自然からの手掛かり
その時、局長が一つ手を鳴らした。
「……さて」
僕とこだまさんへ、穏やかな視線を向ける。
「積もる話もあるだろうけど、まずは今回の件について話をしようか」
「……はい」
僕は小さく頷いた。
こだまさんも、静かに微笑んでいる。
――そうだ。
今は、昔を懐かしんでいる場合じゃない。
僕たちはこれから、千年前に零れ落ちた思念を探しに行くのだから。
するとこだまさんが静かに口を開いた。
「事情は分かっているよ」
「どこまでですか?」
「大体は、瀬尾くんから聞いている」
こだまさんは穏やかに頷くと、窓の外へ視線を向けた。
「それに、街で何かが起きていることは、自然もずっと感じているからね」
こだまさんの言葉に呼応するように、窓の外で葉がかすかにざわめいた。
「森の木々や草花、鳥たちは、その場所で起きた小さな変化を感じている。いつもと違う空気だったり、避けるようになった場所だったり……そういうものを、わたしのところへ運んできてくれるんだ」
「……言葉を聞いているわけじゃないんですね」
「うん。誰が何を話したかまでは分からないよ」
こだまさんは穏やかに微笑んだ。
「でも、そこに何かがあったことは分かる」
そう言われると、なんだか少し不思議な気持ちになる。
僕たちが気づかないところで、街の木々や草花は、この場所で起きている小さな変化を感じ取っていた。
そして、その気配がこだまさんのもとへ届いていたのだ。
「……それで、場所も分かるんですか?」
こだまさんが僕たちを見る。
「瀬尾くんと一緒に、ある程度の場所まで絞れたよ」
局長は、机の上に地図を置いた。
その中央には、少し大きめの丸印がつけられている。
局長がそこを指で示した。
「ただ、まだこの範囲のどこに思念があるのかまでは分からない」
「うん」
こだまさんが地図を覗き込む。
しばらくの間、何も言わなかった。
やがて、その指が丸印の上をゆっくりとなぞる。
「やっぱり……この辺りだと思う」
「やっぱり、そうか」
局長の表情がわずかに緩んだ。
「うん」
こだまさんは、地図へ視線を戻した。
「この辺りに自然が何かを感じているのは間違いないと思う」
「ええ」
局長が地図へ目を落とす。
「僕も、思念が大きくなってきたことで、零れた思念そのものが存在していることは感知できた。でも、それがどこにあるのかまでは分からなかった」
「なるほど。だから、今まで場所を特定できなかったんですね」
「ただ――」
局長が、丸印の中心へ指を置いた。
「近くまで行けば、話は別です。思念そのものに近づけば、僕には分かると思います」
こだまさんが静かに頷いた。
「じゃあ、わたしが自然から手掛かりをもらって、みんなを少しずつ近づければいいんだね」
「そういうことになります」
局長が微笑む。
「自然の様子から範囲を絞ってもらって、最後に思念そのものを見つけるのは僕の役目だね」
「うん。分かった」
こだまさんは窓の外へ目を向けた。
「実際に行けば、自然がもっと教えてくれると思う」
「どんなふうに?」
僕が尋ねると、こだまさんは少し考えてから答えた。
「木々の様子だったり、動物の動きだったり……」
そして、穏やかな声で続ける。
「その場所を避けているものもあれば、逆に集まっているものもある。そういう小さな違いを辿っていけば、もう少し近づけるはずだよ」
「……なるほど」
僕は改めて地図を見つめた。
大きな丸印。
その中のどこかに、千年前に零れ落ちた思念が残っている。
けれど、それだけではまだ何も分からない。
そこに、どんな想いが残っているのか。
今、どんな状態になっているのか。
そして――千年の間に、何へ変わってしまったのか。
それを確かめるには、ここから先は自分たちの足で進むしかない。
「じゃあ、行こうか」
局長が地図を折りたたみ、ポケットへしまった。
「現地で確認しよう」
「はい」
僕が頷く。
こだまさんも静かに立ち上がった。
「案内するよ」
その言葉に、僕たちは局を後にした。
向かう先は、今では住宅街の中にある大きな公園。
けれど、その場所が千年前にはどんな姿だったのか、僕はまだ知らない。
ただ一つ分かっているのは――
そこに、千年前から消えずに残っている何かがある。
その正体を、僕たちはまだ知らなかった。




