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人外適応管理局 ―ようこそ、人と妖が暮らす街へ―  作者: 日旅こつめ


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隣にいた夜

夜は静かだった。

 風が吹き抜ける広い草地に、大きな木が一本だけ立っていた。

 明日には、ここを離れる。

 それが決まっているのに、朧は取り乱すこともなく、ただ瀬尾の隣に座っていた。

 二人の間に会話はほとんどなかった。

 瀬尾もまた、何も言わなかった。

 引き止めることも。

 泣くことも。

 ただ、同じ夜空を見上げていた。

 そっと、瀬尾の手を取り自分の手に重ねる。

 しばらくして、朧がふと口を開いた。

「……道成」

「ん?」

「道成の手は、温かいですね」

 そう言われて、瀬尾は自分の手を見た。

 手を伸ばせば、すぐに触れられる距離に朧がいる。

 本当は、その手で抱きしめたかった。

 明日なんて来なければいい。

 このまま、ここにいてくれ。

 そう言いたかった。

 けれど、口にすることはできなかった。

 その言葉を口にすれば、自分が決めたことを貫けなくなる気がしたから。

「……そうかな」

「はい」

 朧は小さく笑った。

「とても、温かいです」

 瀬尾は何も答えず、夜空へ視線を戻した。

 しばらくして、朧がぽつりと尋ねた。

「隠り世は……寒いところでしょうか」

 瀬尾は、わずかに息を詰めた。

「……分からない」

 正直に答え、それから自分の手を見つめる。

「でも、僕が温かい場所にしてみせるよ」

「……はい」

 朧は、それ以上何も言わなかった。

 瀬尾もまた、何も言えなかった。

 本当は、手を離したくなかった。

 行かないでほしかった。

 そんな言葉が、何度も喉元まで込み上げる。

 それでも、口にはしなかった。

 朧が何を思っているのか。

 何を望んでいるのか。

 その時の道成には、分からなかった。

 だから二人は、ただ隣にいた。

 夜が、少しずつ明けていく。

 やがて、朧が静かに立ち上がった。

「冷えてきましたね」

 朧はそう呟き、空を見上げた。

 しばらく、その横顔を見つめていると、朧の頬を一筋の涙が伝った。

 涙を見せたくないのだと、瀬尾には分かっていた。

 それでも、何も言わなかった。

 ただ、自分の羽織をそっと脱ぎ、朧の肩に掛けてやった。

 それだけだった。

 触れることも。

 声をかけることも。

 引き止めることもできず。

 瀬尾は静かに立ち上がった。

 最後まで、振り返らなかった。

 振り返れば――きっと、行けなくなると思ったから。


「……朧はね、きっと怖かったと思う」

 瀬尾がそう呟く。

 暁は何も言わない。

 ただ、じっと瀬尾の顔を見ていた。

「でも、別れの日も、あの子は笑っていた」

 瀬尾は、静かに目を伏せる。

「本当は、怖かったはずなのにね。それでも、あの子は最後まで笑っていたよ」

 その言葉に、暁の小さな手が動く。

「……おぼろ」

「うん」

「……いる?」

 瀬尾は、一瞬だけ息を止めた。

「……いるよ」

「……かくりよ?」

「うん。隠り世にいる」

 暁は、しばらく黙っていた。

 そして、瀬尾の胸元に頬を寄せる。

「……会いたい?」

 瀬尾が尋ねても、暁は答えなかった。

 ただ――。

 その小さな手が、瀬尾の服を握ったまま、離れなかった。

 瀬尾は、その手をそっと包む。

「今日は、ここまでかな。明日、良治くんに寝てないって怒られそうだ。そろそろ眠ろうか」

 瀬尾はそう言って立ち上がった。

 暁を抱いたまま、局長室へ向かう。

 今夜は、このまま局に泊まるつもりだった。

 サトリが用意してくれた小さな布団を、来客用のソファーに敷く。

 局長室の明かりを落とし、簡易的なベッドのようになったそこへ、暁をそっと寝かせた。

 けれど、離れようとすると、小さな手がまた服を掴んだ。

「……まだ一緒にいたいのかい?」

 答えはない。

 瀬尾は小さく笑って、その隣に腰を下ろした。

「じゃあ、もう少しだけ」

 そうして二人は、静かな夜の中にいた。

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