その場所へ
次に確かめるべきなのは、朧の零れた思念だった。
局長は地図を見つめたまま、しばらく考えていた。
「……場所の確認は、今日できそうか?」
白澤さんが問いかける。
「できると思います。ただ、実際に行ってみないことには分かりません」
局長が答える。
「じゃあ——」
白澤さんが腰を浮かせたところで、局長が手でそれを制した。
「白澤さんは休んで」
局長が、さらりと言った。
「……」
白澤さんが局長を見る。
「昨日の報告を聞いてから、ほとんど寝てないでしょう?」
「いや、別に大したことじゃないよ」
「大したことですよ」
局長は穏やかな口調のまま、けれど譲らなかった。
「ここまで調べてくれただけで十分です。あとは僕たちに任せてください」
「……瀬尾くんも、昔から変わらないな」
「白澤さんもね」
局長が苦笑する。
「昔から、自分のことは後回しです」
「瀬尾くんに言われたくはないな」
「……それは、お互い様でしょう?」
二人が顔を見合わせる。
ほんの一瞬だけ、長い年月を重ねてきた者同士にしか分からないような空気が流れた。
「……分かったよ」
白澤さんが、ようやく肩の力を抜いた。
「では、私は帰るとしよう」
「ええ。そうしてください」
そのやり取りを聞いていた初音さんが、少しだけ戸惑ったように口を開いた。
「あの……私は、どうすれば?」
「ああ、雪原さんも今日は帰ってもらって大丈夫」
局長が頷く。
「今日は急に呼び出してしまってすまなかったね」
「いえ……」
初音さんは、ちらりと白澤さんを見る。
「……私も、少し考えたいことがあります」
「そうだろうね」
白澤さんが静かに答えた。
「今日はゆっくり休むといい」
「はい」
初音さんが頷く。
白澤さんは立ち上がると、僕たちに軽く手を上げた。
「では、私はこれで失礼するよ」
「お疲れさまでした」
「お疲れさまでした」
「……本当に無理しないでくださいね」
「君まで瀬尾くんみたいなことを言うのかい?」
「だって、顔色が悪いですよ」
「これは生まれつきだよ」
白澤さんが小さく笑う。
初音さんも立ち上がり、白澤さんの後に続く。
「じゃあ、私も失礼します」
白澤さんが局の入り口の扉へ向かう。
その背中を見送りながら、僕はふと思った。
この人は、今もきっと白乃さんのことを考えている。
それでも今は、自分が動くのではなく、僕たちに託してくれた。
「……白澤さん」
呼び止めると、白澤さんが振り返った。
「何だい?」
「ちゃんと寝てくださいね」
「善処するよ」
「それ、絶対寝ない人の返事ですよね」
「ふふっ」
白澤さんは楽しそうに笑った。
「では、今度こそ失礼するよ」
扉が閉まると、部屋の中が急に静かになった。
僕はしばらく扉を見つめていたが、ふと視線を感じて振り返る。
サトリさんが、空になった湯呑みを片付けながらこちらを見ていた。
「……どうかしましたか?」
「いえ。もうひと踏ん張りですね」
サトリさんは小さく笑った。
しばらくして、局長が小さく息を吐いた。
「……さて」
僕を見る。
「僕たちも行こうか」
「はい」
僕は机の上に置かれた地図へ視線を落とした。
丸印のついた場所。
そこに、千年前に零れ落ちた思念が今も残っている。
「今日、分かるんでしょうか」
「分からなくても、まずは確かめる」
局長は地図を手に取った。
「何なのか。それがどんな状態なのか。まずは、そこからだ」
「はい」
僕は頷いた。
今日はただ、そこに何があるのかを確かめに行く。
まだ、何が待っているのかは分からない。
それでも――僕たちはようやく、その場所へ向かうところまで来た。




