繋がる痕跡
白澤さんは窓の外へ視線を向けたまま、これまでに分かったことを一つずつ確かめるように、話し始めた。
「私は以前から、あの男の輪廻について調べていた」
「はい」
「そして、最近になって、この街で起きている異変についても調べるようになった」
僕は黙って白澤さんを見る。
「今回、葉月与三郎さんや河野青童さんを診て分かったことがある。二人の妖気に残っていた痕跡が、あの男の魂に残っていたものと同じだった」
「ええ」
僕は昨日聞いた話を振り返る。
「ただし、同じ時期に現れたものではない」
「……?」
「ここが重要なんだ」
白澤さんは、ゆっくりと振り返った。
「瀬尾くんが話したとおり、千年前、朧を隠り世へ送った時に、彼女の思念がほんのわずかに現世へ零れ落ちた」
局長の表情がわずかに曇る。
「僕たちは最近になって、その存在を知った」
「そうだ」
白澤さんは頷く。
「けれど、あの男の魂に痕跡が付着したのは、今の異変が起き始めるより、ずっと前だ」
「……身体が弱くなり始めるよりも前?」
「その可能性が高い」
白澤さんは続けた。
「身体に変化が現れた頃には、すでに痕跡は魂に定着し始めていたんだろう。つまり、今この街で異変が起き始めるよりも前に、あの男の魂には何かが付着していたんだ」
「……それが、輪廻を狂わせた」
「そう」
白澤さんは頷いた。
「では、その『何か』はどこから来たのか」
僕は息を呑んだ。
「……朧の零れた思念」
「私はそう考えている」
局長が静かに目を伏せた。
「今、街に残っている大元の思念は、千年の間に少しずつ変わってしまった」
白澤さんの声が低くなる。
「人間の負の感情を吸い込んでいる」
「……負の感情を?」
「ああ。朧もそうだったろ……?」
その名前を聞いた瞬間、局長の表情がわずかに強張った。
「怒り、悲しみ、憎しみ、恐怖……そういうものを取り込みながら、零れた思念そのものも少しずつ膨らんでいる」
僕は、今街で起きていることを思い返した。
人外たちの妖気が乱れているのは、そういうことだったのか。
「だから……最近になって、人外への影響が出始めた」
白澤さんは頷いた。
「つまり、あの男の魂に残った痕跡と、今この街で広がっている異変は、時期は違えど同じ根から生まれたものだ」
局長が顔を上げる。
「……同じ根から生まれた。でも、その後の育ち方が違う」
白澤さんが静かに頷いた。
「ああ。あの男の魂に付着したものは、白乃の妖気に触れ続けることで、魂に定着していった。そして、別の形に成長したんだと思う。けれど、完全に切り離されたわけでもない」
「……?」
「大元となる思念とも、まだ繋がっていた。そこから微かに力を受け取り続けていたんだろう。一方で、現世に残った大元の思念は、人間の負の感情を吸い込みながら膨らんでいる」
白澤さんは、まっすぐ局長を見つめた。
「だから、今起きている異変を追うだけでは、根本には辿り着けない。零れた思念そのものが今どこにあって、どんな状態になっているのか……それを確かめる必要がある」
「……そうですね」
局長はしばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと立ち上がる。
「僕も、ただ黙って待っていたわけじゃない」
「……局長?」
「こだま様にも協力してもらって、探していたんだ」
その名前に、僕は思わず顔を上げた。
こだまさん――。
以前、僕が苦しかった時に、何も言わず寄り添ってくれた神様だ。
あれ以来、会っていなかった。
「……こだまさんが?」
「うん。こだま様に、街の自然から拾った気配を辿ってもらったんだ。それを僕たちの調査とも照らし合わせていた」
局長は、机の端にまとめられた資料へ手を伸ばした。
「ようやく、かなり絞り込めたんだ」
「零れた思念の……場所を?」
「正確には、場所の範囲だね」
そう言って、局長は一枚の地図を取り出した。
そこには、少し大きめの丸印がつけられている。
「この辺りまでは、僕たちの調査でも追えていた。こだま様から聞いた自然の記憶とも一致した」
局長が丸印を指で示す。
「ただ、まだこの中のどこに思念が残っているのかまでは分からない」
僕は地図へ視線を落とした。
これまで別々の出来事だと思っていたものが、ようやく一つの線になっている。
白乃さんの旦那さんに残った痕跡。
葉月さんと河野さんに現れた異変。
千年前、朧さんから零れ落ちた思念。
そして――その思念が、今もこの街のどこかに残っている。
「……全部、繋がってる」
思わず、声が漏れた。
局長が静かに頷く。
「うん」
そして、地図を指先で軽く叩いた。
「だから、次はここを確かめる」
「現地で?」
「ああ」
局長は頷いた。
「こだま様にも来てもらう。自然の様子を見てもらえば、この範囲からさらに絞り込めるかもしれない」
「……なるほど」
僕はもう一度、地図を見る。
丸印の中には、まだ何も見えていない。
けれど――確かに、そのどこかに千年前に零れ落ちた思念が残っている。
僕たちはようやく、その場所へ続く手がかりを掴んだのだ。




