂しく聞こえた。
大丈夫だからではない。
大丈夫でいなければならない――。
そんなふうに聞こえた。
「……そうですね」
僕も、それ以上は聞かなかった。
しばらく二人で歩く。
秋の風が、さっきより冷たく感じられた。
やがて、見慣れた道の先に、管理局の建物が見えてきた。




