↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人外適応管理局 ―ようこそ、人と妖が暮らす街へ―  作者: 日旅こつめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
67/106

託された想い

それほど時間を置かず、初音さんが局へやってきた。

 いつもはほとんど使われていない局長室に、僕たち三人が揃っているのを見て、初音さんは少しだけ目を見開いた。

「雪原さん、来てくれてありがとう」

 局長が穏やかに告げる。

「……何かわかったんですか?」

「まあ、座りなさい」

 白澤さんが向かいの椅子を指す。

 初音さんは素直に腰を下ろしたものの、不安そうに僕たちの顔を見回した。

「君にも話しておきたいことがある」

「昨日の……白乃さんの旦那さんのことですか?」

「ああ」

 白澤さんは頷いた。

「あの件にも関わることだが……」

 白澤さんは初音さんに、旦那さんの魂に残された痕跡について説明した。

 それを取り除かなければ、いずれ魂そのものが限界を迎え、消滅してしまうこと。

 そして、痕跡を取り除くことができれば、今の生を終えたあと、その魂は本来なら帰るはずだった安らかな場所へ辿り着けること。

 もう二度と、生まれ変わることはないこと――。

「……旦那さんは?」

 初音さんが、ぽつりと尋ねた。

「……じゃあ、もう白乃さんは……旦那さんと一緒にはいられない?」

「……そういうことだ」

 初音さんは、しばらく黙っていた。

 白澤さんも、局長も何も言わなかった。

 やがて、白澤さんが静かに口を開く。

「だから――」

 その声が、ほんの少しだけ掠れた。

「その時は……白乃のそばにいてやってほしい」

「……私が?」

「ああ」

 白澤さんは頷いた。

「白乃は、きっと笑ってみせるだろう。いつものようにな」

「……」

「だが、九百年だ。簡単に割り切れるものじゃない」

 白澤さんは、そこで一度言葉を止めた。

「だから……その時は、そばにいてやってほしい」

 初音さんはしばらく考え込み、やがて決心するように問いかけた。

「白澤さんは……それでいいんですか?」

 初音さんが真っ直ぐに白澤さんを見ている。

 局長も何も言わず、ただ静かに白澤さんへ視線を向けている。

「……君も、言うようになったね」

 白澤さんは、少しだけ目を伏せた。

「私は、いつものとおりさ」

 それだけ言って、静かに笑う。

 けれど、その笑顔はいつもより少しだけ寂しそうに見えた。

 初音さんはすぐには答えなかった。

 九百年。

 白乃さんが旦那さんと過ごしてきた時間を、僕たちは昨日、初めて聞いたばかりだ。

 何度も出会って、何度も一緒に暮らして、何度も見送って――それでもまた探し続けてきた。

 そんな時間を、簡単に「寂しい」の一言で片付けられるはずがない。

 初音さんは、しばらく考えてから顔を上げた。

「……分かりました」

 その言葉に、白澤さんが初音さんを見る。

「私が、白乃さんのそばにいます」

「……」

「旦那さんとお別れすることになったらきっと、すごく……すごく寂しいと思いますから」

 初音さんは、少しだけ笑った。

「だから、私が支えます」

 白澤さんは、何も言わなかった。

 ただ、ほんの少しだけ目を細める。

「……ありがとう」

 短い言葉だった。

 けれど、その声には、いつもの軽さがなかった。

 白澤さんはそう言って、初音さんに静かに頭を下げた。

「えっ……」

 初音さんが慌てて身を乗り出す。

「そんな……」

「いや」

 白澤さんは顔を上げた。

「私には、大事なことなんだ」

 その言葉だけは、妙にまっすぐだった。

 僕は昨日、白乃さんから聞いた。

 旦那さんと二人で歩んできた、長い時間を。

 けれど白澤さんは――それよりもさらに長い時間、白乃さんを見てきたのだ。

 それなのに今、自分ではなく初音さんに「そばにいてやってほしい」と頼んでいる。

 その言葉が白澤さんにとって、簡単に口にできるものではなかったことくらいは、僕にも分かった。

 けれど次の瞬間には、いつもの食えない笑みを浮かべている。

「まあ、君なら白乃も退屈しないだろうしね」

「……それ、どういう意味ですか?」

「そのままの意味さ」

 初音さんが少しむっとした顔をする。

 白澤さんは、そんな初音さんを見て小さく笑った。

 ――やっぱり、この人はずるい。

 大事なことほど、最後には冗談みたいにしてしまう。

 でも、その笑顔の奥にあるものを、僕はもう少しだけ知っている気がした。

 ふと局長と目が合い、僕たちはどちらからともなく、小さく微笑み合った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。