小さな存在
翌朝。
僕たちは、白澤さんの診療所へ向かっていた。
昨夜、局長が抱えて帰った幼い思念は、今も腕の中で静かに眠っている。
局長は昨夜、念のためにその子の周囲に簡単な結界を張っていた。
閉じ込めるためではない。
あの子から漏れ出す力が、周囲の人外に急激な影響を与えないようにするためだ。
同時に、外から流れ込む人間の負の感情を、少しでも和らげるためでもあった。
けれど、結界で完全に遮ることはできない。
あくまで影響を弱めるためのものだ。
結局、あの子は一度も目を覚まさなかった。
局長もほとんど眠らず、ずっとその寝顔を見守っていたという。
名前もない。
どんな想いから生まれたのかも、まだ分からない。
ただ、千年前に朧から零れ落ちた「ひとつの想い」――それだけが、今の僕たちに分かっていることだった。
そして今日。
僕たちはこの小さな存在をこれからどうするのか、決断を迫られていた。
やがて、白澤さんの診療所が見えてくる。
僕の隣を歩く初音さんはどこか緊張した面持ちで、その反対側では、局長が変わらず幼子を抱いている。
診療所の扉を開けた。
「おはようございます」
「ああ、やっと来たか」
白澤さんが、いつもの気だるそうな声で迎えてくれた。
……昨日は、ちゃんと眠れたのだろうか。
そんな心配が頭をよぎる中、僕たちは診療所の中へと進んだ。
朝の光の中で改めて見つめる幼子は、昨日とは少し違って見えた。
これから自分の身に何が起きるのかも知らず、ただ安心できる場所を見つけた子供のようだった。
「とりあえず、座ってくれ」
白澤さんに促され、僕たちは奥の書斎へと移動した。
白澤さんは局長の腕の幼子へ一度だけ鋭い視線を走らせたが、何も言わずに奧へと向かう。
「コーヒーでいいかい?」
「あ、はい。お願いします」
「私もお願いします」
初音さんが小さく手を挙げると、白澤さんは短く頷き、慣れた手つきでコーヒーを淹れ始めた。
やがて香ばしい匂いが書斎に広がっていく。
その間も局長は幼子を抱いたままじっと見つめ、初音さんも落ち着かない様子で視線を向けていた。
白澤さんが四人分のカップをテーブルへ置く。
「ほら」
「ありがとうございます」
僕がカップを受け取ると、白澤さんも自分のカップを手にして椅子へ腰を下ろした。




